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71.強奪

71話目です。

よろしくお願いします。

 バイロンの攻撃は炎を吹き出す能力を存分に活かしたもので、単なる武器や素手での打撃であれば身体を傾けただけで避けるのだが、炎が届く範囲は広い。

 いちいち飛び下がったり横に転がったりと、大きく動かねばならず、一二三にとって厄介だった。

「近づくこともできければ、その武器も使えないでしょう?」


 もっとも、縄くらいはあっという間に焼けてしまいますが、とバイロンは嘲笑う。

 対して、一二三は特に気分を害した風でもなく、裸の上半身に汗を流して構えていた。まき散らされた炎は周囲に建物をも焼き、あたりは昼間のように明るい。

 暑さにうんざりしている一二三に比べて、バイロンはスーツをしっかりと着て涼しい顔だ。


「代謝の悪そうな奴だな」

「私の炎は私には熱く感じませんのでね。それに、やや特殊な体質でして」

 次の攻撃はまっすぐだった。火炎放射器のように迫る炎に対して、一二三は斜めに飛び上がる。

「よっ、と」

飛び上がりながら、左手をふるって鉄環部分を投げつける。


 捕縄術において、鉄環は手足を束縛するためのギミックであり、同時に投擲のための思りだ。

「燃やすと言ったでしょう?」

 縄を撫でるように炎が奔る。

「……変ですね」


 あっという間にボロボロになるはずが、炎に包まれても縄は黒く変色しただけで、形を変えることがない。

 それどころか、炎を潜り抜けてバイロンへと迫った。

「うっ!?」

 予想外のことに、急ぎ身をひるがえして鉄環を避けたバイロンは、炎の噴射を中断して一二三に対して構えなおした。


「驚きましたよ。何をしたのです?」

「さぁてな。自分で考えてみると良い」

 それは魔法を得意とする魔人族であるバイロンから見ても異様な光景だった。何の支えもなく、一二三の左手からのびる縄がゆらゆらと空中に浮いているのだ。

「……聞いた話では、貴方は剣を使うのが得意だと聞いていましたが……」


「得意さ」

 ふふん、と一二三は自慢げに笑った。

「刀も西洋の剣もそうだが、槍でもナイフでも、杖も棒も縄も弓も人並み以上には使える」

 体術の方がもっと得意だけどな、と続ける。

「人を殺すための技術は、なんだって勉強した。使う気もないが、射撃も一応は訓練した」


「生まれながらの人殺しというわけですか」

 恐れ入る、と肩をすくめたバイロンに、一二三は否定で返した。

「いやいや、俺がそういう性質をもったのは後天的なもので、たまたまだ」

 一二三の両親はこれといった特徴もない普通の公務員同士が結婚した夫婦だった。おそらくは現在の一二三を見ても、どうしてこうなったか彼らにも理解はできないだろう。


「それ、一味違った捕縄術を見せてやろう」

「燃えないといっても、私には脅威にはなりませんがね!」

 再び火炎が迫るのを走り抜けるように躱した一二三は、縄をバイロンへと差し向ける。

 バイロンもまた走り出したが、鉄環がすぐに追いついてくるくると周囲を回り、縄が首に巻きつく。

「くっ!」


 首を絞められないように素早く左腕を差し込み、バイロンは炎で縄を焼き切ろうとするが、顔の周りに炎が上がって周囲が見えないほどになっても切れなかった。

「どういう素材ですか、いったい!」

 吐き捨てながらも、さらに絞まってくる縄に対して舌打ちしたバイロンは、炎を止めて右手も縄の輪へと差し入れた。


「くっ!」

 両手を使ってできたスペースを使い、首を引き抜く。

 直後、生きているかのように動く縄が力強く絞られ、バイロンの両腕は完全に潰れた。

「……なるほどな。炎を浴びても元気なわけだ」

 引き絞られたバイロンの両手。その指先から潰れたあたりまでが真っ白な砂になって零れ落ちた。


 それに見覚えがある一二三は、バイロンの熱に対する体制に納得する。

「あの粉だな」

 ウェパルから魔人族が研究していると聞いている通称“パウダー”だ。

 それは昔、一二三が対峙した魔人族の王の身体を構成していた物質であり、魔力に反応して変質し、森に住んでいたエルフにとって死病として恐れられていたものだ。


 そして、一二三の左手首から先もまた、同じ物質で構成されている。

「これをご存知でしたか……いや、そういえば大元になった粉を発見した王は、貴方に倒されたのでしたね」

 少しも痛がる素振りをを見せないバイロンは、無くなった両腕を見てため息をついた。

「やれやれ。これだけ持って行かれると少し全体が縮んでしまう」


 両腕を再生させたバイロンは、若干背が低くなった。他の部分から持ってきた粉を使って両腕を再構築したのだ。

「全身をそれと置き換えたか」

「ご明察です。貴方に倒された王と同じですが、かの王よりもパワーは上です。なにしろ技術が進んで核を持つ必要はなくなりましたからね。私ほど習熟した魔力の使い手であれば、こういう真似もできます」


