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8.ギルドでの出来事

8話目です。

よろしくお願いします。

 ごとり、と目の前に生首を二つ置かれて、ギルドの職員は卒倒する寸前まで行ったが、それ以上に、血まみれのままで入って来た男を怒らせる方が怖い気がした。

「これが賞金首な」

 首を置いた一二三は、ギルドからもらっていた賞金首情報の書類とギルド証として渡された金属プレートを首の横に添えた。

 ギルド内にはまだ冒険者の姿が十人以上あり、一二三が姿を見せてから一同に緊張が走っていた。ひそひそと話し合う者たちもいた。

「す、すぐに確認いたします!」

 他の職員を呼ぶため、奥に向かおうとした職員がはたと立ち止まり、勢いよく振り向いた。

「と、トオノさん……様! 良かったら裏に井戸がありますから、身体を流されてはいかがですか?」

「ん? ああ、ならそうしよう」

 自分の道着が血で黒く染まっているのを見下ろした一二三は、職員の勧めを素直に受けて、説明された裏口から井戸へと向かった。

 一二三が退室したギルド内には安堵のため息が広がり、新人の職員が生首をチラチラと見ながら血の掃除を始めた。

 ふと、一二三を追うように二人の冒険者が裏口へ向かって歩き出した。

「おい。ここで騒動を起こすなよ」

「ここじゃなくて裏だよ。しばらくは井戸が使えなくなるかも知れないけどな」

 年かさの男に声を掛けられた冒険者は、忠告を笑い飛ばした。

 ガチャガチャと三本の長剣を提げた男と、その後ろを無言で付いていく女。二人は足音を殺しながら、そっと裏口に手をかけた。


 一二三は後をつけて出てくる気配を感じながらも、放っておくことにした。刀を腰から外し、井戸の傍らに立てかけると、釣瓶を引き上げ、井戸から汲み上げた水に触れる。ひやりと冷たい。

