62.燃え上がる戦場
62話目です。
よろしくお願いします。
「悪いがさっさと終わらせてもらう!」
シャトーの突進とともに突き出された盾に対し、ヴィーネは再び飛び下がって距離をとることで躱した。
しかし、シャトーはヴィーネが動いた方向へ向かって盾を投げる。
「ぎゃん!?」
わき腹に分厚い金属盾を食らって、どうにか身体を捻って衝撃を逃がしながらもヴィーネは地面を転がっていく。
「おええ……」
唾を吐き、立ち上がって横へと逃げる。
その隣をシャトーの巨体が通り過ぎて行った。
「ちょこまかと逃げ足は速いな。さすがは兎の獣人と言ったところか」
盾を拾い上げ、シャトーは再び突進のために構えた。ガシャガシャと耳障りな金属音が響く。
「だが、逃げてばかりではいずれ疲れて、潰されて、終わりだ」
「そう言われても……」
一二三から借りた刀を握り、ズクズクと痛むわき腹を抑えながらヴィーネは治癒魔法を使ってみようかと迷い、止めた。
相手が待ってくれるわけがない。
「今度はこっちから行きます!」
「ふん。その程度の武器がこの鎧に通じるわけが無い!」
二度、三度と鎧の隙間を探るように、可動部分を狙って刀を突き入れていく。
その動きは正確ではあったが、いかんせん鎧の防御は強固だった。脇や膝など、刀が入るほどの隙間があるように見えても、内側に鉄板が当てられているらしい。
手ごたえは固く、ダメージは全く通らない。
「無駄なことだ」
振り払うような単純な動きでも、シャトーがやれば丸太で殴っているも同然だ。
足を当ててどうにか直撃は避けても、遠くまで吹き飛ばされてヴィーネは地味にダメージを重ねていく。
「うぅ、どうしよう……」
これが一二三だったら、さっきのように投げ飛ばしたり、場合によっては問答無用で鎧ごと断ち切っているかも知れない。
しかし、ヴィーネには持ち前の運動能力と刀。あとは中途半端な魔法の能力だけだ。
「魔法……」
そう言えば、とヴィーネは一二三が彼女の魔法能力について少し考える仕草をして、それからシャトーの相手を命じた事を思い出した。
ヴィーネの魔法を使えば勝てると一二三は予測した、とは考えられないだろうか。
「ぼんやりとしている余裕があるとは。それとも、諦めたか!」
その方が都合が良い、とシャトーは幾度目かの突進を仕掛けてくる。
三メートル超の巨体が駆けてくる迫力に足がすくむが、逃げるわけにはいかない。
「ご褒美のために!」
妙な掛け声で気合を入れたヴィーネは、シャトーに対して自分から駆け寄った。
「恐怖で気がふれたか!」
「そんなわけないでしょ!」
思い切って踏み切ったヴィーネは、シャトーの腕を駆け上った。
「なんと!」
顔の近くまで近づいたヴィーネは、兜の目の部分は網状の金属と何かの透明なプレートで覆われているうえ、中が見えないほど顔周辺も分厚い鉄板で覆われているのがわかる。
「これで!」
ヴィーネが左手を振りかぶると、そこに握られていた小さなナイフの先から一塊の水が兜を覆った。
直後、水は重力に惹かれて鎧の表面を流れていく。
「無駄なことを!」
シャトーは水に濡れるのもいとわず、頭上を飛び越えていったヴィーネへと向き直った。
「窒息でも狙ったか?」
「顔がむき出しならそうしたけど、狙いは別ですよ」
刀を構え、ヴィーネは一二三を真似てニヤリと笑う。
「では、単なる目くらましか。失敗したようだがな」
顔面に当てられた水は肩から胸へと流れていく。
「わたしの狙いはそんなものじゃありませんよ」
ヴィーネは、話しながらも水が流れ落ちていく様子を注視している。
「ご主人様もそうですが、わたしの魔法の先生方はとっても厳しいんです。それこそ、単純に水をぶつけたり空気の刃を使うだけで満足していたら、酷い目にあいますよ」
「ふん。だが結果は同じことよ」
胸からみぞおちにかけて水が落ちる際、シャトーの言葉に合わせてわずかに泡立つのをヴィーネは見逃さなかった。
「いいえ」
再び、ヴィーネはシャトーへ向かって駆け出す。
「ばっちり狙い通りです!」
「ぬぅん!」
今度は跳躍せず、真正面にぶつかってくるヴィーネに対し、シャトーは盾を突き出した。
