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67.たった二人の逆侵攻

67話目です。

よろしくお願いします。

 ヴィーネたち正統イメラリア教騎士団と合流したヨハンナたちが、ホーラント王城に到着したのは、ちょうど一二三が魔国ラウアールに入り込んだ頃だった。

 彼女たちへ合流を目指しているエヴァンスは追いつけていない。そのため、ヨハンナはまだ、トオノ伯爵領の状況を知らなかった。


「ようこそおいでくださいました」

 先触れを聞いて出迎えた女王サウジーネは、食事事情も良くなったことで多少肉付きが良くなり、背の高さも相まって迫力のある美女となっていた。

 対して、まだ少女っぽさが抜け切れないヨハンナはやや気おくれしながらも、突然の訪問に丁寧な礼を述べた。


「サウジーネ・ホーラント陛下。御自らのお出迎え、恐縮です」

「いいえ、ヨハンナ様。私の代となってからの訪問者としては、最も歓迎すべき方のご来訪です。この程度どうということはありません。さあ、ささやかです昼餐の用意をしておりますので、どうぞこちらへ」

 ヨハンナと共に、プーセやヴィーネも同行して城の中庭へと向かった。カイテンやアモンといった騎士たちは別室で歓待を受ける。


「わたしまで一緒に良いのでしょうか?」

「貴女も一二三さんと一緒にオーソングランデの王城に出入りしていたでしょう?」

 背中を丸め、片方だけの兎耳を倒して歩くヴィーネの言葉に、プーセは苦笑交じりに答えた。

「ご主人様とお城で食事するときはあんまり気にしませんでしたし、イメラリア様も他の人たちも気さくな方でしたから……」


「一二三さんをご存じなのですか?」

「あ、は、はい!」

 足を止めたサウジーネが問うと、ヴィーネはピンと背筋を伸ばして答えた。

「そんなに気を張らないでください。私は一二三さんに救われた……そういう表現が妥当かどうかはわかりませんが、少なくとも彼のおかげで王としてここに立っています」


 中庭に用意された席に座り、軽いアルコールで口を湿らせたサウジーネは、ホーラントに一二三がやってきて、何が起こったかを語った。

 彼によってどれほどホーラントの兵力が削られたか、そして同時に、サウジーネがその地位を固めることにどれほど貢献したかを。

「それで……陛下の命を狙っていた二人はどうなったのですか?」


 ヨハンナが指す二人は、病床にあった前王とサウジーネの弟ゲコックのことだ。

「亡くなりました。……弟は私の命によって処刑しましたが、父はそれからほどなく病死いたしました」

「そうですか……」

 残念だ、と言って良いかわからず、ヨハンナは口ごもった。


「私は中途半端な覚悟で王となり、周りの力を借りてようやく立っているようなものです。兵たちも良くしてくれますが、まだまだ判断する力が不足していると思い知らされる毎日です」

 サウジーネは、自らの命を長らえるために地位の保全を目指した。その事自体を後悔したことは一度も無いが、あるいはもっと穏便な方法があったのでは、という自問は尽きない。


「一二三さんという人を、私は手放しで信用できる方だとは思っていません。彼の持つ輝きは誰かの命を糧にしているものです。一時的にその光に惹かれたことを否定するつもりはありませんが、間違いであったと今は考えています」

 一二三を恨むつもりは無いが、自らが自分の命惜しさに間違った選択をした。サウジーネはそのことを生涯の教訓とするつもりだと語る。


「ヴィーネさん、とおっしゃいましたね。貴女は、一二三さんのことが好きなのですね。それこそ、仲間と離れて彼と共に封印されるくらいに」

「は、はい……わたしは、ご主人様と出会うまでは荒野の森と奴隷商の檻の中だけの、小さな世界しか知りませんでした。ですけど、知識を得て、色々な場所を見て、きっとどんな獣人族も知らないようなできないような経験ができました」


 その全てを与えたのが一二三であるから、一二三こそが彼女の全てなのだ。

 言葉を選びながら、それでも一生懸命に伝えようとするヴィーネの姿を見て、サウジーネはもう少し自分が素直であったなら、こういう顔をして一二三と語らうことができたかも知れない、と思った。

