55.三騎士
55話目です。
よろしくお願いします。
聖イメラリア教における“三騎士”は貴族からの出向が多い他の信教騎士とは違い、最初から教会に所属している騎士である。
三名とも爵位を持たない平民ではあるが、教会内の序列は高く、暗部とは違って表向きの行事にも参加する教会が保持する“表向きの戦力”の代表格だ。
過去、その戦力が表だって動いた事は無いが、知名度でいえばオーソングランデ王都を中心に非常に高い。
その三騎士がホーラント王城を電撃的に訪ねて来たと聞いて、サウジーネは最大限の警戒をせざるを得なかった。
「目的は、テスペシウス司祭の“処分”と言って来ておりますが……」
歯切れの悪いサカトの言葉に、サウジーネは目を細めた。三騎士は今、国境を越えてこちらへ向かっているらしい。
「処分? 身元引受に来るという事では無いのですか?」
サウジーネとしてはテスペシウスを引き渡して、言葉だけでもイメラリア教から早々に離れてもらうのが一番楽な流れだ。
新たなに司祭を派遣するという提案があっても、しばらく間を置くべきだと突っぱねる程度はできる。その間にヨハンナ派との協力ができれば良し。不可能であれば改めてイメラリア教そのものと距離を置くことを考える。
「ともかく、拒絶ができる類の申し出ではありません。丁重にお迎えしましょう」
「かしこまりました」
サカトは可能な限りの戦力で警備を固め、三騎士を大々的に出迎える準備を整えた。外面的にはイメラリア教とホーラント王家の関係はまだ崩れていない、と見せておく必要があるからだ。民衆に余計な不安を与えて、良い事など無い。
準備が完了してからほどなくして、ホーラント兵の先導で二台の大きな馬車がやってきた。
馬車が城の敷地へ入ると、ゆっくりと大門が閉ざされ民衆からの目は遮られた。
サウジーネはあえて城の入口に立って出迎えた。騎士たちが城内で余計な工作をする可能性を考え、通すのは一階に設えた臨時の談話スペースのみだ。
ミキも王城内で保護しており、未だ気絶から回復していない。彼女の存在を知られるのも良くないだろう。
馬車が止まると、世話役らしき者たちが後ろの馬車から降りてきて、前の馬車にステップを置いて扉を開いた。
サウジーネは教会最強の騎士たちと聞いていたので、どのような偉丈夫が降りてくるのかと構えていたこともあり、わざわざステップが用意された事を不思議に思っていた。
まず降りてきたのは、何の変哲もない、騎士らしい恰好をした男性だ。
二段のステップを一段飛ばして降りてきた彼の後ろから降りてきたのは、体のラインを見せないようにゆったりとしたデザインのローブをまとった女性だった。
目深にフードをかぶっていることもあって顔立ちは今一つはっきりとしないが、ほっそりとした顎とやわらかそうな唇、はらりとひと房だけ見える金髪が、彼女が美しい女性であると思わせるに充分な色気を放っていた。
「彼女は……?」
「陛下。あの方も三騎士の一人です。おそらくは男性がウワン。女性がオージュでしょう」
三騎士のもう一人は、天を衝くような大男だという話なのだが、見当たらない。
話をしているうちに、ウワンとオージュがゆっくりと歩いてサウジーネの前へと進み出た。
「遠路はるばる、ようこそお越しくださいました。ホーラント王国の王、サウジーネ・ホーラントです」
「陛下御自らお出迎えいただけるとは、光栄にございます」
オージュの方が一歩前に進み出て、恭しく膝を曲げて挨拶をする。
「聖イメラリア教会本部より参りましたオージュと申します。こちらはウワン。この度は、我が教会の司祭がご迷惑をお掛けしたという事で、その始末に参りました」
「ご高名な三騎士のお二人とお会いできた事、私も嬉しく思います」
「恐縮です」
「全員でお越しと聞いておりましたが、もうお一方はどちらに?」
サウジーネの質問を受けて、オージュの口元は微笑む。
「もう一人はシャトーという者なのですが、巨躯が過ぎて城を壊してしまいかねません。見事な石畳を踏み割ってしまうのも問題ゆえ、馬車に残っております」
「そうですか……」
戦力を隠す意図もあるのだろうか、とサウジーネは推察したが、今の時点でその部分に踏み込むのも不自然だと判断した。
「先触れの方から、テスペシウス司祭の事でご来訪とか」
「“元”司祭です。彼はすでに教会内での地位を失っております」
どうやら、早々にしっぽ切りをされてしまっているらしい。
となるとテスペシウスを投獄しておく必要も無い。何のカードにもならない者を、経費を使って生かしておける程、内戦中のホーラントには余裕もないのだ。
「では、すでに彼は信徒ではないのですね」
「信徒か否かは私どもが決める事ではありません。彼の心次第です」
オージュはウワンを連れてテスペシウスとの面談を希望したので、サウジーネは城内へと二人を促した。テスペシウスは城の政治犯向け地下牢獄にいるので、連れてこさせる。