 近くに置かれた桶を見つけて、三杯ほど水を入れると、上着を脱いで放り込む。

 あっという間に水が赤黒く染まる。

 さらに水を汲みあげ、一杯目を頭から被った。頭頂部から良く冷えた水が通り抜け、髪に貼りついた血を洗い流した。

 身体の血を流したところで、桶の中の道着を見下ろす。

「そこに隠れてる二人。片方は魔法使いだな? 乾燥の魔法とかは使えるか?」

 ざぶざぶと泳がせて桶から引き揚げた道着を見ながら、一二三は声をかけた。

 存在に気付かれたと知った二人の冒険者は、わずかに開いて様子を窺っていた裏口を開く。

「お前、見た目とは違って魔法使いだったか……」

「魔法は使ってない」

 道着を片手で乱暴に絞る。完全には綺麗になっていないが、本格的な選択はオリガかヴィーネに任せる事にした。

「二人いて、片方はじゃらじゃら五月蠅いが、もう片方からは金属の気配がしない。それに、魔法使いは身体の使い方が下手くそなのが多いからな」

「ふん、適当な事を言いやがる」

 開いた道着はクシャクシャになっている。適当に振り回してしわを伸ばし、井戸の縁に引っかけた。

 上半身は諸肌を脱いだまま、一二三は姿を見せた二人に相対した。

「で?」

「なんだ?」

「お前じゃない。後ろの女に聞いたんだ。乾燥できるのか、出来ないのか」

 女の冒険者は魔法使いであるのは正解だが、本気で聞いているのか、と目を見開いた。

「できないのか。なら用は無い」

「お前に無くても、俺たちにはあるんだよ」

「そうか。それなら早く言え」

 一二三は考えていた。魔法で収納した着替えはあるが、今着替えると濡れてしまう。明日の着替えを考えると、このまま宿へ向かった方が良い気がする。

「いや、オリガが風を使えるな。乾燥くらいはできるか?」

 妻が迎えに来る予定になっているのを思い出し、とりあえずこのまま広げておくか、と決めた。

 そこで、男が剣を抜いた。その後ろでは、女冒険者が短い木製の杖を構えている。

「暢気な野郎だ。そんな細いナリで、しかも片手でどうやって賞金首を殺ってきたか知らねぇが、少しばかり分け前を貰いてぇと思ってな」

「気の早い奴だな。まだ金を貰っていないというのに」

「裏に回ってくれたんでな。今のうちに話を付けておこうと思ったわけだ」

 剣の切っ先を揺らしながら一二三につきつけ、男は笑った。

「なんだ。脅したいのか」

 それなら、と一二三は剣の切っ先を見る事も無く、男の目を見た。

「じゃあ、頑張って俺に危機を感じさせてみろ」

 無表情で言い放った一二三に、男はわなわなと震えた。

「馬鹿にしやがって! ちょいと脅して済ませてやるつもりだったが、もう片方の手も無くして、後悔しやがれ!」

 男が振りかぶった剣。その柄頭を下から軽く小突いてやると、男はバランスを崩してたたらを踏んだ。

 その隙に、一二三の手は男の腰から一本の剣を引き抜いた。

「ちっ!」

 それに気づいた男は、跳ね上げられた剣を素早く引いて防御の姿勢を取る。

 だが、一二三は掴んだ剣を無造作に投げた。

 離れて見ていた女の方に向かって。

「ひゃっ!?」

 何とか剣を避けた女だったが、杖を斬り飛ばされてしまった。

 尻餅をついたまま、急いで裏口の方へと下がっていく。

 その間にも、男は引いていた剣を突きこんでくる。女の方を見ていないあたり、一二三は評価した。転んだのは良くないが、女が避けたのも悪くない。

「このっ!」

 右手で突きを繰り出しながら、左手で器用に残り一本を逆手に引き抜き、切りあげてくる。

 変則だが、上下からの攻撃は初めて見た相手を混乱させるだろう。

 一二三以外であれば。

「ふぅん。器用なもんだ」

 二つの剣の中央、柄の部分を纏めて蹴り飛ばすという乱暴な方法で敵を押し返し、一二三はさらに前へと進む。

 かと思うと、後ろへと下がった。

 その目の前を、火球が通り過ぎる。

「火が使えるのか」

 折れた杖を握りしめた女が、立ち上がって一二三を睨みつけていた。

 蹴りを受けた男は、素早く構え直しているあたり、腕は悪くないらしい。

「ふぅ……思ったより、やるな……」

「その辺の魔物なら問題無く狩れる腕はあるな。で、なんで態々俺を狙うんだ?」

 一二三は疑問を口にしながら、胸から腹にかけてを右手で撫で、水を拭い落す。腹のあたりを流れる滴がくすぐったかった。

「……ホーラントでやってる内戦に参加すりゃ、がっつり稼げる。しかも強い連中が集まってきているらしいからな。そこで活躍出来りゃ、俺たちの名前も売れる。その為に装備を揃える金と旅費を手っ取り早く稼いでおこうと思ったんだが……」

