74.狂奔
74話目です。
よろしくお願いします。
一二三はまる一週間、町の中を駆け回って人を殺し続けた。
十時間近くを戦いに費やして、どこかの建物に入って二時間から三時間程横になる。そしてまた敵を探して昼夜問わず町を回る。
徒歩では埒が明かないので、馬を使っていたが馬の方が疲れてしまったので、三日目からは結局徒歩に変わってしまった。
人数も五百までは数えていたが、途中で面倒になったので考えなくなった。
五つほど用意していた武器も半数が壊れてしまい、短刀や鎌などは刃が駆けた上に長い戦いの中でこびり付いた血が凝固してしまった。
バイロン戦で使った捕縄術用の縄も鉄環が砕け、単なる縄になった。
唯一、しっかりと黒い粉で覆って使った刀だけが、切れ味を保っている。
ウェパルの津波による犠牲者も含めると、すでに魔国軍側は全体の三分の一が死亡している状況に陥った事になる。
総大将であるバイロンが死亡した事も含めて、すでに組織としての動きは不可能になっている。運の悪い者から一二三に見つかって削られていき、すでに多くの兵たちが町のいずこかに潜伏している状況になっている。
腕に自信がある者は早々に返り討ちにあっており、とてもじゃないが一二三と対抗できるような者は残っていない。
本来ならば集団で襲って個人の実力をカバーするべきなのだろうが、それを指示する者から真っ先に死んでしまったせいで、今では単なる烏合の衆と化している。
獣人族に負けず劣らず個人の実力に重きを置く魔人族の特性が裏目に出たとも言えた。
一週間目の夜、ウェパルたちがいる宿へとやってきた一二三は、目に隈を作った状態ではあったが、晴れやかな顔をしていた。
「いや、殺した、殺した」
ついでにパウダーを使って表面を覆った刀の性能確認もできたという一二三は、ウェパルたちがいた食堂に座って、持参した食料を大量に胃へ詰め込んで行く。
「何百人か殺した。後は大した連中じゃないようだが、なにしろ逃げ回っていて追い回すのも面倒だ。もっと町が狭かったら楽だったんだが」
人心地ついたらしい一二三は水をのみながら言い、そろそろ潮時だと話した。
「どうも少しずつ町から脱出しているようだからな。敵はこの町を放棄したようだ」
「とすると、私たちもここを出た方が良いわね……ところで、あの真っ黒になってたのは何だったの?」
ウェパルの問いに、ニヤリと笑った一二三は左手の手袋を外した。それはウェパルが用意したパウダーによってつくられた、欠損した手首から先で手の代わりになっている黒く変色した義手だ。
「お前の前の王や、バイロンはこれを使って自分の身体を形作っていた。俺はこの左手だけだが、ようやく元の身体以外の形に動かす事に慣れてきたわけだ」
バイロンの炎に対して全身を覆って守るには足りなかったが、都合よくバイロンの身体から調達できたので、試してみたという。
「余った分は闇魔法で収納している。どうやら、バラバラに崩れてしまった時点でバイロンは死んだと判断されたらしいな」
生命体ではないと認識された事で、収納に成功したらしい。
「まあ、滅多に使おうとは思わないな。燃やされて終わりなんてつまらないから、こんな方法を使ったが、魔法を使わないならこんな物使わずに戦いたいもんだ」
「それじゃ、これからどうするの?」
「寝る」
疲れたからな、という一二三をウェパルは睨んだ。
「そういう事じゃなくて、これからの私たちも含めた行動の事よ」
「朝にでも町を出て、次の場所を目指せば良いんじゃないか?」
一二三はあっさりと言ってのけたがウェパル以外の全員に緊張の色が見える。
「じゃあ、明日の朝になったら出発で良い?」
「それでいい」
適当な部屋を探して寝る、と言って一二三は食堂を出て行った。
「ウェパル様……」
「何をしょぼくれた顔しているの。王都にいってネヴィルと対決するのは、当初からの目的じゃない」
不安そうに話しかけた部下たちに、ウェパルは一喝した。
「第一、想像していた以上に順調よ。一二三に余計なストレスを与えずに済んだし、スケジュール的には速すぎるくらいだわ」
