76.偽物
76話目です。
よろしくお願いします。
「本気で真正面から突入するとは……」
絶句する魔人族たちの目の前で、一二三は首都を守る兵士たちとの戦闘を開始した。
気づけば、ウェパルもその後方から魔法の水弾を使って援護をしている。
「貴方たちは町の前で待機。商人とか一般人が巻き込まれないように足止めして頂戴。あと、敵の援軍が来たら教えて」
と、ウェパルから指示された彼らは、次々と倒される魔人族兵をただ見ていた。
名乗りに反応し、攻撃してきた番兵を刀の一振りで二人ほどまとめて斬殺した一二三は、そのまま町の中へとゆっくり歩みを進めた。
「侵入者だ!」
「応援を呼べ!」
騒々しく集まってくる兵士たちは、敵がたった二人で乗り込んできたことに驚き、そして軽々と仲間が殺されていく光景に恐怖した。
「狼狽えるな! 敵を分断して大勢で囲め!」
隊長格らしい人物が叫ぶと、兵士たちは急ぎ一二三の後背へと回る。そこで、一二三の後方にいる人物がウェパルだと気付いた。
「うぇ、ウェパル様!?」
「あら、憶えていたのね」
末端の兵士たちはウェパルが首都を目指して戦っていたことは知らされていなかったようで、攻撃の手をためらった。
「攻撃しろ! 今の王はネヴィル様だ!」
「ですが……」
「攻撃したければそうしなさい。死にたくなければとおーくに逃げなさい!」
ウェパルが声を上げると、兵士の三分の一ほどは剣を捨てて走り去った。
「馬鹿どもが!」
「さっきから、うるさいな」
攻撃命令を叫んでいた男は、目の前に突然現れた一二三にあっさりと両断された。
「声を出す前に戦え。叫んでいても敵は死なない」
動かなければ、殺さなければ敵は死なない。殺さなければ殺される。
ささやくような一二三の声は、不思議と多くの魔人族兵の耳へ届いた。
「戦いたくないならどこかへ行け。邪魔だ」
剣を握り、近づいてくる敵兵を刀が貫く。薙ぐように引き抜くと同時に、もう一人の喉を掻っ捌いた。
「戦うなら全力で来い。一人で敵わないと思うなら二人で。二人で無理なら五人、十人、百人と徒党を組んで来い」
背後の敵に背中を当ててよろめかせ、身体を低くしながら足払いをかける。
倒れた敵兵は味方に踏まれたまま大上段からの一刀でその味方ごと斬り裂かれた。
「さあ、さあさあさあ! 命をぶら下げて掛かってこい。俺の命を狙ってこい!」
くるりと回転して、敵の突きをやり過ごしながら別の敵を斬る。
敵の後頭部を柄頭で強打し、倒れた敵の頭を蹴り飛ばし、そのまま振り上げた足で別方向からの剣戟を横へ逸らした。
「うおっ!?」
剣をはじかれ、体勢が崩れた敵兵は、がら空きになった腰を袈裟懸けの一撃で叩き割られた。
さらに刀を振るうかと思うと、不意に上へと刀を放り上げる。
「なにを……」
つられて上を見上げた兵士の一人は、一二三の両手で引き寄せられて首を折られた。
そこで刀がおとりだったことに気付いても、遅い。
さらに一人を引き倒し、膝でからめ取って腕を折ると同時に、別の敵の喉に指を突き入れた。
「ぐええっ!?」
呼吸できず、舌を出してもだえる兵士は、腕を折られた兵士の上にかぶさるように蹴倒され、落ちてきた刀を拾った一二三に串刺しになった。
丁度、二人の心臓が重なっているところを黒色の刃が貫く。
びくり、と痙攣した二人は、そのまま互いの血液を混ぜ合わせた血だまりを作って死んだ。
もはや首都の出入り口周辺は血の臭いで満たされていた。
「ふうっ!」
と、時折一二三が息を吐いている以外は、もはや兵士たちからも悲鳴ばかりが聞こえてくる。
民衆はすでに逃げてしまっており、本来ならば城へとまっすぐ続く通りの両面にある商店からにぎやかな声が聞こえてくるはずなのだが、もはや商店主もいない。
