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79.英雄消失

79話目です。

よろしくお願いします。

 兵たちはネヴィルの指示通りに動いた。

 罠が仕掛けられたホールに向けて、少人数のグループでぽつぽつと配備された兵士たちは理由も知らされないままで侵入者に対する警備をしている。

 外では騒がしく宴会が行われているのが聞こえてくる廊下で、彼らは互いに自分たちの立ち位置について語り合っていた。


 一部のネヴィルに近い臣下たちは別として、城詰めでも兵士たちにとっては王が変わったからと言って心から忠誠を誓うわけでは無い。

 これが他の国家のように血統による継承で王が決まり、家臣団が忠誠を“個人”ではなく“血統を国体とする国家”に対して見せ得る環境があれば別だったかも知れない。

 前王ウェパルがそういった部分に無頓着であり、魔人族が長い寿命を持つせいで血による継承を重要視しなかったことの影響だった。


 いずれにせよ、兵という職業は突然命の危険に晒される可能性が高い仕事である。

「侵入者だ! 真正面から!」

 遠くから声が聞こえ、廊下で待機していた者たちは迷った。

「正面か! 集まるべきだろう!」

「だが、勝手に持ち場を離れるのは不味いぞ」


 言い合っている間に、命の危険は迫っていた。

「ぎゃああ!」

 悲鳴が聞こえる。

「うぐっ!?」

「た、助けて……」

 そして、立て続けに聞こえる悲鳴は、次第に近づいてくる。


「次はお前らか」

 一人の男が、廊下の向こうから姿を現した。

 警備の兵たちは慌てて剣を構えたが、その時には敵が目の前に迫っている。

「遅い」

 手首と首筋を掴まれ、腰の回転に乗せられるように投げ捨てられた兵士は、壁に激突して血と脳漿を壁に塗りつけた。


 さらに一人が首を斬り飛ばされて、また一人が剣を持つ腕を切断されたショックで跪き、強烈な蹴りで首を折られた。

「……ウェパルが言った“罠”の場所はあっちだな」

 わかりやすく誘導するように兵士たちが配置されているのを気配で感じ取り、一人一人をまるで前哨戦をこなすかのように殺していく。


☆★☆


 城へ突入する直前、一二三はウェパルから城内に仕掛けられた罠について聞かされた。

「また天井でも落とすのか?」

 一二三は笑っていた。

 天井を落とす罠というのは、ウェパルの前の王が仕掛けたものだ。巨大な石くれが落ちてくるそれは協力ではあったが、一二三を殺すには至らなかった。


「はあ……一度失敗したものをまた使うわけないでしょ」

「ということは、それは俺を標的にして作ったものなのか」

 何故か一二三が嬉しそうに言うのを、ウェパルは胡乱な目で見る。

「あんたが復活した時に、性格がどうなっているかわからなかったし、何がきっかけでまた攻め込まれるかわからなかったからね。財政に余裕ができたところで念のために作ったのよ」