「では、王都に着いたらどのように動くのですか?」
やはり夜襲だろう、いや昼間に一般の市民に紛れて潜入すべきだ、などあれこれ意見が飛び交うが、ウェパルは否定した。
「何を言っているの。人間最強で戦闘馬鹿がいるんだから、堂々と真正面から入ってもらうわよ。私たちは後ろを付いて行けばいいの」
「そんな無茶苦茶な……」
半数くらいは冗談だろうと笑っていたが、ウェパルがついに訂正する事なく酒を注ぎ始めたので、本当の事だと分かったらしく顔をひきつらせた。
「私と一二三はこの国を一度他の国から孤立させることにしたのよ。ただ、魔人族全体が他の種族や国から敵対視されるのは困るから、一二三という悪い奴に支配されたという事にするわ」
元の英雄が何を思ったか、因縁のある魔人族の国を襲い、そのまま支配者となった。ウェパルは彼の部下となり、実質的な国政担当者となる。
騒然とする部下たちは、魔国の将来を案じて集まったはずなのに、と互いに顔を見合わせたが、ウェパルは「心配するな」と言う。
「ネヴィル退場後、しばらくは国内の情勢を安定させるまで他の国から干渉されたくないからそうするの。一二三の名前があれば余計な干渉は減るだろうし、彼の国に侵攻する事イコール彼の敵という事だから、彼にとっても良い事みたいよ」
そして、何かのタイミングで一二三が倒された事にするか再度封印された事にして、魔国は生まれ変わったという体で再び他国との交流を再開する。当然ながら、ウェパルは鎖国中にも他の国の元首とのやり取りを行って調整をする事になるが。
一二三に恨みがある者など、目的を持って侵攻してくる者がいれば、対応の優先権は一二三にある。
「そういうわけで政治的な中枢は今の王都から変わらないけど、一二三はオーソングランデの国境付近の町に常駐。ホーラント側国境で変事があれば列車で向かうという形になるわ」
「そこまでして、一二三さんの協力を仰ぐ必要があるのでしょうか?」
「これが一番、魔人族や一般の民衆が巻き込まれずに済む方法なのよ」
戦いが長引いて、魔人族やラウアールに住む人間に被害が及ぶ事をウェパルは危惧していた。
一二三という存在は問答無用の暴力にも見えるが、その実、敵対者以外には無害な人物であり、関係性によっては有益な人物なのだ。そういう意味で、一二三がトオノ伯爵領の領主であった時代は、彼の周囲は理解者に恵まれていたとも言える。
「しかし、それでは最終的に英雄は倒されることになるのですが……」
「いいんじゃない? 倒されなかったらヨハンナさんに頼んで彼を元の世界に送還するか封印する話になっているし、もし彼を殺せる人物が現れたなら、一二三は喜んで討たれるわよ」
そこにいた魔人族たちは、理解できないと首を傾げていたが、ウェパルだけは悠々と酒で喉を焼いていた。
「どうしようもないほど、殺し合いが好きな奴なのよ。そこには損も得もないの。狂奔……そう、命を削って戦える、そして自分が終わりを迎えるにふさわしい場所と瞬間を求めて狂奔しているのよ」
きっと、死ぬときは笑顔よね、あいつ。
ウェパルの言葉を聞いた魔人族たちは黙り込み、夜は静かに更けていく。
☆★☆
一二三による草刈りが始まった頃に町を脱出した伝令から、ネヴィルに情報が伝わったのは一二三とウェパルが町を出る事を決定した頃だった。
最強だと信じて疑わなかったバイロンが敗れたという情報を受けたネヴィルは、かつて他の者たちに見せたことが無い程に狼狽え、何度も立ったり座ったりを繰り返した。
「ネヴィル陛下……?」
「五月蠅い! 少し考え事をする。誰も近づけるな」
そう言って執務室から部下を追い出したネヴィルは、早ければ十日もせずに王都へと到達するであろう一二三たちに対する対策を考えていた。
「夜襲や潜入の可能性も高い。人相描きを町の番兵に……いや、警備の兵全てに周知させて怪しい者はすぐに捕縛させるか」
そう簡単に捕縛できるかどうか、ネヴィルは警備体制にも増員と装備の強化を行う事を即座に決意しながら、新たな罠を作らねばならぬと考えを巡らせた。
落ち着かない様子でネヴィルは執務室を後にして、部下も連れずに城の近くにある研究所へと向かう。
