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52.降臨

52話目です。

よろしくお願いします。

 一二三が二人の勇者と相対している姿を見下ろしていたサウジーネは、傍らにいた兵士長サカトへと命じる。

「兵士を使ってゲコックを城内へ引き込んでください。抵抗が激しいようでしたら、その場で殺害して構いません」

「へ、陛下……」


 彼女に似合わぬ苛烈な指示にサカトは戸惑ったが、そうなった理由を知っている以上、止める事は考えなかった。

「私が変わったと思われますか?」

「いえ。陛下の優しさが、向けられるべき者へと向いた結果と考えております」

「ありがとうございます」


 では、とサカトが命令を遂行するために退室する。

 廊下へと出た彼の表情は、怒りと困惑が綯交ぜになったものだ。

「……迷うべきでは無い。陛下がそう決められたのだ。一番つらいのは陛下ではないか。私がどうこう言って良い事では無い」

 と口では言いつつも、臆病ながらも優しいサウジーネが居なくなった気がして、サカトは寂しさを感じていた。


「すみません。よろしいでしょうか」

「あ、ああ。どうかしましたか?」

 一人の侍女に声をかけられ、サカトは我に返った。

「例の女性たちが、陛下にお礼を申し上げたいと……」


「いや、少し待ってもらうように言ってください」

 サカトは侍女に対しては微笑んで見せた。

「陛下は今、重要事に臨んでおいでです。邪魔をするべきではないでしょう」

「わかりました。では、そのように伝えます」


 背を向けて去っていく侍女を見送り、サカトは階下へと向かいながらつい数時間前の事を思い出していた。


☆★☆


「弟の部屋で女性たちが見つかった……とは、どういう事なのですか?」

 サウジーネに報告が上がったのは、今朝早くの事だった。

 朝食を終えた直後の彼女の元へ届いた内容は、ゲコックが使っていた城内のいくつかの部屋の一つに、数人の女性が軟禁されている事が分かったのだ。


 当初はどういう事なのか理解できなかったサウジーネだが、女性たちの状況を説明されるに立って、弟ゲコックが行っていた非道を理解した。

 造反した騎士たちがいなくなり、使用人も一部が逃げてしまった城内を調査していた兵士が発見した時、女性たちは一糸まとわぬ姿だった。足かせをされて部屋の中に繋がれ、憔悴した姿だったらしい。


