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61.弔いの形

61話目です。

よろしくお願いします。

 双方の大将が相討ちとなったことで、双方の兵士は動きが止まった。

 ウワンとシャトーの動きも止まっている。目標であったフィリニオンが想定外の特攻をかけたうえ、名目上とはいえ総大将を討ち取ってしまったのだ。

 ヴィーネだけが、味方の上を飛び越えるようにして最前列へと走り出た。


「フィリニオンさん……!」

 敵集団の中央、切り裂くように開かれた道にはところどころに味方の死体が倒れている。

 その向こうでは、打ち捨てられた神輿が見える。その向こうには、血まみれの死体が二つ、並んで横たわっていた。


「危険です、隊長!」

 フィリニオンの元へ向かおうとするヴィーネを止めた兵士は、フィリニオンについていた人物だった。この上でヴィーネまでが敗れれば、共生派の指揮は完全に崩壊するのだ。

「貴女にはフィリニオン様から指揮権が譲渡されたのです! どうか、指示をお願いします!」


「くっ……!」

 両肩に改めて圧し掛かってくる責任の重さに潰されそうになりながらも、ヴィーネはぐるりと周囲を見回した。

「両端からの敵は相手にしないで! とにかく後ろへ下がりながら兵種ごとに部隊を立て直してください!」

「はっ!」


 状況確認はできたと判断し、伝令に走る兵士と共に自らも指揮を執るために一旦後方へと向かおうとしたヴィーネの襟首を誰かが掴んだ。

「うっ、て、敵!?」

 身体を捻り、ヴィーネは素早くさいを引き抜いて振るう。

 だが、その手首にそっと手を当てられたかと思うと、足を払われて簡単に転ばされた。


 倒れながらも蹴りをいれようとしたものの、掴まれている手を捻りあげられて足を振りぬく前にうつ伏せに倒されてしまった。

「近づかれる前に気付け、バカたれ」

「ご、ご主人様!?」

 ヴィーネを押さえつけているのは一二三だった。


「どうして……」

「もう戦争は終わりだ。見どころは終わったからな」

 ヴィーネを離し、一二三は腰の鞘に手を当てて笑った。

「フィリニオンが大将を討ち取った。いやいや、力押しで犠牲も多かったが、素晴らしい最期だったな」


 呆然と見ているヴィーネの前で、一二三は手を叩いてフィリニオンを褒め称えた。

「俺もあんな死に方がしたい。だが、それはどうやらここじゃなさそうだ」

 一歩下がった一二三の前を、ウワンの剣が通り抜けた。

「くそっ! なんで!」

 さらに首を狙った横なぎの剣戟も、姿勢を低くした一二三の頭上を抜けていく。


 ウワンは完ぺきな不意打ちだと確信していた攻撃を立て続けにかわされて歯噛みしつつも、一二三の向こう側から突進してくるシャトーを見て飛び下がった。

「うおおおお!」

 雄叫びと共に地響きをあげて迫る巨体に対し、一二三は剣を避けるために膝をついた状態のままで待ち構えた。


「潰れるが良い!」

「ご主人様!」

 ヴィーネの叫びは怒涛の勢いで舞い上がる土埃に隠れた一二三に向かって叫んだ。いくら一二三とはいえ、あの質量をまともに受け止めては無事には済まない。

 だが、実際はヴィーネの方が危険だった。


「……ほえ?」

 シャトーが前に突き出した大盾に手を当てて逸らした一二三は、そのまま相手の足元に潜り込み、突進の勢いそのままに腰の上を滑らせて、投げた。

「なんとぉ!?」

 投げ飛ばされるという初めての体験に、珍しく慌てた様子をで手足をバタつかせたシャトーの巨体は、ヴィーネめがけて飛んでいく。


「はわわわわ!」

 慌てて宙返りで飛び下がったヴィーネのつま先をかすめて、シャトーは大地を揺らして落下した。

 ダメージはあるようだが、怪我を負っている様子は無い。ゆっくりと立ち上がろうとしている。


「さあ、注目しろ!」

 目の前のウワンと遠くに見えるオージュを順に見てから、一二三はぐるりとまわりにいる兵士たちや冒険者たちに向かって大音声で呼びかけた。

「戦いはお終いだ。これ以上やってもつまらんだろう」

 そんな理由で戦争をやっている者は一人もいないのだが、双方の兵は顔を見合わせていた。確かに大将が死んだのなら早々に引き上げるのが基本だ。


「だが、まだ暴れたりない連中もいるようだ」

 一二三が指しているのは三騎士と、まだ本格的に戦闘へ参加できていない冒険者たちだ。

「そこで、だ」

 注目している彼らの前で、一二三は宝珠を取り出して掲げた。


「おお……」

「すげぇ宝石だぜ」

 と、かなり高い位置まで昇ってきた太陽の光を集めて輝く宝珠を見て、誰ともなく呟いた。

 その言葉を聞いた一二三は、期待できそうだと手応えを感じる。


「俺が持っているこの宝珠。俺を殺した奴にくれてやろう」

 ざわめきが一二三の周りで広がる。

 再び闇魔法で作った収納に宝珠を放り込んだ一二三は、刀を抜いた。

「俺が死ねば、この宝珠は出てくるぞ。賞金を懸けたオーソングランデに渡しても、どこぞの金満野郎に売り飛ばしても、一生遊ぶ金には困らんだろう」


 尤も、それ以外の目的でこれを求めている者もいるだろう。

「ヴィーネ、待て」

 突然の宣言に戸惑う者たちの中で、ヴィーネはそっと一二三から離れようとしていた。

「ご、ご主人様なら大丈夫なのはわかいますけれど、巻き込まれたらわたしは無事じゃすみませんよぅ」


 涙目で訴えるヴィーネにため息をついて見せた一二三は、刀の切っ先でフィリニオンが倒れている方を指した。

「これはフィリニオンを送る祭りだ。お前も参加しろ」

「ご主人様に勝てるわけありません!」

「はあ……。お前、獣人族の町で稽古を積んで、おまけに魔法も習ったんだろう?」


「はい。奥様とウェパル様、それにプーセさんにも教わりました」

 本人はあまり自覚が無いようだが、現在この世界における魔法使いの上位に位置する教師陣だ。とはいえ、魔法に関してはあまり才能が豊かとはいえないヴィーネでは大した魔法は使えない。

「水をバケツ一杯くらい……空気を人ひとり分くらい扱うのが精いっぱいです」


「ふぅん……?」

 闇魔法以外はさっぱり使えない一二三にしてみれば充分だと思えたが、確かに数キロ先までの空気をセンサー化できるオリガや、数十人をまとめて押し流せるほどの水を生み出せるウェパルとは比べ物にならない。

