81.彼らがいない世界
81話目です。
よろしくお願いします。
「魔法陣? なにそれ?」
ようやく気絶から復活したウィルは、一二三から状況を聞いて首をかしげた。
「俺がいた世界……というと何か違う気がするが、まあいい。俺が飛ばされた時に使われたのは、そう呼ばれていたってだけだ」
名前が違うだけで多分同じものだろう、と一二三は言う。
「しかしわからんのが“場所を指定せずにどこかに飛ばす”魔法陣に飲み込まれて、気付いたらここにいた事だ」
以前に召喚された時とは状況が違う。
「うーん……天才魔導陣使いのあたしが思うに、とんでもない偶然の結果だと思う」
ウィルがウエストポーチから取り出したのは、拳ほどの大きさがある緑色の球だった。
「これを地面に投げつけると魔導陣が展開するんだけれど、たまたまあたしが陣を開いたときに、貴方が転移させられて、偶然繋がったんじゃないかな?」
一二三はウィルの予想を聞いて、何の根拠もないことだとは感じたが、それでとりあえず納得しておいた。突き詰めたところで理解できるとは思わなかったからだ。
「じゃあ、さっさと俺を戻してもらおうか」
「わ、わかった。助けてもらったんだし、急いで用意するわ。あたしの家が近いから、来てもらえる?」
ウィルは近くに見える森を指さしていた。
自宅で研究中に襲撃を受けて逃げてきたらしい。
「なら、このあたりの地形は把握していただろう。どうして崖の方に来たんだ?」
森へ向かって歩きながら一二三が素朴な疑問を口にすると、ウィルは「うっ!」と言葉を詰まらせた。
「……し、仕方ないじゃない。ここに来てまだ日が浅いし、閉じこもって研究していたから、あんまり周りの確認なんてしてなかったし……」
森の中の小さな建物につくまでにウィルがぽつぽつと今までの事を話した。
この世界で魔導陣はポピュラーな技術らしい。
魔力は多くの者が持っているが、主に魔導具を使うために使われている。魔導陣はその魔導具を作る際に使われているが、彼女はそれを魔導具に組み込まずに直接使うための発明をしたらしい。
「それがこの魔導球なんだけど……」
彼女は召喚魔導陣と魔導球を発明したことによって一躍有名人となったが、それを聞きつけた軍部から目を付けられたらしい。
「あたしは軍事利用なんてさせるつもりは無いの。単にみんなの生活が便利になればって思って、って……てええええ!?」
突然走り出したウィルが向かう先には、山小屋だったと思しき瓦礫があった。
「大した解体技術だ」
「感心するな! ああ、もう……」
へなへなと腰を落としたウィルは、涙声になっている。
「で、どうするんだ?」
「とにかく瓦礫をどかしてみないと分からないけど……色々持っていかれちゃってるかも」
ウィルは瓦礫の一部を指さす。そのあたりに魔導陣を作るための道具が置いてあったらしい。
単なる丸太になった建材を一二三が適当に放り捨てると、つぶれてしまった木製の机と棚が出てきた。だが、中身はそっくり失われている。
「無い。なぁんにも無い!」
がさがさと棚のあたりを探しながら、ウィルは声を上げた。いくら探しても記録書類一つ出てこないまま、三十分ほど作業を続けて、とうとうしゃがみこんでしまった。
「ひどいよぉ……」
「で、結局どうなるんだ?」
一二三が声をかけると、ウィルは勢いよく顔を上げて真っ赤にした目で見上げる。
「無理」
「はあ?」
「魔導陣研究どころか、魔導球すら作れなくなった!」
歯を食いしばり、立ち上がって地団太を踏むウィルを一二三は顔をしかめて見ていた。十五歳と言っていたが、行動だけとってみるともっと幼く見える。
「なら、また作れるようにすれば良いだろう」
「簡単に言わないでよ。お金だけでも相当かかるし、材料だって手に入れるのは苦労するんだから!」
「金なら多少は……」
と言いかけて一二三は止まった。日本円が異世界で通じないように、以前の世界での金貨や銀貨が使えないのではないか。
とりあえずは闇魔法を開いて、適当に金貨と銀貨、そして銅貨を一掴み取り出す。
「これは……」
「何これ!」
ウィルが食いついたのは、金貨ではなく一二三が右手を突っ込んだ真っ黒な円だった。
恐る恐る手を出してつついたり、顔を近づけてみたりと興味津々の様子である。
「離れろ。鬱陶しい」
ウィルの頭をつかんで無理やり話すと、一二三は闇魔法収納を消した。
「これは俺の使う“魔法”だ。原理なんぞはわからんが、生き物以外は何でも入る。中で時間は経たない」
言いながら、一二三は再び開いた収納から湯気の立つ煮物を取り出し、手づかみで食べ始めた。
「へぇー、ほぉー……うぎゅっ!?」
取り出す瞬間も取り出された煮物にも興味を示しながら変な声をあげていたウィルは、頭を押さえられて目の前に置かれた貨幣に無理やり目を向けられた。
「なに、この金属板」
「あっちの世界の金だ。その反応を見るに、こっちじゃ使い物にならないみたいだな」
「そうね。売ればいくらかにはなると思うけど、お金としては使えないわ。ほら」
ポーチから取り出された小さな袋から、ウィルの手の上にいくつかの透明な宝石が転がり出てきた。
きれいな六角柱に削り出されたそれは、大きさが数種類ある。それで価値が変わるのだろう。
「これがお金よ」
今のウィルの手もちで、それなりの宿に数泊できるという。
「でも、魔導陣を作る道具を作るにも、材料を手に入れるにも全然足りない。作業する場所も無いし」
ウィルが見つめる先には、瓦礫になった山小屋があった。
「金が必要というわけだな」