 女性相手で戸惑った兵士たちは、城の敷地内に住み込みで働く侍女たちに協力を仰ぎ、見つかった彼女たちの世話を依頼した。

 そこで聞きとった情報がまとまり、ようやくサウジーネの耳に入った。

「会いましょう」

 と言うサウジーネをサカトは止めた。


「被害女性たちが落ち着いてからにいたしましょう。陛下のお姿を見るのは光栄な事ではありますが、同時に彼女たちが緊張する事になります」

 サカトはそう言ってサウジーネを止めたが、実際の理由は違った。

 ゲコックと同じ王族である彼女に対して、被害に遭った女性たちが敵意を持っている可能性を恐れたのだ。


 その辺りも考慮して、サカトが事件を担当する事になった。ゲコック捕縛の為に忙しく動き回っている最中ではあったが、人手不足が否めない現状では仕方が無い。

 侍女たちがしっかりと話を聞いてくれた事もあり、女性たちが食事をとれる程度に落ち着くまで左程時間はかからなかった。

 彼女たちの出自は王都内がほとんどだったが、中には田舎の村出身の娘もいた。


「無体な……」

 とサカトの報告を受けたサウジーネは呻いた。

 誘拐同然に連れて来られたり、因縁を付けられた者の娘であったり、奴隷ですら無い非合法なやり方の見本市だった。一覧にまとめていた部下が涙ぐんでいたほどだ。

 権力とは斯様に理不尽か、とサカトも声を洩らした。


「……ゲコックはいつから、これを?」

 ゲコック王子はまだ十六歳。性を覚えてまだ長くはないはずなのだが、サカトの答えは異常とも言えた。

「一番古い物で、四年程監禁されていたようです」

 サウジーネは声が出なかった。


 どうやらゲコックは性の対象としてというよりは虐待して楽しむ対象として、力の弱い同世代以下の女性を中心に集めていたらしい。

 数人の騎士が手伝っていたらしく、サカトは入れ知恵をしていた者もいただろうと想像していた。

「……サカトさん。弟……いえ、ゲコックの捕縛作戦の内容を変更します」


 この時から、サウジーネの中でゲコックは身内では無く国家と女性の敵となった。

「捕縛が出来るならそれで構いませんが、基本はゲコックを殺害する方向で作戦を組み直してください」

「よろしいのですか?」

「構いません」

 サウジーネは、いつになく厳しい顔をしていた。

「民を守るべき王族の所業として、女性として許すわけには行きません。ゲコックにはホーラント王族の姿を示すための生贄となってもらいます」


☆★☆


 一二三は朝からの騒動を知ってはいるが、特に興味は持たなかった。

 八十余年前のオーソングランデでも貴族の腐敗はあったし、力があれば振るおうと考えるのは当然の思考だとは思っている。

「ただ、自分の努力で手に入れた力と、借り物の能力や血統で得た権力が違うのは、その使い方をわきまえているかどうかだな」


「何を言っている?」

「お前らの事だよ」

 ゲコックも含んで一まとめにしているのだが、ユウイチロウは自分とミキがこき下ろされたと感じたようだ。

 双剣を構えたまま進み出ようとしたユウイチロウの姿が、瞬時に掻き消えた。


「おらぁ!」

「声を上げて場所を知らせる奴がいるか」

 背後から剣を振り下ろして来たユウイチロウに対し、一二三は冷静に相手の手首を下から殴りつけて対応する。

 だが、狙い通りにはいかなかった。


「鬱陶しいな……」

 一二三の手がユウイチロウに届く直前、その姿は消え、気配は背後に現れた。

 背中を狙ったユウイチロウの突きは一二三が前に踏み出した事で届かない。

 そのはずだったが、わずかに背中に痛みが走った。


 痛みが来た瞬間、一二三がさらに前に踏み出しながら身体を反転させたために完全に串刺しになる事は避けられた。

 じくじくと痛みが走る背中の傷は左程浮かくは無いが、一二三は血流れる熱い感触を感じている。

「防御だけじゃないんだぜ。ミキの力で、どこへ逃げても俺の剣は届く」


 再び構えたユウイチロウが、突然一二三の眼前に現れた。

 そのまま手元の剣を喉に向けて伸ばしてくる攻撃に対して、一二三はギリギリまで動かずに見ている。

「諦めたか!?」

 嘲笑混じりの声を上げたユウイチロウだったが、一二三へと剣は届かなかった。


 棒立ちになっていた一二三に対して刺さっていたはずの切っ先は、ギリギリの所で停まっている。

 ユウイチロウの身体が止められたわけでも無い。思い切り腕を伸ばした状態でも当たっていないのだ。

「どういう事だ?」


「ユウちゃん、その人は当たる直前で後ろに下がったの! 転移が間に合わなかった!」