「なら、そいつはお前に任せる。腕前を見せてみろ」


「うえっ!?」

 一二三が指差した先にいるのは、重い鎧をギリギリとこすり合わせながらようやく立ち上がったシャトーだ。

「あああああああんなの無理無理……!」

「おい、でかいの。このウサ耳を倒せたら、宝珠はくれてやろう」


「……よかろう。その話、乗った」

 鎧のどこからか大きく息を吹き出しながら、シャトーはヴィーネの前に立ちはだかる。

「あわわわわ……ひゃっ!?」

 全身を震わせているヴィーネの尻を叩き、一二三はため息交じりに鞘に納めた刀をヴィーネに突き出した。


「あの程度の雑魚に何をビビッてやがる。フィリニオンを見た後だと余計に情けなくかんじるな……ほれ」

 刀を押し付けられ、ヴィーネは思わず両手で受け取った。その瞬間に両腰の釵を一二三に取られる。

「えっ?」

「ハンデだ。その程度の相手、不慣れな武器でも充分だろう」


 刀を抱きしめて振るえるヴィーネに、一二三は意地悪な笑みを向けた。

「これは昇段審査みたいなもんだ。お前の扱いを少しは考え直さないとな。とはいえ、餌も必要か」

 少し考えて、一二三は肩をすくめた。

「思いつかない。お前の願いを一つ聞いてやることにする。まあ、頑張れ」


 一二三は楽しそうに両手で釵をくるくると回しながら背を向けて、ウワンへと向かって近づいていった。

「舐められたものだな……」

 不機嫌な声を漏らして、シャトーは落としていた盾を拾い上げた。

「兎め。すぐに叩き潰してやろう」


「ぐぬぬ……っもう!」

 刀を抜き、鞘を腰に手挟む。腰から抜き打つような技量はヴィーネには無い。

「こうなったら、貴方をやっつけてご褒美をもらいます!」

「ふん、飼いならされた獣人か」

「飼ってもらってる実感も無いから焦ってるんですよ!」


 意気込んだのは良いものの、ヴィーネは刀を握りしめて巨体を上から下まで見て弱点を探したものの見つけきれなかった。

 そうこうしているうちに、シャトーの巨体が迫る。

「おおおおおお!」

 咆哮すらも、ヴィーネにとっては全身を震わせるほどのプレッシャーだった。


☆★☆


「さあて、こっちも始めようかね」

「一対一なら、僕に勝てるとでも?」

 自信ありげなウワンを前にして、回転させていた釵を逆手に掴んで一二三は立ち止まる。

「馬鹿言え。他にも宝珠を狙っている奴らはいるぞ。周りを見てみろ」


 ウワンが周囲を見ると、殺気立った様子で武器や杖を構えている冒険者たちがずらりと周囲を囲んでいた。

 合計で五十人は軽く超えている。数は少ないが、兵士も混じっているあたりが一二三のツボに入ったらしい。腹を抱えて笑っている。

「あーっはっは! こいつらみんな、欲に正直だな。面白い!」


「笑っている場合じゃないよ。僕とこの人数を相手に戦うつもりなの?」

「それと、あの魔法使いのオージュとかいう女だな」

 一二三の構えは体術の時とさほど変わらない、右手右足を前に出して構えている。

「開始の合図なんかいらないぞ。さっさとかかってこい」


 当然の事ながら、ウワンが最も速かった。

 上下左右から同時攻撃に見えるほどの剣線は、周囲の誰をも気にすることなく振るわれ、幾人かの挑戦者たちが足を止めた程だ。

「速さなら、誰にも負けない!」

 それは一二三に対しても同じ気持ちだった。


 だが、一二三は動きが速いだけで勝負がつくようなところにはいない。

 避けられるはずの無い攻撃は当たらず、まったく手応えが感じられないことに対してウワンは一瞬足を止め、距離を取った。

「……動きが、この前と違う」

「やぁっと気づいたか。あれは単にお前の観察眼を見るために試しただけだ。あの程度なら怪我どころか最初の攻撃で指を全部切り落とせるぞ」


