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88.弔いの炎

88話目です。

よろしくお願いします。

「勝手に人の召喚モンスター殺して、どういうつもり!?」

「あいつがそう望んだ。俺もそれを望んだ。それだけだ」

「意味わかんないよ!」

 憤慨するウィルに対して説明する気が無い説明をして、一二三は商人の前に立った。

「うっ……」


 完全に怯えきっている商人は、無表情に見下ろす一二三に目を合わせる事も出来ず、怪我を負った両足を引き摺りながら必死で距離を取ろうとする。

 だが、一二三に腹を踏まれてはどうしようもない。

「まず一つ聞く。金はどうした?」

 一二三の迫力に、答えを言葉にできない商人だったが、腹に乗った足の圧力が上がっていくと、話さざるを得ない。


「な、ない! 皇晶貨十個なんて大金、そんなにすぐ用意できるわけがない!」

 言ったら殺される、だが言わなくても殺されると思った商人は、話している間は生き残れる事を選んだ。

 そして、必死で謝る事で命を伸ばす可能性にかける。

「すみませんでした! 申し訳ありませんでした! まさか、まさかこんな……」


「止めろ。見苦しい」

「えっ……」

 一二三から止められた事に、商人は許されたのかと思い視線を上げたが、一二三の表情は先ほどと毛ほども変わらぬ冷たいものだった。

「そんな詫びの言葉に価値があると思ってはいない。少なくとも、誰も見ていないここでお前がいくら頭を下げても何の価値も無い」


問題は、お前の行動だ。


 一二三はそう言って、商人に顔を近づけた。自然と腹に乗った足に体重がかかる。

「俺たちを信用しないのはわかる。そのために護衛を呼ぶのは別にどうでも良い。だが、端から金も用意せず、俺たちを殺そうとしたのは間違いだったな」

 話している間に、一二三が発動した闇魔法の黒々とした円が地面に広がったかと思うと、大型ドラゴンの死体はずぶずぶと沈んでいく。


「ああ……」

 手に入れ損ねた大きな商品が消えていくのを見ながら、商人は声を上げて嘆いた。それは機会を逃した不運に対してか、相手の事を見抜けなかった自分への悔恨か、弱かった護衛に対する恨みか。

 直後に一二三の杖が頭部を叩き割った事で、その答えは永久に分からなくなった。


「ああー……」

 闇魔法に沈んでいくドラゴンの死体を、ウィルも声を上げながら見送っていた。だが、視線はどちらかというと収納に飲みこまれていく様子を注視している。

「あっあっ、もうちょっと良く見えるようにゆっくり!」

「無理を言うな」


「くぅ、ちっともわかんなかった」

 頬を膨らませていたウィルは、立ち上がってリザードマンを一瞥すると、両手を組み合わせて跪いた。祈りの姿のようだが、一二三には良くわからない。

「……で、どうすんの?」

 これからについて尋ねるウィルは、商人の死体をちらりと見遣ってすぐに目を逸らす。


「……大きな商人なら、その皇晶貨とやらも潤沢に持っているんだよな」

「そうでしょうね。普通の人が見た事も無いような大金を溜めこんでるわよ、きっと。高位貴族のお抱えなんかは特に」

「貴族相手の商売をしているなら、王の相手をしているなら、もっと蓄えているだろうな」

 不穏な空気を感じ取ったウィルは、嫌な予感がした。


「王都? 首都? 呼び方は知らないが、そこへ行こう。その方が手っ取り早い」

「どうやって入るのよ。あたしが追われている事忘れたの?」

「顔でも隠せ。塀があろうが見張りが居ようが、侵入自体は簡単だ」

 強引な事をやる気満々の宣言に、ウィルは肩を落とした。

「わかったわよ……とりあえず、リザードマンを弔うから手伝ってよね」


「産めるのか」

「なんでよ。焼くのよ。焼いて天に帰すの」

 常識でしょ、と言うウィルに一二三は肩をすくめた。

 常識と言われても、この世界のそれが一二三にわかるはずがないのだ。それをウィルは忘れているらしい。


☆★☆


 ヨハンナとオリガからの書状を受け取ったサウジーネは、いつもとは違ってすぐに結論を出した。

「魔国ラウアールに倣って、オーソングランデとの国境を封鎖いたします」

 突然の宣言に、側近となっていたサカトを始めとした首脳部は驚いた。

「しかし、それでは商人の行き来が完全になくなります」


「国内の立て直しをするのに、食料等の最低限必要とされるものは国内生産分で充分です。武器等が入ってこなくなっても、野盗の類に流れる分も減ると考えれば大きな影響はありません」

 キッパリと言い切ったサウジーネに、周囲の者たちは誰もが反論せずに耳を傾けていた。


「私たちは表立って“魔王”を名乗るオリガさんに味方するわけには行きません。それに国内のイメラリア教徒がまだ二分されている以上、ヨハンナさんを支持するのも避けましょう」

 宗教的に落ち着きを見せるには、まだまだヨハンナを教主とする正統イメラリア教の勢力は弱かった。国内に浸透するには早くても十数年は必要だろう。


「陛下。では国交を制限する狙いはいずこに?」

「単純に、オーソングランデの内戦に巻き込まれないためです」

 突然出てきた内戦という言葉に、周囲の者たちはざわめいた。彼らにとって内戦は自国で発生し、ようやく収まった忌まわしい混乱期の事だ。

 それを見ていたはずのオーソングランデで内戦が発生するのだろうか。


 サウジーネは、オーソングランデがすでに二分されている事をヨハンナとの会談で感じ取っており、旗印としてのヨハンナ及び正統イメラリア教、そして求心的な人物として英雄の妻オリガ、元魔国の王ウェパル、そして獣人族も味方をするような話も流れて来ている。

