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93.総力戦に向けて

93話目です。

よろしくお願いします。

「一体、何がおきておるのか!」

 神聖オーソングランデ皇国皇王オレステ・ランテ・オーソングランデは激高し、玉座の肘掛けを殴りつけた。

 オーソングランデは皇女サロメを中心にメンディスを筆頭とした皇国軍と排斥派の諸侯軍、そして神聖イメラリア教が有する戦力をまとめた計画を進めていた。


 イメラリア教側があまり情報を出さず、独自に行動する部分を多く求めた事と、排斥派の貴族から離反が出始めた事で貴族間に動揺が広がったため、編成は遅々として進まなかった。

 ようやく軍としての形が整う目途がついたというあたりで、皇王はヨハンナが魔国入りした事と、共生派貴族がこぞって魔国へ協力する動きを始めたと報告を受けた。


 このまま魔国と共生派貴族の連合体制が確立すれば、想定していたよりも大きな勢力との戦いになる。

 兵力だけではない。魔国には一二三とオリガが入っているという情報もあり、魔国の前王であるウェパルも戦力として強大だ。

「……こちら側の準備はどうなっておる」


「はい、お父様」

 王の隣に立っていたサロメが頷く。

「メンディスを大将に据えた我が国の軍勢は、号令があればすぐにでも動けますわ。ホーラント国境側の諸侯軍が合流するのに十日程かかりますけれど、すでに命令は下しております」


「もう動かしているのか」

「軍は数がまとまっておらねば役に立ちませんわ、お父様。一人で千の軍勢に匹敵するあの一二三やオリガのような人物であれば別ですけれど、こちら側で彼らと拮抗できるのはメンディスくらいですわ。あとはイメラリア教の三騎士……いまは二人でしたわね」

 全員がまとまって行動しなければ勝ち目は薄い、とサロメは明言した。


 敗北の可能性を臆することなく語る皇女に、謁見の間にいた者たちは視線を泳がせる。誰もがその可能性は考えていたものの、王に対してはっきりと口にする勇気は持ち合わせていなかったのだ。

「有象無象どうしのぶつかり合いは、放っておいても余程の不利な状況や愚か者が率いていなければ数の問題ですわ」


 メンディスや三騎士の生き残りを護衛しつつ、敵の中枢に運び込むのが兵士達の仕事である、とサロメは語る。

「数を揃えて押し出すだけで、魔人族であろうと獣人であろうと壁の役には立ちます。貴族たちが連れてくる諸侯軍と地方の王家直轄地警備に回している兵士達を全てまとめて行動させるつもりです」


「馬鹿な。それでは直轄地の警備が手薄になるではないか」

「心配いりません。多少魔物に食われる程度で、そこまで数が減る事も無いでしょう。また、頭数を増やすために犯罪者や税を納めきれない農夫なども徴発しています」

 勝手な真似をしているサロメに対し、王は叱りつけようと口を開いた。だが、先にサロメの方が言葉を続けた。


「これから始まる戦闘は、きっと最後の戦いになりますわ。オーソングランデ皇国が存続できるか否かの試金石になります。出し惜しみなどしている場合では無いでしょう」

「しかし……」

「ご安心ください、お父様。全て終わってから、何もかもを元通りに直してしまえば良いのです。邪魔者を気にする事無く」


 その後の言葉は、サロメが唇を寄せた王の耳にしか届かなかった。

「この戦いで神聖イメラリア教は力をさらに落としますわ。そうなれば、お父様が教団の実権を司祭長テスペシウスから奪うことも容易でしょう」

「……わかった。委細はお前に任せる」

「わかりました。お任せくださいな、お父様」


☆★☆


 一二三とウィルは、兵士達が野営している場所から離れて天幕を設営した。だが、中に入って眠るのはウィルだけだ。

「俺は野宿で良い。周りが見えないテントは不意の襲撃を受けた際に無防備になる」

「無防備? あんたが? どうせ近づいただけでわかるし、天幕ごとぶった切るでしょ」

 とても想像できない、と首を振っているウィルの顔を革手袋に包まれた一二三の左手が鷲掴みにした。


「ついて来たのは仕方が無い。だが、最低限自分の身は守れよ。お前が死んだら帰還の手段が無くなる」

「わかった、わかったから! でもあたしも役に立つ……いだだだだ!?」

 圧力が増した指がウィルの頬骨を鳴らす程に食い込む。

「大人しくしていろ」


「……ひゃい」

 返事をしたウィルはようやく解放され、逃げるように天幕の中に入って行った。

「……さて」

 ウィルが大人しくなったのを見届けた一二三は、ちらりと兵士達の野営地を見て、護衛を立てて休憩を取り始めたのを見遣ると、戦場になっている谷間へと向かった。


「血の匂いが残っているな」

 幅二十メートルほどの狭い谷間を歩くと、あちこちに黒い血痕が残っている。指やつま先など、切り離された身体の一部があちこちにころがり、馬の死体や武器、盾なども壊れたままで打ち捨てられていた。