 両手の剣を握りしめ、男は汗を流した。

「ここで退くから、見逃してもらうって訳にはいかねぇか?」

 男が言い出した提案に、一二三は鼻で笑って返した。

「馬鹿言え。こんな中途半端な状態で終われるかよ。俺が死ぬかお前らが死ぬか。最後まで楽しもうや」

 立てかけていた刀を掴み、抜刀する。

 沈みかけの太陽から、暖かな光を浴びているにもかかわらず、刀身は蒼く冷たい光を放っていた。

「ちぃ……」

 逃げる事も不可能だと判断した男が舌打ちをした時、刀を見て震えていた女の方が、背を向けて走り始めた。

「おっと。少し待ってろよ」

 一二三は躊躇いなく刀を投げた。

 背を向けていため今度は避ける事が出来ず、飛来した刀は女のくるぶしをざっくりと斬り割った。

 声も出せずにもんどりうっている女に一瞥をくれる事もせず、男は二刀流で襲い掛かる。

「隙あり!」

「どこがだ」

 左右から袈裟懸けに振り降ろされた剣は、どちらも一二三の身体を捉える事は出来なかった。

 空を切り、腕が下がりきった所に一二三の拳が突き刺さる。

 鼻の骨を潰され、一旦下がろうと地面を蹴ろうとしたが、間に合わなかった。

 一二三は殴った右手を下げ、襟を掴み、肘を腹に打ちつけるようにして男の身体を吊り上げる。

「馬鹿な、俺の体重を片手で……!」

 男の言葉はそこで終わった。

 鼻血を撒き散らしながら投げ落とされた男は、石材で作られた井戸の縁に叩きつけられ、頭部を無惨に凹ませて死んだ。

 しばらく痙攣していたが、それもほどなく止まる。

「あ、ああ……」

 仲間が無惨な死を遂げる様を目の当たりにして、女は失禁する程怯えていた。

「お前は治癒魔法が使えなかったみたいだな。使えても一緒だけどな」

 投げた刀を拾い上げ、ほっそりとした首を切断する。

 抵抗することなく殺された女の頭部は、丁度一二三を呼びに来たギルド職員の足元に転がった。


 日暮れの町に、悲鳴が響く。


☆★☆


 オリガの迎えを待ち、道着を全て水洗いしてオリガに風魔法で乾燥してもらった一二三は、ごわごわする着心地の悪さに顔をしかめながら宿へとたどり着いた。

 そして、待ちに待った夕食の時間である。

 封印前よりも料理の種類は増えている。調味料が手に入りやすくなり、香辛料の種類もかなり増えているそうだ。

 宿のランクが高い事もあって、肉料理や魚料理、野菜をふんだんに使った煮込み料理など、一二三が満足する味と量がしっかり用意されていた。

 量については、あらかじめオリガが宿に注文していた事もあるのだが。

「それで、自由になったから遊びまわってるって事か」

「まだ退任して一日よ。ようやく観光地に来たって所で、さっそく面倒事と顔合わせ。いつになったら私の心は休まるのかしら」

同じテーブルを囲むウェパルに、一二三は食後のケーキを二口で食べてしまうと、紅茶を傾けながら相槌を打った。

「周りを気にし過ぎだ。前と変わって無いな」

「貴方はもう少し気にした方が良いわよ」

 一二三たちのテーブルには、一二三やオリガ、ヨハンナという人間族、エルフのプーセ、兎獣人のヴィーネ、魔人族のウェパルやフェレス、ニャールなど、ドワーフ以外の人種が集まっている。

 人種の垣根が低いフォカロルでも、こういった組み合わせは珍しい。宿のレストランスペースにいる他の客や従業員から、ウェパルはちらちらと様子を窺う視線を感じていた。

「それで、これからどうするつもりなの?」

 ウェパルは、一二三がすでにヨハンナからの依頼を断っているのを聞いていた。それは当然の結果だ、と彼女は納得した。誰かの為に動くような男では無い。

「ホーラントに行こうかと思う。今の戦争がどんな感じでやってるか見に行って、少しつついて遊んでみるのも良いと思ってな」

「それなら、便利な物をあげるわ」

 ウェパルはフェレスに耳打ちして、部屋から書類を持ってこさせた。そこにはすでに押印がされており、その横に一二三の名前を書き入れたウェパルは、テーブルを滑らせて一二三へ渡す。

「私のサインが入った入国許可証よ。日付は五日前だから、ちゃんと有効だから安心して」

「ああ。そりゃたしかに便利だ。貰っておこう」

 書類を見てから、一二三はフェレスやニャールの顔を見た。以前に比べれば、少女の雰囲気は消え、成熟した女性の雰囲気がある。ニャールの方は、中身はまだまだ子供っぽいのだが。

 二人とも緊張した面持ちで一二三に視線を向けたり外したり、落ち着かない様子で座っている。

「その二人も魔法が使えたな」

「よく覚えていたわね……治癒魔法がメインだけど、私をずっと手伝ってくれた良い子たちよ」

 ふむ、と一二三は紅茶を置いて考えた。

 ヴィーネを見ると、目が合った。片方だけの兎耳がぴん、とまっすぐ伸びる。

「ウェパル、少し仕事をしないか?」

「仕事?」

「俺が帰って来るまでで良い。ヴィーネに魔法を教え込んでくれ。あと、オリガも今の魔法を勉強したいだろうから、そっちもな」

 オリガは微笑みと共に頷き、ヴィーネは耳を揺らしながら喜んでいた。

「それなら、わたくしもご協力します!」

 じっと話を聞いていたヨハンナも、手を上げて協力を申し出た。

「こう見えて、聖女の再来と言われるくらいには魔力が多いのです。お勉強も沢山していますから、問題無くご教授できますわ!」

 さらに、プーセも賛同する。

「では、私も治癒魔法や魔法障壁についてお教えしますね。どの程度の素養があるかはわかりませんが……それに、オリガさんは身重ですから、宜しければ私が出産までの検診をさせていただきます」

 ウェパルは両脇にいるフェレスとニャールを見て、仕方ないと呟いた。

「で、報酬はどれくらいいただけるのかしら? これでも元国王よ。安くは無いわ」

「稼いできたから、問題無い」

 麻袋にたっぷりと詰まった金貨を、テーブルの上にどかりと音を立てて置いた。

 袋はバランスを崩して倒れ、斜めになったその口からたっぷりと金貨を吐き出す。

「賞金首二人分と、そいつらが溜めこんでいた分だ。ホーラントまでの経費は引いたから、これをオリガに預けておく」

 それはちょっとした豪邸が立つ程の金額だった。それだけ盗賊からの被害が大きかったわけだが、この宿の費用を差し引いても、たっぷりと残る。

「ご、ご主人様、わたしにここまでしてくださるなんて……」

 感動に打ち震えるヴィーネに、一二三は微笑む。

「当然だ。戦場のレベルを確認した後は、腹に子供がいるオリガの代わりに、お前が俺の手伝いで戦場に同行するんだ。へなちょこのままで、すぐに死なれても困るからな」

「……は?」

 堂々の前線連れ回し宣言に呆然とするヴィーネを見て、ウェパルは憐みの目を向けたが、オリガやヨハンナは、嫉妬と羨望の混じる視線を向けていた。

お読みいただきましてありがとうございます。

次回もよろしくお願いします。

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