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50.暗部

50話目です。

よろしくお願いします。

 ホーラント中央は一日でがらりと体制が変更され、亜人排斥の方針はあっさりと撤回された。

 王都で息をひそめていた幾人かの共生派貴族が登城してサウジーネに忠誠を誓い、騎士は激減したが、一部逃げていた亜人の兵士達が集まってきた事で、日に日に体制は整っていく。


 一二三は過去の経験もあって軍の編成を整えるのは慣れたものだ。兵士たちの顔と動きを見てさっさと配置を割り振り、訓練メニューまで作ってしまった。

 さらに忠誠心の高い兵士サカトを始めとしてサウジーネの護衛をする部隊を作り、要人警護に付いてのレクチャーまで行う。

 妙な服を着た、若いのに偉そうで女王とも親しく話す彼の存在は兵士の間でも謎の人物として話題になったが、逆らう者はいなかった。


 反乱を企てた騎士たちがどのような目に遭ったか、目撃して騎士の討伐に参加した兵士達からの話が広まっていたのだ。

「たった数日でここまで城内が落ち着くとは思いませんでした。……ただ、そろそろ弟であるゲコックが視察から戻るはずです。これからが本番と言えるでしょう」

 一二三を前にして、サウジーネは不安げに呟いた。


 病の床にある前王にはサウジーネにより監視が付けられ、治療師と身の回りの世話をする者以外は近づけない。それらの人員もサウジーネが雇った者たちに入れ替えられた。

 治療とは言うものの魔法で治る見込みはほぼ無く、ただ痛みを和らげるのみだ。サウジーネはこのまま死を待つつもりでいる。

 問題は、次期王のつもりでいる弟ゲコックの事だった。


「自分で始末をつけろよ」

「わかっています。私の指示で兵を動かし、帰着したところを城内で捕縛する予定です」

 捕縛、という言葉を使ったサウジーネに、一二三は真顔で目を向けた。

「おっしゃりたい事はわかります。ですが、いたずらに命を奪うだけが、やり方では……ありません」


 次第に声が小さくなっていき、サウジーネの視線は一二三からどんどん離れていった。

 黙ってそれを見ていた一二三に、彼女はかろうじて聞こえる程度の声で続ける。

「ちゃ、ちゃんと私が決めてやる事ですから、問題はありません。頼れる部下たちもいますから、うまくいくはずです」

「ふふっ」


 必死で言葉を並べていくが、そのどれもが自信なさげであるのを見て、一二三は思わず吹き出した。

「何をそんなに焦っているのか知らんが、俺はお前の敵である王弟とやらをどうこうするつもりは無い。俺の前に立って、ナイフの一本でも向けてきたら別だけどな」

 用意された茶を飲み、一二三は温くなった液体が喉を流れるのを感じながら、ちらちらと自分を見てくるサウジーネを見遣る。


 食事なども改善したそうだが、体形が数日でそうそう変わる訳でも無い。痩せ気味の長身が、背中を丸めて怯えている姿は、まるで草食動物のようだ。

「ここはお前の国だから、好きにすればいい。ただ、その結果発生する敵や味方にどう対応するかも、自分で決めなけりゃならんだけだ」

 ただ、今度の王弟帰着の件でサウジーネには気になる事が一つだけあった。


「一つだけ、お話を聞いていただけますか?」

 無言で座っている一二三の態度を了承したと考え、サウジーネは続ける。

「弟は城内に入り込んだ聖イメラリア教の勢力に完全に迎合している訳では無く、いざという時の為に対立が可能な戦力を探しているという噂があります」

 もし、一二三に匹敵するような戦力を連れ帰って来たとすれば、兵士達では対応できない。


「その時は、俺がやる。いや、金を払ってでもやりたいな」

「助かります!」

 サウジーネは一二三の手を取ろうとして、素早く手を引かれて柏手を打たされた。

「痛い……」

「遅い。そんなので俺を捕まえられるわけがないだろう」


 別に捕まえようとしたわけではないのに、と呟くサウジーネの前で、一二三は立ちあがってドアへと向かう。

「その時に呼べ。観察して楽しそうな相手が居たら参加する」

 それと、と一二三は振り向いた。

「またネズミが城に入り込んでたから始末したぞ。死体は中庭に捨てた。ゆっくり寝られるようにちゃんと掃除しろよ」


 一二三が言う“ネズミ”は侵入者の事だったのだが、サウジーネは「そんなに汚れてるのかしら」と首を傾げて、侍女に中庭の死体処理を頼んだ。

 見に行った侍女は、全身の関節を折られて苦悶の表情を浮かべる死体を見る羽目になる。


☆★☆


 ホーラント王城の体制変化は、内戦の前線にいる騎士達の背後を塞ぐ格好になった。

 侵攻停止と責任者の帰還を命じる書類が前線まで届けられたが、受け取った前線の将であるヴァラファール伯爵は一瞥して破り捨てた。

「これはどういう事か!」

 書類を届けた兵士は大喝されて萎縮しながら、王城の状況を伝えた。それがさらにヴァラファールの逆鱗に触れる。


