90.御用商人の提案
90話目です。
よろしくお願いします。
「大した才能じゃないの」
「のんきなことを言っている場合ですか。このままだと碌なことになりませんよ」
「魔王の子なんだから、それくらい凶悪な能力があっての不思議じゃないわよ」
いささか投げやりにも聞こえる意見を言うウェパルは、あおむけに倒れたまま赤子を抱えているヴィーネを見下ろした。
抱えてあやしていたヴィーネは、魔力を吸い取られながらも子供を落とさないように腹の上において両腕でしっかりと抱えたようで、意識はないようだが赤ん坊はしっかりとヴィーネの上で両手を振って彼女の頬をぺちぺち叩いて笑っていた。
「第一、この子一人だけが使える能力なら解明のしようがないし、魔法陣の研究の方を優先すべきでしょ?」
ウェパルとしては、一二三の家系に何があっても「そういうもの」として処理してしまった方が気が楽だという意見のようで、調べるにしても後回しだと主張した。
プーセにしても、言葉が話せるわけでもない赤子を前にして調査などできるはずもなく、結局は経過を観察することしかできないという結論になる。
それ以降、復活したヴィーネや目覚めたオリガも含めて、全員が赤子に中止することになった。
数日の観察で、赤子の能力についてある程度の内容が分かった。
わずかでも離れていれば魔力の吸収はできず、服などを挟んでいると不可能であるらしい。また、常時発動しているわけではなく、赤ん坊の期限が良い時に無意識に吸収されているらしい。
ヴィーネレベルの魔力だと一瞬で、オリガレベルだと数秒必要になるようだ。
オリガたちはもちろん、世話を手伝っている侍女たちにも極力直接触れないようにと通達が回った。
侍女たちが恐々と接するようになったのは当然の流れだが、これに不快感を表したのは母親のオリガだ。
「一二三様と私の子を邪険に扱うようなら、お手伝いなど必要ありません」
そんなオリガの気持ちも侍女の反応も、どちらも仕方ないことだとは分かっているプーセたちは侍女を遠ざけて自分たちが子供の世話を手伝うことにした。
「私がやりますから!」
と、魔法陣研究を手伝えないヴィーネが元気よく引き受けたが、彼女だけでは手が足りず、ニャールやフェレスも手伝うことになった。
彼女たちが何度か倒れたことで、どうやら赤子が持つ魔力の許容量はほぼ際限が無いらしき事もわかった。ヴィーネもそうだが、ニャールやフェレスも熟練の魔法使いと言って良く、その魔力量は一般の魔法使いよりも多い。
「三人分吸い取って平気な顔しているわね」
「ええ。この子はきっといくらでも魔力を蓄えられるのでしょう。今は魔力の使い道がありませんから、言葉がわかるようになったらすぐに教えます」
魔力が多すぎて困る事は基本的に無いと言われている。
訓練で保持できる魔力量は増えるが、限界を超えた分は溜まる事が無い。赤ん坊の様子を見ても変わった部分は見られない。
「一二三と貴女の子供を、屈指の魔法使いが直接指導するわけね」
順調に魔王として育つでしょうね、と苦笑するウェパルに、オリガは言う。
「当然、主人が戻ったら武術も教えます。でも、この子には好きな道を進んで欲しいと思っています。人並み以上に戦えるなら、選べる道も広がるでしょう」
「あら、てっきり一二三の後継者に、と言い出すかと思ったけど」
ウェパルの言葉にオリガは口元を押えてくすくすと笑い、眠っている我が子へと目を向けた。
「それでは、私たちの敵に回る可能性が無くなってしまいます」
「……は?」
「主人が求めているのは強い味方では無く、強い敵なのです。……本当は、私がその役を求められていたのですよ」
悪戯っぽく笑うオリガは、子供がいるとは思えない程に若々しく可愛らしく見えたが、ウェパルにはそれよりも言葉の内容の方が衝撃だった。
「敵? えっ?」
