96.立場表明
96話目です。
よろしくお願いします。
「やあやあ、こんにちは!」
小さいが頑丈な作りの箱馬車を操り、一人の優男が片手を上げて挨拶をする。
それを見たオーソングランデ国軍の国境警備兵たちは一瞬呆気にとられたが、それが国境を含めた周辺の領主であるランスロット・ビロン伯爵その人であると気付くと、瞬時に慌て始めた。
「そう慌てる必要は無いよ。ぼくはただ、ちょっと国境を通して欲しいだけさ」
「そういう言い方では警戒されるだけです」
馬車の中から出てきたのは、濃紺の髪を揺らす一人の魔人族女性だった。彼女を見て、国境の兵士達はにわかに警戒の色を見せたが、意に介した様子も無い。
「ビロン伯爵家に仕えるサーラです。責任者の方とお会いしたいのですが」
「面倒だから、通してくれるならそれでも良いんだけど」
軽口をたたくランスロットは、サーラに睨まれて口を噤んだ。
「馬車はオレたちが見てますから、どうぞ領主様方はお話合いをしてきてくださいよ」
「そうそう。少し休憩したいしね」
護衛として馬車の後ろから歩いて付いて来ていた魔人族と獣人族の冒険者たちが言うと、サーラは小さくため息を吐いた。
「アルダートたちに休みを与える必要があるのはたしかです。ランスロット様、行きましょう」
「仕方ないね」
渋々といった様子で馬車からおりたランスロットは、サーラを連れて兵士達に向かって貴族の身分証明となるコインを見せた。
「案内よろしく」
兵士に連れられて国境砦近くにある詰所へと向かうランスロットたちを見送った冒険者たちは、馬車の横で地面に腰を下ろした。
残っている兵士達にじろじろと見られているが、今のオーソングランデ東部で獣人や魔人族が珍しくなっているのはわかっているので、気にはしていないようだ。
「しかし、なんだって伯爵様は自分の兵士じゃなくてあたしたちを護衛にしたの?」
猫獣人のミンテティが疑問を口にすると、犬獣人のクレが肩をすくめた。
「今さら何を言ってんだか」
「説明を聞いてなかったのか? お前は憶えているだろうな、イルフカ」
自分と同じ魔人族の冒険者であるイルフカが無言で頷いてを見遣ってから、アルダートは一人だけ理解していないらしいミンテティに向けて口を開いた。
「領主様はホーラントの王様に会いに行くらしい。その前後にひょっとしたらホーラント国内を移動する可能性が出てくる。だからホーラント国内の兵士や領主を刺激しないようにオレたちを雇ったって話だったろう」
実の所、アルダートが話しているのは表向きの理由でしかない。ランスロットの本当の目的は、ビロン伯爵領の兵士が動いていると王政府に動きを悟られると考えたからだ。
今回の出発も、早暁に人の目が無い事を確認して密かに出発している。
「にしても、また領主様の依頼を受けることになるとはね」
ミンテティが言うと、全員が顔を合わせた。
「金が無いのが問題なんだ……」
「そうだぜ。金がなぁ……」
アルダートとクレが呟くと、イルフカも顔を伏せた。
以前、一二三に付いて回った地獄のような日々を過ごした彼らは、苦労に見合う以上の報酬をランスロットから貰って、しばらくは悠々自適生活を過ごしていた。
「今考えれば、調子に乗ってあれこれ買いすぎたんだ」
「何言ってるのさ。あんたたちが高い酒ばっかり毎日飲むのが悪いのよ」
アルダートとミンテティが睨み合っていると、クレは鋭い爪で頭を掻く。
「使っちまったもんはしょうがねぇよ。とりあえず稼ぐしかねぇ。都合よく仕事を貰えただけでもマシだと思おうや」
イルフカがその意見に同意するように頷く。
「それに領主様から“信用できる”と言われちゃあ、やるしかないよな」
オーソングランデ貴族内にあって、西部はトオノ伯爵を中心に共生派が主流になっているが、東部については王政府直轄地と血縁者が多い事もあり、基本的に排斥派のエリアとなっている。
