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97.渓谷での戦闘

97話目です。

よろしくお願いします。


※あとがきにて今後の掲載についてご報告があります。

 渓谷での戦いは、以前にそうであったようにウルハッド側の攻撃から始まった。

 対するハルカン王国の軍は、新規の兵士が半数以上であり体力的にも有意であった。しかし、問題は渓谷の狭さにある。

 幅二十メートルというのは集団が行進するだけであれば何ら問題は無いが、大軍が接敵するには狭すぎる。


「これでは、押し込みようが無いな……」

 芋洗いも斯くやという状況を見て、クラファトは舌打ちした。

 数で勝る自軍だが、場所の狭さでそれをまったく活かすことができていない。限定された戦場で一度に戦えるのは同じ人数だけだからだ。

 時折矢の応酬はあるが、両軍とも盾を掲げて防御するだけでそれぞれ大した成果も無く終わる。


 クラファトが兵の疲労を考えて定期的に前線の兵士を入れ替えていたために若干押し気味ではあったものの、敵も必死なようで決定的な効果は得られていない。

とどめているだけ、という状況だな」

「侵攻する必要は無いので、問題は無いのでは?」

 副官の言葉にクラファトは目を閉じて考えた。


「……逆に攻め入る必要は無いが、それではここでの戦いはいつまで経っても終わらない。必要なのは決着なのだ。敗けるつもりは無いが、勝ったからといってもその時点で大きな犠牲を払ってしまっていては意味が無い」

 クラファトはそう言って、副官に命じて再び前線の入れ替えを行うように命じた。交代の隙に押し込まれぬよう、後方から矢による援護を行う。


「矢にしても無限にある訳では無いが……」

 前線の入れ替え時にはどうしても隙が出来てしまう。矢の数を気にしつつも、援護を怠って兵が死ねば本末転倒だ。

「間もなく交代が完了します」

「良し、引き続き盾を前面に並べてその隙間から槍で突くように。深追いの必要は無い。周りとの連携を最優先に」


 幾度目かの命令を繰り返したクラファトは、ふと顔を上げた。

「忌々しい断崖だな」

 切り立った数十メートルの崖に挟まれた、息苦しい場所でクラファトは喉の渇きを感じ、腰に下げた皮袋から一口だけ水を飲む。

「戦闘が落ち着いたら、砦でも作って完全にふさいでしまった方が良くないか」


 言葉にしながらも、クラファトはそれが難しいことは承知している。今も国境警備兵の為の小さな砦があるが、狭い街道を塞がぬように渓谷の外にあるのだ。

「あの一二三という男は見つかったか?」

「いえ。今の所そういった情報は入っておりません」

「そうか」


 この時点で、クラファトは一二三の生存をほとんど諦めていた。

 今までも国内外各地で腕自慢という人物に幾人も出会ってきたが、その多くが粗削りにすぎる戦い方をする、一芸に秀でてはいるものの戦人としては不適格な者ばかりだった。いかな国王からの指示とはいえ、どこの誰とも知れぬような人物が一人で戦場を生き抜けるとは思えない。


 それよりも、心配は敵の攻撃にある。

「何か妙な動きは?」

「特にありません。……隊長、もう少し後方にお下がりください。このあたりは前回も謎の攻撃で味方が全滅した場所です」

「いや、ここで良い」


 クラファトは攻撃の正体を突き止めるべく、あえて危険なエリアにまで出て来ていた。過去の指揮官はもっと後方にいたのだが、クラファトは矢が届くほどの場所まで前進している。