「あの時……オーソングランデ城の前で主人と戦った時、私は本気で一二三様を殺そうとしたのです。そうする事が最大の奉仕だと知っていましたから。でも、果たせませんでした」
彼女は自分の中に矛盾する希望を抱えている。一二三の最大の宿敵になりたい気持ちと、彼の妻としていつまでも側にいたいという気持ちが。
「私は主人の強さに届きませんでした。教わった武術と魔法を使って、私なりにあの方に追いつこうとしたのですが……。ですから、この子に託すのです。私の夢を」
「そ、そうなの……」
まるで良い事のように将来の希望を語るオリガにドン引きのウェパルは短く返事を返すしかなかった。
「この子がどんな道を目指すにしても、上を目指せばどこかで主人が立ちはだかるでしょう」
別に戦いの道だけでは無いだろうとウェパルは思ったが、あまりつついて藪蛇になるのも嫌だったので黙っていた。
「主人と息子が戦うなんて……素敵ですね」
頬を赤らめるオリガから赤子へ視線を移したウェパルは、その将来にあるだろう苦難を想像して瞳が潤んだ。
☆★☆
「そう言えば、例の森で目撃されたのは小型ドラゴンだったな」
「急にどうしたのよ」
夜中に木賃宿へと飛び込んだ二人は、朝になるのを待って王都の町中を歩いていた。大型ドラゴンの死体を売りつける相手を探すためだ。
不意に一二三が思い出した話題に、ウィルが首をかしげる。
「結局小型ドラゴンは倒していないんだが、どうなったんだろうな?」
「あっ」
大型ドラゴンを倒した件と商人の裏切りですっかり忘れていたウィルは声を上げたが、一二三を見上げて口の前に人差し指を立てた。
「忘れましょ。どうせ別の狩人が狩ってしまうわ」
小型でも狩人が数人でも苦戦するという話じゃ無かったか、と一二三が問い返したが、ウィルは視線を逸らして無視した。
「そんなことより、どこに持ち込むかさっさと決めなさいよ」
「適当に大きな店ならいいだろ」
「ちょ、ちゃんと買い取れるところじゃないと駄目でしょ!」
ウィルの叫びもむなしく、人通りが増え始めた大通りを一二三はずんずん進んでいく。道着を着ている一二三は目立つようで、周囲からの視線が集まるが本人はまるで気にしていないようだ。
「ここならいいだろう」
大きな店構えで、営業開始時間になったばかりらしく店員たちは店内の掃除をしていた。
「いらっしゃいませ。何かお探しですか?」
武具を中心に扱っているらしい店に一歩入ると、すぐに奥から身なりの良い男性が出てきた。店員たちには掃除を続けさせたままで、その男が応対するらしい。
「店主のようだが、自ら接客をするのか」
「はい。私もこの商売長い物で、腕の立つ方を見抜く目がございます。お客様は変わったお召し物を着ておられますが、実力は間違い無いかと」
そういう人物に半端な物を勧めるのは店の信用に関わる、と店主は言う。
半分以上は営業トークではあるだろうが、一二三の事を何となく強いと分かっているらしい事は嘘では無いようだ。
店主の視線が自分の全身を素早く確認したのを一二三は見逃さなかった。
「ふぅん。扱っている物に随分自信があるようだな」
「もちろんですとも。当店は王家御用達でございまして、騎士や貴族の方々にも多くご利用いただいております」
「王家!?」
追いついたウィルが、店主の言葉に仰天した。
「ま、まずくない?」
「いや、王に物を売っているなら金はあるだろう。店主、売りたい物があるんだが」
「売却ですか。物は何でございましょう?」
武具の買い取りも行っているようで、店主はスマイルを崩すことなくすぐに対応した。だが、一二三が言った内容は想定外だったようで、顔が引きつる事になる。
「大型ドラゴンの死体をまるまる一体だ。買えるか?」
店主は一瞬だけ呆気にとられていたが、一二三にドラゴンの大きさを聞いてすぐに店の裏へと案内した。
「裏は工房になっております。普段は素材の解体や武器の試用を行う場所なのですが、全てのスペースを使えば、言われる大きさも問題無いかと」