一二三から三十メートルほど離れた後方では、ウェパルが水流で町から逃げ出そうとする兵士の足を止めて降伏を勧告する。
さらに後方では投降した兵士たちをウェパルの部下たちが捕縛していた。
大勢の生きている兵士と死んだ兵士で通りは埋まり、ひらりひらりと打ち捨てられた遺体を飛び越えながら、一二三は広々とした場所で演武でもしているかのように、自由に戦っていた。
兵士たちの勢いがなくなり、武器を持ってただ立っているだけの敵が多くなってくると、一二三としては面白くなくなる。
「押し通る」
宣言通り、城へと向かってぐいぐいと進みつつ、前に立つ敵兵を片っ端から切り捨てていく。
斬った相手を見て、倒れるのが遅ければ襟首をつかんで引き倒し、目の前に膝をついたなら蹴り飛ばす。
切断された首や腕が飛び交い、命が刈り取られていく。
「……なんだ?」
ふと、一二三はまだまだ通りを占拠している兵士たちの向こう、城の方から強いプレッシャーを感じた。同時に、何か近しい雰囲気を覚える。
悲鳴が、一二三の周囲では無く遠くからも聞こえてくる。
一二三は敵兵をさらに殺しながら、圧力を感じる正面へ向けてさらに歩を進めた。もはや、敵兵は見ていない。ただ前にいる者を殺し、逃げる者は放置する。
何人殺して前に進んだかわからないが、不意に正面が開放的な光景へと変わる。
敵がぐるりと囲んでいるのは変わらないが、直径十メートルほどの空白が作られており、そこに二人の人物が立っていた。
「……うむむ……」
一二三は、そこにいる人物を見て唸った。
見れば見るほど自分そっくりの男と、オリガそっくりの女性なのだ。衣服こそ単純なものだが、それ以外は少し髪や瞳の色が薄い程度の違いしかない。
「一二三! ……って、何よコレ」
追いついたウェパルが水の流れで敵をかき分けながら声をかけた。
「知らん。知らんが、悪趣味な奴がいる事は確かだな」
「ちょっと、大丈夫なの? 見た目だけかも知れないけど、自分や奥さんを攻撃するなんて……」
ウェパルがオロオロしている間に、一度刀を鞘に納めた一二三は、膝の力を抜いて腰を落とした。
「壁を作って邪魔を入れないようにしてくれ。念のために言っておくが、手出し無用だ」
答えを待たず、一二三は弾かれるように飛び出してまずオリガの偽物へと抜き打ちを繰り出しながら飛びかかった。
「……どういう精神構造してるのかしら?」
躊躇いなく攻撃を仕掛けた一二三にため息をついて、ウェパルは水の壁を作り出して一二三と二人の敵を囲んだ。
激しい流れに囲まれた中で、一二三の初撃は偽オリガの前に飛び出した偽一二三にさえぎられた。
相手が手にしているのは刀ではなく、サーベルのようなタイプの剣だったが、剛性は十分なようでしっかりと刀の一撃を受け止め、かつ円運動の動きで力をひっくり返した。
一二三は慣れた手つきで返された力を受け流しながら、一度距離をとる。
偽物二人は無言であり、並んで一二三の方をじっと見ていた。
その瞳には意志がある。ひたすら敵を殺そうという強い意志が。
「さて、どうするか」
と一二三が言いかけたところで、頬にわずかな空気の流れを感じ取り、素早く頭を傾けながら上体を倒した。
うっすらと、頬が裂けて血がこぼれた。
「魔法も使える、か。面倒だな」
見ると、偽オリガは随分と刃の分厚いナイフを握りしめている。どうやらそれが魔法媒体になっているらしい。
厄介だ、と一二三は素直に認めた。
およそ一二三が知る限り、魔法を使う相手で一番手ごわいのはオリガだった。
ウェパルが使う大量の水も厄介だが、対処できなくもない。水の中でも、ある程度は動けるし、息が続く間に命を奪うこともできると踏んでいる。
だが、オリガは風魔法を得意とし、今のレベルであれば見えない空気をさりげなく操ることができる。
