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91.売るモノ、買うモノ

91話目です。

よろしくお願いします。


※あとがきに更新についてお知らせがあります。

 商人の名はデリオと言った。

 四十歳を越えたころの年齢で、十代の前半から旅をしながら金を溜めて別の町で店を立ち上げ、そこから一代で王都に店を出すまでになった気鋭の豪商だった。

 本人もそれなりに戦える程度の腕はあり、一二三の威圧感には正直笑顔が崩れてしまいそうだったのだが、どうにか堪えた。


 その結果、滅多に手に入らない地上型ドラゴンまるまる一頭分の素材を扱う機会を得た。

 人間に対する目利きにも自信が出たデリオだったが、ドラゴンの外傷を確認しながら思考はこの高価な素材に対する扱いを考えていた。

 一人で抱えて捌けないことも無いが、高価な素材を使った武具は王城が買い入れる事が半ば慣習と化しており、それらは出入りの貴族や功績のある騎士へと渡されるのだ。


 王城が威厳と戦力を維持するための策であったが、商人としてはまず間違いなく買い取ってくれる相手がいるような物だ。

 王城の担当者に対して賄賂や接待を駆使し、別の場所では商売敵を陥れる策を使ってようやくこの地位を手に入れたデリオは、今回の仕入れを王に直接取り入る最大のチャンスと見た。


 王城では無く、王自身と顔見知りになることは商売人として最高の顧客を得るに等しい。国家の予算を扱える人物との縁なのだ。

「その為なら、目先の利益が多少減るくらいはなんでもない」

 そう判断したデリオの提案に売主である一二三は納得した。

 商売上の判断をすぐに理解した一二三に内心驚いたが、彼は商売敵にはなりえない事もデリオには分かっていた。


 一二三からはモンスターだけでなく人を殺した者が持つ独特の雰囲気があったからだ。

 自衛の為にモンスターを殺すことは珍しくは無いが、相手が人であれば別だ。そこでしみついた雰囲気を消して商売人の仮面を被れるなら可能だが、一二三自身は抜き身の刃のような空気を隠そうともしない。

 王城が手配を回していると狩人の間で知られていると聞いている魔導陣使いのウィルを連れていたが、デリスにとってそれは些事に過ぎない。


「登城の許可が下りました。早速ですがお城へ行きましょう」

「ずいぶんと早いな」

「ハルカン王国の王様は決断の早い方です。なんでもお若い頃にはハンターとして強力なモンスターを相手に戦っていたとか」

 慣れた様子で準備をして、得意客を臨時で泊めるための客室へとデリオが呼びに行くと、一二三はすぐに出られると答えた。


「あたしは留守番ね。高く売って来なさいよ。それでこれからの予定が決まるんだから」

 前日、慣れ慣れしいウィルの態度を見てデリスは一二三と同室にしようとしたのだが、双方から拒否された経緯がある。

 どうやら大金が必要なようだが、デリスは二人が一緒にいる理由が良くわからなかった。

「では、参りましょう。なに、すぐそこです」


 デリスの先導で歩くこと十分程。城の正門までたどり着くまでに本当に大した時間は必要なかった。閉ざされた大門の脇に立つ兵士に声をかけ、デリスは一二三と共に小さな通用門をくぐる。

