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92.自分勝手に

92話目です。

間が空いて申し訳ありません。

「ご子息のお誕生、おめでとうございます。その……一二三様の件については別にして、兎にも角にもお祝いだけは言わせていただきます」

 魔国ラウアールの王城、現在は『魔王城』とも呼ばれる城に到着したのは、五百名以上の獣人族兵と同数程度のオーソングランデ貴族私兵。そして共生派の貴族たち数名であった。


 彼らを連れてきた羊獣人の商人であるエクンは、簡単な挨拶だけをして脇に下がり、今はメグナード・トオノ伯爵がオリガやヨハンナに向かって膝をついている。

 他の貴族たちは困惑していたが、結局はメグナードに倣った。

 オリガは暫定的ながら魔王を名乗るこの国の王であり、一二三が戻って魔王へと就任すればそのまま王妃となる人物だ。


 ヨハンナもオーソングランデ王家と袂を分かっている状態ではあるが、皇女という身分に変わりは無く、メグナードとしては彼女を旗印にしたいという狙いもある。

「遠路はるばる、よくお越しくださいました。色々と話もあるでしょうけれど、まずは身体を休めてください」

「お気遣いはありがたいのですが、先にお伺いしておきたい事がございます」


 オリガの言葉に、メグナードは感謝の意を表しながらも強い意思を持って視線を向けた。

「オリガ様、ヨハンナ様もですが、今後何をなさるおつもりなのでしょうか? 我々はそれをお伺いしたく馳せ参じました」

 メグナードはオリガの視線に怯えていた。柔らかく微笑む、母親の慈愛を思わせるような表情ではあったが、感じるプレッシャーは獰猛な魔物のそれと大差がない。


「私は、ただ主人が帰ってくる場所を守るだけです。そして、主人はウェパルさんと約束をしました。この国の体制が落ち着くまで、その手伝いをする、と」

 ウェパルは研究の為にこの場におらず、オリガが代わりに説明することになった。

「どのくらいの期間がかかるかはわかりませんが、一時的な事にはなるでしょう。主人はそういう人ですから」


 口元を手で隠してクスッと笑い、オリガは話を続ける。

「この国は魔国と言いながら実際の人口は人間の方が多い状況です。ですが、支配階級が魔人族ばかりであり、政治的な不均衡から勘違いした者が生まれました。その人物は、すでに主人によって倒されております」

 力に従う警告がある魔人族が納得する王として一二三を引っ張ってきたウェパルだったが、自分の置き土産のせいで異世界へ飛ばされてしまった。


 そこで、暫定的にオリガが女王としてその地位についたのだが、魔人族たちは意外と素直に従っている。

 オリガと共に魔国入りした、ミーダットら獣人族兵たちから噂されたオリガの実力と、ウェパルやその部下であるフェレスやニャールが語る八十余年前の出来事からも、魔人族たちは概ね女王を認めていた。


「わかりました。では、ヨハンナ様は如何お考えでしょう? 我々共生派としては、ヨハンナ様が新たに立てられた正統イメラリア教に対して、多くの支援を行う事も当然考えております。ですが、全てはヨハンナ様のお考えを確認させていただいてからの事です」

 これはメグナードがヨハンナに向ける言葉としては些か強い言葉だった。つまりヨハンナ自身の変節があるなら、支援は行わないと言っているようなものだからだ。


「ありがとう。ここまで来てくれたことも、わたくしの話を聞いて、支援をしてくれるという意思にも感謝するわ。そして、わたくしの考えを聞いてからという事ですが……」

 ヨハンナの言葉を、メグナード他貴族たちは固唾を飲んで待っていた。

 元は会議の為のホールであった場所で、オリガとヨハンナが並んでいる前に肩を並べ、彼らは自らの運命が決まる一言を待つ。


「わたくしは、もうオーソングランデを必要だとは思っていないわ」

 ヨハンナがそう語る真意がわからず、メグナード達は押し黙ったままで続く言葉を待った。

「メグナード・トオノ伯爵。そして多くの共生派に協力してくれるみんな、貴方達と、そしてこの場に来る事が敵わなかった貴族たちに考えて欲しい事があるの」


 ヨハンナは立ち上がり、その場にいる者たちを見回す。

「新しい国を作ります。ここにいるオリガ女王やウェパルさんたちの協力を得て……そうね、オーソングランデの国土を半分貰おうと思うの」

「あ、新しい国、ですか?」

 突拍子もない事を言い出した、と貴族たちは顔を見合わせていた。


「そう、新しい国。お父様やサロメ、そして旧いイメラリア教が目指す人間至上主義の国では無い、本来イメラリア様が作ろうとした多種族が共生する国を」

「で、ですがヨハンナ様。それではオーソングランデの人間至上、他種族排斥主義は残ることになりますが……」

「捨て置くわ」


 ヨハンナはにっこりと笑って、メグナードがいう不安をばっさりと切り捨てた。

「捨て置く、とは……」

「向こうが手出ししないなら、こっちも無視する。そう上手くはいかないでしょうけれど、あっちが何かしたいなら、好きにやらせれば良いのよ。逆に、わたくしも好きにするわ」

