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7.悪夢の粉

7話目です。

よろしくお願いします。

 どちゃ、と音を立てて、ウェパルは左手に持っていたバッグを落とした。

「なんで……貴女がいるの?」

「あら、魔人族の女王様。お久しぶりですね」

 高級宿のエントランス、オリガの顔を見たウェパルは咳払いをしてからバッグを拾いあげ、澄ました顔を作る。

 遅れてやって来たフェレスとニャールも、驚いて固まっているようだ。

「オリガ、さんだったわね。いつから……というより、いつ復活したの?」

 話しかける間も、そわそわと周囲を見回すウェパル。

「今日の事ですよ。それより、誰かお探しですか?」

「……貴女のご主人は?」

 なるほど、という顔をして、オリガは口を隠してころころと笑った。

「今はお仕事に行っています。それよりも、魔人族の女王が、どうしてフォカロルへ?」

「女王を辞めた……辞めさせられたのよ。それで、うん十年ぶりに自由になったから、骨休めに来たんだけれど……」

 フェレス達に部屋の確保を任せ、ウェパルはオリガと共にロビーの待合スペースに座った。オリガも人を待っているらしい。

「では、今の魔人族の王は違う人物なのですか」

「ネヴィルといういけ好かない男よ。それより、一二三さんも貴女も……もう一人兎さんがいたわね。どうしたのよ、一体」

「私も詳しくはわかりません。ですが、オーソングランデの王族が二つに割れているのは間違いないようですね。その片方が、主人の力を必要としたようです」

「はぁ……はっきり言って、何を狙うにしても一二三さんの戦力は過剰よ。確かに、魔法や戦術は進歩したわよ。貴女の旦那のお蔭でね。アリッサちゃんやカイムとかいう仏頂面は、それはそれは頑張ったわ。だからこそ、もう一二三さんのような破壊に向かうための力は不要なはずよ」

「それはどうでしょうか。破壊を目指す力を欲する人がいるからこそ、主人は目覚める事になったのでしょう。それに、戦いが進化しているというのであれば、それこそ主人が求めているレベルまで来ているかどうか、試してみなくては」

 オリガの言葉を聞いて、ウェパルは憮然として腕を組む。

「それは不遜を通り越して傲慢に過ぎる話ね。誰にも世界を試す権利なんてないわ」

「誰かの目を気にしたり、誰かの反応が欲しくて主人は動いたわけではありません。誰の為でも無く、自分の楽しみのためにだけ世の中に戦いを満たそうとし、その実験がどのような結末を迎えたか。そこだけが重要なのです」

 淡々と話しているオリガの元へ、プーセが近づいてきた。

「オリガさん、わたしたちの部屋も隣に取れましたので……ウェパル陛下!?」

「あら、魔法顧問様じゃない。悪いけど、もう陛下じゃないのよ」

 ヨハンナは部屋で休んでいる、と伝えたプーセはオリガの隣に腰をおろし、ウェパルの近況と魔国ラウアールの現状を聞いた。

「それでは、ラウアールは覇権主義を掲げる形になるわけですか」

「しばらくは無理よ。生まれたばかりの政府で、多くの文官や一部の武官は辞職しちゃったみたいだから、体制の立て直しだけでも何か月かはかかるわね。ただ、国内に住んでいる人間族の移動には制限がかかるでしょうし、金銭や労役による課税は重くなる可能性が高いわね」

「随分と強気に出るのですね」

 プーセと目を合わせて見つめ合っていたウェパルは、パイプを取り出して刻み煙草を詰め、小さな魔道具で火を点けた。喫煙は、近年になって一部上流階級に広まったが、エルフや獣人は嫌う者が多い。

 プーセも同様で、どうしてもその臭いが好きになれなかった。

「煙草を喫まれるのですね」

「割と最近ね。仕事のストレスでうんざりした時には気分転換になるわよ……一時的な物にすぎないけれど」

 それより、と煙を吐いたウェパルは言葉を続ける。

「ラウアールの上層部以外には秘匿されているけれど、最近新しい魔法技術が発見されたのよ。魔法を使いながら、物理的な防御や攻撃をも可能にする、新しい技術が」

 ウェパルは、ラウアールの新王ネヴィルが拠り所としているのは、恐らくそれだろう、と予想していた。一部の軍人に訓練を施し、すでに一部隊は実践レベルにまで昇華できている。

