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65.穏やかな日

65話目です。

よろしくお願いします。

「ホーラントに敵がいなくなっちゃったわ」

 ヨハンナは、目を通した書類を揺らして微笑む。

 一二三が合流した正統イメラリア教本部では、ヨハンナやプーセ、オリガと一二三など主だった者たちが朝食を採っていた。騎士カイテンやアモンもいる。

 そこに届いたのが、サウジーネからの書状だ。


 サウジーネはホーラントは聖イメラリア教およびオーソングランデ王政府と同調するものではないと明確に言葉を書き記している。

 そのうえで、現在戦線に出ている将軍ヴァラファールを解任し、もしヴァラファールが王命に背くのであればこれを討つ。

 可能であれば、正統イメラリア教には助力を願いたいとまで書かれていた。


「肝心のヴァラファールはフィリニオン様によって討たれ、ホーラントの軍はほどなく王命を受けて撤退するでしょう」

 プーセは書面を確認しながら状況を説明する。

「ホーラントの内戦は終わりです。イメラリア教の三騎士の動きが気になりますが……」

 二人に減った三騎士は、一二三とヴィーネが関与した戦いの後、行方不明になっている。


「飼い主のところに戻ったのでしょう。今回、少なくともイメラリア教は二つのダメージを受けました」

 オリガは温かいミルクを口にして、一二三の前にある空になった器を引き寄せ、自分の前にあるサラダが入ったボウルを代わりに置いた。

「強い戦力。そして評判です」


 朝食後もしばらく対応についての相談が続き、フィリニオンの葬儀の後、ヨハンナはプーセを伴って東へ向かい、ヴィーネと合流してサウジーネとの会談を行う事にした。

「最終的にホーラント対オーソングランデという形にできれば、戦力は拮抗します。トオノ伯爵をはじめとしたオーソングランデ国内の共生派と協力できれば、排斥派を追い詰めることもできましょう」


 プーセはそう考えを並べたが、実際のところ彼女たちはホーラントの戦力がどの程度残っているかを知らない。排斥派として戦ったホーラント兵士の大部分がサウジーネに従う以上、その勢力は大きいと考えているだけだ。