 一二三やオリガの自由さは、他者の視線を完全に無視して自らの望む物をただ求める強さである、とヨハンナは語る。


「イメラリア様は一二三様やオリガさんの強さを目の当たりにして、自らが立つことを考えるようになったのよ。わたくしは王族とはいえ世継ぎでは無いから、オーソングランデがどうなると知らないわ」

 人間だけを優遇して良い世の中になると思うなら、試してみれば良い。だが、それに自分たちが付き合う必要は無い。


「し、しかし、共生派にはビロン伯爵家のように領地が国土の反対側に位置する者も降りますれば……」

「それなのだけれど……」

 ヨハンナは座っていた椅子の肘掛けに置いていた一部の書状を取りあげ、メグナードへ手渡した。


「ビロン伯爵からの手紙。わたくしたちが魔国に入った事を知って、すぐに動いたそうよ」

 その内容は、ビロン伯爵領及び隣接する貴族領は一斉にホーラントへと属領先を鞍替えすると宣言する内容だ。

「お、オーソングランデから離脱する、と……」

 声に出しながら読み進めていくメグナードの周囲で、あまりの大胆さに顔を青くしている者もいる。


「国内で“発生するであろう”騒動に乗じて宣言し、一方的に国境線を引き直すと書いてあるわね。流石は有名な近衛騎士隊長サブナク・トワストの子孫ね。やる事がいちいち大胆だわ」

 感心するように頷くヨハンナの隣で、オリガは口元を押えて笑みを堪えていた。彼女が知るサブナクという人物は、どこか及び腰な所がある青年なのだ。大胆なようで空回りしやすい。ある意味、イメラリアに似ていた。


「発生するであろう騒動とは、つまり……」

「オーソングランデを二分……いえ、今回の場合は三分割ね。する内戦の始まりと言う事よ。こっちも無理やり国境線を引くけれど、大人しく見ているはずがないもの」

 これに味方するか否か、メグナード達は選択を迫られる事になった。


☆★☆


 ハルカン王国と隣国ウルハッドの間には、険しい岩山が連なって天然の国境となっている。

 峻険な岩山は山頂には雲がかかる程の高さを誇る物も多く、いずれも切り立った崖のような岩壁が続き、登頂には登山などという生ぬるい言葉は使えない。

 その中心部分を、幅が約二十メートル程の谷が山脈を切断するように貫いている。唯一この谷だけが、両国を行き来する通用路となっていた。


 平時であれば商人や狩人が行き来する谷だが、今では兵士達の血や指が落ちており、怪我人や死体を後送する兵士達とその護衛役の兵士たちがそれぞれの国から出てきては、互いに睨み合いながらピリピリと張りつめた空気を作っている。

 特にハルカン王国側の緊張感は大きなもので、未だに敵であるウルハッドが使っている魔導具の正体が掴めていないのだ。


 兵士そのものが何か変化しているというわけでもなく、武器も互いに使っているものに大差はない。前列の者たちが槍をしごいて突撃し、後輩からは弓矢による牽制や援護がある。

 乱戦となれば剣や斧、棍棒などの出番だ。

 そして、数度のぶつかりあいのうちに、時折ウルハッドの兵が一斉に退く。その度に最前線のハルカン兵たちが斃れるのだ。


「気に入らないな」

 一人のハルカン王国の騎士が吐き捨てるように言った。

「ですが、王命ですので……」

「だから気に入らないと言っているのだ」

 副官の兵士が宥めるように言うのを、唾を吐いた騎士は言葉を被せるように続けた。


 騎士の名はクラファトと言い、数日前の戦いで負傷した騎士の代わりに部隊を率いるため、前線へとやってきた。その際に、一二三たちを前線へ案内するように命じられている。

 彼の視線の先では、一二三という奇妙な服を着て武器も持たない男が、少女を連れて谷の光景を見つめていた。

「……素人が軍の中にいると全体のバランスが崩れる。統制にも支障が出る。一体、陛下は何を考えておいでなのか」


「クラファト隊長。彼はずいぶんと腕が立つようです。なんでも、大型のドラゴンを一人でしとめたとか」

 凄いですね、と興奮気味に話す副官はクラファトと共にやってきたのだが、出発前に色々と情報を集めたらしい。だが、クラファトは鼻で笑った。

「そんな荒唐無稽な話を信用する方が、どうかしている。問題はもっと目の前に現実として転がっているものだ」


 そう言って、馬から降りたクラファトは一つの死体へと近付いた。

 それはハルカン王国の兵士の死体であり、正体不明の攻撃で命を落とした者だった。無数の小さな穴を穿たれた死体は身体中から血を流しきっており、どこか枯れたような印象だった。

「山師に付き合っていると、お前もいずれこうなるぞ。とにかく、あの一二三とかいうのとチビの魔道具屋は放っておけ」


 クラファトは兵士達に話を聞いて、敵の攻撃の正体を割り出す事を最優先にした。そうしなければ、いつまでもこの戦いは終わらないのだ。

お読みいただきましてありがとうございます。

次回もよろしくお願いします。

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