63.戦場は移り変わる
63話目です。
よろしくお願いします。
オージュが放った火球は、数十名の命を一度に刈り取った。
一二三がいた場所を中心にして、周囲を黒く焦がしてようやく消えたが、その爪痕は大きい。
「はあ……やれやれ」
吸い込んだ熱気を吐き出すように大きくため息をついた一二三は、シャトーの鎧の下から這い出してきた。
「魔法も、これだけ強力なら気を付けないとな」
実は武術よりもこっちのほうが進歩しているんじゃないかと思いながら、爆風よけに使ったシャトーを見遣った。
「死んだ、か」
爆風の前は単に気を失っているだけだったが、鎧の中で蒸し焼きになったらしい。今では巨体から嫌な臭いを発している。
周囲には生きているものは少ない。町の方に近い場所では生き残った冒険者が何人か呻いている。
彼らを助けるために、町の方に下がっていた兵士たちが駆けつけてきた。
そして、彼らよりもかなり速い速度で走ってきた人物が、一二三にぶつかるように抱きついた。
「ご主人様!」
「ヴィーネか」
「ご無事でなによりです!」
このくらいでやられるわけがないだろう、と兎耳が一本だけ伸びた頭をぐしゃぐしゃとかき回しながら、一二三は片手で二本の釵をまとめて掴んだ。
「忘れないうちに、これを返しておく……どうした?」
釵を見たヴィーネは、完全に血の気を無くした顔をしている。
「ご、ご主人様……とりあえずこちらへ……」
一二三の手を引いたヴィーネは、先ほどまで気絶して横たわっていた場所まで戻ってきた。
「こりゃあ、また……」
無残に折れ曲がった刀と無傷の鞘を並べて置き、ヴィーネは見事な土下座をしている。
「見事に折れ曲がったもんだな」
一二三は拾い上げた刀を膝に当て、無理やりまっすぐに伸ばしてみたが完全には戻らない。
刃こぼれもひどく、とてもじゃないが使える状態では無い。
「実戦でもこれほどボロボロになるのは珍しいんじゃないか?」
見れば帽子(切っ先部分)も無くなっている。
「どうやったらこうなるんだ?」
一二三は純粋な疑問として口にしたのだが、ヴィーネの耳には処刑前に最後の言葉はないかと聞かれている気分だった。
「はい。かかる無様を晒しましたのも、わたしの不徳の致すところであり……」
「んな事は聞いてない」
シャトーとの戦闘の顛末を聞いて、一二三は納得した。
「本来、刀というのは脆いもんだ」
無残な姿になった愛刀を眺めながら呟く。
「分厚い剣ならともかく、刀で相手の攻撃を真正面から受け止めれば簡単に曲がる。受け流すのが基本的な動きになるのはそういう理由だ」
「はい。ですから刀を斜めに背負って上からの攻撃をそらしたんですけど……」
平伏したまま震える声で状況を説明するヴィーネに、一二三は刀を差しだした。
「その時の姿勢を見せてみろ」
言われたとおりに刀を受け取り、ヴィーネはシャトーの攻撃を受けた時の格好を再現して見せた。
身体を低くして一応はまっすぐになった刀で背中を庇うように振りかぶる。
「ぴっ!?」
頭頂部に拳骨を落とされ、ヴィーネは短い悲鳴を上げて刀を落とした。
「切っ先が地面に着いてたな。固定したらいくら受け流しをしても圧力がかかるに決まっているだろうが!」
一二三の見立てでは、地面切っ先が埋まり、拳を受け流しはしたものの横からの圧力に耐え切れず、帽子が折れて刀身が曲がったのだろう。
少し間違えれば刀ごとヴィーネは叩き潰されていたかも知れない。そのあたりは彼女の運が良かった。
「刀の事は別に良い。戦いで武器が壊れるのを気にしていたらまともに戦えるものじゃないからな」
それは理解している、と一二三は言う。
彼自身も、契り木や杖などを戦闘の最中に壊しているし、元来刀はデリケートなもので数合打ちあえば破片が飛ぶ程だ。
「だが、使い方が雑なのは駄目だ。許せん」
「はい……」
まだ痛みが残る頭を撫でて、ヴィーネはすっかりしょげかえった顔を見せた。
「でかいのを倒したのは良かった。それは認める」
「え、それじゃあっ!」
ころりと表情を変えて、満面の笑みで一二三を見上げるヴィーネは何を期待しているのか分かり易いほどに顔を紅潮させていた。
「褒美は何がいい?」
「抱いてください!」
即答だった。
「愛人らしい事を何もしてもらっていません! ですから!」
「じゃあ、一緒に寝るだけな」
「……えっ?」
褒美の希望内容を予測できていた一二三も、すぐに答えを返した。
そして、両手で拳を作り、ヴィーネの頭を左右から挟みこむ。
「いたたたたたた!?」
「あのデカいのは死んで無かった。止めが刺せていないのは大問題だ。おまけに自分まで気絶しやがって」
ようやく解放され、頭に響く上と左右の痛みに泣くヴィーネを放って、一二三は歩き始めた。町とは反対の方角だ。
「ど、どこに行くんですか?」
「フィリニオンの死体を回収する」
