68.目指すは首都
68話目です。
よろしくお願いします。
「申し訳ありませんが、ホーラントしてはトオノ伯爵領への協力は出来ません」
エヴァンスの報告を受けたヨハンナからの要請に、サウジーネは断りの言葉を紡いだ。
「我が国はまだ、内戦がようやく落ち着いたばかりで兵力を派遣するほどの余裕はありません。また、魔国ラウアールとは我が国も国境を接しているのです」
自国の防衛をおろそかにして他国の領地を守ることはできない。
「仕方ありませんね……」
ヨハンナは納得してすぐに引き下がった。
サウジーネはあえて口にしなかったが、ホーラントはヨハンナの家族であるオーソングランデ王家とも対立する形になるのだ。とても他に戦力を回す余裕などないだろう。
さらには、まだ排斥派として聖イメラリア教に与する貴族もいるのだ。それらの処理もせねばならない。
だが、サウジーネとヨハンナとの話し合いによって排斥派の首魁はすでに国内に存在しないことが確認された。ホーラント国内で大きな戦闘はもう起こらないだろう。共生派にとっても排斥派にとっても、何らの利益も齎さなかった戦いであり、犠牲ばかりが多い内戦であった。
正統イメラリア教本部として不法に占拠している状態の屋敷も、サウジーネが正式にダカート子爵より没収し、ヨハンナへ寄付したものとした。
ダカートはオーソングランデに協力して国内に内戦の種を撒いた一人として処理される。国内をサウジーネ体制へと整理する皮切りとなる。
こうした動きはこれから加速していくだろう。
ヨハンナもサウジーネも、自分たちと無関係な意思によって始まった戦いの終焉に胸をなでおろしていた。
「これから、ヨハンナ様はどうなさるおつもりですか?」
「正直、わかりません……」
顔を伏せてたヨハンナは、一先ずは立ち上げた正統イメラリア教の地盤づくりを進めなければならない。
新たな戦いは始まっているが、オーソングランデ王家に対する影響力も無く、多少の戦力はあっても、王家をひっくり返すには小さすぎる力だ。
「私は、ヨハンナ様が少し羨ましいと思います」
「えっ?」
予想外の言葉を投げられて、ヨハンナは目を白黒させた。自分の不自由さに頭を悩ませていたところに、全く反対の評価を受けたのだ。
「わたくしは自分にできることの少なさに、歯噛みする思いを感じています」
ヨハンナの言葉を、サウジーネは黙って聞いている。他のプーセやヴィーネなども同様だ。
「王族に生まれて、イメラリア様の意思を継いだつもりでいましたが、自分がやっていることが正しいのか、どうすれば良いのか、見失ってしまっております」
「私には、それが自由に見えます」
顔を上げたヨハンナに、サウジーネは微笑みで答えた。
「ヨハンナ様は王族ですが、今は城を出て自由にふるまっておられるではありませんか。新しい教団を作り、賛同してくれる仲間を作られました。何も決まっていないのであれば、なんでもできるではありませんか」
「なんでも……」
「私はホーラントという国を背負っています。自分が生き残るために、血のつながった家族を犠牲にして得た地位です。放り出すことなど許されません。……思えば、かのイメラリア様も同じような状況になったのですね」
一二三さんがかかわったという点でも同じ、とサウジーネは自虐的に笑った。
「私は身の丈に合わない地位を背負い、逃げることも許されません。それは私を守ってくれた兵たちや、この国のすべての人々に対する裏切りになります」
思い返せば、イメラリアはすべての家族を失ってから、多くの困難に巻き込まれながら女王としての地位を確立し、オーソングランデを国として護った。
同じことをせねばならない、とサウジーネは先行きの不安を語った。
「ヨハンナ様。貴女は自由です。こんなことを頼めるような間柄ではありませんが……どうか、貴女の好きな人生を歩んでください」
☆★☆
ウェパルとともに魔国へ入った一二三は、まっすぐ首都へ向かったわけではなかった。あっちへふらふらこっちへふらふら、と魔国の兵士たちが駐留している場所に誘われるように移動している。
それに付き合わされるウェパルも大変だが、ついでにエヴァンスが話をつけた協力者たちと合流していくあたり、図太い性格を表していた。
百名程度の勢力となった一行は、さらに人数を膨らませながら魔国の首都へとゆっくり近づいていく。
「そろそろ、私たちのことがネヴィルたちにも知られるころね」
国境を突破した時点で、誰にも尾行されていないことは確認していたが、大所帯になってしまうと見つからずに行動するのも難しい。
「一二三。貴方本当にやってくれるんでしょうね?」
「お前がちゃんとまとめられるなら、やるさ」
天幕の外に寝転がったまま軽く請け負った一二三に、ウェパルは疑いの目を向けながら隣に座った。素焼きの壺に入れたワインを木のカップに注ぐ。
「飲む?」
「いらない。俺は酒は飲まない」
「あら、そうだったかしら」
じゃあ勝手にやってるわ、とウェパルはカップに口をつけた。
「貴方は、いつまで戦っているつもりなの?」
ここへ来るまでの間でも、数回の遭遇戦があった。その全てで、一二三は思うさま力を振るっている。
「もうすぐ子供も生まれるし、今回の件が終わって宗教対立も終わればこの世界では再び平和が訪れるわ。そうしたらどうするの?」
また封印でもされるつもりか、と冗談交じりに聞くと、一二三は目を閉じたままで答えた。
「そうだな。また百年くらい後に起きるのもいいかもな。だが、帰るのも良いかも知れない」
「へっ?」
ウェパルが目をぱちぱちと瞬かせていると、魔人族の女性が一人、横たわる一二三の隣に立った。
「ウェパル様。この方にご挨拶をさせてもらってもいいですか?」
