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87.召喚された者

87話目です。

よろしくお願いします。

 ウィルが地面に投げつけた球はほどけるように広がって魔導陣を作り上げた。多少地面に凹凸があっても問題無いらしく、ウィルが魔力を流し込むとすぐに発動した。

 緑色の光が湧きあがると、次第に明確な形へと収束していく。

「行きなさい。周りの敵を倒して!」

 ウィルの言葉に応えるように叫び声を上げたのは、二足歩行するトカゲ。いわゆるリザードマンだった。


「モンスターだと?」

「しかもリザードマンが……! か、囲め!」

 護衛たちは慌てた様子でウィルの周囲に集まると、リザードマンめがけて殺到した。対するリザードマンの方は、木製の盾と段平だんびらのような幅広の片手剣を装備して、周囲の男たちを冷静に観察している。


「ふぅん?」

 一二三は自分の周囲にいる敵を片付けつつ、呼び出されたリザードマンの様子を窺っていた。彼の直感では、リザードマンの実力は相当に高い。

 空気が漏れるような掛け声を上げながら、リザードマンが太い尾で背後から迫った敵の足を払って転倒させると、左からの攻撃を盾で防ぎながら正面の敵へ蹴りを入れた。


 尾を使って滑るように前に出たかと思うと、くるりと方向転換しながら盾で武器を払って、体勢の崩れた相手を斬り捨てた。

 同時に、回転の勢いに任せて振り抜かれた尾は、数人の敵を纏めて薙ぎ払う。

「て、手強い!」

「飛び道具だ! 投げ矢を突け!」


 後衛の者たちが次々に投げる矢は、盾に弾かれ剣に叩き落とされ、一本たりともリザードマンの身体を捉える事は出来ない。

「やるな」

 一二三は感心しながら、目の前に来た敵の膝を横から強かに杖で叩き、踏み込みながらの二発目で側頭部が凹む程に殴りつけた。


 三分の二を一二三が始末した頃、残りがリザードマンに倒されていた。一部は生きているようだが、ほとんどが気に叩きつけられたり剣で斬り裂かれて死んでいる。

「ど、どうしたの?」

 ウィルが戸惑っていた。

 敵は全て倒れたが、リザードマンが発する殺気は収まる事無く、一二三をじっと見つめて佇んでいたからだ。


 一二三は視線を受け止めながら、両手に杖を持って脱力した姿勢でまっすぐに立っている。

「強いな。そして、戦いに拘りが無い。いいね」

 一二三が評価したのは、彼と違ってリザードマンが“殺す”事に重きを置いていない点だった。命を奪う事に固執する一二三は、そういう意味で戦いが不自由だと自認している。


「ま、待ってよ! あたしが召喚したリザードマンなんだから、別に戦う必要はないでしょ?」

「必要は無いな。だがお互いにそう決めてしまった」

「言葉も通じないのに何を言っているの!?」

 理解できない、と声を上げるウィルを無視して、一二三とリザードマンは互いに構えたままじりじりと近付いていく。


「どこから来たかは知らんが、同好の士に出会えたことを感謝する」

 言葉の意味は理解できていないようだが、笑うように口先から空気を吹き出したリザードマンを、一二三は笑っていると感じた。

 それは嘲笑では無く、自分と同じ興奮に対する笑みであると一二三は感じ取った。

「離れていろ、ウィル。ここからは俺とこいつのお遊びだ」


 命がけの遊戯は、同時に動き出して始まる。

 段平の一撃に対して、回転させた杖を横から打ち当てて逸らすと、シールドバッシュに対して一二三は肩を押し当てる事で対処した。

 だが、手数はリザードマンの方が多い。

 くるりと回ってきた尾の先が、一二三の軸足を払う。


「くぉっ、のっ!」

 体勢を崩した所に振り下ろされた段平に対し、一二三は杖を背負うような恰好で段平の刃を滑らせた。

 そのまま、頭突きがリザードマンの胸に突き刺さる。

 息を吐く様な声を上げたリザードマンだったが、尾を使って身体をささえると、両足を使って一二三を蹴り飛ばした。


 左手で蹴りを受け止めた一二三は、後ろ向きに飛ばされてドラゴンの死体に激突。そのまま固いうろこの上を転がるようにして無理やり体表で受け身を取った。

「カンガルーみたいな動きしやがって」

