6.戦いは誰が為に
6話目です。
よろしくお願いします。
ギルド長の執務室に通された一二三とプーセは、用意された紅茶を味わいながら、職員が用意した書類へと記入をしていく。
「細剣の騎士様のお話は、私も若い頃から良く聞かされておりました。私だけではありません。トオノ伯爵領で育った者たちは、多くが貴方に憧れて大人になりました。兵士や冒険者を目指す者が多く、ここで戦い方を学んであちこちに出ていく若者が沢山います」
ニコニコと話すギルド長も、若い頃に一二三とオリガの冒険譚から憧れを抱き、魔法を覚えて冒険者への道を選んだと言う。
「現役の頃に、アリッサ・トオノ伯爵様とお話させていただいた事もあります。兵士たちと同じように、冒険者たちにも良くしていただきまして……。この領地で兵士たちと冒険者たちの間に軋轢が少ないのも、アリッサ様の影響です」
十数年前、アリッサが亡くなってからも兵士と冒険者たちの連携は保たれている、とギルド長はにこやかに話した。
その間に、プーセは推薦文を、一二三は申請書を書き終え、職員へと手渡していた。緊張した様子で受け取った職員は、二つの書類を抱え込むようにして足早に退室して行く。
「すぐにギルド所属証を発行いたします。それで、騎士様はこれからどうされるのです?」
「俺は騎士じゃない。その呼び方は好きじゃないな」
「それは……失礼いたしました」
わずかに落胆の表情を見せたが、ギルド長自身、その期待が身勝手な物だと知っているのだろう。すぐに元の笑みを見せる。
「この時代にも、盗賊なんかがいるのか? で、盗賊が溜めこんだ財貨の扱いはどうなる?」
「以前よりは兵士も冒険者もかなり強くなりました。ですが、いたちごっこで盗賊の類は生き残っています」
面目ないお話ですが、とギルド長は眉を顰めた。
「元兵士、元盗賊などがあぶれ者を集めて盗賊団を名乗る事が多いのです。それに、ここフォカロルの周辺は魔物の駆除が進んでいますので、それが逆に野山に潜伏しやすくしている現状があります。当然ながら、主な構成員は賞金首になっておりますし、貨幣は全て退治あるいは捕縛した冒険者へ。盗難届が出ている物品があれば、時価の三割が得られます」
「じゃあ、近隣の盗賊団の中で報奨金が高い奴をいくつか見繕ってくれ」
職員が戻ってくると、一二三に小さな金属プレートを手渡した。そこには、登録した町と登録日、そして一二三の名前が刻まれていた。
「では、すぐに資料を用意させます」
「賞金が高い奴から頼む。さっさと金を稼いで、家の一軒も用意したいからな」
一二三はすぐに行くつもりらしく、書類はカウンターで受け取ると言って立ち上がった。
「ああ。それとな」
刀を差しなおしながら、一二三はギルド長に向けて笑った。
「アリッサは何故死んだ?」
「老衰でした。十年ほど前でしょうか……当主の座を養子に譲られてからもお元気で、八十六歳になられてすぐ、郊外のお屋敷で眠るように息を引き取られたという事でした」
「あいつらしいな」
一二三はカラカラと笑った。
「墓があるなら、次に来た時に場所を教えてくれ。俺にとっては義理の娘だからな」
立ち上がり、頭を下げたギルド長に背を向け、一二三はギルドを後にした。
ギルドを出てすぐの場所で、一二三を見つけたオリガが駆け寄って来た。
「あなた、良い宿が取れました。駅に近い場所です」
「駅?」
「以前はトロッコを載せていたレールを大きくして、多くの人や物を乗せて運ぶ“列車”というものがあるそうです」
懐かしい言葉を聞いた。
封印前、領地にいたドワーフ達にトロッコが発展すれば列車が作れるかも、という話をした覚えがある。苦労はしただろうが、実用にまでこぎつけたらしい。
「大したもんだ」
半端な期間だと思っていたが、八十余年は世の中が進歩するのには充分な時間だったようだ。
「列車に乗って王都までぶらっと出かけるのも良いかも知れないな。この辺の盗賊にも限りがあるだろうからな」
「馬車とは違って、とても速いそうです。楽しみですね」
にこやかに話す夫婦に、プーセやシクは焦っていた。
「一二三さん、先ほどお話した通り、今の王都は亜人排外主義が強いですし、もし一二三さんの事が知れたら、狙われて……」
口にしてしまってから、シクはあっ、と気付いた。
プーセも顔を覆っている。
「狙われる、か。それは良いな」
プーセが狙われて、自分が攻撃されないのは不満だ、と一二三は呟いた。
意気揚々と宿へ向かう一二三とオリガを追って、ヴィーネは泣きそうな顔で追いかけている。
「ご、ご主人様! それじゃ、獣人のわたしも狙われちゃいますよ」
「狙われたら反撃するだけだろうが」
「一二三様。良い物があります」
オリガは、買い込んだ魔法の指南書を取り出して見せた。