もし、偽物の一二三が本物と同程度の実力を持っているとすれば、かなり危険だった。
「ふ、ふふ……」
笑みがこぼれる。
一二三は肩を震わせて笑いながらも、再び刀を鞘へと納めた。
「どれくらいできるか試してやろう。俺を殺せたなら、そうだな……お前のオリジナルと戦えるぞ」
偽のオリガを指さした一二三は、さえぎるように前に出てきた偽の自分が構えたことに合わせて、素手のままで構えた。
刀は腰にあるが、触れずに両手を広げて左足を前に出して半身に立つ。
その間にも、一二三は二人の偽物をしっかりと観察していた。細かな仕草も似ているようで、一二三が自分の癖として自覚しているやや上体が前傾した構えまでそのままだ。
「どういう仕組みでそこまで作れたかはわからんが……丁度良い稽古になるな」
行くぞ、とサーベルを構えた自分に対し、一二三はするすると近づいていく。
突きが左目を狙ってくるのに対して、顔を傾けて避ける。自分なら手元に引くついでに斬りつけるとわかっている一二三が膝を曲げて身体を低くすると、頭上をサーベルが通り過ぎた。
一二三が姿勢を落とし終わる直前の完璧なタイミングで、両脇から風の刃が届く。
「ちっ」
左手を使って魔法を叩き落としたが、元の肉体が残る手首部分を軽く斬られた。
手の甲側だったため、大きな出血はせずに済んだが、一二三は憮然としている。
「チョロチョロ魔法でサポートされると鬱陶しいな」
考えている間にもサーベルの攻撃が繰り出され、隙間を縫うように風の攻撃が来る。
「……とった」
袈裟懸けの攻撃が来る。
その持ち手部分を救い上げるように誘導し、のけぞる相手に腰を当てるようにして真っ逆さまに投げ落とした。
偽一二三は受け身も取らずに落ち、無理やり片手で体を支えて体勢を戻す。
完全に立ち上がる前に一二三の蹴りが腹に入り、後ろへと二、三歩下がった。
風魔法に邪魔されて追撃はそれ以上できなかったが、一二三は先ほどのことでいくつかの情報を得ている。
「受け身ができていない。しかもこの世界に来てからの、それも封印からの解放以降の俺の動きを真似ているな」
一二三はこの世界に来てから投げ技を受けた経験は無い。
せいぜいが、レナタの馬鹿力で壁に叩きつけられた程度だ。そう考えると、偽一二三は完全に一二三をコピーしたわけではなく、単に今までやってきたことを真似しているに過ぎないのかも知れない。
さらに、蹴りつけた感触はバイロンの時と同じだった。どうやら、偽一二三は例の“パウダー”で身体ができているらしい。
とはいえ、単純に身体を削り取れるかどうかは未知数だ。下手をすると、逆に左手を持って行かれる可能性もある。
そして、一二三と同じ条件で作られているとすれば、いよいよ偽一二三よりも偽オリガの方が厄介な敵に見えてくる。
「あいつがどんな魔法をどれくらい使えるか、はっきりと知らんぞ……」
妊婦であるオリガは、一二三の前ではほとんど戦っていない。
ただでさえ、敵がいるときは一二三に譲ることが多いオリガは、一二三のあずかり知らぬところで魔法を研究しており、自然現象や捉えかたについての質問はしてくるが、その結果がどう活かされているかまではわからない。
二人で訓練をしていた頃も、体術が基本だったのだ。
「はてさて……蔑ろにしたつもりはないが、次に会ったときはもう少し魔法の話もするとしよう」
一二三は、再び構えた。
先に自分の偽物を処理することにする。腕力はやや相手が上のようだが、できる範囲を知っていれば、対応の方法はあった。
偽オリガが、よほどの魔法を使わなければ問題ないはずだ。
そう考えて一二三は踏み出した。
柄にそっと触れながら、偽のオリガに向かって。
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