「いつの間に……」

 横から見ていたミキにはわかったが、真正面にいたユウイチロウにはわからなかった。

 微妙な差だが、一二三の足元は滑るように一足分後退し、身体も攻撃前よりはわずかに重心を後ろに傾けている。


「妙な動きしやがって……!」

「勘違いをさせるのも立派な技だぞ。それで餌を得る生き物もいる」

 瞬間移動は繰り返され、一二三はそのたびに小さな傷を作っていく。

 しかし、その表情には焦りはなく、むしろユウイチロウの方が決定的なダメージを与えられない事にいら立っていた。


「観察はできた」

「ああ?」

 正面に出てきたユウイチロウに一二三の手が伸びる。

 すぐにミキはユウイチロウの場所を移動させ、真横からの突きに変わった攻撃に対し、一二三は剣の側面に手を当てて逸らした。


「瞬間移動は良い手だが、やっぱりお前自身の動きは素直すぎるな。まるで教科書に乗せるためのポーズだ」

「負け惜しみを! これまでお前の攻撃は当たっていない。逆にお前は傷だらけだ!」

 声と同時に、ユウイチロウはミキに目線を向けて一度彼女の横へと転移した。


「そろそろ決めるぞ」

「わ、わかった」

 相変わらず、一二三は刀を抜く素振りすら見せない。

「命を賭けた戦いを舐めた時点で、アイツは負けているのさ」


 鼻で笑って剣を握りしめたユウイチロウを、ミキはまず一二三の正面へと転移させた。

 初手の突きに対して一二三は動かなかったが、念のため背後へと再びジャンプさせる。

「これで……!」

 と、ミキはユウイチロウの攻撃が当たる事を確信したが、直後に破裂音が響いた。

「……えっ?」


 転移が終わった所を、一二三が振るった右手によるビンタが、ユウイチロウの頬を捉えたのだ。

「ぶぇ……」

 折れた歯と血を飛ばし、視界が揺れる中で何が起こったか理解できないユウイチロウは、そのまま膝をついた。


 一二三は追撃をしなかったが、ミキは慌てて自分の近くに転移させた。

「ユウちゃん!?」

「くそ……なんだ? 何が起きた!?」

 話している間にも、ゆっくりと一二三が二人の所へと歩いてくる。


「いくら瞬間移動ができても、次に現れる場所がわかれば無意味だな。パターンを見切れば脆い」

 ミキは自分が設定する転移先が読まれている事に歯噛みしているが、ユウイチロウは膝に力を入れて、一二三の言葉を否定するように叫び声と共に立ち上がった。

「ヤマ勘が偶々当たっただけの癖に、何を言ってやがる!」


「試してみるか?」

「ユウちゃん、落ち着いて……ごめん、多分私の転移は本当に癖が見抜かれてると思う」

 ミキは自分の武器として携帯しているナイフを取り出した。

「これと障壁で手伝う。私も戦えるんだから」

「……わかった。俺が前にでるから、援護を頼む」


 前に出てきたユウイチロウは、すでに足のダメージは残っていない。

「中々タフだな。だが、転移無しでお前に何が出来る?」

「抜かせ! 武の技量だけでも充分だ!」

 ユウイチロウが踏み込み、左右の剣がクロスした状態で前に突き出された。


 下がって躱した一二三を追いかけるように、右の剣が伸びてくる。

 左手を添えるように外側から当て、前のめりになっているユウイチロウの身体を受け流す。

 追い打ちに左手の剣を出そうと考えていたユウイチロウだが、自分の身体が邪魔になる格好だ。

 そのまま左の肘打ちを肩に落とした一二三だったが、間一髪ミキが作った小さな障壁に止められた。


「このやろう!」

 障壁に動きを遮られた一二三の足元に潜り込むようにしてユウイチロウは足払いを狙うが、腿の内側を思い切り叩かれた。

「うっ!」

 痺れるような痛みが走るが、そこで終わりでは無い。

 腿を叩いた一二三の右手は、拳を握って金的へと向かっているのだ。


 ガン、と音を立てて拳を止めたのは、再びミキが作った障壁だった。

「おっと、またか」

「貰った!」

 体勢を立て直し、再び構えを作ったユウイチロウの剣が、一二三の胸を突きにかかった。


 後ろで見ていたミキは、その剣が通る穴だけをあけて、二人の間に障壁を張る。

「勝った」

 と、ミキは確信して呟いた。

 何度も見たユウイチロウの突きはミキが憶えている通りの姿と全く同じで、速度も申し分ない。


 障壁の為に反撃は不可能であり、一方的な攻撃は外れたとしてもリスクなど無い、とユウイチロウもミキも考えている。もし一二三が掴みにかかろうとしても、刃を握れば指が飛ぶ。

