89.特別な才能
89話目です。
よろしくお願いします。
行商や乗り合いの馬車を乗り継ぎ、王都を目指して進んでいた一二三たちは、王都まであと三時間程というところで徒歩に切り替えていた。
馬車に乗ったままでは嫌でも検問を通る事になるので、丁度陽が沈んでから到着するように調整して歩いていく。
荷物はほとんど一二三の闇魔法収納に放り込んでいるので、長旅とはいえ身軽な物だ。
「そういえば、ここはどんな国なんだ?」
今さらのように一二三が確認したこの国の名前はハルカン王国という。王政で貴族というものは存在するが王の権力が非常に強く、貴族たちの領地でも王の直属の騎士や兵士が常駐しているという専制国家だ。
魔導具などの開発が盛んではあるものの、王政府は流通の要所を押さえて利益を吸い上げるばかりで技術者に対する保護や援助などは全くないらしい。
「基本的には誰かの弟子になって教わるんだけれど、魔道具を作る道具は王政府の息のかかった商人しか扱ってないし、すっごい高いの」
貴族たちは新たな魔導具技術を献上する事で新たな領地を貰う事もできるので、ウィルのような突然変異的に出現した才能は狙われやすいらしい。
「ふうん。それなら、お前の師匠も狙われてるんじゃないか?」
「……」
ウィルは答えなかった。
「どうした? もう殺されたのか」
「最初からいないわよ」
「あん?」
「最初からいないって言ってるの! あたしは独学で魔導具の研究をして、自分だけで魔導球を作ったのよ! 魔導陣だって一から資料を集めて一人で勉強したんだから!」
「何怒ってんだ」
独学が悪いとは一二三は一言も言っていないのだが、ウィルは頬を膨らませて「馬鹿にされた」と怒っていた。
「独学の何が駄目なんだ? 俺も戦い方の半分は独学だぞ?」
「ふえ?」
一二三は体術と剣術、杖術については師匠から伝授された物だが、それ以外の鎖鎌や手裏剣術に関しては資料を集めて独自に研究した成果だった。
森で商人の両足を撃ちぬいた“礫”も、手裏剣術の一種として存在する事を知って色々と実験を繰り返した。
「遠回りではあるけどな。新しい武術を教わろうとするとどうしても他の動きを一度忘れるくらいに矯正されてしまう。それが嫌なんだ」
「そうなんだ」
武術という言葉をウィルは今一つ理解できなかったが、一二三が言わんとする事はなんとなく理解できたようで、目を丸く開いて頷いている。
「魔導……じゃなくて魔法と言っていたわね。それはどうなの?」
「これは偶々居合わせた、神を自称する奴からの贈り物だな。荷物が減るから非常に助かる」
本来闇魔法は応用次第で色々と使い道はあるのだが、一二三はそれをあまり頼る気は無かった。収納以外ではパウダー化した左手を操作する為に利用している程度だ。
「元々いた世界には魔法なんて無かった。少なくとも俺の周りにはそんなが使える奴はいなかったからな。これはこれで実に便利だ」
最初に呼び出された時、労せず謁見の間に刀を持ちこめた話や、その場で王の首を刎ねた事などを懐かしげに話し始めた一二三に、同志の期待を込めた視線を向けていたウィルも少し距離を取る。
「最初にあんたがいた世界は、魔法も魔導も無かったの?」
一二三が二度目の召喚を受けたという話は聞いていたウィルだったが、日本がある世界についての話はあまりしていなかった。一二三としては然程重要だとは思っていなかったのもあるが、ウィルに話す内容も別にないと思っていたからだ。
それからは、科学や機械についての話をしているうちに陽が暮れて、ほどなく王都の近くまでたどり着いた。
随分と大きく見える月の明かりは強い。
遠くに見える石造りの塀は高く、一二三の見立てでは五メートルを超える。だが、彼にとっては問題無い。
問題は、ウィルにあった。
「ぜはーっ、ぜはーっ……」
ウィルは肩を上下させながら膝に手を突いて項垂れている。
話しながら一二三のペースにつられて結構な速度で歩き続けた結果、膝が笑う程に疲れはてていた。
「弱いな」
