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56.馬車の中・馬車の上

56話目です。

よろしくお願いします。

 前線へと向かう馬車の中で、聖イメラリア教三騎士の一人オージュは口元には笑みを湛えたままで内心焦りと怒りを感じていた。

 その矛先は一二三にも向いていたが、多くは同僚であるウワンに対してである。

 馬車で前線へ向かう間、一二三が話すイメラリアの逸話を夢中になって聞き入っているのだ。


 まるで古の英雄が残した武勇伝を聞く少年のような顔で、兜を抱えたウワンは前のめりになって向かいに座る一二三の言葉を一言も聞き逃すまい、と構えている。

「イメラリアが自分から前線に出た事は確かにあった。俺が養女にしたアリッサも戦闘に参加していて、ホーラントの妙にデカくなる薬を使った兵士に苦戦してたのを、イメラリアが助けようとした。失敗したけどな」


 一二三が話す内容は、オージュとしてはあまり耳にしたくない内容だ。彼女はイメラリア教で伝えられる姿の全てが真実では無い事など百も承知で、敬虔な信徒としてのポーズを作っている。

 だが、別に教会が嘘をつく事に対して反対どころか賛成の立場だ。神聖性は宗教の柱であり、人を集めるカリスマとして超人的なエピソードはいくらあっても困らない。


 ところが、一二三の口をついてでるのはイメラリアの“人間味を多分に含む”逸話の数々だった。

「馬に乗るのはまあまあ得意だったみたいだな。だが、いくらアリッサが小柄でも細腕で馬に引き上げるのは無理だ。結局は自分も落馬して気絶した」

「そ、それからどうなったの?」


 先を急かすウワンは、言葉遣いも子供のようだ。

 というより、ウワン自身がまだ十三歳と若いせいもある。上背もあって強く、普段は兜をしているうえに人前ではあまりしゃべらないように言われているので、誰もその事に気付かないのだ。

 一二三はすぐに見抜いたようだが。


「お前、まだ子供なのに随分腕が立つみたいだな」

 と、馬車に乗った一二三の第一声がこうだったのだ。

 オージュは諦めて兜を脱いで挨拶をするように伝えた。

 兜を脱いだウワンの顔付きは年齢通りのあどけない顔であり、色白で大きな瞳をした凛々しいというより可愛らしい顔をしている。


「おじさんは、誰? 昔の英雄様みたいな服」

「“おじさん”はやめろ。封印されている間は歳を数えないものだろう」

 封印という言葉に首を傾げたウワンに、オージュは一二三の事を説明した。

 これが失敗だった。

「じゃあ、イメラリア様を知ってるんだね?」


 それからたっぷり二時間程一二三は当時の話をしている。

 八十年以上前の話なので、当時は銃が存在しなかった事や軍といっても組織としての動きは貧弱で冒険者の方がまだマシな事もあった、などと言われてウワンは混乱したが、それでもイメラリアの事となると真剣だった。

 喉が渇いた、と一二三が言うとオージュより先にウワンが立ち上がって後ろの馬車へ手を振って使用人を呼び、お茶を淹れさせる程だ。


「じゃあ、イメラリア様が王様になるより前は、人間と魔人や獣人は別々に暮らしていたの?」

「ああ。人間は弱くて獣人にも魔人にも力で敵わなかった。魔法もエルフの方がずっと上だったからな。だから、あいつは真正面から戦うよりも協力する事を選んだ。その部分については賢い選択だった、と俺は思うぞ。人間の国が潰されないギリギリの所を通り抜ける事ができたからな。共通の敵もいたから、タイミングも良かった」


「共通の敵?」

「俺だよ」

 ずぶり、と目の前に出した黒い円に手を突っ込み、取り出したパンを齧りながら一二三は自分を指差した。

「獣人族の村をいくつか潰し、魔人族の王を殺して交代させた。イメラリアの父親も悪い奴だったから俺が殺した」


「おじさん……イメラリア様の敵なの? え、でも……英雄って……」

「おじさんはやめろ。俺はまだ十代だぞ」

 パンを全て食べ終えた一二三が、用意されていた紅茶を飲む。

「英雄とも呼ばれたな。俺はイメラリアが女王となる為の地盤作りとあいつの安全を守る上で非常に重要な役割を果たした」


 イメラリアはまだ王女だった当時、弟がいた。

 男系が継承するのが基本であったオーソングランデ王家で、父である王が一二三に斬殺された後、イメラリア自身も弟が王位に就くものだと思っていた。

 ところが、イメラリアに民衆の人気が集まるにつれて母親である王妃がイメラリアの王位簒奪を疑うようになり、城内では騎士隊同士の対立が深まっていった。


「そこで、俺が城の中でイメラリアの母親を含めて騎士連中を始末した。残党も後であいつの弟と共に大半が死んだ」

 混乱期の記録は意外と少ない。

 イメラリア自身が秘匿した部分もあるが、城内の人員が相当数入れ替わった事もある。宰相を始めとして、文官でイメラリアの父親が王位にあった頃から継続して勤めている者も多かったが、王妃が亡くなりイメラリア体制へ移行する間にかなり入れ替わっているのだ。