「魔法の資料が有りますし、どうやら治癒魔法もある程度は一般化されているようです。ヴィーネにはフォカロルで留守番をさせて、魔法を勉強させましょう。丁度、魔法の指導に長けた方もおられますし」
オリガが言う魔法の指導者はプーセの事だ。
「なら、そうするか。今日は盗賊を潰しに行ってくるから、あとは任せる」
「わかりました」
「留守番ですかぁ……」
ヴィーネは不満げだが、実力不足は以前から痛感していた事なので、この機会に少しでも近づく事ができれば、という思いもあった。
勝手に話を進めつつ宿へと向かう三人を追いかけようとしたプーセの服を、誰かが引っ張る。
じっと話を聞いていたヨハンナだ。
「プーセさん。このお話、受けましょう」
「ですが、ヨハンナ様……」
「これはチャンスです。わたくしも手伝いますから、ヴィーネさんにしっかりと魔法を教える事で一二三様に近づく口実を作るのです。それに、一二三様が王都へ向かわれる事は都合が良いとも言えます。トラブルになって、亜人排斥の動きに罅が入れば、それはわたくし達にとっても悪くない流れではありませんか?」
真正面からお願いして不可能なら、他の方法を考えなければ、とヨハンナは真剣な顔でプーセを見上げた。
「急いでも仕方がありません。プーセ、しばらくは一二三様に合わせて動きましょう。その中で、わたくしたちにできる事をするしかありませんわ」
それに、とヨハンナは年齢に似合わない悪い笑みを浮かべた。
「一二三様は、戦いをこの上なく好まれるご様子。ただ、単に戦いがあるというだけでは動かれない、と」
「では、どうするのですか?」
「考えましょう。一二三様を戦場に出る気にさせる理由を。その為に、出来るだけ近くにいる事が必要です」
プーセは、ヨハンナの意見に危機感を持ちつつも渋々と承諾するように見せて、内心で快哉を叫んだ。ここまではプーセの狙い通りだからだ。
「では、同じ宿に部屋を取りましょう」
「そうね。一二三様、お待ちください! わたくしも宿までご一緒します!」
一二三を追い掛けて行ったヨハンナを見て、シクは不安げな顔をしてプーセに声をかけた。
「大丈夫なんですか?」
「このまま、ヨハンナ様と一二三さんには少しずつ距離を縮めて貰おうと思っています。実は、ヨハンナ様がご無事でいて初めて有効になる“一二三さんへの報酬”があります」
プーセはさらに声量を押えた。
「一二三さんを元の世界へ帰す送還魔法の記録を見つけました。その資料を城から持ち出しています」
「すごい! でも、どうしてそれを一二三さんに伝えないのですか?」
プーセの視線が、一二三では無くオリガの後ろ姿を盗み見た。
「タイミングを間違えると、私はオリガさんに殺されてしまいます……」
「ああ、なるほど……」
「ですから、ヨハンナ様が一二三様の近くで行動する状況が作れたら、私も同行する理由ができます。送還魔法には城内の魔方陣が必要ですから、一二三さんもヨハンナ様を連れて城を制圧する理由ができます。あとは……」
プーセが心配しているのは、ヨハンナの覚悟だった。一二三の力で城を制圧するという事は、敵対する王たちを殺害する事と同じだとプーセはわかっている。
「以前のイメラリア様のような苦労を、ヨハンナ様はこれから経験するでしょう。私にできる事は、近くで支える事だけです」
全面的に手伝うと意気込むシクに、一つお願いがある、とプーセは言った。
「今の領主と一二三さんを会わせたいのだけれど、機会は作れるかしら?」
「それは大丈夫だと思う。今の領主様は一二三さんの事をアリッサさんから聞いていて、ヨハンナ様程じゃないけれど一二三さんの事を好意的に思ってるから。だけど……」
「何かあるの?」
「領主様の息子さんが、あまり一二三さんの事を良く思ってないんです」
シクから先ほど監視を受けていたという話を聞いて、プーセは顔を歪めた。自分に対する刺客について、ギルド長にトオノ伯爵領兵士への引き渡しと調査を任せてきたのだが、一二三の存在に注意を向けるあまり、大きな何かを見逃している可能性がある事に気付いた。
☆★☆
ホーラントという国は、以前こそオーソングランデと対立し、一時は戦争状態にまで陥ったのだが、勇者として名高い一二三・トオノ伯爵の活躍により戦闘は終わり、非人道的な魔道具や魔法薬の類は姿を消した。
以来、ホーラントはオーソングランデの影響を強く受けつつも、独立した友好国としての付き合いを続けていた。
その流れから、聖イメラリア教も早い段階でホーラント王家に近付き、ホーラントも亜人排斥の動きに同調するようになった。
だが、国民の亜人排斥の動きは、オーソングランデ同様、国の半分程の場所まで広がると、激しい抵抗を受けることになる。多くのドワーフ職人が、国のヴィシー国境側に多く住んでいたためだ。