 楽しいじゃないか、と言いながら一二三は杖を握って構え直した。

 リザードマンも一二三の力を知ったようで、盾を前に突きだした半身の構えで少しずつ距離を詰めてくる。


 見ているウィルは気が気では無かった。

 リザードマンは彼女が呼び出した中でも上位の実力があるモンスターだったが、その中でも今日の個体は強い。一二三に続いて強力な個体が呼び出せた事に対して喜びもあったが、まさかそのまま一二三と戦う事になるとは思わなかった。

「……と、止めなくちゃ、ダメだけど……」


 すでにウィルは完全に腰が抜けている。

 目の前でリザードマンが次々に敵を倒している時も、自分が呼び出したモンスターながら恐ろしく感じていたというのに、今の一二三もリザードマンも、近寄りがたい程の殺気を放って睨み合っている。

 最早、見ている以外にどうしようもない。


「シャアッ!」

 掛け声のように叫び、少しずつ近づいていたリザードマンが一足飛びに前進した。

 身体を低くして、盾を前面に出したシールドバッシュだ。

 これに対し、一二三は杖を地面に突き刺して反対側を盾に当てるように添えた。

 大きな音をたてて激突した盾に、鉄製の杖が深々と刺さっている。


 動きが止まったリザードマンに一二三の左拳が迫る。

段平を振るってこれを阻止し、リザードマンは腕に巻かれたバンドを切り裂いて盾を捨てた。

 一二三は素手になり、リザードマンは段平だけを片手に握っている。

「ギャウ!」

 首を狩るような水平の剣戟を見て、一二三はその腕を取りながら背後へと回り込む。


 振り抜いた腕の勢いそのままに後ろ手に捻り上げられたリザードマンは、両足と尾で激しく地面を叩いて前転宙返りを決めて拘束から逃れた。

「器用な奴め!」

 着地に合わせて前蹴りを放った一二三の足は空振りし、伏せて避けたリザードマンの尾が一二三の足を激しく打つ。


 リザードマンがそのまま四足で滑るように移動すると、下から伸びあがる様に立ち上がり様の剣による切り上げが一二三を襲った。

 身体を逸らして切っ先を避け、身体が伸びたリザードマンの顔を右手で押えながら上から覆いかぶさるように仰向けに押し倒す。

 支えにしようとした尾は、一二三の足が蹴り払った。


 背中から倒れたリザードマンは、冷静に右手の段平を振るって上に圧し掛かってきた一二三を狙う。

 その手首に一二三の右手が突き刺さる程の勢いで手刀を叩き込み、緩んだ手から段平を奪い取った。

 一二三の手に渡り、右に振るわれた段平の刃がリザードマンの喉を切り裂く。


 見開かれたリザードマンの目が一二三を見つめて、何かを呟くように口がわずかに動いた。

 そして、血しぶきが二人を濡らす。

「一二三、あんた……」

 血塗れの段平を握ったまま立ち上がった一二三を、ウィルは怯えに染まった目で見ていた。


「……あいつは強かった。なかなかどうして、召喚魔導陣とやらも悪くないじゃないか」

 一二三は、段平をやると言われたような気がしたと言って、懐紙で血を拭うと魔法収納へと放り込んだ。

 そして、いつもなら放り捨てて紙ふぶきのように散らす懐紙を見ていた一二三は、振り返って血を流した状態で怯えていた商人へ目を向けた。


「お前の所、紙は扱っているか?」


☆★☆


 新たにオリガを魔王とした魔国ラウアールは、鎖国体制を作りながらも情報発信だけは行っていた。

 その中で最初に送られたのがヨハンナであったのだが、以降もその国の存在と鎖国についての説明も送られている。

 主にオーソングランデやホーラントで領地をもっている貴族たちや二国の王、それに聖イメラリア教会本部に対しても送付された。


 オーソングランデ王やイメラリア教の司祭長フィデオローなどは不快感を露わにし、ホーラントの女王サウジーネは困惑。貴族たちも魔国の動きが意味する所を計りかねていた。

 唯一、積極的な動きをしめしたのが獣人族たちだ。

 ヨハンナへの使者が表明した通り、彼らは全面的に魔国を支持し、ひいてはオリガを支持する事を決めている。


 鎖国を決めた魔国ラウアールではあったが、協力者が流入する事についてはそこまで厳しく制限していなかった。人口が増える分には問題は無いが、流出を避けたいというのが基本的な鎖国の理由だったからだ。