「そうよ。でも稼ぐあてなんて無いし、町で働いてもすぐに国の連中に見つかっちゃうわ」
「ふむ……適当に盗賊でも襲って金を奪うか。多少は足しになるだろう」
「盗賊? なにそれ?」
ウィルの問いかけに、一二三は硬直した。
「……いるだろう。山の中やら森の中に塒を作って徒党を組み、行商とかを襲って金品や女を奪う連中が」
嫌な予感を感じながら、一二三は盗賊の説明をした。
しかし、ウィルの反応は薄い。
「聞いたことない。そんなのがいたら、寝ている間にモンスターにやられて終わりじゃない」
「おいおい、どういう事だ、それは……」
「この小屋周辺はあたしが作った強力なモンスター除けの魔導具を使っているから大丈夫だけれど、兵士なり狩人なりが何人かいないと、強いモンスターが出たら対処できないでしょ?」
前の世界以上に町の外にいるモンスターが強いらしく、並の魔導具で作る障壁では数日ともたないようだ。
「盗賊がいないのか……」
すっかり肩を落とした一二三に、ウィルは首をかしげた。
「どうしたの? モンスターが怖いの?」
あんなに強いのに、と問うウィルに、一二三は首を振った。
「盗賊退治は俺の趣味なんだよ。適度に殺意を持っていて躊躇なく俺を殺しに来る。こっちも遠慮無く殺せるしあちこちに湧いて出るしな。訓練には丁度良い相手だったのになぁ」
「ああ、そ、そうなんだ……それは、残念だったね……ははは……」
乾いた笑いをこぼしたウィルは、とりあえず町に行って食糧と宿を確保しようと提案して、一二三はそれを受け入れた。
☆★☆
「ちょっと、わたくしには理解できないことが書いてあるようなのだけど」
正統イメラリア教本部へ戻ったばかりのヨハンナの元へ、一通の手紙が届いていた。それは差出人がウェパルとなっていたが、持ってきたのは獣人の兵士だ。
一読してめまいを感じたヨハンナは、手紙をプーセへと手渡す。
受け取ったプーセも、内容を見てあからさまに顔をしかめた。
「招待状……と書いてありますが。オリガ・トオノ魔王就任式典のご案内?」
何の冗談かと言いたげに、プーセは手紙を持ってきた獣人族兵に目を向けた。
「えっ? 奥様が?」
ヴィーネもこの場にいる。彼女は教団の騎士隊長という重荷から解放され、オリガを追いかけようにも魔国に入る手段が見つからずに本部で訓練を続けていた。
プーセから渡された手紙を見て、ヴィーネは嬉しそうにほほ笑んだ。
「良かった! ご無事だったみたいですね!」
「無事……まあそうなのでしょうね。オリガ様ならそうでしょう。問題はそこに書かれた肩書きよ」
一二三が魔国を乗っ取ったと言われれば、まあわかる。ヨハンナはそう言ってプーセと同様に使者を見た。
「なんというか……そこに書かれている通りとしかお話しすることを許可されていませんので」
足の速さで使者に選ばれたのだろう。豹の獣人である使者は目をそらした。
「ただ、そこに書かれているのは事実です。それは間違いありません」
「魔王オリガね……」
繰り返し言葉にするとしっくりする気がしてきたヨハンナは、プーセと顔を見合わせた。
「どういたしますか?」
「そうね。わたくしには教団の代表としての役割があるし……」
ヨハンナはふと、ホーラント女王サウジーネとの会話を思い出した。
「“自由”か。そしてわたくしの人生を……」
自由という言葉を聞いて、ヨハンナが最初に思い浮かべるのはオリガだった。
彼女は一二三と出会いながらも彼に頼りきりになることなく、彼女が生きたいように生きている。少なくとも、ヨハンナにはそう見えた。
「ヨハンナ様?」
声をかけたプーセの顔を、ヨハンナはじっと見ている。
「一二三様がどうなったか、気にならない?」
「はいはい! 気になります!」
ヴィーネが手を上げた。
「気にならないと言えば嘘になりますけれど……良いのですか? かなり高い確率でおかしな事態になっていますよ?」
「ふふっ」
プーセの不安げな顔に、ヨハンナは思わず吹き出した。どうやら、一二三やオリガは彼女にある種の絶大な信用を植え付けているらしい。
「行こうよ。魔国がおとなしくしているうちは、どうせお父様たちもトオノ伯爵やサウジーネ女王に挟まれて碌に身動きとれないだろうし」
「いやはや、そうして貰えると助かります」
豹獣人と言えば、好戦的でプライドの高い者が多いはずだが、使者は何かに怯えたような顔でヨハンナたちの決定に顔をほころばせている。
「ウェパルさんはどうしているんですか?」
「えー……それは、ちょっと……」
「いいじゃないですか。それくらいは教えてくださいよ」
ヴィーネがにっこりとほほ笑むと、使者はきょろきょろと周囲を見回してから呟いた。
「とある研究に没頭されています」
「研究?」
ヨハンナは呟いた。
「どうにも、気になることが沢山あるわね。早速準備しましょう」
「わかりました……そういえば、もう一つ」
プーセは使者に向き直った。
「どうして獣人族がウェパルさんからの使者になったのですか?」
どうやらその質問に答えるのは問題ないらしい。使者は笑顔で答えた。
「はい。我ら“ヘレンとレニの町”所属の獣人族は、魔王様に全面的に協力……というより、お仕えする事になりました」
町の有力者たちは主だった戦力はすべて魔国入りする予定であるという。
「プーセ。わたくし余計に混乱してきたのだけれど」
「私もです」
「それはすごいですね! 流石は奥様です!」
一人だけ大声で喜ぶヴィーネに対して、ヨハンナは少し早まったかと思った。
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