 ウェパルがいうには、それは不完全ながら転移陣として機能する仕組みになっているという。

「転送先は全くの不明。生き物が転移したところで生きたまま飛べるかどうかも不明」

 とにかく城の外へ排除するための仕組みらしい。

「人を使って色々研究もさせたけど、結局は転移先を指定するまでは至らなかった。ネヴィルが完成させた可能性が無くもないけど」


 ウェパルはまず無理だと考えていると言った。

「恐ろしいほど複雑な術理で、私じゃ三分の一も理解できなかったわ。ネヴィルも同等でしょうし、優秀な魔法研究者は根こそぎパウダーの研究に回したんでしょう」

 そうでなければ、一二三やオリガの偽物を作るまでには至らなかったはずだ。

「ウェパルさん」


 オリガが口を開くと、ウェパルは肩を震わせた。

「な、何?」

「ひょっとして、一二三様が元の世界に戻れるように研究をされていたのですか?」

 首をかしげるオリガに、ウェパルは顔が熱くなるのを感じて背を向けた。

「う、上手くいけば石造のままで貴方たちを送り返すつもりだったのよ。将来の不安がそれでひとつ消えるのだから、当然でしょう?」


 だが、結局は膨大な魔力が必要になることも、転送先の座標設定もできないと結論付けた後、勿体ないという事で罠に流用したというのが実情のようだ。

「貴方が持っているっていう大きなアクアサファイアがあれば、それを媒体としてもっと上手に魔方陣を扱えたかも知れないけれど」

 ウェパルは、ネヴィルが王都外に兵を終結させて打って出ることを選んでいれば、罠の件は黙っているつもりだったらしい。


「これか。結構便利なものなんだな」

 収納から一二三が取り出した、一抱えはあるアクアサファイアの輝きは周囲の者たちの視線を集めた。

 無造作に片手で持っていた一二三は、オリガへと渡した。

「オリガ。お前に預けておこう。魔法に使えるという事なら、お前が調べて使った方が良い」


「ですが、これはあなたが敵をここに集めるためのシンボルなのではありませんか?」

「どこかに行くつもりなのか?」

 一二三が問うと、オリガは納得したように頷いた。

「私は、一二三様のお側にいるためにここに来ました。ここで子を産み、あなたと一緒にここで育てると決めました」


 ならいいじゃないか、と一二三は笑う。

「お前が持っていてくれ。俺のところじゃなく、俺たちのところに敵が集まるのでも問題は無い」

 それに、一二三はオリガにある期待をしていた。

「もし、お前が魔方陣を完成させることができれば、それで俺のいた世界に行ける。この世界に飽きたら、また別の世界に戦いに行くのも悪くない」


 そう言い残して、一二三は一人、先に城へと向かった。

 後詰としてウェパルが部下を連れて城に入り、建物内を制圧する予定になっている。

「あなた……」

 オリガは、最後まで彼の後ろについていきたいという気持ちを抱えながら、それでも我が儘を言えなかった。


☆★☆


 死体を増やしながら城内を進む一二三は、ウェパルの突入が始まったのを感じながら悠々と進んでいく。

 どうやら目的地は近いようで、警備の兵士はもう姿が見えない。

「ここか……」

 ひときわ大きな扉を前にして、一二三は抜き身で引っ提げていた刀を振るった。


 びちゃり、と刀にまとわりついていた血が壁に叩きつけられた。

「……」

 無言のまま、一二三は眉間にしわを寄せた。

 嫌な気配がする。

 恐怖などではない。違和感と嫌悪感が入り混じったような、胸がむかむかするような不快感だ。


「どういう歓迎をしてくれるのかは知らんが、どうも碌なことがなさそうだ」

 呟きながら扉を押し開いた一二三を迎えたのは、うっすらと砂をちりばめた床。そして、両脇に護衛と思しき兵を従え、仁王立ちで立っている魔人族の男だ。

「お前がネヴィルか」

「一二三か……兵士たちは結局、お前に傷の一つも付けられなかったか」


 無能どもめ、と吐き捨てるネヴィルに、一二三は砂を踏みつけながら進んでいく。

「俺を殺すには、力も覚悟も足りない連中だった。バイロンは歯ごたえがあった。俺やオリガの偽物もな。だが、それで打ち止めならここで終わりだ」

 一二三は刀を右手に提げており、構えることもなく堂々と進む。

 足元から伝わる感触から、床に広がっているのが“パウダー”であることはわかっている。何が起きても即時対応ができるように、全身から余計な力は抜いていた。


 一二三は室内にあるはずの魔方陣を探したが、パウダーの下に隠れてしまっているのか、どこにあるのかが分からない。

 ウェパルの説明では最低でも十秒間は魔方陣の上に対象を固定しておく必要があるとの事だったので、魔力の流れを感じた瞬間に素早く移動すれば問題は無い。

 そこまで観察したところで、一二三はとりあえず目の前の三人を殺すことにした。


「やれ! 殺せ!」

 滑りやすいはずの床の上を、するすると進んでくる一二三を驚愕の目で見たネヴィルは、護衛二人に命じた。