「いきなり他の国全部と戦争は無理でしょうけれど、今は都合よく、人と亜人が分裂しようとしている。どこかに大きなほころびが出来れば、亜人側に協力するという形で介入するでしょうね」

 ウェパルは傍らに置いていたバッグから、何かが詰まった布の袋を取り出し、プーセの目の前へ置いた。

「これは?」

「その魔法の新技術の元になる物よ。貴女も良く知っている物だと思うけど」

 そっと引き寄せ、プーセは慎重に紐を解いて袋を開けた。そして、恐る恐る覗きこみ、すぐに袋を閉じた。

「こ、こんなものを持ち込むなんて……!」

「大丈夫よ。魔力を吸収するたびに粘性が増していくから、今の状態なら飛散する事も無いわ。直接食べたりしないかぎり、無害よ」

 横から袋を拾い上げ、オリガが興味深く観察しているそれは、白い粘土のような塊だった。

 プーセは、それが以前エルフが集落を作っていた荒野の森に蔓延する物質である、と説明した。人体に入り込むと長年かけて体内に蓄積され、変質し、いずれ身体が動かなくなり、樹木に変質させてしまう。一二三がその正体に気付き、エルフが森を捨てて住み処を移すまで、エルフはそれが森に還る事だと受け入れていた。

 その影響を脱して以降、100年程度であったエルフの寿命も、飛躍的に伸びた。というより、本来の長寿を取り戻したと言える。

「エルフからその情報を知ってから、興味を持った連中が研究を進めていてね。成功した、と知らせを受けてから知ったのだけれど、その時には何人かが木人形になってたわよ」

 そして、魔人族はこの物質を身体の一部として操る術を手にれた。それはかつてウェパルが使えていた魔人族の王が、実験に失敗した結果全身をこの物質に置き換えた事から始まり、一二三が左手の代用に使っていた事からヒントが得られた結果だった。

「魔力を限界まで込めれば砂のような質感になるわ。欠損した身体の一部に使えば、切られても焼かれても平気で、魔力操作次第で形も変化させられる。魔法を使う媒体の代わりにも使えるみたいね」