「あんたと一緒にしないでよ! うっ……げぇっ」
突然大声を上げたせいで胸が詰まったようで、ウィルはひとしきり唾を吐いてから水筒の水を飲み干した。
「はあ……それより、これからどうするのよ」
「飛び越える」
「へっ?」
ずんずん進む一二三は、王都の出入り口からは見えない位置まで回り込むと、鎖鎌を取り出して放り投げた。
鎌が塀の上部に引っ掛かり、鎖がだらりと目の前に降りてくる。軽く飛び上がれば届く程度の位置だ。
「ほれ、昇れ」
鎖を指差した一二三に、ウィルは「無理」と断った。
「こんなか弱い美少女を捕まえて“登れ”は無いでしょ。それにあたしスカートなのよ?」
「こういうのは軽い奴が先に上るのが鉄則だろうが。それとも、お前は俺より重いのか?」
ウィルが放った怒り心頭の拳は、一二三に簡単に受け止められた。
「弱すぎる。これじゃあ、とてもじゃないが殺し合いをするような技量は無いな」
「誰がそんな事するか! それより、他の方法は無いの?」
自分で登るのは断固拒否すると言うウィルに、一二三は腕を組んでしばらく考えた。
「面倒くさい」
「は?」
言うが早いか、一二三はウィルの身体を抱えて肩に担ぐと、そのまま鎖を掴んで両手の力だけで登り始めた。
「ちょ、ちょ……怖い怖い!」
一二三の背中が目の前にあり、少し視線を変えると下には暗い地面が見える。その地面がぐんぐん離れていく。
「静かにしろ。動くな」
そして、落ちるぞと言われたらウィルも従わざるを得なかった。
ようやく塀の上にたどり着いたところで、鎌を引き抜いて収納に放り込んでいる一二三は息も上がっていなかったが、ウィルは座り込んでいた。
「怖かった……」
呟くウィルを放って、周囲を見ていた一二三は塀の下で感じた通り人通りがほとんど無い裏通りである事を確認して飛び降りた。
「えっ? ちょっと!」
「さっさと降りて来い」
一二三は簡単に言うが、地面までの高さはウィルの身長を三倍しても足りない程の高さがある。
下を覗き込みながら硬直しているウィルに一二三はため息を吐いた。
「いい加減にしろ。置いていくぞ」
「だって……」
随分前に、一二三は似た様な状況があった事を思い出す。あの時は宿の屋上から飛び降りたのだったが。
「受け止めてやるから、さっさと落ちて来い」
「お、落ちるっていわないで! ……大丈夫なんでしょうね?」
「信用しないならそれまでだ」
くるりと背中を向けた一二三に、ウィルは手を伸ばして待ってと叫んだ。
「する。信用してるから!」
「ならさっさとしろ」
「うー……とうっ」
目を瞑って飛び降りたウィルを、一二三は軽々と受け止めた。
横抱き状態で腕を縮めているウィルは小さな悲鳴を上げたあと、しっかり受け止められた事を確かめるようにそっと目を開いて一二三の顔を見上げた。
「下ろすぞ。ちゃんと立てるな?」
「う、うん」
地面に立ったウィルは、服を整えながらおずおずと尋ねた。
「重くなかった?」
「全然」
短く答えながら、良く考えたら闇魔法で形を変えられる左手を使った方が楽だった、と一二三は魔法の存在を忘れがちな事を反省していた。
☆★☆
「……あら?」
それはオリガが授乳中にふと気づいた事だった。
とても小さな変化であったが、精密な魔力操作を得意とするオリガだからこそすぐに気付いたと言えるものだ。
「魔力まで吸い取ってるみたいですね」
初産であり、育児についても詳しいわけでは無いオリガは“そういうものなのか”と何故か納得して授乳を続けた。
「こうやって魔力は伝えられていくのでしょうか」
微笑ましい、と思って呟いた言葉だが、オリガはそこに違和感を覚えた。
「……別に、魔法使いの子が魔法使いになるわけではないですね」
魔法の才能があり、それで冒険者稼業を始める事ができたオリガではあったが、両親は特に魔法が使えたというわけでは無かった。田舎町の中では才女であったが、所詮は小さな町の少女に過ぎなかった彼女は、町に隠棲していた魔法使いから手ほどきを受けたのだ。