 これはイメラリア自身の意向ではなく、もっと下の部署ごとでの権力争いの結果だった。縁故による採用が基本である王城内において、トップが変われば自然と変動する類の物なのだ。

 結果として、継続性を失った行政処理関係は一時的に混乱する事になったが、そこに他人種の者が多数入った事で、オーソングランデは多種族国家としてのスタートを改めて切った。


「じゃあ、イメラリア様は他の種族と住む事を望んでいたの?」

「望んでいた? 少し違うな。そうしなければ国が無くなっていたんだ。だからそうなる事を目指した」

 一二三は刀をステッキのようにして自分の前に立て、両手を重ねた。

「あいつ自身は自分の生まれた、そして置かれた立場で、自分の能力でできる戦いをした。その結果が現状だ。神様扱いなのは笑えるが、まあ、腹一杯戦って生きたんだ。満足したんじゃないか?」


 死に目に立ち会っていないからわからないけどな、と一二三は話を終わらせた。

 ウワンは腕を組んでしきりに首をひねっていた。

「結局、イメラリア様はどうなったら幸せだったの? それに、誰が悪いのか悪くないのか……」

「ウワン。一二三様のお話を他の人に話してはいけませんよ。それは貴方の中で考えて答えを出しなさい」


 オージュは隣で悩んでいるウワンに向かって伝えると、一二三をちらりと見た。

 一二三が何を狙ってそんな話をウワンにしたのかが分からないのだ。教会の分裂を狙っているのであれば、単にイメラリア教の教えと真逆の話をすれば良い。説得力は一二三本人が話すだけで充分なのだから。

「ああでも、一つだけイメラリアが喜ぶだろう事はあるな」


 一二三が指差したのは、オージュの胸元で揺れる小さなイメラリア像だ。

「実物より随分と“盛って”いるからな。あいつが気にしてた部分だ」

「す、少し失礼かと思いますよ!」

 手で像を包み込みながらオージュは気付いた。

 おそらく、一二三はイメラリア教をどうとも思っていない。あっても無くてもどうでも良い単なる集まりなのだ。


 オージュは自分たちが必死で維持している教会を馬鹿にされた気がして、むかっ腹を立てた。だが、軽挙して余計な被害を蒙るのは避けたい。

 ふと、オージュはある事に気づいて口を開いた。

「ウワン。丁度良く盗賊が出てきたようだから、伝説の英雄の腕前を見せてもらったらどうかしら? 一二三様……」

「前方に十人。後ろから馬で追いかけて来てるのが二人、だな?」


 なんでわかるのか、とオージュが口をパクパクさせていると、一二三は立ちあがって腰に刀を手挟む。

「お前が使っているのは、オリガと同じ空気を使った感知だな? 多少敏感な奴だと不自然な空気の動きで相手に悟られる事もある。気を付けろ」

 そう言って、一二三は走行中の馬車から飛び降りた。


☆★☆


 一二三がイメラリア教のお仕着せ馬車に便乗して進んでいる間、戦場を挟んだ反対側でも一定の戦力を揃えた軍隊が前線を目指していた。

「はぁ……なんでこうなっちゃったかな」

 ゆっくりと進む隊列の中央あたりで、開放感あふれる馬車の上に立っているヴィーネはため息と共に愚痴をこぼした。


 前方も後方も歩兵が多く、一部騎乗の騎士や騎馬兵などもいるが少数だ。

 ゆっくりと進む隊列はじれったい程であるが、食料を引いている駄馬と歩兵の速度に合わせなければいけない。

 土地勘のある兵士から、戦場まではあと二日ほどかかると報告を受け、ヴィーネは「わかりました」と短く返した。


 返答を受けた兵士はしっかりと敬礼をして、自分の持ちばである先頭へと走って行く。

「い、居心地が悪い……」

 ヴィーネは元を正せば荒野近くの森で人間に捕まった奴隷だ。片耳を失った時は絶望したが、運が良いのか悪いのか、他の獣人たちとまとめて一二三に買い上げられ、何故か勉強させられ、戦いの手ほどきも受けた。