 と、地面に散っていた先ほどまで両腕だった粉が集まっていき、そこからわらわらと小さな蜘蛛のような形になって大量に這い出てきた。

「ペット……と言いたいところですが、私の一部なのでね。名前もありませんが、なかなか便利な能力でしょう?」

 ガサガサと迫る蜘蛛型の粉たちに一二三は顔をしかめた。


「気色悪いな」

「失礼ですね」

 会話をしている間にも、虫たちは一二三の足元へと迫る。

「さあ、どう対処します? おっと、逃げ場は塞がせていただきましょう」

 バイロンは復活した両手をかざし、炎の壁を作り上げて一二三の左右を塞いだ。生き物のようにうねる炎は、背後をも閉ざす。


 一二三は冷静に、左手に握ったままの縄を地面に落とした。

 不思議そうな表情を浮かべたバイロンの目の前で、縄は蛇のようにウネウネと動き回り、蜘蛛型の粉に触れていく。

「……へっ?」

 バイロンの間抜けな声が上がる。


 縄が触れた途端、蜘蛛は縄に吸い込まれるように同化し、吸収されて真っ黒に染まった縄の一部になる。

 炎に挟まれた通路いっぱいにいたはずの蜘蛛は、あっという間に縄に吸い込まれてしまった。

「今のは……まさか!」


 バイロンは炎を止めて、一二三の左手を指差した。

「その縄は、そして貴方の左手は……私と同じなのですね!」

「正解だ。なぜか俺が使うと黒くなってしまうんだが、元が同じなら吸収できるらしいな。直接触れている分、俺の方が優先されるらしい」

「直接?」


 縄を介してではないか、と思ったバイロンだが、その縄が不思議な動きをしていることにを思い出す。

「あなたは、縄全体を自分の一部で覆ったわけですか……」

「その通り。そして実験もできた」

 蜘蛛型になった粉を吸収して太くなった縄から、一二三の身体へと黒い物体が移り、這い回る。


「そういう手を使いますか……」

 感心を含む言葉を放つバイロンの目の前で、一二三の上半身は真っ黒に染まる。一二三の魔力によって黒く染まったパウダーによって、全身をカバーしたのだ。

「これで、お前の炎で火傷することはないな」

 火傷はピリピリと痛むから面倒なんだ、と一二三はのんきな感想を述べた。


「さて、では再開しようか。今度は完全に接近戦だぞ?」

「舐めないでいただきたい」

 バイロンの両手両足が燃え上がる。

 炎に包まれた四肢を使ってボクサーのような構えを取ったバイロンは、さらに身体や頭部からも炎を噴き上げた。


「中身は生身でしょう。蒸し焼きにしてあげますよ」

「“炎の魔人”の本領発揮か。よし、楽しませてもらおう」

 黒く染まった一二三は、再び右手右足を前に出して構えた。


☆★☆


「何あれ。真っ黒。気持ち悪い」

 気絶したレナタを担いで外に出てきたウェパルは、遠くで一二三とバイロンの戦いが続いているのを見つけた。

 運悪く自分が先にバイロンとぶつかったら、目も当てられない結果になるところだった。

 黒く染まった一二三に感謝をこめて罵倒したウェパルは、今のうちに他の仲間との合流を目指して走った。


「ウェパル様!」

 見覚えのある者たちに声をかけられたウェパルは、その背後に迫る魔国の兵士たちを見て、大量の水で敵だけを洗い流した。

「う、す、すげえ……!」

「感心してないで、この子を担いでくれる?」