「考えるだに恐ろしいまでの戦力が、今や魔国の中に集まっています。そして、明確に彼らはオーソングランデ王政府を敵として見ているでしょう。そうでなければ、ヨハンナさんが加担している事を公表する理由もありません」


 サウジーネは、オーソングランデ国内における共生派の足並みが揃えば、あっという間に国が二分されるだろうことを想像した。

「今までは共生派と排斥派の代理戦争をホーラントで行っていたような物です。それが本来の戦場で行われるだけなのですから、そう不思議な事でもないでしょう」

 聖イメラリア教はホーラントの内戦に加担して敗北を喫した。本拠地であるオーソングランデは必至で護ろうとするだろう。


「ホーラントで起きた以上の戦乱がオーソングランデ内で巻き起こる可能性があります。そうなると、我が国とオーソングランデとの国境を使おうとするのは王政府側です。邪魔はしないまでも、加担する理由もありません」

 それとも、とサウジーネは周囲の者たちを見回した。

「あの一二三さんや、現在魔法の基礎を作り上げたと言われるオリガさんを敵に回しますか?」


 誰もが口を噤んで、中には息を飲んだ者もいる。

 ホーラントの兵力はまだまだ充分な数まで回復したとは言えない。経済的にも内戦の影響は大きく、放棄された村や町も散見された。

「情けない話ではありますが、今のホーラントは戦争に加担している場合ではありません。危険が去るまではなるべく関わらない事です」


 それからはそれぞれが国内事情は警備に避ける兵士の数などを話し合い、サウジーネの命はどうにか果たせるだろうという結論が出た。

「ですが、魔国側との警備には充分な数が割けません」

「減らしても問題無いでしょう。彼らがホーラントを本格的に攻め滅ぼすつもりなら、多少人数が多かろうと問題ではありません」


 タン、と音を立てて手を打ったサウジーネに、全員の視線が集まる。

「知恵を絞って国を守った獣人族のように、今は弱い勢力の私たちは交渉と政治で国を守らなくてはなりません」

 サウジーネは何としても国民を守るために知恵を絞らなくてはならないと宣言し、その場の全員に助力を乞うた。


「火事は起きると思っておきましょう。それでこそしっかりとした心構えができるのですから」


☆★☆


「あちあちあちあち!」

 森が焼けていく中、火の粉で服のあちこちを焦がしながら走るウィルと共に、杖をクルクルと回して傷一つ負わない一二三は、どうにか焼け死ぬ事無く森を脱出した。

「やっぱり、お前馬鹿だろう」

「ちょっと失敗して火が木に移っただけじゃない!」


 ウィルが魔導球を使ってリザードマンの死体に魔導陣を展開し、火を点けたまでは良かった。

 だが、変に高性能な魔導陣からは火柱があがり、リザードマンの死体は骨どころかあっという間に炭になって焼き尽くされた。

 勢いよく踊り狂った炎は、森の中で当然のように周囲の木へと燃え移る。


 燃えさかる森から離れ、街道へと進みながら一二三はちらりと振り返った。

 轟々と焼けていく木々はさらに範囲を広げていく。大雨でも振らない限りは、森の一帯を焼くだろう。商人や護衛たちの死体も焼き尽くされ、発見されるのはいつになるだろうか。

「供養としては、派手で良いんじゃないか?」


 一二三の言葉を皮肉だと思ったのか、ウィルはキッと睨みつけた。

「ひ、秘密にしてよね!」

「森を焼いたことか? 魔導陣選びを失敗した事か?」

「両方よ、両方!」

 一二三がそれを伝える相手などこの世界にいないのだが、その事にもウィルは気が付いていないようだ。


「ところで、あのリザードマンはこの世界のモンスターではどの程度の強さになる?」

「へっ? んー、と」

 首をひねって考えるウィルは、モンスターについてはそこそこ知識があるらしい。

「この世界限定で言えば、結構強いよ。あの大型ドラゴンでも集団でなら倒せるらしいし。でも、あたしの魔導陣は別の世界からも召喚される事があるから、一概に強い方とも言えないかな?」


 あんたのようにね、とウィルが付け加えるのを聞いて、一二三は頷いた。

「なるほどな……」

「何考えてるか知らないけど、あんたの為にモンスターを呼べとか言わないでよね。召喚の魔導球も数が沢山ある訳じゃないし、発動に魔力も使うんだから」

「……そうか。魔力な」


「だ、だめだからね!」

「何がだ?」

 ウィルが慌てて一二三から距離をとり、魔導球を入れているらしいポーチを腰の後ろに隠した。

「コツがあるから、あんたの魔力で発動なんかできないし、万が一発動したとしても闇属性なんて聞いた事もない魔力でやったら何がおきるかわかんないし!」


「まあ、そのうちな」

「駄目っていってるじゃない!」

 実の所、一二三は自分で魔導陣を発動させる事までは考えていなかったのだが、ウィルの言葉でそういう手もあるのか、と気付いてしまった。

「戻る算段が付いたら、試してみるか」


 ぽつりとつぶやいた一二三の言葉は、離れて愚痴を言っているウィルには聞こえなかったようだ。

お読みいただきましてありがとうございます。

次回もよろしくお願いします。

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