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80.天才魔導陣使い

お待たせいたしました。

80話目です。

よろしくお願いいたします。

「……もう一度お願いします」

 オリガが静かに問うと、ウェパルは息を飲んだ。

 場所は城の目の前。無表情に自分を見つめてくるオリガに対し、ウェパルは全て放り捨てて逃げ出したいのを我慢しながら、先ほども口にした内容と同じ報告を告げた。

「ネヴィルは死んだわ。……同時に、一二三は魔法陣の罠に引っかかってどこかに飛ばされた。行き先は、私にもわからない」


 周囲に居た魔人族や獣人族の兵士達がざわついた。

 それはウェパルの報告に対してでは無い。一二三の消失については既に全員が一度驚きの声を上げている。

 今彼らが顔を見合わせながら、思わず一歩後ろへ下がったのはオリガが発している重圧を感じる程の殺気に対してだ。


「私のせいじゃない……と言いたいところだけれど、貴女も彼の隣で聞いていた通り、罠の基礎を作ったのは私よ。責任が欠片も無いとは言わないわ」

「……いえ。主人はウェパルさんから罠について聞かされていたのは知っています。今すぐに現場を見たいと思います。ご案内していただけますか?」

 オリガの言葉に、嫌とは言えない。


 他の者たちには城内の掃除と隠れている兵士や文官たちを捉えるように命じたウェパルはオリガと共に同行を希望したミーダットも連れて城内を進む。

 たどり着いたホールには、一面に広がるパウダーが残っており、奥に刀を突き刺されたまま事切れているネヴィルの死体もそのまま残っていた。

「あのあたり、パウダーの下に魔法陣を隠していたみたいね」


 ウェパルが踏み込んだ時には、すでに手遅れであったことを説明されながらも、オリガはふらふらと夢遊病のように歩みを進め、ウェパルが指したあたりで服が汚れるのも構わず四つん這いでパウダーを払いのけ続けた。