その魔法使いも、子供が数人いたが誰も魔法を使えなかったと言っていた。
「ヴィーネさん……ヴィーネさん?」
護衛名目で同じ部屋にいるヴィーネは、ソファに座ったまま船を漕いでいた。
「はあ、まったく」
オリガは手元に置いた魔法媒体のナイフに手を触れて風を操り、ヴィーネの顔に突風を当てる。
「ぷあっ?!」
「目は覚めましたか?」
「あ、あっと、はい! 大丈夫です!」
何が大丈夫か本人も分かっていないのだろう。慌てて立ち上がったヴィーネは、片方だけの兎耳が突風で曲がってしまったのを懸命に指で摘まんで整えている。
「プーセさんを呼んでください」
「ふあっ? 赤ん坊に何かあったんですか?」
「私には判断できないので、プーセさんに確認しておきたいのです」
「了解しました!」
バタバタと走って出ていくヴィーネを、騒々しいと見送るオリガは、赤ん坊の背中をそっと叩いてゲップをさせると、胸元の服を整えた。
夜泣きも少なく、大人しい赤ん坊にはまだ名前が無い。
ヴィーネやウェパルは一二三に似ていると言い、ヨハンナやプーセはオリガに似ていると言われる子供の口元をそっと拭い、いとおしそうに頬を撫でた。
ほどなく、プーセをつれたヴィーネがもどってきた。
「赤ちゃんが! 赤ちゃんが!」
説明にならない言葉を続けているヴィーネに急かされたらしく、プーセも慌てた様子で駆けこんでくる。
「子供の様子はどうですか?」
「いえ。少し気になった事があっただけですから。すみません」
プーセに対して柔和に微笑んだオリガは、視線をずらしてヴィーネへは射抜くような視線を向けた。
「すみませんでした……」
自主的に床に正座したヴィーネは放って、オリガは授乳と同時に魔力が移動していった旨を説明した。
緊急では無いと知ってホッとした表情で聞いていたプーセは、みるみるうちに難しい顔をする。
「初めて聞きました。魔法使いが子供を産んで魔力が移動するかどうかなんて記録はありません」
人間の魔法使いであれば、オリガのように魔力の流れを敏感に感じ取れるような熟練となるとほとんどが高齢の人物になる。また、寿命が長いエルフや魔人族の例でも聞いたことが無いとプーセは説明した。
「うーん……一二三さんとオリガさんの子供ですから、何か特別な能力があってもおかしくないんですけれど」
「ということは、お子様は魔力吸収が出来るというわけですか!?」
特別という言葉で一二三やオリガが褒められた気分になったようで、ヴィーネが正座のままで弾む声をあげた。
「魔力吸収?」
「そんな能力があるとしたら、将来は魔力に困る事がない魔法使いになれるかも知れませんね」
オリガは一般的な魔法使いよりも魔力は多いが、ヨハンナなど特殊な家系の者に比べると少ない。ただ、精密な魔力操作のセンスと訓練によって節約が随一に上手いのだ。魔力が多いならそれに越したことは無い。
「一二三様の子供でもあるのです。あなたはきっと、将来は沢山の命を刈り取れる強い人物になるでしょう」
楽しみだと言って、オリガが赤子の柔らかな頬に口づけをすると、そこから一気に魔力が流れ出た。
「あ、あらら……?」
全身の力が抜けていくのを感じたオリガは、慌ててプーセへと赤ん坊を手渡すと、そのまま意識の反転に飲みこまれた。
「本当に……魔力吸収が……」
間違いなく、我が子に魔力をごっそりと持って行かれたと確信したオリガは、笑顔のままで気を失った。
「……どうしましょうか」
うっかりすると自分も魔力を持って行かれるのではないかと思ったプーセは赤子を抱きしめるわけにいかず、ぷるぷると震える細い腕で睨めっこをするように目の前に抱えていた。
「代わりましょうか?」
「お願いできますか」
ヴィーネがそっと抱えると、赤ん坊は安心したように眠り始めた。
「末恐ろしい子ですね」
「はい。楽しみですね」
それぞれの感想を呟きながら、その特殊能力についても考えなければならない、とプーセはウェパルに相談する事を決めた。
お読みいただきましてありがとうございます。
次回もよろしくお願いします。