 一二三に惚れ込んで、半ば強引に張り付いて一緒に封印されてこの時代まで飛んで来たわけだが、ここでも基本的には“一二三の愛人”を名乗りつつ“オリガの付き人”状態になっている。

 要するに、基本的に誰かについて動く側のタイプであって、誰かを指揮するようなタイプでは無い。


 しかし、今のヴィーネの肩書は『正統イメラリア教騎士団長』だった。

 他領や内戦に参加するためにホーラント入りしていた冒険者などを吸収し、現在の人数は二千人を超えている。

 二千の人命を預けられたと感じているヴィーネは、胃がキリキリと痛むのを感じた。


「どう考えても、荷が勝ちすぎるよぅ……」

 小さな呟きは、風の中に消える。

 彼女に託された任務は「フィリニオン救出」と「正統イメラリア教のアピール」だ。ヨハンナからはフィリニオンについて深々と礼をされて頼まれており、オリガからは兵数を倍くらいに増やして来いと言われている。


 二人とも、占拠した建物に残って『正統イメラリア教』の地盤作りに奔走しているところだ。できればプーセだけでも来てほしかったのだが、身重のオリガの事を考えると無理は言えなかった。

「寂しい……」

 と呟くヴィーネだが、一つだけ楽しみにしている事があった。


「一二三様が、前線に現れる可能性があります」

 というオリガの言葉だ。

「一二三様や勇者を召喚した際に必要な宝珠を一二三様が持っている事がしきりに宣伝されています。ですが、一二三様は長く待つよりも行動される方。どこかで待ち構えていても、いずれ戦場へ戻られます」


 一二三に関するオリガの勘は外れないとヴィーネは思っている。

 とすれば、戦場でうまく合流することができればヴィーネは初めて一二三と二人で数日を過ごす機会を得る事になる。

 愛人だと名乗りつつも、大してスキンシップも無かったヴィーネにとって、これは大きなチャンスだった。


 予め、オリガからも一二三との距離を縮める事については許可が出ている。

「ぐふふ……ご主人様の前で活躍して見せれば、わたしの評価も上がりますね。そして、奥様の所へ戻るまでは二人きり……」

 ヴィーネは自分の言葉に違和感を感じた。

 そして、ぐるりと周囲を見回す。


「二人きりって無理じゃない、これ」

 前線にあるかどうかわからないが、どこかで箱馬車を用意しよう、とヴィーネは心に決めた。

「周りから見えないようにすれば大丈夫だよね」

 口にするのも憚られるような未来予想図を勝手に描きながら、ヴィーネは明後日には到着するという戦場に緊張していた。


 戦に出る事自体は初めてでは無い。

 封印前には一二三やオリガ、アリッサと共に戦場を走り回った。とはいえ、戦力的には今二つばかり足りなかったが。

 一二三封印前には魔人族を相手に多少なり獣人族としての身体能力を活かした立ち回りを見せている。


 しかし、一二三たちが居ない戦場は初めてだ。

「正直、ご主人様たちの背中を追いかけるのに必死で、自分じゃ何もやって無い感じはあるんだよね……」

 得意な武器もできて強くなったという自覚はあるが、とても一二三やオリガと肩を並べられるレベルだとは思っていない。

「死ぬかもしれないね」


 と、軽く言えるのも一二三の影響かもしれない。

「でも、今まででもわたしとしては上出来の人生だった気がするなぁ」

 森の中の小さな村に生まれて本当ならそこで死んでいくだけだった自分が、いつの間にか一軍を率いる騎士団長だ。当時の自分に言っても、信用以前に理解できないだろう。

「まさか、八十何年も未来に来るとは思わなかったし」


 獣人族の平均寿命は人間より少し短いくらいだ。

 当時の仲間はみんな死んでいるだろうし、誰も見る事が出来なかった世界を自分だけが見ている。誰もできなかった経験を自分だけが感じている。

「充分幸せな人生だよね。でも……」

 まだ、死ぬわけにはいかない。


 ヴィーネは馬車の中で座り、一二三に教わったように正座をして体内の魔力を感じる。

「ご主人様に会って、色々してもらってからじゃないと、死ねないよね」

 戦場が近づく緊張と共に、ヴィーネはひしひしと一二三のプレッシャーも近づくのを感じるような気がしていた。

 その心地よく懐かしい圧力を全身に受け止めながら、ヴィーネは思考をクリアにしてオリガやプーセと相談した戦術を頭の中で繰り返し試していた。

お読みいただきましてありがとうございます。

次回もよろしくお願いします。

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