53.眷属
53話目です。
よろしくお願いします。
「待って! ユウちゃんはどうなったの?」
「すでに死んでいる。だからこそ、余計な魂に邪魔されずに空の肉体を手に入れる事が出来たのだ」
呆然としていたミキが叫ぶと、武神の眷属は当然の事のように言い放った。
「この者が召喚された事に乗じて異世界へ来ては見たものの、中々顕現もできなかったが……ようやくである」
「死……」
「そうかそうか、そりゃ良かった」
眷属に死を告げられたミキは、改めて知った恋人の死に愕然とするが、対して一二三は両手を叩いて大きく息を吐いた。
「良かった、とな?」
「ちゃんと殺したはずだったんだ。それを妙な力で“生き返らせた”なんて言われた日には、俺の楽しみが半減しするし、死という終わりが無いなら、戦いがグッとつまらなくなるからな」
で、と一二三は改めて眷属を名乗る人物を見た。
顔は中性的で、やや長めの髪は薄い金髪になっている。男女とも判別がつかないスラリとした身体は、しっかりと鍛えられているようにも見える。
「ふん、死神に魅入られた狂人め……おおよそ死神に操られてたのであろうが、この世界で随分と暴れ回ったようだな。だが、やりすぎた」
純白の鎧に、片手剣はシンプルながらも威圧感溢れる厚みのある刃を持ち、左の前腕に固定されたラウンドシールドもつるりとした飾り気の無いものだが、厚みも有り頑丈そうに見える。
「それで、戦う気があるのか、無いのかはっきりしろ」
「傲慢な……神に成らんとする存在を前にして、対等に戦えると思っているのか……それに、貴様は今から力を失うというのに」
「ちから?」
何の事だろうと首を傾げていると、眷属が剣を大きく掲げた。直後、一二三は身体がわずかに重くなったのを感じる。
「なんだ、こりゃ?」
「ふはははは! 貴様が武神から授けられた加護を、我が力へと移し替えたのだ。後は、貴様を殺してその刀を回収する」
なるほど、と一二三は理解した。
確かに、召喚される直前、加護とやらを受ける前の身体感覚に近い。軽く両手を握りしめて、一二三は今の自分の程度を確かめた。
「加護はどうでもいいが、この刀は手入れが楽だから気に入ってるんだよなあ。何しろ、砥がなくて良いのが一番うれしい。こればっかりは我ながら下手で、自分でもうんざりする」
「余裕ぶるでない。この世界に顕現する新たな神の一助となるのだ。感謝して頭を垂れて……何!?」
素早くシールドを構え、腰を落として構えた眷属に対し、一二三は音さえも置いていくかのような鋭い踏み込みからの前蹴りを浴びせた。
「おお、なかなか見事な受け止め方だ」
「貴様……死神から何か力を与えられたか!」
「消えちまった奴から何を得るというんだ。馬鹿め。殺した事で得る事はあっても、死体は死体だ。精々教材か鳥の餌が良いところだ」
そういえば、死神は死体も残らなかったな、と一二三は思い出していた。
「消えた、だと?」
「殺したと言った方が判りやすいか?」
一二三は手袋を外し、黒く染まった左手を掲げ、力を込めて握って見せた。
「最後は首だけになっていたな。それをこの手で握りつぶして、終わりだ」
「なんと禍々しい力だ……。やはり、ここで貴様は始末せねばならぬようだな」
「それにしても、武神も自分で来れば良かろうに。何だって下っ端を寄越すんだ?」
「下っ端だと!?」
挑発では無く、一二三が素直に疑問を持っているという感じで口にしたのが、余計に眷属の神経を逆なでする。
「ふぅ……貴様程度にいちいち腹を立てるのも無駄か」
大きく鼻から息を吹き出し、眷属は自らを落ち着ける。
「いくら神とはいえ、自らが管理する世界から出る事も他の次元にある世界へと移動する事も出来ぬ。だが、何らかの力で強制的に移動させられる物に付随して移動するのは可能だ」
そうして、ユウイチロウについてこちらの世界に来たのは良いものの、眷属は力が足りず肉体を持つ事が出来ず、魂の抜けたユウイチロウの身体を乗っ取る事でようやく顕現できたらしい。
「なんだかなぁ……ちょっと期待したが、それじゃあ死神より格下って事じゃないか」
少しテンションが下がって来た一二三がうんざりしていると、眷属は剣を振るう右手を引き、シールドを前にして構えた。
「あ~……たしか西洋で片手剣を使う時の防御姿勢だったな」
「武神の加護を得た我は、このままこの世界で力を振るい、神へと昇る。その為に貴様が邪魔なのだ」
殺気立った様子で睨みつけてくる眷属に対し、一二三は笑みを崩さない。
「つまるところは出世欲か。どうせ“様子を見て世界に悪影響を及ぼすようなら対処する”とでも言ってついてきたんだろう?」