だが、オージュは申し訳ありませんが、と断りを入れた。
「城内では少し気が引けます。どうか、ここで。あるいは、その牢獄までご案内いただければ幸いです」
まさかゲストを牢獄へと連れて行くわけにもいかず、仕方なくサウジーネはテスペシウスを城の前庭へと引き出す事にした。
「ひ、ひぃいいい……」
数日投獄されている間に髭が伸び、少しやつれていた様子だったテスペシウスは、兵士に連れられて手鎖をつけたままで城の前にやってきた。最初はしっかりと歩いていたのだが、二人の騎士を見て途端に怯え始めた。
サウジーネは、鎧を着こみ剣を提げているウワンよりも、オージュに対して怯えているように見えて不思議だった。
オージュがローブの下に武器を持っていても不思議では無い。というより、教会最強の一人と呼ばれるのだから、何かしら戦う術を持っているのは当然だろう。だが、テスペシウスの狼狽振りは異常なほどだ。
とうとう、座り込んで失禁してしまった。
「このように、彼は基本的に小心者なのです。自らが頼る後ろ盾がなければ、まともに立っていられない程に」
サウジーネへ城内へ入らなかった理由を説明しながら、オージュが前に進み出た。
「お、オージュ様。どうか、どうかあの術だけはご勘弁を!」
「ちっ、ペラペラと余計なことを……」
サウジーネは聞き違いだろうか、と思った。オージュが小さく舌打ちをしたように聞こえたのだ。
だが、考えている余裕はなかった。
オージュの視線を受けたウワンが進み出て、瞬時にテスペシウスの首を刎ねてしまったのだ。
「えっ?」
サウジーネは一瞬、目の前で何が起こったのかわからなかった。
ウワンの踏み込みの速さもあるが、鞘から抜かれた剣が炎をまとったかと思うと、テスペシウスが何かを言う前に、その太い首を両断していた。
断面は炎に焼かれて嫌な臭いがあたりに漂っている。
胃がムカムカするのを抑えながら、サウジーネは目の前で一礼しているオージュに尋ねた。
「これは、どういう事なのでしょうか?」
「私ども聖イメラリア教としての“処分”でございます。彼はイメラリア様の御名を背負って赴いたにも関わらず、恥ずべき行いをしました。死しても信仰心あれば聖女イメラリア様の御許にて、悔悛の機会が得られましょう」
涼しげな顔をしてそう言い放ったオージュは、自らが連れてきた使用人たちを呼ぶと、遺骸を布に包んで馬車へと運ばせた。
「……もし、彼が真の意味で信仰心を失っていたとしたら?」
「その時は、煉獄に落ちるだけです」
運ばれていくテスペシウスに向かって、オージュは手を組み、祈る。
「どうか、彼に聖女の祝福あらんことを」
これほど空虚に聞こえる祈りの言葉も無い、とサウジーネはため息が漏れそうになるのを押しとどめた。
「ささやかではありますが午餐を用意させておりますので、ごゆっくりとしていかれませんか?」
負けず劣らず心の籠っていない言葉を紡ぐサウジーネに、オージュは申し訳なさそうに断りを入れた。
「大変ありがたいお心遣い、感謝いたします。ですが、私どもも先を急がねばなりませぬので」
「先? どこかへ向かわれるのですか?」
「ええ。他の信教騎士が前線におりますので、一度引き上げさせるために迎えに行きます」
「引き上げ……では、オーソングランデは内乱から手を引く、という事ですか?」
期待を込めたサウジーネの質問に、オージュは微笑みで答えた。
「いいえ。私どもはあくまで聖イメラリア教です。あくまで“聖イメラリア教が派遣している戦力”だけが引きあげるのです」
この言葉は、サウジーネに混乱をもたらした。
彼女の認識ではオーソングランデの皇王が聖イメラリア教教主である以上、双方は同じ思惑で動く存在である。
だが、オージュは別勢力であると明言したのだ。
「共生派程度は私どもの協力が無くとも、押し返す事は可能でしょう。陛下の兵もいるわけですから。オーソングランデ国内にも人手が必要なお仕事がありますので……」
サウジーネは結局、それ以上の情報を得られなかった。オージュが言った事が全て真実だとは限らないが、行き先が前線か否かは確認した兵士から報告があがるだろう。
大門が開いて三騎士を乗せた馬車が出ていくのを見送りながら、彼女は今後の動きについて再考が必要ではないかと考えていた。
そこで、一人のイレギュラー要素以外の何物でも無い人物が顔を見せていない事に気づいた。
「一二三様はどちらへ……」
その質問に答えられるものは、彼女の周りにはいなかった。
☆★☆
一二三はホーラント王都内であれこれと買い食いをしながら、町を出る準備をしていた。正確には、食料を買いあさって片っ端から闇魔法収納へ放り込んでいた。
オリガからもらった弁当もヴィーネが作ったサンドイッチも全て平らげてしまった彼は、あちこちの食堂でおすすめを食べて、気に入ったら鍋ごと買うという事を繰り返している。
その時も、一二三は店先に出されたテーブルにて食事を愉しんでいた。国境を越えたミュンスターから入ってくる魚醤がここでも使われているのだが、こちらでは肉料理の方に合わせているものが多い。