「すでに第一陣が入っておるようなものですからな。是非に是非にと血気盛んな若者たちが言うものですから、吾輩のような年寄りは付いていくのが精いっぱいと言うものです」


 朗らかに笑う羊獣人のエクンに、トオノ伯メグナードは「はあ」と返すしかなかった。

「一二三様にも奥様にも、運よくお会いする事ができましてな。いやはや、ご夫婦そろって恐るべき使い手ですな」

 エクンは魔人族領で鉄道にて移動している際に一二三の戦いを見ている。またオリガやヴィーネを獣人族の町へ案内したのも彼だ。


「どうせどうせ、行商も制限されるでしょうから、オリガ様にご挨拶でもさせていただいて、多少なり良い目を見させていただけないか、という商人らしい悪知恵ですよ」

「そのついでに、獣人族の戦士を五百名も連れて魔国にはいる、と?」

「そう、そこなのですよ、問題は」

 ぴん、と人差し指を立ててエクンはメグナードに提案した。


「折角ですから、伯爵閣下も正式にオリガ様にお仕えしませんか。どうやら魔国にはヨハンナ様も移られたと聞きます。どうですかな?」

「それは、つまり……」

 エクンはちょっとした事のように言うが、要するにホーラント皇国から離脱して領地ごとラウアールに転属してしまえと言っているのだ。


「……失礼だが、正気の沙汰では無い」

「そうですかな? 民衆の幸福がホーラント側にあるとすれば、決して決して不思議なことでもありますまい」

「しかし、すぐに決められるような事では無い。他の共生派貴族との調整もある」

「相談などやめておいた方が良いでしょう」


 まずはトオノ伯爵領として良い事か否かを判断すべきだとエクンは言う。

「誰かに声をかけると言う事は、かけた側が責任を負わされることになりますぞ」

「そういう君は私に声をかけ、勧誘しているが?」

 これは痛い所を突かれました、とエクンはふわふわした白い毛が生えた頭をポン、と叩いた。

「ですが、吾輩としては確信があって伯爵閣下にお声かけしているのです」


「確信、とは?」

「オリガ様が頂点に立つ。きっと一二三様も後ろにおられますでしょう。あの方の意向がなければ、オリガ様は表舞台に好んで出られる方ではありません」

 一二三の治政と言えば、獣人族にもしっかり伝わっているフォカロルの隆盛が思い浮かべられ、当然ながらトオノ伯爵家当主であるメグナードも養母アリッサから色々と聞いていた。


「わくわくしませんか? 何故魔王を名乗ることになったのか、一二三様では無くオリガ様が前に出ているのか、なぜ魔国が出入りを制限しているのか」

 エクンの言葉にメグナードは息を飲んだ。

 興味が無いと言えば嘘になるし、ホーラントが落ち着き、一二三とフィリニオンの活躍で聖イメラリア教の勢力も殺がれた今、オーソングランデ皇王を始めとした王政府と決着をつける好機に繋がる可能性もある。


「もっとも、伯爵閣下が及び腰になるのもわかりますとも。伯爵領だけで百万近い人口があるのでしょう。その責任の重さたるや、吾輩のような凡人では想像もつきませぬ」

 大げさな身振りと共に立ち上がったエクンは、微笑みを浮かべて提案した。

「ですから、一度見に行きませんか? 今の魔国を」

 共に行けば危険は少ないでしょう、とエクンは再び人差し指を立てた。

お読みいただきましてありがとうございます。

次回もよろしくお願いします。

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