 ただ、何故かどの魔力を使っても白色のままであり、一二三のように黒く変色する事は無かった。

「相性もあるわよ。何人かは、逆にこれに浸食されて置物になっちゃったみたいね」

 ウェパルはその危険性から実験の継続を禁じたが、ネヴィルが密かに実験を保護し、研究を進めていたらしい。

「連中はこの物質を“パウダー”と仮称していたわ。これを操る兵士の育成が進めば、普通の人間相手ならかなり優位に立てるのは間違いないわね」

「ウェパルさん。これ少しいただけますか?」

 オリガからの突然のお願いに、ウェパルは目を見開いた。

「貴女ね……これがどんなに危険な物か、今説明したでしょ?」

「主人なら扱えますから。」

 にっこりと笑いながら、オリガは頬を染めた。

「片手でも不満というわけでは無いのですが、やはりこう、刀を持つ手と反対側の手で抱きしめて頂いて、大きな手が腰や背中を包んでいる感覚と言うのは良い物ですから……」

 延々とのろけ話を聞かされた三ケタ年齢の女性二人は、残りの人生を共に過ごす男性を探す事を決意した。


☆★☆


 血濡れの男が一人、フォカロルにほど近い森の中に姿を表した時、すでに周囲は薄暮の時間を迎えていた。

 静まり返った木々の奥、人が踏み入らないような場所にある廃屋から、野太い笑い声が聞こえてくる。

 元はきこりと炭焼き職人の為の作業小屋であった大きなログハウスは、今は野盗のねぐらとなっていた。

 落ち葉もあると言うのに、男は音を立てる事無く建物に近づき、扉を叩いた。

 どん、どん。と力強い音が響き、立てつけの悪い扉は不安げに揺れる。

 騒々しい宴の音が止み、建物の中は静まり返った。

「……おらぁ!」

 荒々しい掛け声と共に、扉が内側から蹴り破られた。

 直後に剣が振り抜かれるが、虚しく空を切る。

「誰もいない、だと?」

 その台詞を最後に、出てきた男は襟首を掴まれて引き倒され、その勢いで首の骨を折った。

「兵士どもか? 畜生、返り討ちにしてやる!」

 中にいた盗賊どもがどたどたと慌ただしく立ち上がり、それぞれに剣や槍、メイス等を掴み、殺気だった顔で睨みつけている開口部。

 そこから姿を表したのは、たった一人の男。一二三だった。

「あー……あっ」

 一同の顔を順番に見て行った一二三は、一人の顔を見つけて、懐から数枚の紙をすと、片手で乱暴にばさばさと捲った。

「お前が賞金首だな。ダヴォン、か」

「ああ、俺がダヴォンだ、が……てめぇ、そいつぁ……」

 ダヴォンと呼ばれた男は、一二三の腰にぶら下がる物を指差し、わなわなとふるえた。

「さっき仕留めた賞金首だ。文字通り、首だけな」

 縄ひもでくくられた男の生首は、恨めしそうな顔をして一二三の腰にぶら下がっていた。

 賞金首を殺したは良いものの、どうやって証明にするのかを聞きそびれていた一二三は、仕方なく首を持ち帰ろうと考えたのだ。昔の武士のように腰に提げてみたのだが、意外と邪魔で重いので、回収した財貨と同様、闇魔法の収納に放り込めば良かった、と後悔していた。

「近隣だとコイツとお前が金額が良かったからな。さっきの連中は大して貯めこんでいなかったからな。こっちに期待させてもらおう」

 傷が入って人相が変わっても面倒だ、と一二三は生首と書類を魔法で収納すると、刀を抜いた。

「舐めやがって……」

「ほっ」

 ギリギリと歯を剥いて威嚇していた賞金首の男は、突き出された刀であっさりと太い首を切断された。

 ごとりと落ちた首を見て、周囲にいた盗賊たちは激高する者、驚愕する者さまざまだったが、押しなべて一二三の餌食となる。

「はあっ!」

 鋭い剣撃が、一二三の頭をめがけて伸びてくる。

 それを、一二三は日本刀の切っ先でちょいと軌道をずらす事で、思い切り床を叩かせた。

「はあ?」

 予想だにしない対応をされ、大口を開けて呆けていた男は、下あごを切り飛ばされた。

 自分の舌が床に落ちたのを見て混乱しながら、自らが作った血だまりに倒れ込む。

 このまま失血死するだろう、と見切りをつけた一二三に、脇から槍が突っ込まれた。

「おっと」

 軽い調子で掛け声を呟きながら、柄頭で切っ先を叩いてずらすと、そのまま切っ先を伸ばして槍持ちの眼球を串刺しにして、眼底を貫いて脳を壊す。

「うおおっ!」

 一二三の身体が突きの為に伸びきった所を、メイスの男が殴りつけてきた。

 悪くないタイミングだ、と笑みを浮かべながら、一二三は刀を離し、前に向かって転がった。

 固いメイスが床を叩く音がする。

 素早く向き直った一二三は、弾かれるようにメイスの男へと駆け寄った。

「ぐっ!?」

 床にめり込んだメイスを引き抜こうとしていた男は、一二三の攻撃に対処が間に合わなかった。

 両目に指を突きこまれ、そのまま乱暴に首を振り回され、頸椎を折られた。

「さてさて、晩飯にはまともな食事が食べたいからな。さっさと終わらせるとしよう」

 右手を伸ばし、死体から刀をひきぬく。

 血振りをして、赤い滴が壁に撒き散らされると、残っていた盗賊たちは一二三へと視線を向けたまま、じりじりと出口へと近付いた。

「残念だが」

 一二三が刀を振るう。

 片手とは思えない程の剣速は、出口に最も近い場所にいた男の首を飛ばし、さらにその隣にいた男の頸動脈を刎ね切って、ようやく斬られた本人が認識できた程だ。

「ここに居合わせた時点で、お前らを逃がすつもりは無い。片手で刀を扱う訓練に付き合ってもらおう」


 数十秒後、十数体の死体から立ち上る血の匂いが籠る小屋から、一二三は一つの生首を抱えて出てきた。

 収納魔法を開き、軽く放り込む。

「片手はやりづらくて敵わん……」

 それにしても腹が減ったな、と不満を漏らしながら、一二三は森を後にした。

お読みいただきましてありがとうございます。

次回もよろしくお願いします。

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