目いっぱい身体を低くして盾の下を滑り込むような格好でさらに迫るヴィーネは、右手の刀を振るって激しく音を立てて鎧に固められたシャトーの足を殴りつける。
「効かぬわ!」
盾の下を通り抜けてきたところを、打ち下ろすようにしてシャトーが拳を落とした。
「くうっ!」
刀を背負うようにして構え、斜めにした刀身で拳をそらして地面を叩かせる。
すると、ちょうど先ほど泡立っていた箇所が目の前にあった。
「ここが空気穴のはず!」
ミシミシと音を立てる刀の下から左手を突出し、魔法媒体のナイフを空気穴があるあたりに押し当てる。
直後、ヴィーネの魔力によってかき集められた空気が勢いよく吹き込んだ。
「風だと?」
一瞬身構えたシャトーだったが、流れ込む空気は特に攻撃力は無いようで、痛みも感じない。
「何をやるかと思えば……涼しいくらいだ」
笑いをこらえながら眼下にいるヴィーネを見遣ったシャトーは、彼女が笑っていることに気付いた。
「なぜ……」
と、疑問を口にしようとした直後、急に意識が遠くなり始めた。視界が白く染まっていく。
「うぅ……」
巨体が揺れる。
それを見上げているヴィーネは、上手くいったらしい事を知って大きく息を吐いた。
「はぁ~……」
常人であればすぐに倒れるだろうが、鎧だけでなく中身も頑丈なようで、意識を朦朧とさせながらもシャトーはまだ立っていた。
「一二三様と一緒にいると、勉強もたくさんすることになるんですよ」
シャトーが倒れた時に巻き込まれないよう、ヴィーネは立ち上がって距離をとる。
「空気の中には酸素というものが含まれていて、生き物はそれを取り込んで初めて呼吸ができるそうですよ」
盾で殴られたわき腹の痛みを思い出し、ヴィーネは膝をついた。
「いたたた……」
「ぐぅむ……」
わき腹を抑えてゆっくり治癒魔法を使うヴィーネの前で、シャトーは前のめりに倒れた。
大きな音がして、広範囲に乾いた砂が舞い上がる。
「ごほっ。もう少し離れれば良かった」
痛みがようやく治まり、立ち上がったヴィーネの足が横たわるシャトーの身体をつつく。
「……酸素が少ない空気を吸っちゃうと、気絶しちゃうんですよ。送り込んだのは酸素抜きの空気です」
オリガによるスパルタ教育の結果、ヴィーネは威力は出せないものの器用な調整はできるようになっていた。
範囲も狭いうえに媒体がないと使えないが、間違いなく獣人族の中では抜きんでた魔法使いだろう。
「よし、これでご褒美獲得! 何をお願いしようかな……と……」
鞘に納めて一二三に返さなくては、と右手に握る刀へと目を向けたヴィーネは、すーっと血の気が引いていくのを感じた。
完全に“くの字”に曲がった刀身は、鞘に収まる以前の問題だ。
「ひええ……」
力が抜けて再び座り込んでしまったヴィーネは、頭の中が真っ白になるのを感じて、意識を手放した。
☆★☆
一二三の周囲は大盛況だ。
半数が逃げ出しても、まだまだ三十人以上が周りにはいる。
「そら、その程度の踏込じゃあ、剣が俺まで届かないぞ!」
満面の笑みで刃の間をかいくぐり、敵を抱きしめるように引き寄せて釵をその胸に突き刺す。
「ぐぶぅ……」
吐血にくぐもった断末魔を上げる男の向こう側から、まるごと串刺しにしようと女性の冒険者が槍を突き出してきた。
その穂先に釵をひっかけて逸らしながら、男の死体を押し付けた。
「きゃあっ!?」
血をまき散らしながら圧し掛かってくる死体の下敷きになり、槍まで手放してしまった女の運命は、自分の槍で死体ごと刺し貫かれる最期だった。
墓標のように立つ槍を手放し、地面に指した釵を引き抜こうとする一二三に、今度は両側から二人がかりで剣が振るわれる。
一二三はその動きに腕の程度の感じ取り、片方の相手に足払いをかけた。
それだけで、二人の敵は目測を誤って揃って互いの肩を斬りつけた。直後には、一二三が両手に持つ釵が首筋に刺さり絶命した。
「二人組で仕事をするにしても、だ。せめて最低限の実力は必要だろう」
戦いの場にいていい腕じゃない、と一二三は言葉でも切り捨てる。
戦場は互いの軍勢がすでに離脱し終えており、一二三の周囲に残っているのは彼を狙う冒険者たち、そしてウワンとオージュだ。
シャトーは倒れ、ヴィーネは部下に引きずられて離れた場所に寝かされている。
「オージュ」