 だが、現状取り込みを考えられる相手は他にいない。

「一二三様は、サウジーネ陛下とお会いなさったのよね? どのような方ですか?」


 話し合いには口を挟まず、食事を終えてのんびりと紅茶が入ったカップを傾けていた一二三は、ヨハンナの質問に答えた。

「背の高い、弱気な女だった。だが、少しは変わったかもな」

 一二三としては、ホーラントがイメラリア教の傀儡では無く一つの勢力として立つ事を歓迎していた。


「戦力は大した事が無いが、まとまりはあるだろうな」

 昔のイメラリアに似た状況にある、と一二三は思っていた。国土は広く国民も多い。騎士隊の代わりに信用できる兵士がいる。国内の敵は一掃された。

 サウジーネの考え次第だろうが、排斥派として戦った兵士の多くは、政治的な方向性が変わろうともホーラントの兵士として戦うだろう。


「少なくとも、お話が通じない相手ではなさそうですね。折角訪れた静かな時期です。この機会を有効に使うべきでしょう」

 プーセの言葉に頷いたヨハンナは、空になったカップを置いた一二三を見た。

「一二三様は、これからどうなさるのですか?」

「しばらくはこの町にいる」


 オリガは黙っていたが、嬉しそうに笑っていた。

 復活して以降、久しぶりに同じ町で過ごす事に喜んでいるのだろう。ゆったりした服を着ていても目立つお腹を撫でる姿を、ヨハンナも微笑ましく見ていた。

「鍛冶屋を探して刀を打ち直さないとな」

 一二三は立ち上がり、オリガもほぼ同時に立った。


「大丈夫か?」

 それは一言だけだった。そして僅かなしぐさだったが、オリガを気遣うように左手を差し出してその身体を支えたのだ。

 オリガを除いたその場の全員が目を見張ったことに、一二三は眉をひそめた。

「どうかしたか?」


「いいえ、あなた」

 オリガはその左手に包まれるようにして一二三に身体を寄せて、昨夜も味わったそのぬくもりに触れた。

「あなたの優しさが、誰の目にも眩しく映るからです」

「なんだ、そりゃ」


 一二三は意味が分からん、と言いながらオリガとともに食堂を後にした。

 残ったヨハンナとプーセは顔を見合わせて、しばらくは一二三の変化に戸惑っていた。

 だが、オリガは知っている。それは一二三が本来持っている優しさであり、一たび戦いから離れたときに見せるぬくもりであると。

「武器を扱っている店なら確認しています。案内しますね、あなた」


 この世界の者たちからは理解されない存在になりつつあるオリガだったが、代わりに最も大切な人の一番の理解者であった。

 理性ではなく、一二三という存在が持つ危うさも正義も、全て感覚で、肌でわかっていた。

 理屈など介在しないからこそ、一二三にとってオリガは信頼がおける存在になれたのかも知れない。


☆★☆


 一二三に遅れること三日、フィリニオンの遺体を運んできたアマゼロト領兵が町に到着した事を受けて、ヨハンナとプーセによって彼女の葬儀が執り行われた。

 領地でも同様に葬儀が行われるだろうが、それでもヨハンナはここに残っていたカイテンのために、そしてフィリニオンに対する感謝を表す方法として決めた。

 他国であるため、葬儀にはそれほど多くの人が集まったわけでは無いが、それでもフィリニオンのために泣いた者は多い。


 特にカイテンの落胆振りは周囲が心配する程で、ヨハンナは彼にホーラント王城への同行を求めていたが、撤回したほどだ。

 しかし、撤回の直後に本人の希望により再び同行者に名を連ねている。

 カイテン自身はすでに戦う理由の半分を無くしていたが、フィリニオンが最後の戦いで語った事を聞いて、最後までヨハンナのために戦うと決めたようだ。


 一二三は、オリガと共に葬儀の様子を離れて見ていただけだった。一部の正統イメラリア教本部の者たちは良い顔をしなかったが、彼の人となりを知っている者たちは何も言わない。

 誰よりも、カイテンが彼の在り方に理解を示した。

「彼はフィリニオン様の最期の瞬間を観たのよ。そして最後を飾る戦いを“フィリニオンが終えた”として戦闘を止めてくれた。感謝こそすれ、文句なんてあるわけないじゃない」


 そう評したカイテンの言葉は、理解できないものとできる者とに分かれた。

 フィリニオン戦死の後、一二三対その他となった戦いは決して戦争とは言えない、一部のお調子者で強欲な冒険者と、機会を読み違えたイメラリア教三騎士による“私闘”であった。