 しかし、一二三は剣を掴んだ。

「なんて真似しやがる……」

 手で握るのではなく、左腕を前に出し、剣が前腕を貫くに任せたのだ。

 ぞぶりと皮膚を突き破った剣は貫通し、腕は剣の中央あたりまで進んでいる。


「捕まえた」

 ニヤリと笑った一二三が前腕に力を入れると、刀身は引き締められた筋肉でがっちりとホールドされた。

 ユウイチロウが慌てて引き抜こうとしても動かない。

 身体の構造を知り尽くしている一二三は、筋肉と筋肉の間に挟まる様に刃を滑らせ、太い動脈も避けている。


「そろそろ終わりだ」

 一二三が左腕を引き寄せ、障壁の穴からユウイチロウの右腕を引き摺り出した。

 人差し指と中指で楔形を作った右の拳が、突き出された右腕を次々と殴りつける。

「ぎああああ……っ!?」

 ユウイチロウの悲鳴が響く。


 手首、肘から脇に掛けて、痛覚が特に敏感なツボを狙って打撃が続いたのだ。気絶しそうな程の痛みが走り、さらにそれを覚醒させるレベルの痛みが追いかけてくる。

 さらには障壁に引っかけて肘を折ろうとしたところで、ミキが慌てて障壁を消した。

 剣を手放して頽れたユウイチロウを転移させようとしたが、その前に一二三の手が伸びてユウイチロウの首を掴んだ。


「うぅ……」

「こうなったら、転移しても俺と一緒に移るだけなんだろう?」

 ミキがユウイチロウに触れて転移するところを見ていた一二三の想像だったが、当たっていたらしい。

「離せ!」


 ミキはナイフを握って一二三へと踊りかかったが、振り回したナイフは一二三では無く盾にされたユウイチロウを傷つけただけに終わった。

 回避能力に特化しているミキは、これ以上の攻撃手段を持っていない。高い場所に転移させて落とすなどもできるが、今はユウイチロウが巻き込まれる。

 睨み合いになり、ミキは一二三の隙を狙ってじっと見ていたが、その間にユウイチロウが気絶から復活した。


「ぐおお……」

 気絶している間に左手の剣も失っている。素手で戦うしかない。

ユウイチロウは首を掴む腕を両手で掴み何とか引きはがそうとするのだが、一二三の腕は動かない。

 苦し紛れにユウイチロウの膝蹴りが出るのだが、一二三の膝も添えるようにして上がって来て、逸らされる。


 腹を殴っても響いた様子も無く、一二三は平然とした顔で左腕を振り、刺さっている剣を落とした。

 そして、自由になった左手がユウイチロウの顔を掴む。

「や、やめろ!」

ユウイチロウが手首を掴んで引きはがそうとするものの間に合わない。親指が右目を押し潰し、奥へ奥へとめり込んで行く。

「うぎゃああああああ!」


 ユウイチロウの悲鳴に、ミキは再びナイフを持って一二三へと迫る。

「ユウちゃんを離して!」

「駄目だな」

 突き出した右手首を下から蹴り上げられ、ミキは手首の関節が外れた衝撃でナイフを落とした。


 ぶらぶらと揺れる手を抱えて怯んだミキの目の前で、一二三の左手がユウイチロウの頭をぐるりと百八十度回した。

 何かが折れる音が響き、引きはがそうとしていた両手がだらりと垂れ下がった。

「戦場で、何年も人を殺していればまた違ったかも知れないな」

 一二三は、死体になったユウイチロウを放り捨てた。


 ミキの目の前に落とされたユウイチロウの身体は、叫び声を上げた時の顔のままで事切れていた。

「そん、な……」

「中々手間取ったが、まあ楽しめた。殺しあうつもりでいれば、もう少し長持ちしたかもな……ん?」


 一二三は、手応えから確実にユウイチロウを殺したはずだったが、うつぶせで顔が天を向いているその死体が震えている。

「生きているようには見えないが……」

「ゆ、ユウちゃん?」

 二人が見ている前で、ユウイチロウの身体はぎこちなく立ち上がり、自らの両手で頭を掴んだ。


 ゴリゴリ、ぐちゃぐちゃと音を立てて首の向きを戻しながら、がくがく震える膝がぴたりと止まる。

 そして、一二三の方へ振り向いた時、押し込まれて潰れていた眼球が膨らみ、ゆっくりと顔も修復さえていく。

「変なのにでも憑りつかれたか?」


 気色悪いな、と一二三が笑うと、ユウイチロウの口がパクパクとぎこちなく動いた。

「我を悪霊の類と同じに扱うとは……武神がおっしゃった通り、神をも恐れぬ愚人め」

 声は、ユウイチロウのものでは無い。

 ミキは折れていない左手で口を押え、得体の知れない恐怖に震えていた。


 そして、ようやく顔の修復が終わった顔は、さらに形を変えていく。

「我は武神より遣わされた眷属なり。憑代よりしろは今一つ鍛え方が足りぬ肉体だが……愚か者を罰するには事足りるだろう」

 身体の修復どころか身体を“作り替えた”らしい眷属は、どこからか生み出した片手剣と円形盾を装備していた。

「さあ、小物を倒して満足しているところだろうが、ここでお前は終わりだ」

お読みいただきましてありがとうございます。

次回もよろしくお願いします。

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