 直径四メートル程の大きな魔法陣が全て見えるようになるまで、ウェパルやミーダットも手伝い、黙々と作業を続ける。


「これが、転移魔法陣……」

 両手を粉だらけにし、青いローブが白く染まった頃にようやくその全貌を見せた魔法陣を、オリガは暗く沈んだ目で見つめた。

 魔法陣はオリガにとっては専門外だ。こうして見ていても内容はほとんどわからない。

 オーソングランデの城内にある召喚魔法陣もそうだが、基本的には古代魔法の一種であり、専門家でも全てが解明できていると言うわけでは無い。


「行き先は……」

「正直言って、追跡すら不可能よ。この世界にいるか、元の世界に帰ったか……全然関係無いどこかに飛ばされたか」

 指定する方法も確認する方法も分からないので、実用できずに罠にしたのだ。

「とにかく、魔国にいる研究者をもう一度集めてみる。これを作った連中がいれば、また研究を進められるかも」


「それで、どれくらいで研究は完成するのですか?」

 オリガの問いに、ウェパルはすぐには答えられなかった。というより、明確な答えなど無い。

「……この魔法陣を作るだけで、四十年かかった。基礎からの研究だった事を考えても、同じ位かかる可能性もあるし、不可能かも知れないし……」


 ウェパルの言葉に、オリガは膝を突いてしまった。

「では、どうやって……あなた……」

 気を失ってしまったオリガの身体がぐらりと揺れた直後、ミーダットが慌てて駆け寄って支えた。

「ウェパルさん!」


「そのまま待っていて!」

 ミーダットの言葉に、ウェパルは弾かれるように走り出した。オリガ自身もそうだが、お腹の中にいる子供が不安だ。

 いそいで城内にいた医師が連れて来られて、理由も説明されないままにオリガの診断がされた。


 子供は無事だったが、オリガの意識が回復したのは夜遅くになってからだ。

「申し訳ありません。取り乱してしまって……」

「無理も無いわよ」

 ウェパルは一先ずオリガの受け答えがしっかりしている事に安堵のため息をついた。

「城は制圧。とりあえずは落ち着いたけれど……」


「ウェパルさん。主人はこの国の王に成ると言っていたのですが、具体的には何をするつもりだったのですか?」

「彼には私の希望に協力してもらってた……魔国を一度、元のような狭い世界にして魔人族を閉じ込めるつもりだったのよ」

 ウェパルは魔人族がネヴィルによって自分たちの種族こそ至上であると勘違いする事を恐れていた。


 実際には個人同士であれば魔人族は強いだろう。だが、絶対数がエルフ同様に少なく、個人の武勇に拘り集団戦になれていないという欠点もある。

 これは魔人族がそれぞれ固有の魔法に特化した戦闘スタイルである事にも起因しているのだが、ウェパルとしては他に性質的に個人主義の強さもあると見ていた。

「それで、一度魔人族の鼻っ柱を叩き折って、一二三という人間が率いた軍勢。それも少数に倒されたとすれば少しは大人しくなるかと思ったのよ」


 そして、他国の影響を最小限にした状態で魔国の中で旧ヴィシー国時代からの人間族の地位を向上させて、魔人族と人間の間で平等な意識が生まれたら再び開国しても良いだろう、と考えた。