「良く来られた。ドラゴンの素材を手に入れたと聞いたが?」

 玄関の前で出迎えた初老の男性はデリスに話しかけながら、肥えた腹を揺らして機嫌よさ気に笑った。


「これは、アノキアト子爵。ドラゴンはドラゴンでも、大型ドラゴンですぞ。骨も革も使える一級品です」

「それは素晴らしい! 陛下にご覧いただくのに、私も立ち会う事になったのだよ。いや、楽しみだ!」

「当然でしょう。アノキアト子爵は王城の調達官長なのですから、是非吟味いただかなくては」


 デリスが言う調達官というのは王城で買入れするもの一切を取り仕切る役であり、大元は戦の準備を行うための武具や食料を買い入れる責任者から始まった役職だった。

 その権限は強く、商人たちは彼や彼の部下を通してでなければ城に物品を納入できない。故にアノキアトの懐には多くのまいないが集まる。

 デリスが城に話を入れたのも、このアノキアトを通してだった。


「陛下とお繋ぎ頂けたのも子爵様のお蔭でございます。この件でも、何卒良いようにお計らいくださいませ」

「ん。任せておけ」

 胸を張って大仰に頷くアノキアトを、城にいる者たちは白い目で見ている。立場を利用して偉ぶってはいるものの、城内では所詮購買担当者の一人に過ぎない。役職の特殊性から賄賂を多く得られるだけであって、他の部署から命令のように品物を用意しろと言われる立場でもあるのだ。


 デリスはアノキアトの立場も性格も把握したうえで、わざとらしいまでに持ち上げる言葉を続けていた。できるだけ一二三にアノキアトの視線が向かぬように立ち位置を調整し、質問を口にする前に言葉をかける。