店主に通された場所は確かに広く、ドラゴンと戦った場所に近い広さがある。
「王都にこんな広い場所をもっているなんて……」
驚愕しているウィルに、店主は一礼する。
「お褒めいただきありがとうございます。貴族の方々の様々な要望にお応えするうちに、色々と増築を繰り返した結果こうなっているのです」
嬉しそうに話す店主の横で、一二三はスペースをぐるりと見回した。
周囲は塀で囲まれただけで屋根も無い場所だが、その塀は高く、隣接する建物からは見られないようになっている。数人が革をなめす作業を行っており、薬剤の独特の臭いが鼻をつく。
「ここなら大丈夫だ。今いる連中をどかせばすぐに出せるな」
「出せる……あっ」
一二三の言葉に何かを感じ取ったらしい店主は、この場にいた全員をすぐに退避させた。
「どうぞ。お願いいたします」
店主は一二三が適当な事を言っているとは思えなかったのだろう。場所が用意できると、すぐに手を向けて促した。
一二三は闇魔法を土を押し固めた地面に広げると、ゆっくりと浮かび上がるように大型ドラゴンの巨躯が姿を現した。
「こ、これほどとは……」
顔をこちらに向けている死体を見上げ、店主は絶句している。
「凄いでしょ! 買うわよね? 買うなら皇晶貨じゅ……!」
売り込みをかけようとするウィルの口をふさぎ、一二三はドラゴンを顎で示した。
「お前が金額を決めて良い」
勢いよく振り向いた店主は「少々お待ちを」と言ってドラゴンの死体の周りをぐるぐると回ってしっかりと確認する。
本物か否かはもちろんだが、全体の大きさや素材になる部分の損傷具合を見ているようだ。外から見てわかる傷は目玉の部分だけなので、鱗などは全て利用できるだろう。剥がすのは一苦労だろうが。
「……これほど綺麗な形で持ち込まれたドラゴンの死体は初めて見ました」
それはため息交じりの言葉だった。感嘆に心が震える程だと言い、店主は一二三の手を取って握手をする。
「もしや、これはお客様が仕留められたので?」
「ああ。目を潰してそこから手を突っ込んで脳を壊した」
なるほど、なるほどと何度も頷き、店主は一二三が指した目の部分をじっと見上げた。
「これだけの素材があれば、全身を龍鱗の装備で固めた部隊が作れる程です。加工して売りに出せばいくらになるやら……」
頭の中でどんどん計算しているのだろう。店主によればドラゴンの素材は希少であると同時に使い所も多く、鱗だけでなく骨や牙も加工して売る事が出来るらしい。
「ただ、私どもで買い取りとなると皇晶貨二十枚が限界ですし……」
「二十枚!? 売っ……!」
即決しようとするウィルの首を掴んで黙らせた一二三は、店主に話を続けさせた。
「他にも問題があります。これほどの量の素材が一度に出回ると王国が怪しむでしょう。出所の調査が入ると、私共も嘘を吐くわけには参りませんし、お客様方にもそれは不都合かと……」
店主はウィルをちらりと見た。どうやら彼女の正体をこの店主は気付いているらしい。政商とも言える立場にいると、情報も早いようだ。
「そこで提案があります」
安く売るなら黙っているとでも言うつもりかと一二三は思ったが、店主が出した案は違った。
「ドラゴン素材の装備など、購入できる人は限られますし、まずは王城に話を持ちかけるのが慣例です。どうせなら、私と共に城までドラゴンのお披露目に行きませんか?」
ウィルは留守にさせて一二三だけがドラゴンを退治した人物であると自ら名乗りに行き、そのまま王が買い取るならその方が高く売れる、と店主は言う。
「それだと、お前の実入りが減るんじゃないか?」
「ご心配には及びません。加工賃でしっかり稼がせていただきますとも」
コソコソ調べられるくらいなら、自分から出向いてしまえという店主の提案を、一二三は面白いと思った。
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