「わ、わたしも行きます!」
爆風に飛ばされてはいたものの、フィリニオンの遺体は残っていた。
「面白い奴だった。旦那の方もな」
「フィリニオンさん……うぅ……」
穏やかな顔で横たわるフィリニオンの顔をハンカチでぬぐい、ヴィーネはまた泣き出した。
「良い人でしたね」
しばらく目を閉じていた一二三が、その間何を思っていたのかヴィーネにはわからなかったが、彼女も真似をして黙祷をささげる。
いつの間にか兵士達も集まり、フィリニオンに向かって悲痛な顔で祈りをささげていた。中には泣きじゃくっている者もいる。
「フィリニオン様のご遺体は、我々がアマゼロト領までお送りします」
フィリニオン付きの兵士だった男が進言すると、一二三は「好きにしろ」と言った。
戦って散った。その事が全てであって、一二三自身も自分が死んだ後はどうでも良いという考えだ。
「あ、フィリニオンさんにお世話になったという人がいます。カイテンさんという騎士です」
兵士は聞いたことがある名前だと頷く。
「その方にも報告をした方が良いと思いますから、一度ダカート子爵領に寄りましょう。そこにヨハンナ様もおられますので」
悲しい報告をしなければならない事にヴィーネの心は重くなるが、想定外にその必要が無くなった。
「いやいや、お前はここに残る必要があるだろう」
一二三の言葉に、ヴィーネは目を点にして固まった。
「な、なんで……」
「フィリニオンが死んだ今、ここにいる兵士たちの指揮を執る奴が必要だろうが」
当然の如く一二三と共にオリガの元へ帰る予定だったヴィーネは、想定外の状況に周りの目も気にせず狼狽している。
「えっ、はっ? ……いやいや、戦いは終わりましたよね?」
「一つ戦闘が終わっただけだろうが。町が空になったら相手の別部隊なり逃げた連中がまた来て取り返すだけだ」
それとも、フィリニオンが守った町をただ明け渡すのか、と問われたヴィーネは周りの兵士たちを見回した。
申し訳なさそうにしている兵士達の誰もが、他に代表となるべき人物がいない事を知っていた。
寄せ集めの軍隊でしか無い以上、纏めるにはそれなりの地位や知名度が必要になるのだ。
「で、でもわたしは単なるご主人様の愛人で……」
「肩書は?」
「へっ?」
「今のお前の肩書だ。名乗る地位はそれじゃないだろう?」
「正統イメラリア教騎士団団長……です」
ほれみろ、と一二三は笑った。
「どうせオリガの差し金だろうが、お前は責任ある肩書があるんだ。しっかりここで境界線を守るんだな」
自分が領地を放り出してフラフラしていたのを棚に上げて言う一二三に、ヴィーネは肩を落とした。
「それじゃ、さっき話したご褒美は……」
「今夜だけだ。明日の朝には出発する」
「どちらに行かれるんです? そろそろ……」
言いかけたヴィーネの言葉を止め、一二三は握っていた刀を闇魔法収納に放り込んだ。
「そうだ。そろそろオリガに顔を見せないとな。あれが変に興奮するのは子供の教育に悪い」
「お子様の事、考えておられたのですね」
「当然だ。まさかこんなに早く父親になるとは思わなかったが……命を奪うのとはまた違う感覚を楽しまないとな」
「わたしが出かけるまでは順調でしたし、きっと元気な赤ちゃんが生まれますよ!」
にっこりと笑ったヴィーネは、自分が割り当てられた宿に向かって一二三の手を引いていく。
「それに、刀を修理できる奴を探さないとな」
という一二三の一言に、すぐに動きは止まってしまったが。
☆★☆
ホーラント国内での戦闘が一段落した頃が、トオノ伯爵領と魔国ラウアールとの国境での戦闘が最も激しくなっている時だった。
国境を隔てる為に作られた砦と長い塀によって侵入は最小限にとどまっているが、基本的に人間よりも能力で勝る魔人の攻撃は苛烈を極めた。
魔法攻撃も速く強力であり、膂力も強いのだ。魔人族一人に対して、一般の兵は三人がかりで戦って五分五分だ。
「不味い事になった……」
フォカロルに残り、戦場へ送る兵員や物資を必死でかき集めていたメグナード・トオノ伯爵は、同じ共生派の貴族から送られてきた応援の兵数を確認しながらすぐに戦場へと向かってもらうように指示を出す仕事も行っていた。
目が回るような忙しさだが、多くの人民を守るために妥協などできない。
そして、一つの不安がずっと払拭されないまま残っている。
「ヨハンナ様がお戻りになられる道が無い……」
ヨハンナを始めとした、オーソングランデを出発してホーラント内戦で共生派に組して戦う者たちは、多くが魔国ラウアールを通ってホーラントへ入っている。
オーソングランデとホーラントは長い山脈で分断されており、基本的に東のミュンスターから直接ホーラントへ入る以外には、魔国経由しか道が無い。
ミュンスターと接するホーラント東部はホーラント王家の直轄地であり、排斥派の先鋒であるオーソングランデ王家の傀儡と言って良い状態にある。