 だが、デリスは違和感を感じていた。城の前にいた一部の兵士達が一二三を見る視線が奇異や好奇心ではなく、驚きと憎悪を含んでいたからだ。


 人目につかぬ場所ということで、城の敷地内にある広場へと向かう間、デリスは一二三にそっと耳打ちした。

「ウィル様については内密にお願いいたします。彼女の事は知らぬという事で」

「心配するな。あいつの事は何にも知らん」

「なら、良いのですが」


 ここでデリスは大きな失敗をしていた。ウィルに関する事では無く、一二三自身が城の兵士達と何かあったかを聞くべきだった。

 一二三は、この世界に呼び出された最初の戦いで、王命でウィルを狙ってやってきた兵士達を惨殺し、一部はわざと逃がしている。

「この場所なら充分だと思うが……本当に、そんなに大きなドラゴンの死体を手に入れたのか? 運ぶにしても苦労するだろう」


 心配しているアノキアトに対し、デリスは問題無いと請け負う。

「運び込みはすでにしております。ではでは、陛下がいらっしゃるまえに用意してしまいましょう。では、一二三様。お願いいたします」

「彼が何かするのかね? ……な、なんと!」

 どすん、と大きな尻を地面について、アノキアトは目の前に出現した大型ドラゴンを見見上げる。


「ど、どういう魔導具を使ったのかね?」

 驚きに一二三を見上げるアノキアトの前に身体を差し込み、デリスはニコニコと営業スマイルをセットにしてアノキアトが立ち上がるのを手伝った。

「彼は特殊な魔導具使いでして、このドラゴンも彼の実力で倒したのですよ。どうですか、傷は片目だけ。鱗も骨も余すことなく使用できる一品ですよ!」


 デリスは一二三の功績を隠す事はしなかったが、さらりと流してアノキアトの背中に手を当ててドラゴンの方へ促し、その視線を恐ろしげな顔の前まで勧めた。

「う、うむ……いや、これほど近づかなくとも良くわかる。よーくわかるとも!」

 ドラゴンの迫力に怯えてしまったようで、アノキアトはデリスの腕から逃れるようにして大きな死体から距離を取って死体の背中側に回った。


「革は防具に。骨も頑丈な盾や鎧に使えますし、鋭利に研ぐことで下手な剣よりも頑丈で鋭い逸品が仕上がりますよ!」

 デリスのプレゼンが続く中、手持無沙汰だった一二三は十名ほどの集団が近づいて来るのを感じて振り返った。

 ほどなく、分厚いマントを付けた五十がらみの大柄なひげ男が多くの騎士たちを連れてやってきた。


「……なるほど。見事だな」

「これは陛下! 本日はお忙しい中、時間を割いていただき……」

「良い。長い挨拶は好まぬ」

 膝をついて挨拶の言葉を並べ始めたデリスを遮り、陛下と呼ばれたひげ男はドラゴンには一瞥したのみで、一二三の方へと視線を向けた。


「兵士から聞いたが、お主が魔導陣使いのウィルという女を守って戦った者か?」

「少し違う。俺があいつに用があって、死んだ連中は邪魔をしたばかりか武器を向けた」

 目礼すらせずに、一二三はひげ男と立ったままで視線をぶつけていた。

 騎士やアノキアトが「平伏せよ」と声を上げているが、一二三にはまるで聞こえていないかのようだ。


「わしもあの女に用がある。あの女……たしかウィルと言ったか。あれは自由にしていて良い逸材では無い。国で保護しておかねば他国からの刺客が行く可能性もあり、魔導陣の技術もまた無駄になるだろう」

「俺に剣を向けた連中は、保護なんぞという雰囲気では無かったぞ。あいつの家は破壊され、研究が盗まれたようだからな」


 破壊された家を見ていた一二三は、間違いない事だと言った。

「なるほど、な……わしはこの国の王トーマルタン・ハルカン。お主は?」

「一二三だ」

「変わった名だ。では一二三、まずはわしの部下が迷惑をかけた事を詫びよう」

 平伏せぬ相手に、王は会釈程度だが頭を下げた。その事に周囲の者たちは驚いていたが、王は顔を上げた直後、隣に立っていた兵士を殴り飛ばした。


「うぐっ!?」

 突然の事で、頬を押えながら目を白黒させている兵士は涙が浮かぶ目で王を見上げる。

「わしは魔導陣使いを“保護せよ”と命じたはずだ。誰が捕獲なぞ命じたか! この国を発展させるであろう人材を無碍に敵に回すような真似をしおって……!」

「ひっ……で、ですが私も上からの命令で……」


 兵士は一二三の顔を城の入口で見かけて王に告げ口したようだ。だが、王は自分の狙いを歪曲して理解していた兵士達の行動を知って激高した。

「この者をしばらく牢にでもぶち込んでおけ。そして責任者も同様に処分せよ」

「はっ!」

 近衛だろうか。一人の騎士が王から離れて殴り飛ばされた兵士の襟首を掴み、引き摺る様にして離れていく。


「一二三と言ったな。兵士からの報告では、召喚された数多くのモンスターに囲まれて已む無く撤退したと聞いたが……」

「あの時に召喚されたのは俺一人だ」

 一二三の返答を信じたのだろう。王は舌打ちをして文官と思しき一人へ視線を向けた。

「はい。すぐに確認いたします」


 何を言いたいのか理解したようで、彼もすぐに場を後にする。

「やれやれ、わしが何を目指しているのか、理解せぬ者が多くて困る」

 愚痴をこぼした王は、それにしても、と改めてドラゴンを見上げた。

「見事である」

 王はドラゴンがどのような武具に使えるかは聞かず、一二三にドラゴンとの戦いの話を求めた。


 一二三は淡々と話し、王は黙って頷くばかりであったが真剣に耳を傾けている。

 その間、場にいた者たちは一言も発せず、王と共に一二三が語るドラゴン退治の顛末を聞く。そして、王は後ろに控えていた騎士に振り向いた。

「お前たちは、このドラゴンを倒すのにどの程度の戦力が必要と思うか」

「はっ。捕縛の為の魔道具があったとして、最低でも十名の槍術に長けた者が必要かと」


 そして、問われた騎士はそれでも犠牲は出るであろうしドラゴンももっと傷が多くなるだろう、と答えた。

「商人よ。これはいくらになる?」

「は……はい! 皇晶貨二十あたりが相場ではございます……ですが、私を通さずこれを持ち込みました彼から、陛下に直接お買い上げいただければ、と」


「そうか。お前は商人に似合わず謙虚だな。よかろう、一二三よ。これはわしが皇晶貨二十で買い取ろう」

 一二三は無言で頷いた。値を吊り上げても良いが、売り先があってさっさと現金にできるならその方が良いと考えたのだ。元来、そういう駆け引きに自分は向かないと思っている。