 馬上にいる彼は敵からも目立つが、それでもクラファトは敵の動きを見える場所を確保しておきたかった。


「私の命はどうでも良い。それよりも、何かを見つけられるかどうかが問題だ」

「はっ!」

 時折矢が来ると護衛役の兵が盾を持ち上げて馬上のクラファトを庇っていたのだが、それも「視界を遮る」とやめさせて自ら小型の盾を持って矢に対応していた。

 兵士達を見遣りながらも、基本的には遠く見える敵の動きを見ている。


 そして、クラファトの視界に何かが飛び込んできた。

「なんだ、あれは!」

 上空から飛来したそれは、敵の前線部隊の頭上へと落ちた。

 一抱えはありそうな金属の塊は、紙屑のように敵を叩き潰し、双方の前線に少なくない混乱を与える。


「何が起きた? いや、まず兵たちを下げて戦列の立て直しを……」

 追撃を警戒しながら兵を下げさせようとしたが、クラファトは敵のウルハッド兵も後退せずにただ混乱している様子を見せていることに疑問を感じた。

 わずかに逡巡し、クラファトは口を開く。

「十歩後退! その場で防御姿勢のまま待機!」


 副官が復唱し、前線へそれが伝わると共に部隊は緊張感に包まれた。

どの兵士も敵の攻撃の正体について不明であることを知っているのだろう。逃げだしたい程の恐怖感が周囲に満たされたとき、動きは再び崖の上からやってくる。

「よっ、と」

 大小の石を落としながら、崖を滑るように降りてきた一二三は両軍の間にできた隙間に音も無く降り立った。


「俺を放って始めるなよ」

 この時点で、ウルハッドの兵士はもちろん、前線にいるハルカン王国の兵たちも一二三の顔を見知ってはいなかった。

 突然現れた一人の男が、ニヤニヤと笑いながら金属棒を振り回したかと思うと、思い切り地面に打ち付けた。


「あー、国の名前を忘れた。どっちが敵だ?」

「生きていたのか!」

 両軍を見渡す一二三に向かって、兵士達をかき分けてきたクラファトが声をかけた。

「ああ、お前か」

 じゃあこっちが敵だな、とウルハッドの兵たちへと向きなおる一二三の背中に、クラファトがまだ話は終わっていない、と言葉を続けた。


「生きていたのは良いが、いったい今まで何をやっていた!」

「うるさいな。敵の魔導具攻撃の正体を見つけてぶっ壊してきたんだよ。ほら、それだ」

 先ほど落ちてきた金属の塊を指差し、一二三は鼻を鳴らした。

「ふふん。設置役だか機動役だから、何人か兵士がドラゴンらしき奴に殺されていたから、壊さずとも攻撃は無かったかも知れないけどな」


「ドラゴン、だと……? そんな法螺を吹いたところで、確証もない話を信用できると思うか!」

「信用しないならしないでも別にどうでも良い。問題は……」

 一二三はクラファトを一瞥して、再びウルハッドの者たちを見据える。

「ようやく人を殺せるということだ。言っておくが、邪魔をするなよ?」


「人を……? いや、馬鹿なことを言うな! ここは我々の戦場だぞ!」

「鬱陶しいな。邪魔をするなら殺すぞ。……一応蓋はしておくか」

 一二三の足元に黒々とした円が広がる。暗闇よりも濃く見える程の黒色は渓谷の幅いっぱいに広がり、兵士達は正体不明の円を踏まないように味方を背中で押しながら下がった。

「見学だけは許してやろう。このぬるぬるを登ってこられるならな」


 黒い円から、巨大な薄ピンク色のぶよぶよとした何かが浮かび上がり、幅二十メートルほどの渓谷を完全にふさぐ。

 それは一二三が殺したウーパードラゴンの死体だった。

「これは……まさか……」

 柔らかな巨体にぴったりと塞がれた状態を眼前にして、クラファトは絶句していた。初めて見たモンスターだったが、これほどの巨体のモンスターがどれほど強いかなど想像もつかない。