眷属は答えず、奥歯を噛みしめた。
「死神もそんな感じだったな。ここで死を広めて自分の力を増すんだったか。あれこれ鬱陶しく動いてたからな、利用価値が無くなった時点で消したが」
「我は武神の眷属。いずれここで戦神となるものだ。人の命をこそこそと集めるような者と同列に扱うな」
「同列? 未満のくせに」
「さえずるな! 力も速さも、我が上なのだ!」
円形盾を激しく押し込むシールドバッシュ。さらに盾を振るって身体が開いたところに片手剣による斬撃が入る、オーソドックスな攻めだ。
戦神を名乗らんとするだけあって、速度に乗せた威力はそうとうなものだ。まともに受ければ抗いようの無い連携だが、生憎と相手は一二三だ。
まともではない。
「おおっ!」
シールドが当たる瞬間、眷属はさらに一段階力を込めて盾を押し付けた。
だが、手ごたえはまるでない。
シールドの向こうに一二三がいる事はしっかり見えていて、距離的には当たっているはずだが、まるで殴っている感触は無かった。
「当ててくる勢いなんざ、どんなに速くても受け流すのは容易い」
押し込まれたシールドに貼りつくようにして、一二三は身体を流して押されるままに下がっている。まったくダメージは無かった。
「おのれ!」
盾で駄目なら剣を、とシールドを横に振るった眷属だったが、今度は正面から一二三の姿が消えた。
直後、身体が横へと引き寄せられる。
振り抜かれたシールドに合わせて側面へと移動した一二三が、その勢いを使って眷属の身体を振り回した。
「よっ」
力を込めて振るった自らの腕に振り回されてたたらを踏む足先を払われ、眷属は無様に前から転ぶ。
素早く前転して受け身を取り、すぐに一二三に対して向き直ったのは流石に戦いに特化したとは言えるが、素手の人間相手に言いように振り回されて転ばされたのが堪えたのだろう。
その顔は怒りに染まっていた。
「こ、虚仮にしおって……」
「力が強いからといって、力任せに動くからだろうが」
一二三は肩をすくめた。
「加護の力とやらは便利だが、あくまで“多少は水増しできる”ってだけだろう?」
実際はどうか知らないが、一二三の感覚としてはそうだった。どちらかと言えば、今の身体の方がしっくりと来る気さえする。
「自分で身体に馴染ませた技。自分で鍛えた身体。実戦で肌に感じる空気。受けて初めてわかる殺気。経験でわかる人の気配に目付け、筋肉の動き、骨格、急所、癖……。どれもこれも、誰かに貰うもんじゃないだろう」
それに、と一二三は敢えて刀を抜くことなく、素手のままで構えた。
「力があれば勝てる、とかそういう次元じゃ眷属にまで成れるものじゃないんだろ?
相手を格下に見るのも勝手だが、手抜は止めろ。殺し合いがつまらなくなる」
「殺し合いだと……いいだろう、本気でやってやる。だが殺し合いではない。一方的な虐殺だ」
眷属の構えは先ほどとは逆だ。右手右足を前に出し、脇を絞めた格好で剣の柄を顔の前に掲げて切っ先を一二三に向ける。
シールドを腰に当てるように構えた、完全な攻撃主体の構えだ。
「フェンシングみたいなもんだな。防御は捨てるか」
「この鎧は神聖な物。それに反撃など許さぬぞ」
軽い足音だった。
タン、と踏み出した眷属の足取りは軽い。
構えている一二三に対し、次々と手元から伸びていく突きが放たれる。
左右に身体を振りながら躱していく一二三だが、攻撃の速度が速く、いくつかの刺突で胸や肩、そして腹部に小さな傷が増えていく。
「大振りの一撃を待っているんだろうが、先ほどの戦いも見ていたのだ。そうはいかん。我の体力は無尽蔵だからな。このまま死ぬまでいたぶってやろう」
「確かに速いな。突きを入れる箇所もフェイントの混ぜ方も上手い」
「ふん。今さら我を崇めても遅い。武器を抜かなかった自分を恨むんだな。尤も、この状況で刀を抜けるとも思えんが」
「いらんよ。この程度なら素手で充分だ」
「無駄な見栄を……なんだと?」
先ほどまでは当たっていた切っ先が、今度は一二三の身体に触れることすらなくなった。
「ぬぅおおお……」
さらに速度を上げても変わらない。
最早喋る余裕も失い、眷属は必至の連撃を放っていく。
一、二度は一二三に傷を与えても、それからは再び当たらなくなる。
「素直すぎる手だな」
片手剣の腹を、一二三の平手が無造作に叩いた。
タイミングを狂わされた眷属の攻撃が、瞬時に崩れる。
「おのれ! 小細工を!」
一歩だけ足を引いた眷属に、一二三は素早く付いていく。
懐に入り込んだ状態でシールドを上から押えながら身体の外側へと滑らせる。それだけで、前後に足を開いて構えていた眷属の身体は流され、バランスを崩した。