 だが、彼女は気づいてしまっている。


「一二三さんについていけば、いつか貴女自身も彼のために命を落とすかも知れませんよ?」

「そうかも知れません」

 即答したヴィーネは笑顔だ。

 まぶしいまでに朗らかな表情を見せるヴィーネに、他の者たちは苦笑を禁じ得ない。


「ご主人様のために死ねるなら、それは幸せなことだと思います。……フィリニオンさんは、イメラリア様の理想のために戦って亡くなりました」

 両手の指を絡め、ヴィーネは亡き女傑の名前を出した。

「戦っているときも、亡くなられてからの表情も、幸せそうでした……できることなら、わたしも同じような顔をして死にたいと思います」


「……ふふっ」

 サウジーネが笑みをこぼすと、全員が注目する。

 先ほどまでの表情と違い、笑顔はまだ少女のように初々しく見えるサウジーネは、口元に手を当てて「失礼しました」と詫びた。

「一二三さんは幸せものですね。貴女のような可愛らしい方に、そこまで想われるなんて……あら、年上の方に可愛らしいは失礼でしたね」


「そんな、ありがとうございます。へ、陛下も綺麗で、かわいい方だと思います」

「ありがとうございます。さあ、最初の料理が来たようです。堅苦しい話は後にして、ぜひホーラントの料理を味わってください」

 前菜が置かれると、サウジーネはヨハンナに食事前の祈りを求めた。

 それは、ヨハンナが立ち上げた教派を受け入れるというサインでもあった。


 昼餐が終わる頃、ようやく追いついたエヴァンスから、彼女たちは魔国ラウアール侵攻の情報を得ることになる。


☆★☆


「最悪だわ」

 呟いたウェパルがいるのは、ローヌの町に作られた国境の砦。その屋上だ。

 魔国ラウアール側の眼下には魔人族の兵士たちが遠くから迫るのが見える。反対側、トオノ伯爵領側には多くの獣人族や人間の兵士が詰めかけ、ウェパルを見上げて歓声を上げていた。


 正確には、彼女と彼女の隣にいる人物に向けて、だ。

「派手な出迎えだな」

「冗談はやめてよね。あの連中は逆に私を殺そうとしている連中よ」

 ウェパルの言葉を受けて、一二三は笑い声をあげた。

「結構な事だな。その人気を分けてほしいもんだ」


「好きなだけ持って行きなさいよ」

 と言ってから、ウェパルは「しまった」と思った。

「では、遠慮なく」

 そう言って、一二三は砦から飛び降りた。敵が迫るラウアール側へと。

「待ちなさいよ!」


 ウェパルは叫んだが、一二三が飛び降りたことを近くにいた兵士が伝えたことで、トオノ伯爵領側からの歓声がより大きく響いて彼女の声はかき消された。

「はあ……。またこうなるのね」

 ヨハンナについて行けば良かった、と後悔しながら、ウェパルも飛び降りた。

 このまま、一二三と共にラウアールの軍勢を突破してから身を隠し、首都を目指す。


 ウェパルが魔国側に降り立つと、再び歓声が沸きあがる。

 彼らは伝説の英雄が魔国の元女王と共にラウアールに赴き、ネヴィルという国を乗っ取った愚か者を討ちに行くという話を聞いて集まったのだ。

 もちろん、これはトオノ伯爵メグナードとギルド長のクロアーナが共謀して流した扇動なのだが、トオノ伯爵領の兵士たちにとって一二三は実在した英雄として名高く、また協力者として送られてきた獣人族たちにとってもレ二やヘレンを見出し、教育した人物としてカイム以上に有名だった。