駆けつけてきた彼女に声をかけ、ウワンは冒険者たちの輪から抜けた。
悲鳴が上がる場所から離れると、大きなため息をつく。
「無理だ」
ウワンはすっかり憔悴した顔でオージュに言う。
「離脱しようよ。シャトーもやられた以上、ここで無理に一二三さんと戦う必要はないんじゃないか」
「何を言っているの、ウワン」
オージュは意見がすっかり変わったウワンに驚いた。一体何があったのか、と問いかけようとして、気付く。
「ウワン、あなた……」
ウワンが着ている鎧の各所に、見覚えのない金属片が埋まっている。
「僕が踏み込もうと考えるたびに、これを一二三さんが投げてくるんだ」
小刻みに震えているのは、恐怖のためか。
鎧の各所にめり込むように埋まっているのは、一センチ程度の大きさしかない鈍色の欠片だ。
彼らは知らなかったが、一二三が時折投擲武器として使う“礫”であり、鎧が無ければ致命傷を負うほどに埋まる。
「拳銃? でもこんな数持っているはずがないし……」
オージュが勘違いしたのも無理はない。それだけしっかりとめり込んでいるのだ。
「違うよ。冒険者の攻撃をかいくぐりながら、懐から一つずつ出して投げてきた……」
「素手で? まさか……」
信じられない、と笑みすら浮かべるオージュだったが、本当だというのはウワンの表情でわかる。
「あいつは、やばいよ」
ウワンは鎧の肩部分を掴むと、軽く引っ張る。
すると、恐ろしいほど簡単に外れた。
「鎧のつなぎ目を正確に壊された。戦っているうちに僕の鎧はバラバラになる。……このまま戦っても、遊ばれて殺されるだけだよ……」
完全に恐怖に飲まれているウワン。
オージュはシャトーすら破れてしまった状況を見て判断した。
「わかりました……逃げましょう」
今ならば冒険者の相手をしている一二三に追われる心配はない。
「ただ、私の火炎魔法で攻撃は仕掛けます。冒険者ごと燃やして、それで済めば良しとしましょう」
そう言いながらも、オージュは一二三を殺せる可能性は低いと考え始めていた。
「シャトーは?」
「彼を引きずって行くのはあなたの腕力でも無理です。残念ですが、置いていきます」
仕方ないでしょう、とオージュに言われて、ウワンはしぶしぶ彼女と共に一二三から距離を取った。
そうして待たせている馬車までたどり着いた二人は、馭者に命じてすぐに出発させると、オージュは後ろに向かって身を乗り出した。
「英雄というのは、決して誇張や虚像というわけでは無かったわけね」
念入りに魔力を送り込み、シャトーの巨体以上の大きさを持つ火球を作り上げたオージュは、もし狙い通りに乱戦の中で三人がかりの攻撃を加えたらどうだったか考えていた。
「……無理ね。彼を倒すには大軍による多くの犠牲を前提とした長時間の攻撃と、逃げられないための罠が必要」
偶発的な出会いから功を焦った自分に歯噛みしながら、巨大な火球を飛ばした。
周囲の風景が揺らぐ程の熱を放射しながらゆっくりと戦場へと向かった炎の塊は、冒険者を何人も消し炭にしながら一二三がいたあたりに着弾し、広範囲に爆風をまき散らした。
ホーラント王国内での内戦は、こうして一時的に終結した。
最終的にはホーラント王政府の意向などまったく無視した形での宗教闘争となり、土地にも大きな傷跡を残して。
ホーラント王国兵を含めた兵士や冒険者における死者は一千人を超え、オーソングランデからの流入組が多い共生派も同数程度の犠牲を出した。
ホーラント王国兵の将ヴァラファールが戦死し、オーソングランデの生き字引であったフィリニオン・アマゼロトもヴァラファールを討ち取って死んだ。
さらに三騎士の一人も敗れたことにより、共生派と排斥派の戦いは共生派有利になり、さらに激しさを増すかと思われた。
だが、戦いは熱中すればするほど横槍に弱い。
ヨハンナによる新たな教派樹立を追うように、共生派として本格的に王政府と対立を宣言しようとしていたトオノ伯爵の領地が、想定外の攻撃を受けた。
戦場となったのはオーソングランデ王都方面では無い。
魔人族の国、魔国ラウアールから突然の侵攻が始まったのだ。
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