 言われるままに踏み出した兵士たちは、自分たちもパウダーを踏んでおり、ズルズルと足を取られてまともに剣を振ることさえできない。


 そして、堂々と真正面から歩いてきた一二三の刀によって、立て続けに斬り殺された。

「さて、頼みの綱は死んだ」

 あとはお前だけだ、と一二三が踏み出した瞬間、パウダーが震えだし、波打つように魔力が伝わってきた。

 直後、飛び下がった一二三を追いかけるようにパウダーが鋭利な針となって床から撃ち出された。


「射出か。なるほど!」

 さらに転がっていく一二三は、針を避けながら左手の手袋を脱ぎ捨てた。

「この程度だと当たらんか。なら!」

 ネヴィルは足元からつながるパウダーに魔力を送って操っているのだが、さらに魔力を送り込む。


「ぐむぅ……」

 床のあちこちから一二三に向かって針を射出しながら、ネヴィルは鼻血を流し始めた。

 単純な魔法の射出とは違い、多くの範囲でそれぞれに魔力を使って処理をするのは高度な技術を要する。それは複数の魔法を同時に発動し、違う動きをさせるのと同じことだ。

 オリガやウェパルであれば、三つ四つの操作なら難なくこなして見せるだろうが、ネヴィルにはそこまでの素養は無かった。


 さらに、ネヴィルは別の物にも魔力を送り込んでいる。

「死ね……早く……死ね!」

 人間よりは多いが、魔人族の中では平均的な魔力しか持たないネヴィルには負担が大きい。脳内を小さな雷が走るような痛みを感じながら、真っ赤になった瞳で一二三を見ていた。


 刀で打ち払い、転がり、左手で叩き落としていく一二三が、袴に刺さった針のせいで体制を崩して刀を握った拳を床に突いた。

「今だ!」

「ちぃっ!」

 パウダーに触れたむき出しの拳から、ネヴィルは一二三の魔力を吸い取る。

 感触でそれに気づいた一二三は瞬時に床から手を放したが、一瞬とはいえかなりの量を持って行かれたのを感じる。


「ふふぅ……少量だが、魔力を回復させてもらったぞ……」

「あまり状況の解決になっていないと思うがな」

「果たしてそうかな?」

 余裕ぶっているが、ネヴィルの魔力吸収について一二三は瞬時にその弱点に気付いた。

 素肌に触れて魔力吸収ができるなら、パウダーを操って糸でも作ればいい。それをしないのはなぜか。


「魔力で操っている途中の粉だと、魔力吸収ができないんだな?」

 一二三の言葉に、ネヴィルは顔をゆがめるだけで答えない。

 図星か、と一二三は魔力吸収の直前に止まった針の攻撃が再開する前に、黒く染まった左手を床に押し当てた。

 そこから、じわじわと黒い色が広がっていく。


「これで、俺もこの粉を使って……ん?」

 ネヴィルは、笑みを浮かべていた。

 手元から流れる魔力は、おそらくネヴィルのものであろう魔力拮抗しているようだ。一二三の周囲をぐるりと囲むように広がった黒色は、そこで止まった。

「ふ、ふふふ……」


 何かを狙っている。

 そしてその狙いに思い当たった一二三は左手を離そうとして、止めた。このまま自分の魔力で押さえることができるかも知れない。

 このまま、ネヴィルを殺して止めた方が良いと判断する。

「させるか!」


 一二三は刀を投げた。

 もはや魔力とすべての思考を魔方陣に注ぎ込んでいたネヴィルは、避けることもできずに胸を貫かれる。

 それでも、ネヴィルは笑っていた。

「遅い……もう、遅い……」


 ネヴィルの呟きと同時に、ホールの扉が開かれた。

「どうなったかしら……って、一二三!」

「おう。ちょっとしくじった」

 まるで砂場の中に沈み行くかのように、一二三の下半身がパウダーの下の魔方陣へと飲み込まれている。


 苦笑する一二三の向こうでは、ネヴィルが胸から刀を生やして倒れていた。

「すぐ戻る。オリガにそう伝えてくれ」

「戻るって言っても、どうするつもり……ひゃあ!?」

 慌てて駆け寄ろうとしたウェパルが、床に散らばったパウダーに足を取られて転倒した。

「おいおい、気を付けろよ」


 一二三は笑っていた。

「心配するな。これで二度目。なら三度目も何とかなるだろう」

「何を呑気な……」

「子の名前はオリガに決めさせろ。あいつの方が、俺よりセンスが良い」

 そう言い残して、一二三は完全に魔方陣に飲み込まれた。


「……どうしろって言うのよ……」

 呆然と座り込んだウェパルの目の前で、魔方陣はその役目を終えて沈黙する。

 こうして、伝説の英雄一二三はこの世界から消失した。

お読みいただきましてありがとうございます。


次回ですが、数日お休みしてから再開させていただきます。

確定申告の方法がさっぱりわからないので、時間が……。

なるべく早く戻ります。内容的にタイミングも悪いので。

ご迷惑をおかけしますが、何卒ご了承のほど、よろしくお願い申し上げます。

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