51.城下の乱闘
51話目です。
よろしくお願いします。
ホーラント王城前に到着した女王サウジーネの弟ゲコックは、箱馬車の中でふんぞり返って座っていたことも有り、町の様子が変化している事に気付く事は無かった。
異母姉のサウジーネとは違い、身長が一般的な成人男性よりも低い事がコンプレックスで、日ごろから分厚い底のブーツを履いている。
「護衛の二人はどうしている?」
馬車の小さな窓を開け、ゲコックは並走する騎士に尋ねた。
「はっ。後ろの馬車におられます」
「城に着いたら、すぐにおれの横に来るように伝えろ」
「はっ!」
騎士が速度を落として後ろの馬車へと向かうと、ゲコックはすぐに窓を閉めた。
大通りの中央を、派手な馬車が進む。
馬に乗った騎士たちに囲まれた馬車の後ろには、もう一台の誰が乗っているか外から見てもわからないように窓を隠された馬車と、さらには使用人たちや食料などをのせた幌馬車が続く。
行列は長々と続き、市民たちは騎士たちの威容に怯えるようにして道を開けていく。
「ゲコック殿下のご帰還である! 開門せよ!」
先頭を行く騎士が大声を上げると、閉ざされていたホーラント王城の正門が開いた。
完全に開き切ったところで、騎士は後ろを振り向いて頷き、再び馬を進める。
三人の騎士、そしてゲコックが乗る箱馬車と両脇を固める騎士が城壁の内側へと入った瞬間、その後ろから馬の嘶きが聞こえた。
その声に振り向いた護衛の騎士たちは、信じられない光景を目にした。
新たに雇い入れた護衛が乗る箱馬車を引く二頭の馬に、矢が突き立っているのだ。
「敵襲か!?」
と、騎士たちが馬上で振るうための長剣を抜いて周囲を見回している間に、両の扉に貼りついている四人の兵士によって、重く大きな正門は閉ざされていく。
「待て! 他の者たちがまだ城内に入っていない!」
騎士の一人が制止するが、門を押している兵士たちは止まらなかった。
「閉めるなと言っている!」
声を上げた騎士が兵士を止めるために馬を下りたのだが、その為に間一髪危機を逃れる事が出来た。馬から離れた直後、一本の矢がタテガミのあたりを貫いて馬が棒立ちになったのだ。
「なにっ!?」
乗っていれば間違いなく振り落されていた。いや、矢が直接刺さっていただろう。
矢の角度を見て上を見上げた騎士は、絶句する事になる。
「なんだと……貴様ら、そこで何を!」
高い城門の上、本来であれば歩哨が見廻っている場所に多くの兵士が並び、弓を握っているのを見て激怒した騎士だったが、直後には背を向けて逃げ出した。
矢が、雨のように降り注いだのだ。
「どうなっているのだ!? うひぃ!」
周囲が騒がしくなっているのを箱馬車の中で聞いていたゲコックは、馬車の壁を突き破った矢が顔の真横に飛び出して来た事に悲鳴を上げ、転げ落ちるように馬車を出た。
「殿下、危険です! どうか中に……ぐっ!」
矢が降り注ぐ中飛び出して来たゲコックを止めようとした騎士は、言葉の途中で矢に貫かれて倒れた。
他の騎士たちや馬も、次々に矢を受けて倒れていく。
「ひぃいいい……」
悪運が強いのか、ゲコックは奇跡的に矢を受けずに城の前庭を駆け抜けて城の入口までたどり着いた。だが、扉は完全に閉ざされている。
「開けろ! 俺だ!」
力いっぱい、殴りつけるようにして扉を叩くが、開くどころか声すら聞こえない。
「うう……」
扉に背中を貼りつけるようにして振り向くと、倒れ伏した騎士や馬が見えた。
さらにその向こう、城門の上に並ぶ兵士達が構えている矢は、全てがゲコックを向いている。
もはや悲鳴も出ない程に顔を引きつらせて怯えているゲコックは、キリキリと引き絞られる弦を見ている事しかできなかった。
兵士たちの手から矢が放たれた瞬間だった。
「危ない!」
ゲコックの目の前に飛び降りて来た女性が、瞬時に障壁を張って全ての矢を防いだ。
「大丈夫ですか?」
振り向いたのはミキだ。
「お、遅い! 今まで何をやっていた!」
恐怖を誤魔化すように怒鳴り散らすゲコックに、ミキは奥歯を噛みしめながらも「すみません」と呟く。
ミキの向こう側、兵士達が居並ぶ城門上ではユウイチロウが兵士たちを次々に叩き落としていた。
「そらっ!」
「うわあああ!」
前蹴りで落とされた兵士は、頭から着地してぴくりとも動かない。
城壁の上から一瞥したユウイチロウは、少しだけ不機嫌そうに口から息を吐いて、まだまだ十人以上いる兵士達が剣を抜いているのを睨みつけた。
両腰から双剣を抜き、左の剣を前に突き出し、右の剣を高々と掲げて構える。
「手加減はできないからな。死にたければかかって来い」