 しかし、それも戦いの一部であると考える者には、一二三がフィリニオンの活躍を奪って戦いを歪めたように見えた。戦争を茶化したようにすら思えたかも知れない。


 様々な理解と認識がせめぎ合ったが、そうならない戦争は存在しないだろう。

 ただ、眼前とした事実として、一二三が活躍した世代の一人が、また失われた。時の流れとして当然の事ではあったが、彼女の存在はいかにも大きかったようだ。

 改めて防腐処理を施されたフィリニオンの遺体を運び、アマゼロト伯爵領へと戻る兵士たちは、帰郷したら兵士を辞めるつもりだという。


「これが防衛のための戦争であれば、国や郷里のために戦うものは多いだろう」

 一二三は参列者たちが一様に暗い顔をして故人の思い出を語り合っているのを遠目に見ながら、隣に座るオリガに語った。

「だが、侵攻や宗教のためとなると話は別だ」

「利益や信仰を示すため、ですか?」


「一部はそうかもな。だが、結局のところ突き詰めれば命令を下す奴か、その上にいる奴を好きか否かというところに行きつく」

 鍛冶屋に修理を依頼した刀は、まだ戻っていない。腰の軽さに落ち着かない一二三は、なんとなく座りなおした。

「やり方や理想、人となりも含めて、こいつの所なら戦っても良い、こいつのためなら命をなげうっても良い。そう思えるからできる事もある」


 求心力のある人物がいなくなれば、組織はどんなに上手に作られていても歯車が抜けておかしくなるんだな、と一二三は実感していた。

「イメラリアがいなくなったオーソングランデは宗教に食い荒らされ、ネルガルが死んでからホーラントも内乱が始まった」

 アリッサがいなくなったトオノ伯爵領や、ウェパルが追い出された魔国ラウアールの名前も並ぶ。


「まったく。たった八十年で、あの頃の連中の成果は随分と虫食いだらけになったな」

 もちろん、進歩している物が無いわけでは無い。一二三が封印される前には影も形も無かった銃が登場しているし、オリガの手記を元にした魔法の進歩もある。

 一二三が残した武術についてもヴァイヤーやカイムによってしっかりと残っているのだ。

「技術の進歩はあっても、人間が育っていないと意味が無い」


「あなたは、人間が育つことでどのような変化があったら良かった、と考えておいでなのですか?」

 オリガの問いに、一二三は腕を組んで目を閉じた。

「強力な国同士のぶつかり合い……いや、国じゃなくても良いんだ。殺し合いを行うのに余計な要素は考えるべきじゃないな」


 一二三は三騎士の事を思い出していた。

 あれでは足りない。ヴィーネに任せたシャトーについても、音や振動など、鎧を通して中身に影響を与える方法などいくらでもあった。

 ウワンは能力はあっても経験が足りず、動きにも観察眼にも甘さが残っている。オージュに至っては、一二三にとっては単なる砲台でしかない。


「アモンが言っていた、個人で強い奴に会いに行ってみるか……」

 そう呟いたとき、一二三の袖をオリガがしっかりと掴んだ。

 それを見て、一二三は微笑んだ。

「しばらくはここにいる。どうせ刀が修理できるのに最低でも十日はかかりそうだからな。しばらくは骨休めだ」


「ですが、またいずれ戦いに出られるのでしょう? その時は、私も連れて行ってください」

「大丈夫なのか?」

 拒否ではなく、確認であるあたりが一二三らしいといえばらしい。自分の子を軽視しているようにも聞こえるが、オリガの判断なら良いという信頼だった。

「プーセさんの見立てでは、後二ヶ月ほどで生まれる、と……」


 一二三は妊娠に関する知識をほとんど持っていない。それがどういう時期なのかわからないので、何とも答えようがなかった。

「二ヶ月か……そうだな、そのくらいは骨休めしてもいいな」

 新しい武器でも作ろう、そして情報も集めて強い奴の所に行こう。一二三はそう決めた。

「わがままを言って、申し訳ありません……でも、ありがとうございます」


 オリガは礼を言いながらも知っていた。

 今のこの世界で、一二三がそんなに長い時間休めるほど落ち着いた時期は無いだろう事を。そして、その時に身重の自分は再び置いて行かれるだろう事を。


☆★☆


 フィリニオンの葬儀が終わり、翌日にはアマゼロト伯爵領の兵士たちは彼女の遺体と共に出立した。

 さらに二日後、ヨハンナとプーセも、騎士アモンやカイテンら護衛部隊を伴って町を出た。正統イメラリア教は、宗派変えした者たちに運営を任せる形になる。

 いずれにせよ、いつかはヨハンナもオーソングランデに戻るつもりなのだ。ここが本部であるのもそう長い期間では無い。


 こうして一二三とオリガが残る事になったのだが、二人は早々に屋敷を出て、街中の宿に場所を移している。

 治療師が近くに住んでいる場所であり、宿のグレードも高い。プーセが居ない間、オリガの経過を任せるための主治医としてプーセが探していた人物だ。

 最上階の部屋、夫婦が二人でゆっくりと過ごす日々はまる十日間続いた。


「今日はどこに行きましょうか?」

 そろそろ刀が仕上がる頃だ。他にも依頼した武器があるからな。見に行く。

「では、私もお供いたしますね。鉄扇の調整も頼んでおきたいので」

 二人が出かけようとしているところで、宿の従業員が部屋を尋ねて来た。


「失礼します。お一人、オーソングランデから騎士様が訪ねておいでなのですが」

「誰だ?」

「エヴァンスと名乗られています」

 一二三は、すぐには思い出せなかったが、顔を見てようやく思い出した。


 彼がもたらした“魔国ラウアール侵攻”の報告に、一二三はすぐには反応しなかった。

 腕を組み、しばらく考えていた一二三の腕に触れ、オリガはにっこりと笑った。

「行ってください、あなた。いえ、一二三様」

 実の所、一二三はオリガの事もそうだったが、自分の子供が生まれる所を見てみたいという気持ちもあって、迷っていた。


 人を殺す事をやってきたが、人が生まれるところはついぞ見たことが無いのだ。

 しかし、オリガが続けて発した言葉は一二三の心をそっと押した。

「一二三様にとって最高の悦びを、私や子供の為に我慢する事はしないでください。寂しくないわけではありませんが……それでも、私が愛する人は、人の死に場所へ向かう事を迷ったりはしないはずです」


 一二三はその日、予定通りに刀を回収すると、翌日の朝には町を出た。

 オリガだけが見送り人の寂しい出発だったが、一二三にとっては久しぶりに清々しい気持ちでの出発だった。

お読みいただきましてありがとうございます。

次回もよろしくお願いします。

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