この時点では一二三による排斥派の排除と女王サウジーネの体制固めにより傀儡状態からは脱却しているのだが、メグナードはそれを知らない。
いずれにせよ、ホーラント国内にいるヨハンナたちが戻るには魔国か共生派支配地域のどちらかを通過せねばならなくなった。
「このままでは、帰国どころか救助も支援もままならん!」
兵力が決定的に足りないのだ。国境での水際防衛だけでも手いっぱいで、もし本格的に侵入されれば止めようが無い。広い範囲をカバーできるほどの兵力は無いのだ。
「これも長く続いた平和の代償か……英雄が治めていた領地としては、恥ずかしい限りだな」
その英雄本人も、おそらくはホーラント国内だろう。
「ご先祖様に今更頼るのも情けない話だが、昔アリッサ様から聞いたように、戦場の匂いを嗅ぎつけて来てくれたなら……いや、不確定な要素に期待するのもおかしな話か」
「随分と散らかっているわね」
「クロアーナか……」
執務室に顔を見せたフォカロルギルド長の女性クロアーナは、書類が散乱する執務室を見て顔を顰めた。
「執事がいたでしょう?」
「あちこちに連絡に行かせているのだ。とても書類の整理などやらせている場合では無い」
何の用だ、とうっすらと隈を作った目を向けられ、クロアーナは苦笑いを見せる。
「随分な言いようね。ほら、これ」
「これは……」
クロアーナが渡したのは冒険者たちのリストだった。国境防衛に参加しても良いという者たちだ。
「それなりにお金はかかるけれど……」
「この際、費用についてはどうとでもする。助かる、ありがとう」
命令書を一から作るのも面倒だ、とばかりにメグナードはリストの下部に承認のためのサインを手早く書き入れ、実務者に渡すための書類入れに放り込む。
「随分素直になったわね。ちょっと前までは、もっと厳つい雰囲気だったのに」
素直に謝ったのに茶化すな、と口を曲げたメグナードは肩を落として息を吐いた。
「強がって、偉そうに見せたところで本当の“力”には抗いようが無いと実感したのだ。そんな虚飾に力を入れるくらいなら、真面目に仕事をして資金力なり発言力なりを育てた方が万倍も領地運営の役に立つ」
「懸命ね。英雄の復活は子孫も変えるものなのね」
「あんなに怖いご先祖様がいるんだ。血は繋がらずとも、名前と領地を継いだ者として思う所はある」
それでも、今のメグナードは少し精神が昂りすぎている、とクロアーナは応接のソファに積みあがった書類を拾い上げると、重ねて適当な棚に放り込んだ。
「紅茶をいれてあげるから、座って少し休みなさいな。いずれ空回りして倒れるのが落ちよ」
「む。しかし……」
「情報も持ってきてあげたのよ。いいから、座ってちゃんと聞きなさい」
「はあ……昔から君は少し強引だったが、歳を取ってもまるで変わっていないな」
「人間、生まれ持った性質は早々変わらないものよ」
降参だ、と大人しく腰を下ろしたメグナードを見て、クロアーナは廊下に顔を出して侍女にお湯を頼んだ。
「それで、情報とは?」
「貴方の領地の一部に住んでいる獣人族たちから、ギルドを通じて連絡があったのよ」
カップとポットを手早く用意しながら、クロアーナは話を続けた。
「ギルドを通じた正式な依頼として発注をし、正当な対価を払うのであれば、獣人族の町から戦力を出す、と言っているわ」
「この戦いに、獣人族が参加するというのか?」
信じられん、とメグナードは呻いた。
獣人族たちは自分たちのコミュニティを頑なに守り続け、人間たちの争いには基本的に無関心であった。
個人的な義侠心や冒険者の仕事としてホーラント内戦に参加はしても、正規の兵隊を送る事など有史以来初めてだ。
「正確に言えば、個人的に冒険者として活動する者たちを送る、という形式にしたいらしいけれど、構成戦力は町の正規兵から主力を送ってくれるみたいね」
どうするの、と問うクロアーナを、メグナードはじっと見つめた。
わざわざギルドを通した理由。それ以前に助力を申し入れる理由。どちらも今のメグナードには自分を納得させる答えを思いつくことはできなかった。
だが、選択肢は始めから無いに等しい。
「……受け入れざるを得んだろう。それで町を、民衆を守れるならば金を惜しむわけにはいかん」
「決まりね」
クロアーナは一枚の書類を出す。それはギルドへの依頼書だった。
獣人族が受けるための防衛戦参加という内容はすでに記載されている。後はメグナードがサインをするだけだ。
「用意の良い事だな」
「腕の立つ冒険者というだけじゃ、出世はできないのよ」
即日ギルドが受領したその依頼書は、即座に早馬にて獣人族の町へと写しが送られた。
戦闘は、戦力の増加でさらに激化することが予想される。
お読みいただきましてありがとうございます。
次回もよろしくお願いします。