「くっ!」
眷属は自ら膝をついて転倒を避け、掬い上げるような刺突を放つ。
しかし、立膝になっている左膝を外側から踏みつけられ、強制的に身体が右へ向けて回される形になった眷属の剣は、明後日の方向を突くに終わった。
「小細工な。その小細工を試して実験して、結果を積み重ねた結果が技になるんだよ」
膝を押し込まれ、正座の格好をさせられた眷属の片足の裏を、一二三が思い切り踏みつける。
「うぬっ……!?」
「立てないだろう? 土踏まずを踏みつけられたら、膝立ちが精々だ」
左側に立っている一二三に対し、自らの身体が邪魔で眷属の剣は届かない。
シールドで殴りつけようとするが、二の腕を押えられては全く威力が無い攻撃しか出せなかった。
「憑代と言ったな。と言う事は、藁人形やら紙人形と同じなわけだな」
「そ、そのような単純な物と一緒にするな!」
「そうか? じゃあ試してみるか。……人の形をしてなければ、人形とは言わない。じゃあ、人の形じゃ無くなったらどうなるんだろうな?」
言いながら、一二三は刀を抜いた。
「手足と……頭があれば人の形に見える。手っ取り早く頭を落としてみるか」
「や、やめ……」
完全に正座となって構え、シールドを掲げた眷属。
だが、刀の強烈な人たちは腕ごとシールドを二つに叩き切った。
そして、眷属の首にゆっくりと赤い筋が奔り、ごろり、と首が落ちた。
首の皮を一枚だけ残した見事な斬首によって、斬り落とされて膝の上に落ちた左腕に、か変えられるように首がぽとりと落ちた。
しっかりと残心を取り、そっと距離を取った一二三はしばらく眷属を見ていたが、再び動き出す様子は無かった。
どさり、と音が聞こえる。
一二三が視線を向けると、そこには気を失ったミキの姿があった。
彼女を一瞥し、ふふ、と笑みを浮かべた一二三は刀を拭って納刀したかと思うと、そのままふらりと城へと向かって歩き始めた。
行く先を見れば、障壁が消えたことでゲコックが兵士達に取り囲まれ、捕縛されている。
「やはり、必要なのは生きている人間同士の戦いだな。死神もそうだったが、命の価値を知らん奴とやってもなぁ……」
失った加護の事などどうでも良い一二三は、敵がいなくなったこの場所に見切りをつけて、戦場に戻る事を決めていた。
☆★☆
「いいのかなぁ……」
呟いているヴィーネの視線の先では、なんとか子爵とかいうホーラントの貴族が、襟首を掴まれて引きずり回されていた。彼は先日オリガ達が襲われた町の領主だ。
やっているのは、先ごろ町で代官の捕縛に協力した冒険者達だった。彼らを雇ったオリガが指揮している。
場所はその子爵が住む屋敷であり、警備の兵は死ぬか投降し、使用人たちは怯えきった状態で一室に押し込められている。
「どう見ても強盗にしか見えない」
とヴィーネは冷静に見ているのだが、どうも冒険者たちや同行しているヨハンナやプーセも、どこか狂騒に巻き込まれているようだった。
「さあ、ここを仮の拠点にいたしましょう」
子爵をどこかの部屋に押し込めて戻ってきたオリガは、一枚の書類を持っていた。
そこに記されたのは『譲渡証明書』という言葉だった。
「ここは今から、“聖イメラリア教ヨハンナ派”の総本山となります。趣味の悪い調度品がありますが、まあ売り払って資金にすれば良いでしょう」
緊張した面持ちで、ヨハンナが頷いた。
「まず、何をすればいいの?」
「一二三様がとある町を占領なされた時、職員たちを使ってまず行った事が有ります。それに倣いましょう」
オリガはヨハンナへ当時の事を思い出しながら提案した。
「宣伝です。この建物の主が変わった事を、町の者たちに知らせましょう。そして、イメラリア教の真実を広めるのです」
ついでに、ホーラント王家に対しても同様の内容に加え、子爵の悪行とそれに対して如何に対応するかを迫る文書を送る。
無茶苦茶な話だが、他国の王女が自らの宗教派閥の拠点を作ったうえで国家に対して対応を求めるのだ。
ヨハンナはイメラリアの為、そして他種族との共生を掲げる旗印の一つとして鼻息を荒くしているが、唆しているオリガの方としては、そんなものはどうでも良かった。
これで、一つの対立構造が発生する。押され気味の共生派を支える事ができれば、内戦は激しさを増すだろう。
「では、拠点もできましたからフィリニオンさんを助けに行きましょう。そして堂々とここへ凱旋し、私たちの正当性を喧伝するのです」
オリガは考えていた。これでしばらくは夫も退屈しなくて済む、と。
お読みいただきましてありがとうございます。
次回もよろしくお願いします。