 レナタの身体を受け取った仲間は、彼女の裏切りも同時に聞かされて憎しみの目を向けたが、手は出さないように注意した。

「その子からは情報を聞き出すつもりだから、殺さないように。無意味かもしれないけれど、念のため縛り上げておいて」

 指示を出したウェパルは、再び迫りくる敵に対して立ちはだかる。


「あっちにはバイロンがいるから、近づかないように」

「ば、バイロン!? あの炎の魔人が!」

「もっと怖いのが相手してるから、雑魚がこっちに来ないか警戒なさい。私はあなたたちを追ってきた連中を始末するから」

 危険だという仲間たちを、ウェパルは酷くとがった目をして睨み付けた。


「黙りなさい。私の手勢というのに情けなく逃げてくるだけなんて、情けない」

「ですが、我々も寝入りを襲われてしまいまして……」

 さらに人数も多い、と言い訳を並べようとする者たちに背を向けて、ウェパルはうるさいと言った。

「安眠を妨害されたなら、余計に戦いなさいな。もし一二三が同様の真似をされたら八つ裂きにするわよ」


 そして、ウェパルも同様の反応をすると言った。

「私が王様をやめた理由はね……」

 総勢二百名を超える集団が迫ってくるのに対し、ウェパルは怒りに任せて大量の水を生み出した。

「なんやかやと問題が起きて報告が届いて、昼も夜もなく働かされる王様の暮らしにうんざりしたのよ! お酒を飲んでのんびり眠ることすら許されないの!?」


 それは津波の規模だった。

 先ほどの水流とは比べ物にならない水の流れは、道路沿いの建物を崩し、その瓦礫をも巻き込みながら通りを敵に向かって進んでいく。

 走って逃げられるような速度ではない。

 石材や木材を孕んだまま迫る水の壁は、悲鳴を上げる者たちを巻き込みながら尚も獲物を求めて流れていく。


 ウェパルの魔力によってコントロールされた津波は、建物に逃げ込んだ者たちは建物ごと、木に捕まったものはその木ごと押し流していく。

「なんという力……」

「流石は我らが本当の王! ……ひい!?」

 褒め言葉を間違えた魔人族の男は、ウェパルからの強烈な睨み付けに悲鳴を上げた。


「私とレナタの護衛に半分は残って。他は流れ着いた敵を始末。さっさと行きなさい」

 命令を受けた彼らは、周囲に落ちている敵の武器を拾い上げ、あわてて配置についた。

「まったく、もう……」

 魔力の枯渇状態に陥ったウェパルは座り込んだかと思うと、すぐにばったり地面へ倒れた。


「ウェパル様?」

「少し休憩よ。いいから周囲を警戒して。他にもまだ敵は大量に町の中にいるんだから」

 ウェパルはそう檄を飛ばしたが、先ほどの大津波を目の当たりにした多くの敵は、町の中を移動して離れていったのだが、彼女はそれを知らない。

 ふと、倒れたまま顔を見上げると、遠くに一二三とバイロンが戦っているのが逆さまに見える。


 わずかな魔力で水のレンズを作って拡大してみたウェパルは、ちょうど一二三が炎をかいくぐってバイロンを殴りつけるところを見た。

「楽しそうねぇ……男の子って、やっぱりああいうのが好きなのね」

 他人事のようにつぶやくと、ウェパルは豪胆にも敵地の路上で目を閉じて、魔力回復のための瞑想状態に入った。

お読みいただきましてありがとうございます。

次回もよろしくお願いします。

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