その中にあって、明言はしていないまでも共生派と目されているランスロットは、オーソングランデ東部に住む亜人たちにとって希望でもあった。
「どうにもきな臭ぇ話が聞こえて来たしな。……オーソングランデ内乱だったか? 東部の貴族領に向けて王城から兵を供出するように指示が回ってるそうじゃねぇか」
「あくまで噂でしょ?」
「とは、限らない」
沈黙を守っていたイルフカが、ミンテティの言葉に応えた。
「実際に各地のギルドでは食料などの運搬を手伝う仕事が増えているし、兵士達が移動している姿も増えているようだ」
「だが、ビロン伯爵様は兵士を出してないんだろう?」
それが示すことは明白だった。
「伯爵様、完全に共生派として動くつもりなんだな」
亜人たちにとって喜ばしいことではあるが、それは同時にビロン伯爵領が泥沼の内戦に巻き込まれるのが確定的になったことを示すものでもある。
「こりゃあ、この先しばらくは落ち着けそうにないな」
「あの旦那……一二三さんがいてくれりゃ楽勝なのにねぇ」
今はどこで何をしているやら、と四人そろって空を見上げた。
☆★☆
「いつまで寝ている!」
「ふぎゃっ!?」
陽が昇り始めたころ、クラファトの叫び声で叩き起こされたウィルは天幕から転がるように出てきた。
「渓谷に侵入してきた敵の姿が確認できた。谷の入口に布陣して押し込む予定だが……あの男はどうした?」
「知らない」
混乱している状況で、大あくびをしたウィルは目を擦りながら答えた。
「結局昨日はここに帰ってこなかったし、どこに行くかは聞いてないし」
「なんだと!?」
クラファトは前日に渓谷で一二三の姿を見ている。彼が谷の調査をしていたことも見ていた。
「そうすると、もう死んでいるかも知れないな……」
勝手な真似をするからだ、と言いながらもクラファトは奥歯を噛みしめた悔しそうな表情を浮かべている。
「あの時私が無理にでも連れて帰るべきだったか」
「騎士さん、割と良い人だったのね。一二三のことも認めて無かったみたいだから、他の騎士みたいに平民に乱暴な人かと思ってた」
不意にウィルから褒められたクラファトは慌てて顔をそむけたが、その耳は赤く染まっている。
「な、なにを言う……」
「でも、心配いらないと思うなぁ」
まだ完全に目が覚めていないらしいウィルは、立ち上がって背伸びをしながら暢気な口調で呟いた。
「あの一二三さんがそう簡単に死ぬわけないし」
ドラゴンを一人で倒したくらいだし、とウィルが付け加えると、クラファトは胡乱な目を向けた。
「まだ信じて無かったの?」
「私は自分で見るまでは信じない」
とにかく付いてくるようにと言って歩き始めたクラファトに、天幕からポーチを引っ張り出したウィルは渋々従う。
「どこ行くのよ」
「護衛を付ける。安全な場所に隠れていろ」
すぐ近くで待機していた兵士達を呼び寄せたクラファトは、ウィルを連れて後方から戦況確認をするように命じた。
「何人かが逃げてくるようならお前たちもすぐに逃げろ。ただし、この娘だけは間違いなく陛下の下へ逃がすように」
「あんたはどうするのよ」
兵士達に囲まれて憮然としているウィルの言葉に、クラファトは顔を向けずに呟いた。
「決まっている。最前線で兵を率いて戦うのだ。その為にここにいる」
そしてその戦いに巻き込むわけにはいかない、とクラファトはウィルにきつく待機を言いつけてから走り出した。
クラファトを追うように、多くの兵士達が渓谷へ向けて走っていく。
「一二三、あんたどこにいるのよ」
つい先日までハルカン王国の騎士や兵士は敵に見えていたウィルだったが、言葉を交わすと流石に死んでも気にしないとは言えなかった。
お読みいただきましてありがとうございます。
ネット回線の不調で調べものが進まず、少し短くなってしまいました。
申し訳ございません……。
次回もよろしくお願いします。