「では、そうしよう。折角だ。騎士隊の装備に使うとして、お前たちで加工の内容を決めるが良い」

「はっ! ありがとうございます!」

 騎士の声は弾んでいた。ドラゴンの素材を使った装備など、自分たちの財布で買えるような物では無い。量も豊富にあるので、一人一つずつは何らかの防具を得られるだろう。


「魔導陣とかの技術といいドラゴン素材といい、妙に戦力の拡充に熱心だな」

「当然だ。隣国との戦が長引いておるのでな。……それで、例のウィルという魔導陣使いの件だが、一体その女に何を求めているのだ?」

「あいつがいないと俺が元の世界に戻れない。研究のために金が要るそうだからな。嫌々ながらこうして金になる獲物を狩っているわけだ」


 一二三の返答を聞いて、「そう言えば“召喚された”と言っていたな」と王はひげをしごいた。

「わしが保護した研究者たちもそうだが、魔導関連の研究は兎角金がかかるからな。では、その研究が終わればウィルは自由になるわけだな」

「そうだな。俺は前の世界に戻れればそれで良い。あとは好きにすれば良い。それが不満なら、実力で俺を排除してみる事だ」


 その言葉に妙な期待が含まれている事を感じ取った王は、兵をいたずらに減らしたくは無い、と首を振った。

「金か……ならば、金になる獲物をわしが用意する。報酬はしっかりと出そう」

「戦争中だと言ったな。では、その獲物は“人”か」

「人だな。というよりは人々と言った方が良い。つまるところ軍隊だ。隣国ウルハッドは面倒な国でな。魔導具の研究者を拉致しては働かせ、妙な魔道具を戦いに投入している」


 戦力となる人数的には勝っているのだが、魔道具が厄介で勝ちきれない状況が続いているらしい。

「その魔道具の研究者たちを保護する目的もあるが、本来は生活を豊かにするための魔道具を……」

「いや、その話はどうでも良い」


 王の言葉を遮った一二三は、考えていた。

 戦場に入る事自体は問題無い。むしろ人を殺す場所であり、命を奪う空気の中に身を投じるのは望むところだ。金も入る。そして、上手くいけばウィルの代わりになる、もっと優秀な魔導陣の研究者も見つかるかも知れない。

 そう考えるあたり、一二三は“天才魔導陣使い”というウィルの自称をいまいち信じていない事がわかる。

「わかった。引き受けよう」


 一二三は誰の指示も受けずに行動する事を条件に、傭兵として雇われる事を引き受けた。

「助かる。これで我が国も勝利に近づいたわけだ。……商人よ、名を聞こう」

 急に水を向けられたデリスが平伏したままで名を答えると、王はニヤリと笑った。

「デリスよ、その名を覚えておこう。お前はわしに良いものを紹介してくれた。工賃は弾む故、騎士たちに良い防具を作ってやってくれ」


「は、はい! ありがたきお言葉……!」

 一時は一二三諸共処刑かと怯えていたデリスは、肩の力が抜けると同時に意識が遠くなりそうになるのをどうにか堪えた。これからが彼の本職である武具の受注になるのだ。

 かつてない大金を稼ぐチャンスが流れ込んできた事に、つい数分前までは内心で呪いの言葉を放っていたデリスも、満面の笑みで一二三の武運を願っていた。

お読みいただきましてありがとうございます。

次回もよろしくお願いします。


※お知らせ

 引っ越し作業のため、明日以降の更新は不定期とさせていただきます。

 作業の進行具合で更新いたしますが、0時なのは変わりません。

 10日に引っ越し予定ですので、その二~三日後には通常更新に戻れるかと思います。

 申し訳ありませんが、何卒ご了承くださいますよう、お願い申し上げます。

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