「終わったら片付けるからな。朝飯でも食ってろ」

 言うや否や、モンスターの死体の上から、一二三はウルハッドの兵たちがいる側へと飛び降りた。

 残されたハルカン王国の兵士達は顔を見合わせ、指揮官のクラファトは地面を蹴りつけた。


「何なのだあいつは! 人を殺したいから邪魔をするな、だと? 一体何を考えている!」

 さらには目の前に突然現れたモンスターの死体だ。

「この巨体をどこに隠していた? いや、どうやって出した?」

 クラファトは舌打ちを一つすると、副官に命じて兵士の半数を警戒の為に残し、残りに休息をとらせるようにと命じた。


 ドラゴンらしき死体の向こう側から、立て続けの悲鳴が聞こえてくる。戦いが始まったらしい。

「悔しいが、確かに兵を休ませる機会ではある。あのデカいのをそうそう越えられないだろうし、越えてきた者がいても袋叩きにできるだろう」

「さっきの人物の支援はよろしいのでしょうか?」


 副官は一二三を案じているようだが、クラファトは首を横に振る。

「邪魔をするなと自分で言っているんだ。戦闘音が聞こえなくなったら俺を呼べ。それから改めて戦闘を再開する」

「わかりました。では、隊長も休まれてください」

「いいや。確認しなければならん事がある。あの一二三が死んでから戦闘を再開するにしても、この死体が邪魔だ」


 クラファトは先ほどの黒い円の正体を何かの魔導具を使用したものだと判断していた。

「あれの連れだった女は魔導具の研究者だったはずだ。片付ける方法を知っている可能性がある。というより、あの女が作った道具を使ったんだろう」

 聞き出してくる、と肩を怒らせてクラファトが後方へ向かって馬を進めていくのを見送り、副官は大きく息を吐いた。


 何はともあれ、一二三が登場したお蔭で戦闘が一旦は中断され、兵士達の多くが命を長らえたことには変わりない。口にできないはずだった朝食を食べることができる喜びは、前線に近い場所にいた兵士程重く受け止めることだろう。

「一二三さんという名前だったか。俺はあんたに感謝するよ。強いらしいのも信じるから、生きて帰って来いよ」


 その時は酒でも奢るよ、と副官は呟いて部下たちにクラファトの命令を伝えた。

 暫くは編成に時間がかかったが、十分もしないうちに安堵の表情を浮かべた兵士達が後方の野営地へと向かい始める。

彼らと入れ替わる様に、小柄な少女がテテテ、と副官に向かって小走りに近づいて来た。野営地にいたはずのウィルだ。


「おや、クラファト隊長が呼びに行ったはずだが……」

「着替え中に天幕を開けたからぶん殴ってやったら気絶したわよ」

「えっ?」

「変態の覗き魔なんかより、一二三が見つかったって……何これ?」

 ウィルが指差したのは、ぬるぬるとした粘液をじっとりと流しているウーパードラゴンの死体だ。


「さっき、その一二三さんが出てきて置いて行った、というよりどこからか取り出したと言うか……。俺にもわからん」

「ふぅん……。え、これってひょっとしたら水棲ドラゴン!? ちょっと手伝って! 腐る前に内臓を取り出すから!」

 死体の正体に気付いたウィルに引き摺られ、副官は巻き込まれた数人の兵士と共に死体を切り開くことになった。


「くぬぬ……何よこれ!」

 死体の表面は柔らかいが、粘液のせいで刃はすべり、切り開くどころか傷すらつかなかった。

「死んでいてこれだ。こんな奴を一二三さんは倒したっていうのか……」

「わかったでしょ? そう簡単に殺されるような腕じゃないのよ。……まったく、これじゃ埒が明かないわ」


 ドラゴンの向こう側に向けてだろうか。ウィルは上に向かって大声で叫んだ。渓谷の中で、ウィルの甲高い叫び声は良く響く。

「一二三! 素材が取れるんだから、さっさと終わらわせて手伝ってよ!」

「五月蠅い! それくらい自分でやれ!」

「やれないから言ってるのよ!」

 返事が来た事にも驚いたが、副官はこの戦場に少しも緊張感を見せない二人に驚愕していた。

お読みいただきましてありがとうございます。

次回もよろしくお願いします。


※お知らせ

 本日より数日更新を空けます。

 短期間に何度もお休みさせていただいて申し訳ありません。

 再開後は『王族に転生したから暴力を使ってでも専制政治を守り抜く!』

 と交代でこれまで通りの隔日更新とする予定です。

 ご迷惑をおかけしますが、何卒ご理解の程、宜しくお願い申し上げます。

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