「私に許可を取る必要なんてないわよ。でも、気をつけなさいね」
ウェパルに一礼した女性は、ショートカットが似合う明るい雰囲気をまとい、兵士とはかけ離れた印象を持っていた。
魔国でエヴァンスの誘いに乗った部隊の一員であり、主に金属を編み込んだ鞭を使うらしく、くるくると巻いた鞭を左右の腰に提げている。
「ここまでの活躍、見せてもらいました! すごく強いんですね!」
「だから?」
「その……少しお近づきになれればと思ったんですけど……」
頬を染めて、彼女は一二三の横に座った。ウェパルと二人で一二三を挟むような格好になり、周囲にいる兵士たちから好奇の視線が集まる。
「あたし、魔人族のレナタっていいます」
よろしく、というレナタを見やり、一二三はすぐに目を閉じた。
「それで?」
「あたしに戦い方を教えてもらえませんか?」
レナタは座りなおして、一二三に頭を下げる。
「こうして兵士になったのはいいんですけど、直後にウェパル様は王様をやめちゃうし、かといって兵士をやめちゃうと収入が……」
「訓練すればいい。兵士が集団で戦う方法と、俺が一人で殺し合いをする方法はまるで違う。俺に聞いても無駄だ」
「ですけど、昔はフォカロルの兵士たちを鍛えたんですよね?」
よく知ってるわね、とウェパルが感心していると、彼女に向かって一二三の指が向けられた。
「こっちの方が、他人の指揮は優秀だ。俺のやり方も知っている」
「えー……」
「何よ。別にやりたくはないけど、そこまで不満な顔されるのは心外ね」
「違いますよぅ。どうせなら良い男にお近づきになる機会になった方が得じゃないですか。エヴァンスに聞いていたから、ちょっと期待してたんですよ」
戦っているところを見て、より興味が湧いたと言うレナタは、一二三の上でウェパルに顔を寄せた。
「ウェパル様。あたしはエヴァンスの部下だったものです。国内ならまだ少しは情報を集めることが可能です」
声量は小さく、ウェパルに聞こえるか否かという程度だ。
ウェパルは驚きながらも一二三へと視線を向けた。変わらず目を閉じており、聞こえているか否かはわからない。
「それで、どうしてこんな回りくどい真似を?」
「あら、一二三さんにお近づきになりたいのは本心ですよ。エヴァンスから良い男だと聞いたのも本当です」
レナタは石造状態であった一二三も見たことがなかったので、楽しみにしていたらしい。そして戦いぶりを見て、目を付けたというわけだ。
「エヴァンスから聞いてなかったの? 一二三は既婚者よ。それも怖いのがいるわ。獣人族の愛人……と言って良いのかどうか、もう一人もいるし」
「二人も三人もかわりませんよ。なんでも戦える方が有利だとか。なら強く慣れて距離も縮まるかと思って」
効率いいでしょ、とレナタはあっさり言い放った。
「はぁ……内偵の担当者って、こんなのばかりなのかしら」
ウェパルがため息をつくと、レナタは鼻をつまんで顔をしかめた。
「酒くさっ」
「張り倒すわよ。……それで? 一二三との仲を取り持てというのが本題じゃないでしょう?」
「もちろんです。それだけじゃありません」
「それも含まれるのね……」
うんざりしながら聞く姿勢を見せるウェパルに、レナタは話し始めた。
「ラウアール軍主力は首都に集中しています。現在は動く気配がありません。オーソングランデ攻略に向かっているのは魔人族の中でもネヴィルに取り入ろうとする勢力が、競ってやっていることです」
「ようするに、正規軍じゃなくて各地の有力者が持っている私兵ってこと。道理で、妙に手ごたえがなかったわけね」
「ネヴィルはまだ本来の戦力を使っていません。有能で忠義心の強いものを選別するために、わざとオーソングランデとぶつけたようです。生き残れば、地位と更なる力を与える、と」
そうして、強い魔人族の中でさらに強い者に生き残らせることを目指している節がある。レナタは情報を収集する中でそう感じた。
「ネヴィルは恐れているんですよ。強い人はウェパル様以外にも沢山います。だから、ホーラントで戦いが起きている間に、選抜と防御を固めておきたかったみたいです」
ところが、一二三の介入によって予想外にあっさりとホーラント内戦が終わってしまった。
「じゃあ、今の状況はネヴィルにとって想定外ということ?」
「ですね」
ウェパルは腕を組んで考え込んだ。
「じゃあ、結構なチャンスということじゃない。もう少し人数を集めてから、と思ったけど、なるべく早めに首都を目指した方がいいのかしら」
「そうかもですね。首都へは二つの町を通るルートなら、敵主力を避けてウェパル様に協力的な地域を通ることになります」
レナタが小さな紙片に書いた略図を指さして説明すると、ウェパルは頷いた。
「じゃあ、そうしましょう。みんなに伝えてくれる?」
「わかりました。……一二三さんが起きたら、あたしのこと改めて伝えておいてくださいね」
レナタが目を閉じたままの一二三に向けてウインクしてから離れていくと、ウェパルは再び酒をカップへと注いだ。
「知り合いか?」
「うわっとっと……急に話しかけないでよ」
急に声を出した一二三に驚き、ウェパルは落としかけたカップを何とか掴み取った。
「初めて見た顔よ。でも部下の全員と会ったことがあるわけじゃないし、諜報役の中にはコロコロ見た目を変える奴もいるし、部下の部下の部下とかになると、一生会わなかったりも珍しくないもの」
「ふぅん……まあ、いいか。その方が面白くなるからな」
「どういう意味?」
ウェパルの質問に、一二三は答えなかった。
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