 戦いの、殺し合いの空気が濃厚に漂う空間を、一二三は堪能するようにゆっくりと歩いていく。


 やがて、ある場所へたどり着いた。

「……ここか」

 そこには、ハルカン王国兵の死体がまだ大量に残っていた。百体近い数の死体が無造作に転がっており、そのほとんどが体中に無数の穴を穿たれている。

 数体ある見慣れない武装をした死体は敵国の者だろうか。一二三はそのうち一体をつぶさに観察していく。


「なるほどな」

 死体は他のハルカン王国兵同様に穴だらけではあったが穴から流れた血の跡は小さく、別に腹部を大きく切り裂かれていた。状況からして、その傷が致命傷になったようだ。

ハルカン兵が受けた攻撃を共に受けた時、この兵士は既に死んでいたのだろう。

「穴だらけ、か」


 状況までは一二三にも想像できた。

 この場所で接敵した二つの部隊は、この兵士を含めて互いに幾ばくかの犠牲者を出したのだろう。そこで敵は退き、何らかの攻撃でハルカン王国兵を纏めて殺害したのだろう。

 短刀を取り出した一二三は、兵士達の死体の衣服を剥ぎ取って行く。

 胸のあたりを見ると、無数の穴が骨も無関係に貫通しており、背骨など特に固い部分でのみ軌道が逸れている。


「ふぅん。結構な威力だな」

 その傷の形状から、一二三はある事に気づいて立ち上がった。

 検証の為に周囲の状況を確認しようとしたとき、背後から近づいて来る気配を感じて振り向く。

「……クラファトか」


「お前か」

 やって来たのは、十名ほどの兵士を連れたハルカン王国騎士クラファトだった。

「こんな所で死体から追い剥ぎか?」

 クラファトは斥候も兼ねて被害状況を確認する為にここまで来たのだが、先に一二三が居た事は意外だったようだ。


 クラファトの冗談めかした言葉に応えようともせず、一二三は服をはぎ取った死体を指差した。

「これを確認しに来た」

「これは……やはり、何かしらの魔道具に因るものか。石つぶてか何かか?」

 クラファトは、敵の攻撃が強力な石つぶてのようなものだと予測していた。無数の石つぶてを受けて身体中を穴だらけにされたのではないか、と。


 しかし、一二三はクラファトの言葉を否定した。

「石つぶてのような形状だと、こんな傷にはならない」

「なんだと?」

 クラファトの目の前で一二三は死体の首を掴んでまっすぐ掲げると、死体の腕にある傷の中に指を差し入れた。ずぶずぶと指が入っていくのを、クラファトも部下たちも顰め面で見ている。


「うっ……」

 兵士の誰かが吐いたが、一二三のクラファトも視線を向けない。

 クラファトは、一二三の指先が腕を貫通したのを見ていた。

「“つぶて”ならば、こうはならない」

「そ、そうなのか?」


 死体を寝かせた一二三は、懐から取り出した小さな金属の塊を思い切り死体に投げつけた。飛び道具として時折使う“ひづめ”だ。

 鈍い音がして身体にめり込んだ蹄は、内臓に阻まれて体内に残る。

「余程の高速でなければ、胴体まで貫通させることは不可能だ」

 さらに、その傷口を指して一二三は言う。


「今の攻撃が当たった部分の傷を見ろ、傷口は不揃いに破られている。これが鎧なら、大きく凹むだろう」

 対して、敵の魔道具による攻撃で受けた傷は、綺麗に円形の穴を開けていた。鎧がある場所でも、革でも鉄でも関係無くぽっかりと。一部曲面に当たった分だけが逸れたようだ。

「針、だな」


 傷の方向が平行になっている物が多い事も含めて、一二三は見解をまとめた。

「無数の針が一気に側面から飛んできたんだろう。そして、ここにいる兵士達はまとめて撃ちぬかれたわけだ。革も鉄も鎧を貫通しているあたり、なかなか強力だな」

 感心するように頷く一二三の前で、クラファト達は息を飲んだ。

「だとしたら、どうしたら……」


「さぁな。自分で考えろ」

 調査を続けると言った一二三を残して、クラファトは部下と共に足早に離れていく。この場にいるだけでも恐怖心を掻き立てられるのだろう。

 彼らの姿が見えなくなると、一二三は袴の股立ちを取って脛を出すと、二度程屈伸をして谷を形成する崖を見上げた。

お読みいただきましてありがとうございます。

次回もよろしくお願いいたします。


※今回から従来通りの更新ペースを予定しておりますが、

 時折お休みが入る可能性があります。

 極力隔日更新で行きたいと思いますが、更新が無かった時はお許しください。

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