 一二三は、話している間に横合いから冒険者の一人が繰り出してきた槍を柄頭で叩き落とし、喉に釵を突き刺した。

 さらに誰かが魔法で作り出した風の刃を釵を叩きつけて散らす。

「嘘! そんな事できるの?」

 魔法を放った人物であろう女は、一二三のやり方に驚いて背を向けたが、すでに近くに迫っていた一二三に背中から心臓を貫かれた。


「目で追えない速度じゃない。でも……」

 観察に回っていたウワンは、周囲を完全に囲まれた状態を苦にもせず立ち回る一二三の動きを見ながら、懸命に隙を探していた。

 だが、見ている間にも四方八方からの攻撃をまるで背後まで見えているかのように捌いていく姿に、ウワンはなかなか突破口を見いだせなかった。


☆★☆


「貴方たちは一旦陣まで引いてください。治療は後程向かいますから、負傷者もちゃんと護送するようにしてください」

 多くの兵たちや冒険者など、排斥派の者たちは後方にさがり、オージュの指示を受けて部隊ごとにまとまって後退していく。

 荷車や戸板に乗せられて後送されるけが人は多く、中には一目見ただけでも手遅れだと思われる者もいたが、選別している余裕はない。


「あとはイメラリア教三騎士が引き受けます」

 とオージュが宣言した事もあり、追撃の不安が無い兵士たちの心境は少しだけ軽かった。

「ヴァラファール将軍の遺体も後送してください」

「ご遺体を、ですか?」


「野ざらしにはできないでしょう。私が援護しますから、数人で引きずってこちらに運ぶのです」

 オージュの名で兵士が声をかけて五人ほどが集まった。

「敵将の死体はどうしますか?」

 馬鹿なことを聞くな、とオージュは怒鳴りつけたい気持ちを抑えて、冷静な声で言う。


「彼女は向こうが回収するでしょう。それよりも、今から道を作りますからすぐに走ってください」

 返事も聞かず、オージュは小さな火球をいくつも飛ばしてヴァラファールの周囲にいた冒険者たちをなぎ倒していった。

「す、すげぇ」

「驚いている暇があるなら走りなさい!」


 こうして顔にサーベルを突き刺されたままの死体が引きずられて戦場を離脱していくと、交代するようにオージュが前に出た。

 とはいえ、まだ冒険者たちによる人だかりが邪魔でウワンの姿はよく見えない。音と悲鳴が、戦闘の継続を知らせてくる。

「乱戦にはなったけど、シャトーが一時的に離脱している状態では難しいかも……」


 冒険者たちが一二三に勝てるとはオージュも考えていない。できるだけ戦いが長引いて、敵の兎獣人を始末したシャトーが一二三との戦闘に参加できる状態になるのが一番なのだが、と今後の動きを模索する。

「冒険者の減りが早い!」

 オージュの愚痴は誰の耳にも届かない程度の小さなものだったが、こめられた苛立ちは大きい。


 相手が悪いと見た冒険者の中には、早々に剣を交えるのを諦めて逃げていく者さえいる。

「これが兵士なら叱咤するなり脅すなりして突撃を命じることもできるけど……」

 冒険者は一定以上の危険を感じれば逃げ出すものだ。尤も、無事に逃げおおせるかも実力次第だが。

「シャトーが急いでくれれば……」

 と、視線を向けた先でオージュは信じられないものを目にした。


 鉄の塊。絶対防御とも名高いシャトーの巨体が、ゆっくりと倒れていく。

お読みいただきましてありがとうございます。

次回もよろしくお願いします。


今回の更新と同時に、別作を開始いたしました。

『王族に転生したから暴力を使ってでも専制政治を守り抜く!』

という、アレなタイトルになりましたが、

よろしければこちらもお願い申し上げます。

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