ドワーフ自身に戦う能力は左程無いが、彼らには長年の商売によって蓄積された財力があった。魔人族や獣人族、あるいは人間の傭兵や冒険者を雇う事で、ホーラント兵による弾圧に武力で抵抗を始めた。
貴族は王都方面へ逃げ、国民の多くがドワーフ側に付いて、国を二分する内戦へと発展した。貴族すらも二派に別れ、政治的な対抗を続けているオーソングランデと違い、ホーラントはすでに泥沼の戦闘の渦中にある。
「やっぱり、大した事ねぇな」
ユウイチロウは一人の魔人族を斬り捨てると、鼻を鳴らした。
周囲には多くの魔人族たちが倒れている。全員が腕や足、中には首や胴体を切断された者もいて、誰一人として生きている者はいない。その数は百に届きそうな程だ。
「さすが勇者様ですな。魔法に長けた魔人族すらも簡単に倒してしまうとは」
「いやいや、全然大した事なかったぜ。それよりも、まだ敵はいるのか?」
同行していた騎士が褒め称えると、ユウイチロウはぐるりと周囲を見回して、ニヤニヤと笑う。
「いえ。先ほど同行の魔法使いに調べさせましたが、近隣に展開していた敵兵は全滅したようです。ホーラントの王も喜んでいる事でしょう」
「じゃあ、しばらく休憩だな。まだまだ敵は要るんだろう?」
「この分ですと、勇者様のご活躍でホーラントはあっという間に平和が戻りますな」
褒め続ける騎士に手を振り、休憩に入ると言って用意させた天幕へとユウイチロウが戻ると、ミキが送れて入って来た。
「そっちはどうだった?」
「近くの村や町は、もう人がいなかったよ」
「遅かったか……ちっ、俺がもっと早く敵を殺していれば!」
ミキの報告に、ユウイチロウは毛布を敷いた地面を殴りつけた。
「それが、ちょっと変なの」
「変?」
「誰かが殺されたわけでも無いみたい。死体どころか血も落ちて無かったし、他の兵士さんに手伝ってもらって細かく調べたけど、建物の中で荒らされた家は合っても、争った形跡は無かったのよ」
戦闘が起きたような形跡は無く、荒れている家も裕福な家や食料品や高級品を扱う商店が主だった。
ミキが調べていくうちに、これは襲撃を受けて逃げたのではなく、余裕を持って避難した跡であるとはっきり分かった。だが、そこで疑問が生まれる。
「俺たちが前線に来る間に、逃げてきた人なんかいなかったぞ?」
「だから変なのよ。王都の方向に逃げてないとしたら、ヴィシーの方に逃げたって事になるんだけど……」
「亜人だけじゃなくて、人間も含めて全員が、か? ありえねぇよ。敵がいる方に逃げるなんて」
「だからね、ユウイチロウ」
考えを放棄するかのように身体を横たえたユウイチロウの腕を掴み、ミキは額に汗を浮かべていた。
「この戦い自体が変なんじゃないの? ひょっとして、私達のやっている事は亜人から人を守っているんじゃなくて、亜人を攻撃しているだけなんじゃ……」
「だったらどうする? 俺はもう、百人も二百人も亜人を殺した。今さら“間違ってました”なんて言えるかよ。それに、王様や騎士たちが揃って悪人だって言うのか? 有りえない」
ユウイチロウはミキの腕を逆に掴んで身体を起こした。
「それより、王都に戻ったら俺たちに高額の報酬があるらしいぜ。そんで、貴族にしてくれるそうだ。元の世界に戻るよりも、こっちで貴族になった方が、ずっと楽しいんじゃないかと思ってな」
「ユウちゃん……元の世界に戻りたくないの?」
「ミキがいるなら、このままこの世界で生きているのも良いかな。あっちに戻ったって、俺には何の特徴も無い平凡な高校生だし。こっちなら勇者様だ」
二人とも、前線を押し返す戦闘の中で獣人族や魔人族、そして人間をも殺害する経験をした。最初のうちは集団に交じって懸命に闘っている間の事だったので、後になってしばらく悩む事になったが、ある程度心の整理はついた。
だが、積極的に戦闘に参加するようになったユウイチロウと違い、ミキは後方任務を選び続けている。治癒と転移の魔法が得意だから、という理由を付けてはいたが、実際は亜人ですら殺す事にまだまだ抵抗を感じるからだ。
「まあ、任せておけ」
乱暴にミキの頭を撫でて、ユウイチロウは笑った。
「もう少し頑張って、魔人族の国との国境まで押し返せば一旦は落ち着くって話だ。そうしたら、ゆっくりこの世界を旅しようぜ。新婚旅行だ」
「う、うん。そうね。ありがとう」
唇を合わせた二人は、そのまま他の騎士たちと共に一晩野営する事になった。
翌日からも、激しい戦いは続く。
お読みいただきましてありがとうございます。
次回もよろしくお願いします。
※前作『呼び出された殺戮者』にExtra Episodeを追加しております。
短いお話ですが、よろしければご一読ください。