そこはネヴィルが王座を得てから作った場所で、ひっそりと勧めていた研究施設を移転させた場所だ。
「これは、陛下。久しぶりの御来訪ですな」
研究所から出てきた一人の老いたエルフの男が、ネヴィルの顔を見ると机から立ち上がって礼をした。
「バイロンが死んだぞ。失敗ではないのか」
「なんと!」
余程意外だったようで、膝を震わせた老エルフは座り込んだ。
「どのような魔法でやられたのでしょうか……」
「報告では、かの英雄一二三にパウダーを少しずつはぎ取られたらしい」
「そのような事は不可能です。あれはバイロン様の一部になっていた。たとえ離れたとしても魔力のつながりは残っています。意のままに操れるはずなのです!」
声を上げる老エルフを、ネヴィルは「黙れ」と睨みつけた。
「理論は良い。方法は伝令の見間違いの可能性もあるだろう。だが、バイロンが殺された事は紛れもない事実だ。連中はもう数日でやってくる。迎撃の方法を考えねばならん」
「ですが、あのバイロン様が倒されたという事であれば……」
「実験体を全て解き放つ用意をしておけ」
ネヴィルの言葉に、老エルフは血走った目を向けた。
「そのような真似は許されません! 街中で無差別な殺戮が広がります。あなたの町が国が滅茶苦茶になりますぞ!」
老エルフの声が聞こえたのか、他の研究員たちも集まってくる。
彼らはそれぞれバラバラの種族ではあるものの、ネヴィルの資金提供を受けてパウダーの研究を続けてきた者たちだ。
「では、お前たちに聞こう。実験体は全て眠らせているはずだが、全て自由にするにはどうすれば良いのだ」
研究員たちは顔を見合わせ、一人がおずおずと口を開いた。
「……殴打など激しい衝撃を与えれば目を覚まします。触れた程度では無理ですが、明らかに攻撃と思われる衝撃を受ければ、獣人族が持つ防衛本能が働くかと……」
「お前は……!」
怒りに震える老エルフは、ネヴィルに伝えた研究員に向けて強い視線を向けたが、当の研究員は首を横に振る。
「所長、資金提供をなさっている国王陛下からのご質問ですよ」
「例の因子を持つ者はどうなっている?」
老エルフを放って、ネヴィルは答えた研究員に質問を続けた。
「順調です。数日もすれば実戦に耐えられるかと」
「……間に合うだろう。では、進めておいてくれ。実戦の時は近い」
「はい。わかりました」
「おまちください!」
研究所を出ようとしたネヴィルを、老エルフは腕を掴んで引き留めた。
「かの因子持ちは素体がバイロン様のようなネヴィル様の部下というわけではありません。危険です!」
もし暴走でもすれば止められる者が誰もいない、と老エルフは訴えたが、ネヴィルは一笑に付した。
「それでも良い。素体は長期間のメンテナンスが無ければ死ぬのだ。敵を倒すのに暴れまわってくれるなら、止める必要も無い」
「ですが、陛下の為に働く兵士たちや民衆も巻き添えに……」
「くどい!」
食い下がる老エルフの頭を掴み、ネヴィルは整った顔を醜く歪めて睨みつけた。
「物事の軽重を誤るな。民衆や兵が多少消耗したところで国は立つが、おれが居なければ魔国を動かす者がいなくなる」
「しかし……」
老エルフの抵抗に、ネヴィルは舌打ちをして研究員を見た。
「例の因子持ちを調整するのに、こいつは必要か?」
その言葉の意味が判ったのだろう。
老エルフはもがき始めたが、ネヴィルの腕力からは逃れられない。
研究員が小さく首を横に振ると、ネヴィルは「そうか」と一言呟いた。
「あ、ああああ……」
ネヴィルの袖口からぞわぞわと白い粉がこぼれ出てくると、老エルフの頭部を包み込んだ。
あっという間に声が聞こえなくなり、ネヴィルが手を離すことで床へと力なく倒れた老エルフは、頭部のみが白骨化していた。
白い粉は小さな虫のようにぞわぞわと床を這いまわり、ネヴィルの裾へと潜り込んで行く。
「……では、諸君。後は頼んだぞ」
出ていくネヴィルは、老エルフの死体を一瞥すらしなかった。
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