「そのついでに、魔国を占領して閉ざした魔王として一二三が君臨することで、彼は個人の武勇を誇る人物が多く挑んでくるのを狙った、というわけ」


 しかし肝心の一二三が行方不明となった。

「計画を考え直さないとね」

「私がやります」

 ゆっくり休むようにと伝えて退室しようとするウェパルに、オリガはキッパリと言った。

「……は?」


「主人が戻るまでは私が代わりを勤めます。丁度、それらの人々を集めるためのものはここにありますから」

 オリガは手荷物として持ち歩いていた鞄から、大きなアクアサファイアを取り出した。

「私が、その“魔王”になります。さあ、詳細を詰めましょう」

 当然手伝ってもらえますよね、と問いかけるオリガを、ウェパルは拒否できなかった。


☆★☆


「さあ、我が新たな使い魔よ! 敵を倒せ!」

「……はあ?」

 魔法陣に飲み込まれ、以前イメラリアに召喚された時と同じ感覚を味わった一二三は、通り抜けたかと思ったら直後に命令をされた。

 足元を見るとひと一人をぐるりと囲む程度の大きさの魔法陣があり、目の前には背を向けて前方を指差す若い女がいる。


 指差す先には、数十人の鎧を来た兵士達が並んでいた。誰もが殺気立った表情で、じりじりと距離を詰めて来ていた。

「何してるの……って、人間!? なんで人間が召喚されちゃうのよ!」

 振り向いて一二三の顔を見た女は、どうやら別の何かを召喚したつもりだったようだ。まだ十代の半ば程だろうか。目と口を目いっぱい見開いて驚いている。


「お前が?」

 一二三が指差したのは、足元の魔法陣だ。

「そうよ。天才“魔導陣”使いのあたしにかかれば、この程度の簡易魔法陣ならすぐにつくれるわよ!」

 失敗して狼狽えていたはずだが、何故か魔法陣について語り始めると胸を張って鼻を鳴らした。倒れそうな程に仰け反り、小さな鼻が天を向いている。


「魔導陣……ここだとそう呼ぶのか」

 そんなもんだろう、とすんなり受け入れられるのも、一二三が二度目の召喚だったからだろう。

 しかし、飛ばされたはずが召喚されていた事に関しては理解が追いつかない。

 そうこうしている間にも、兵士達はじりじりと迫ってくる。召喚されたのが単なる人間で武器も持っていないのを見て、その歩みは速まっていた。


「うぅ……ヤバい……!」

 相変わらず状況は不明だが、どうやら少女には打つ手がないらしい。迫る兵士を思い出したようで、再び焦りの色を見せた。

一二三が後ろを振り向くと、崖に追い詰められて逃げ場も無くなっているらしい。

「ああああんた! 召喚されたなら戦いなさい! どうにかしなさいよ!」


 腕を振って命令を叫ぶ少女の顔を掴み、その身体が爪先立ちになるまで引き上げた一二三は、顔を近づけて睨みつけた。

「ひぃっ……?」

「先に状況を説明しろ」

「ひゃ、ひゃい……。あの連中があたしの魔導陣の技術を盗もうとしたから逃げて来たんだけれど、追いつかれて、急いで簡易魔導陣を開いて召喚したら、あんたが……」


 研究作業中に襲撃されたため、魔導陣の起動で魔力も尽きたらしい。

「何か強い生き物を、って適当に設定したのがまずかったみたいね」

 顔を掴まれたまま説明する少女に、一二三は確認した。

「魔法陣……じゃない、魔導陣の専門家なんだな?」

「天才魔導陣使いよ! 誰にもあたし以上に魔導陣を理解している者は存在しないわ!」


 手を離し、少女を下ろした一二三はしばし考えた。

 強烈な殺気を放つ集団が近づいているにもかかわらず、その様子はまるで他人事かのように落ち着いている。

「俺を元の世界に戻せるか?」

「い、色々調べてみないと分からないわ。でも、あたし以外には不可能よ」


 断言した少女に向かって一二三は頷き、十メートル程の距離まで近づいてきた集団の前に歩み出た。

「こいつに用がある。この場は譲ってもらおう」

「それは聞けない話だ」

 中央に居た兵士が口を開いた。

「俺たちは国からの命令でその女を捕縛しに来たのだ。退くわけにはいかぬ」


「ああ、そう。じゃあ実力でどうにかしてみると良い」

 素手の一二三が挑発すると、剣を持った者たちが殺到する。

「あの馬鹿、武器も無いのに……!」

 無謀な真似をする、と少女は悪態を吐きながら自分の人生もこれまでか、と覚悟していた。

 捕まって酷い目に遭うよりも、いっそ後ろの崖に身を投げた方が楽かもしれない。


「ああ、たった十五年で人生が終わりだなんて! おまけにあたしという天才が失われる事で、この世界の魔導陣技術は何百年も遅れ……へっ?」

 両手を広げて空を仰ぐ少女は、頭上を人間が飛んで行くのを見た。

 悲鳴を上げて崖から落ちていく人物から目を逸らすようにして前を見ると、何人かが倒れている中心に、一二三が立っているのが見えた。


「気を付けろ。巻き込まれてお前も崖から落ちるぞ」

 周囲を囲んでいた兵士達は及び腰になっている。どうやら、一二三が投げ飛ばした事で崖から落ちていったらしい。

「ふむ。少しは戦える連中が多いようだ。オリガの所に戻るまで、退屈はしなくて済みそうだな」


 素手のまま戦う一二三が、さらに数名を崖下へ落とし、首を折り目を抉って殺したところで、兵士達は撤退していった。

 血塗れになった手を払い、懐紙を取り出して拭うと大きく舞い散る様に放り捨てた。

「俺は一二三だ」

「あ、あたしは、ウィル……」


 ウィルと名乗った少女は、明るいオレンジの瞳に恐怖で涙を浮かべていた。

 彼女には一二三の強さが理解できなかった。強靭な肉体を持つ虎や熊のようなモンスターなら、人間を二つ折りにする力があるのも理解できる。炎を吐くドラゴンや、素早い動きの狼など、人間を殺す強さはそれぞれの特性として生まれ持つものだ。

 だが、一二三の見た目は普通の人間と変わらない。


「そ、そういえば……!」

 ウィルは気付いた。

 他のモンスター等であれば、召喚された時点で問答無用でウィルに従う。魔導陣を通る際にそうなるように記憶される筈なのだ。

 だが、一二三は違った。まず最初にウィルを攻撃し、そして指示に従うことなく勝手に行動している。


「一体何なのよ……」

 敵が逃げてしまったのを確認し、一二三がウィルの方を向いた。

「えぇ……」

 一二三は笑っている。

 凄惨な人殺しを行い、無惨な姿で転がる死体に囲まれて笑っている。


「とりあえずは飯だな。俺が食えるような物なら良いんだが。ん?」

 一二三が近づいた時、ウィルはぱったりと倒れてしまった。一二三の雰囲気に耐え切れず、理解不能な現実から逃げるように気絶してしまったらしい。

「仕方ないな」

 行先も何もわからない状態ではどうしようもない、と一二三は座り込み、闇魔法の収納を開いて適当な食事を引っ張り出した。


「魔法は使える。左手も問題無いな」

 刀は向こうに置いて来てしまったので、しばらくはそれ以外を使うしかない。

 どこかで買い求めた魚醤で味付けされた炒め物を手作りのマイ箸で食べながら、一二三はウィルが起きるのをのんびりと待った。

「焦っても仕方ない。オリガには悪いが、あいつはあいつで上手くやるだろう」


 新たな世界で、一二三はそのあと二時間程昼寝をして過ごした。

「魔王、やりたかったな」

 潮の香りがする柔らかな風を感じ、新しい世界も環境は問題無いらしい事を確認しながら、彼はやり残してきた事を残念そうに呟いた。

お読みいただきましてありがとうございます。

次回もよろしくお願いします。

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