そうして乱闘が始まったが、実力差は明白で兵士たちはユウイチロウに傷一つつける事も叶わずに敗れていく。
二人の勇者はホーラント中央部の戦場で戦っている所をゲコックの部下が見出し、交渉の末に護衛の名目で雇われる事となった。
ゲコックとしてはオーソングランデと溝を深めたという二人の立場は信教騎士との対立に使うのに都合が良かったし、実力的にも申し分無い。
ユウイチロウ達の考えとしても、オーソングランデの追っ手から逃れるのにホーラントから正式に雇われるのは悪くないと思われたし、一二三が持ち去ったという宝珠の捜索に国の組織力を使って協力してくれるという条件も有り難かった。
「また国の狗になるのは気が進まなかったけどよ」
左の剣で攻撃を受け流し、右の剣を隙が出来た兵士の首筋に突っ込むと、ユウイチロウは剣を抜くために胸甲を蹴り飛ばした。
死体は、血をまき散らしながら落下していく。
「帰る為には仕方が……くぅ……」
三人を次々に殺害した所で、ユウイチロウの頭に激しい頭痛を伴う声が聞こえてくる。それは言葉になっていないが、彼にだけは意味が判るものだ。
「うるせえ! まだ失敗したわけじゃない、引っ込んでろ!」
両手の剣を振り回しても頭に響く声が消えるわけではないが、そうでもしないと耐えられない程の痛みが走る。
「クソが! 力をやるだのと調子の良い事言って、前の勇者より弱い力を寄越しやがって!」
力任せに振るわれたユウイチロウの一撃が近くにいた兵士の鎧を叩き、ベッコリと凹みを作る程の衝撃を受けて城の敷地外へと飛んで行く。
「アドバイスなんざいるか! 俺は戦争を経験して強くなった! アイツを倒して宝珠を手に入れて、日本に帰るんだ!」
跳躍。
左手の剣を投げつけ、遠くから弓で狙ってくる兵士を貫き、一人の兵士を踏みつぶしながらの着地と同時に、右の剣は一人の右腕を斬り飛ばす。
「お前らも、邪魔をするんじゃねぇ!」
ようやく頭に響く声が収まり、気付けば兵士は残り二人。
それらを始末するのに十秒とかからなかった。
☆★☆
城の中から見ていたサウジーネは焦っていた。
最初は予定通りの動きだったので安心して見ていられた。死ぬ定めにある異母弟の為に祈りをささげる程度には余裕があった。
だが、想定外の強者が現れ、兵士たちが次々と倒されていく様を見ているうちに、サウジーネの足からは力が抜けていく。
城の正面玄関に走って行ったゲコックの姿は角度的に見えないのだが、そこにも一人の女性が躍り込んで行くのが見えた。
おそらく弟はまだ無事だろうと考えたサウジーネは、自分の方が危機にあるのではないかという不安に駆られる。
「さ、サカトさん!」
「陛下、あれをご覧ください。きっとまだ大丈夫です」
隣で同じように状況を見ていた兵士長が右手で指した先で、ユウイチロウが飛び降りて門を内側から閉ざす太い閂を切り裂いたところが見える。
「ああっ……」
思わず声を上げたサウジーネだが、直後にサカトが言いたかったのはユウイチロウの事ではないと知った。
「一二三様!?」
「まだ兵士になりたての若造だった頃に、一度だけ指南を受けた達人がおりました。老齢で、たしかカイムという方でしたが、その方に教わった事が有ります」
一二三がどこからか飛び降りて来て、ユウイチロウの近くへ降り立った姿から目を離すことなく、サカトは言う。
「強者の所には強者が引き寄せられる、と」
だからこそ、闘争には終わりが無いのだが。
☆★☆
「よお。今度はこっちの国に鞍替えしたのか。忙しい奴だな」
「お前か……」
一二三に声をかけられて振り向いたユウイチロウの後ろで、ゆっくりと門扉が開いていく。
向こう側から押し開けられた形だが、そこでは城の近くに潜んでいた兵士達とゲコックの護衛の騎士たちが乱闘を繰り広げていた。
扉を開いたのは兵士達で、負傷した者を後送しようとしているようだ。
「通さねぇよ」
同僚を引き摺って横を通り過ぎようとした兵士を、ユウイチロウは無造作に斬り捨てた。
「俺は気付いた。俺とお前の差は経験だ。戦場で経験を積んで初めて気づいたよ。俺は甚だ甘かった。子供だった」
ユウイチロウは先ほどと同じように、左手を前に右手を上にした二刀流の構えを取る。
「だが、今は違う。俺たちは変わった。日本に帰る為に……たとえ人間として間違っていても、目的を達成するために」
刀を抜いた一二三に対し、ユウイチロウはゆっくりと距離を詰めて行く。
「こんな場所で会うとは思わなかったが、丁度良い。ここでお前を殺し、宝珠をもらう」
一二三は黙って正眼に構え、切っ先を向けたままユウイチロウを見据えた。