「もてはやすだけなら、楽でいいわよね」

 愚痴を言いながら、ウェパルは迫ってくるラウアールの兵士たちに対して仁王立ちになって待ち構えた。

 一二三には、先に彼らと話をさせろと伝えている。

「一応は同族だもの。できるだけ殺さずに済むならそうしたいわね」


 大きく息を吸い込み、津波と見紛うほどの巨大な水流を浴びせて軍勢の足を止めた。

 人数は三百人以上。これでも魔国が抱える軍にとってはほんの一部だが、それだけの人数が歩行困難になるほどの水を生み出すウェパルの魔法は、以前よりも威力が増している。

「大したもんだ」

 感心する一二三の言葉に、気楽なものだと呆れながらウェパルは声を張り上げた。


「今の魔法でわかったでしょう! 私はウェパル。そしてもう一人、多分過去の歴史において一番多く魔人族を殺した一二三がいるわよ! 死にたくなければ逃げなさい!」

 びしょ濡れになりながら声を聞いた魔人族の兵のうち、半数ほどがウェパルの呼びかけに反応して逃げ始めた。

「せっかく集まったのに、勿体ないな」


「貴方の犠牲になる方が、余程無駄よ」

 残った百名超の兵士たちに対し、ウェパルは警告のつもりで再び波を生み出したが、一二三は適当な板を拾い上げると波の上に放り投げた。

「ちょっと、何するつもり!?」

「逃げなかった連中は、戦う意思があるんだろう? それに、目の前で犠牲が出るまで危機に気づかない奴は多いもんだ」


 動き出した波を止めることはできず、器用に板の上に立った一二三はそのまま水流に乗って一気に魔人族の兵たちのところへと飛び込んでいった。

「あー、もうっ!」

 ウェパルも自らの足に水をまとわせ、波の上に飛び乗った。

 自らの意思で操ることができるウェパルの移動方法は早く、すぐに一二三に追いついた。


「便利だな、それ」

「貴方には無理な方法よ……お願いだから、逃げようとする兵は殺さないで。無差別にやるなら、私は協力しないわよ」

「わかった」

 返答と同時に、剣を構えて水流に耐えていた兵士を一二三の剣戟が切り裂いた。


「だが、こちらに武器を向けた時点で敵と見做す」

「……わかってるわよ」

 犠牲が出始めたら逃げ出す者も増えるだろう。それに、ウェパルとしても自分を狙ってくる相手に手加減をしてやるつもりは無い。


 水が引くと同時に、一二三は板を蹴り飛ばして左からの敵を止め、右から迫る敵を一刀で斬り捨てた。

 遅れて迫ってきた左の相手は槍を突き出してきたが、穂先を避けて左手で掴み取ると、手元でひねって石突を相手の股間に叩きつける。

「おごっ……」


 くぐもった悲鳴を上げた兵士は、そのまま自らの槍に貫かれて絶命した。

「おっと」

 突然真正面から飛来した魔法は氷の槍だった。

 一二三は前に出ながら、複数飛んでくる氷を左右に歩いて避けていく。

「まっすぐしか飛ばせないのか」


 何人も固まっている集団の中で、魔法を放っている一人を特定した一二三は魔人族兵たちの間をすり抜けるようにしてその人物の前に出た。

「うっ!?」

 仲間に囲まれていたはずが、眼前に敵が迫ったことに慌てて新たな氷の槍を生み出すが、遅かった。


 兵士たちの集団の中、中央にいた男の首が飛び、血が四方へと噴きあがる。

 その間にも、一二三の動きは止まらない。

 足払いで転んだ敵の首に膝を落として折り、そのまま救い上げるような斬撃で別の敵を斬る。

 立ち上がりながら後ろに下がり、背後から迫っていた敵兵を腰に乗せるように掬い上げて頭から投げ落とした。


 首を狙って横薙ぎに剣を繰り出す敵に対しては、一歩退いて空振りを誘い、そのまま腕を殴りつけて背中を向けさせた。

「しばらく寝てろ」

 と、他のまだまだ残っている敵に向かって蹴り飛ばし、数名を巻き込んで倒れる相手に背を向けた。


 四方に敵がいる。

 一二三は不敵な笑みを浮かべながら納刀し、無手となった。

「ウェパルもやっているな」

 少し離れた場所で、ウェパルが水で作った鞭を振り回して戦っているのが見える。まったく危なっかしいところが無いのを見て、一二三は楽しくなってきた。


「単なる酔っ払いになったかと思ったが、動きは逆に良くなってるじゃないか」

 ナイフで斬りかかってきた相手にカウンターで目に二本の指を突っ込んだ一二三は、そのまま引き倒して首を折った。

「さて……魔人族最強というのは、どの程度かな?」

 ウェパルの前にいた王くらい強ければ良いけどな、と一二三は淡い期待を抱きつつ、左右から飛んできた火球を左手で叩き落とし、さらなる犠牲者へと襲い掛かった。

お読みいただきましてありがとうございます。

次回もよろしくお願いします。

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