肉でも魚でも問題無い一二三だが、パスタに刻んだ野菜を炒めて魚醤で味付けしたソースをかけた料理に首をかしげていた。
「美味い……けどなぁ。うどんとかそっちに合わせた方が美味いと思うんだが」
とはいえ、小麦からできる事は知っていても、一二三はうどんとパスタの製法の違いなど知らない。
「勿体無いというより、惜しいな」
いずれ食べたくなる気がするので、十人前ほどを皿ごと持ち帰ると言って店員に金を渡し、残った分を食べ始めると、周囲がざわざわと騒がしくなってきた。
ちらりと周囲を見ると、王城の方から大きな箱馬車がやってくるのが見え、幾人かが通りに出て祈りを捧げている。
「なんだ、ありゃ?」
「あれはイメラリア教のお偉いさんが使う馬車ですよ」
持ち帰り用の料理を持ってきた店員が言う。どうやら、王城へ立ち寄ったイメラリア教の誰かがホーラント中央部方面の出入り口へと向かっているらしい。祈っているのは熱心な信徒だろう。
「ふぅん」
と、特に興味が無い一二三は、湯気が立つ料理をホイホイと収納に放り込み、食事を再開する。
信徒たちの祈りに応えるように、馬車はゆっくりと進んでいたのだが、未だにうどんの作り方がどうにか思い出せないかと首をひねりながらパスタを食べている一二三の隣で止まった。
箱馬車の小窓が開いて、顔を見せたのは先ほど王城でサウジーネと言葉を交わしたオージュだ。
「もし人違いであれば申し訳ありませんが……遠野一二三さんではありませんか?」
「人違いじゃあ無いが、俺はお前を知らないな」
「でしょうね。私は聖イメラリア教三騎士の一人、オージュと申します。まさかこんな風に偶然お見かけする形でお会いできるとは……」
「忙しい。用件を言え」
「これは、失礼しました」
馬車の戸が開き、あわてて足場を持ってきた使用人を手で制したオージュが軽やかに飛び降りた。
「改めて。私はオージュです。一二三さんにお会いできて光栄です。復活のお噂は聞いておりましたが、直接お会いできるとは思っておりませんでした」
一二三は食事の手を止めることなく、無言で続きの言葉を待った。
その様子にいささか戸惑いを見せたが、オージュは気を取り直して話を続ける。
「……私どもは、貴方の事を受け入れる用意がございます。オーソングランデ王政府との諍いも存じておりますが、教会としてはイメラリア様のお姿を知っている貴方にふさわしい地位をお約束いたします」
「ふぅん」
空になった皿をテーブルの脇に寄せ、果汁を絞った水を飲みほして口の中をさっぱりさせた一二三は、胡乱なものを見る目を向けた。
「で、俺が“イメラリアはそんなの望んで無かった”と言えば教会は解散するのか? それとも、単にお飾りが欲しいだけか?
オージュは答えず、フードに隠れた視線がどこを見ているかはわからない。だが、その唇はわずかに震えていた。
「……いや、適当なところで俺を始末して、“こう言っていた”と都合の良い新しい逸話でも作るといった所か」
ついでに宝珠も手に入るからな、と一二三は笑う。
「始末などと、そのような真似は……」
「血の匂いを芬々とさせたうえ、ローブの中でナイフをいくつもぶら下げて殺気まで漏らしておきながら言うか。ずいぶんと嘘が下手だな」
「……そこまで見抜かれたのは、貴方が初めてです」
「ローブの不自然な揺れ方ですぐわかる」
追加の料理が届き、次々と闇魔法収納に入れていく。
「どうやら一二三様はお忙しいようですね。では、一仕事終えましたらまたお声かけさせていただきますので、その時に」
「仕事というのは、戦場に行くのか? ふむ……なら、馬車に相乗りさせてもらおう」
「えっ?」
一二三は料理をすべて収納してしまうと、刀を掴んで立ち上がった。
「宝珠を狙って来る奴が少なくて、そろそろ移動しようと思ってたんだ。丁度いい」
「いえ、しかし……」
「勧誘するつもりなんだろう? 旅の途中でたっぷり話を聞いてやるから、お前たちにとっても都合がいいんじゃないか?」
一二三の勝手な言い分にオージュは内心苛立ちを覚えていたが、偶然見つけた目標をこのまま見過ごすのも問題だった。
何しろ、入国直後に報告を受けたのだが、暗部の監視役が探せど探せど見つからないのだ。ここで誰かを残して監視につけても、同じ状況に陥る可能性があった。
ここで逃して移動されたら、再び見つけ出すのは困難である。
「……わかりました。では、こちらへどうぞ」
オージュは精一杯の笑みを浮かべて、馬車へと一二三を促した。
一二三は食堂の店員にサウジーネへと言付けを頼んで金を渡すと、言われるままにオージュと共に馬車へと乗り込む。
そして、呆然とする店員を置いて、馬車は再び進み始めた。
お読みいただきましてありがとうございます。
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