確かに、成長していると感じる。隙だらけだった以前に比べて周囲に対する適度な緊張感がある。
身体が硬直する程に身構えているわけでも無ければ、動きが鈍る程力が抜けている訳でも無い。
「ふ……」
やればできるじゃないか、という思いと、戦場はやはり良い、という考えが、一二三の表情に笑みを浮かべた。
闘争とはこうあるべきだ。ミサイルや爆弾で終わらせるような物ではなく、人と人が技術と体力と知力と運をぶつけ合って、命を奪い合う闘争こそが有るべきだ。
殺すものと殺されるものが同じ場所に立っていて、互いに交じり合う戦場こそが戦う人間を育てるのだ。
笑顔のまま、一二三は歩を進める。
すり足で音も立てず、構えには微塵も綻びを見せる事無く迫るその姿にユウイチロウは不気味な物を感じながらも、ひたすらに動きを観察する。
初手は一二三の斬撃だった。
奇を衒う事の無い、まっすぐな縦の一刀ではあったが、重く、速いそれは常人が相手であればたとえ予告されていても避けようが無い一撃であっただろう。
だが、ユウイチロウは動いた。
「はあっ!」
左腕を大きくひねり、刀を斜めに受けて受け流す。
同時に、右手が袈裟懸けに一二三の首筋を狙う。
刀が、剣の側面を滑り始めた瞬間、一二三は踏み出していた右足を引いて反撃を躱した。
「……ふぅん?」
刀と共に半身になっている一二三の身体。前に出ている左肩がわずかに裂け、赤い血がこぼれる。
「届いたぜ」
「皮一枚だけだな。俺の命を斬り裂いてから言え」
一二三の右手が腰の部分から伸びるように突き出され、ユウイチロウの顔に向かって切っ先が迫る。
「そういえば、いたな。そんな能力持ちが」
当たるはずのタイミングではあったが、ユウイチロウの姿が掻き消えた。
今度は後ろに気配が移っている。
瞬時に察知した一二三は、刀を手元に引き戻した勢いで後ろへと横なぎに振るったのだが、それも空振りに終わった。
「完璧な連携だろう? これでお前の攻撃は俺に当たらない」
やや離れて、城の前にユウイチロウがミキと並び立っている。
その後ろには障壁に囲まれて座り込んだゲコックがいるのだが、一二三は顔を知らないので無視した。
「前は油断もあった。だが、成長した俺とミキの能力の組み合わせは無敵だ」
「能力?」
一二三は以前の事も思い出したが、身体能力は高くとも、ユウイチロウが何か超常的な力を振るった記憶が無い。
「ちっ、お前と同じだよ。俺は武神から“あらゆる武の技術”を頭に叩き込まれた。余計なアドバイスや腹の立つ条件もあったがな」
「なるほど。そういう事か」
ユウイチロウは誤解しているが、一二三は訂正する気は無い。
ある程度の底上げがあるとはいえ、一二三の武術に関する知識や技術は自前であり、常軌を逸した訓練と実戦経験の賜物なのだが、ユウイチロウはそれを武神から与えられたものだと思っているらしい。
「武神とのつながりが残っていて、干渉がだんだん頻繁になってきたのが鬱陶しいけどな。その分、お前よりも成長が早いし身体にもなじみやすい」
以前に立ち会った時、技術の割に身体の動きがぎくしゃくとしていたのはそのせいか、と一二三は納得していた。
稽古の積み重ねによって技を体に染みこませてきた一二三と違い、無理やり頭にインプットされたユウイチロウは、バランスが悪かったのだ。
「武神は驚いてたぜ。お前がまだ生きている事にな。だが、そのお蔭で俺たちは都合が良い依頼も受けられた」
ミキと視線を合わせて彼女と同時に頷いたユウイチロウは、同じ構えを取る。
「武神の力で俺たちを元の世界に戻す手伝いをしてもらえる。お前を殺して、宝珠を奪えば、な」
オーソングランデとの関係が切れて、送還魔法を使える人物との伝手を失っていた二人にとって、それは渡りに船だった。
「そりゃ良かったな」
どうやら武神は一二三へ刀や加護を与えた事を後悔しているらしい、と感じながら「それなら目の前に来て俺を殺せば良いのに」と思いながらも感謝をしていた。
「次に会ったら礼を言わないとな。魔人の王以来、久しぶりに腹いっぱい戦えそうだからな」
そう言って、一二三は刀を鞘へ戻した。
「どういうつもりだ?」
「どうもこうも」
ユウイチロウの発した怒りが混じる声に、一二三は手首をほぐしてから右手右足を前にだす半身の構えを取る。
「本気を出す。そういう事だ……さあ、かかって来い」
お読みいただきましてありがとうございます。
次回もよろしくお願いします。
※拙作『呼び出された殺戮者3』の発売に関しまして、
活動報告にて表紙と販売特典についてご報告させていただきました。
そちらもどうぞ、よろしくお願いいたします。