「小娘が、借り物の王権を振りかざして馬鹿な真似を!」

 司令基地として接収したホテルのロビースペースにヴァラファールの声が響き、待機している騎士たちも緊張した面持ちを見せている。

 ヴァラファールは苛烈な性格で知られる将軍であり、家格も上位に位置する為にどのような無茶を言い出すかわかったものでは無い。


 自分に文句を言われても、と思いながら伝令の兵士は目を伏せて肩をすくめ、一時の災難が通り過ぎるのを待っていた。

「ゲコック殿下が戻るまでの間だろうが……」

 兵士は一二三の存在を知らなかった。どちらかと言えば排斥派の騎士に近しい立場にいたのもあって伝令に選ばれただけで、詳しい内部事情は知らない。


 ヴァラファールは無精ひげが伸びた顎を擦りながら考えた。

 このまま放置しておいても、兵士たちが相手であれば王子が連れている騎士たちだけでも対応できるであろうし、前線で雇い入れた新たな護衛もいる。

「だが、城には他にも騎士たちが居たはずだ。オーソングランデから来たあの連中もいる」

 いくら考えても、サウジーネや兵士たちが城を制圧するプロセスが想像できない。彼女の性格も含めて不可能だと考えられたからこそ、ゲコックも城を出る事を決めたのだから。


「迷っている場合ではないようですぞ?」

 怒り心頭のヴァラファールに、甲高い声が聞こえた。

 髭を撫でる手を止めた彼は、苦々しい顔を見せた。

「コソコソと隠れるような真似は嫌いだと言ったはずだ。姿を見せろ」

「これは失礼」


「うわあっ!?」

 突然背後から声が聞こえて、伝令の兵は思わず飛びのいた。

そこには、紺色に染められたボロボロの布で体中を巻いた、異様な姿をした人物がゆらりと立っていた。

「やはり“トカゲ”だったか。迷っている場合では無いとは、どういう意味だ?」

「ホーラント王城に詰めていた信教騎士が残らず殺されたようですな。貴国の騎士も、女王に反抗しようと集結した所で殺害されたようですぞ」


 耳に響く不快な声で齎された情報は、ヴァラファールにとって内容も不快なものだった。

「誰の仕業だ? 平民出の兵士どもでは、騎士の技量に対抗できようはずもない」

 将軍の質問に、トカゲと呼ばれた男はキリキリと妙な音を立てて笑った。

「オーソングランデから入った人物という話ですが……まだ正体はわかっておりませぬ。ただ、腕が立つのは間違いありませんな」


 トカゲは妙に細長い人差し指でヴァラファールを指した。

「殿下の護衛がどの程度かはわかりませんがね。将軍、貴方自身が動かなければならぬ状況ではありませんかな?」

「貴様らの同僚も負けたのであろう。お前も手を貸すべきではないか」

「ようがすとも」


 トカゲは頷き、ヴァラファールに向けていた指を横にいた兵士へと向けた。

「な、何を……」

 と、兵士が言い終わる前に人差し指が急速に伸び、その喉を貫く。

 気管を貫かれ、ヒューヒューと風の抜ける音を立てながら七転八倒する兵士をよそに、トカゲは言う。


「吾輩が思うに、そ奴は我々が狙っている人物かと。別働隊が別の町にて奴の連れを捕まえる事になっておりますのでね、たとえ強くとも弱みを握る用意は問題ないでしょうな」

 ホーラントの王城内にも、調査のための人員を潜り込ませたという。

「大した戦闘技能は有りませんが、気配を消して調査をするのに長けた男です。ほどなく正体もわかりますとも」


 足元で暴れていた兵士が事切れたのを見下ろし、トカゲは足を振るってその顔を蹴り飛ばした。

「仮初めの王が出した命令など聞く必要もありません。……我々聖イメラリア教の暗部がいる限り、ゲコック殿下が至尊の座につく運命は決まったも同然ですとも」


☆★☆


「暗部、ですか?」

「そういう組織があるそうです。ご存じありませんか?」

 オリガの問いかけに、プーセは首を横に振った。ヨハンナも知らないと話す。


 オリガ達はヨハンナ達が待つ町へと引き返してきた。

 冒険者たちに手伝ってもらい、捕縛したナイフ使いの男と町の代官を護送。さらにギルドと協力してヨハンナが滞在している町の代官も捕縛した。彼らは揃ってギルドへと運び込まれ、オリガの“調査”を受けた。

 そこで名前が出てきたのが、“聖イメラリア教の暗部”と呼ばれる組織だ。


 ヴィーネを襲ったナイフ使いは情報を吐く事無く死んだが、二つの町いずれの代官も、領主からその存在を聞かされ、協力するようにと命じられていたらしい。

 立ち会っていたギルド職員は肩をすくめた。

「つまるところ、ここの領主は排斥派に与する事を選び、おまけにイメラリア教に深く協力していたわけですね」

「とすると、再びギルドが怪しくなるのですが」


 オリガは職員を睨みつけた。

 ギルドは組織として横のつながりはそれなりにあるが、町にあるギルドごとに長がいて、基本的にそれぞれで動いている。

 町にある戦力を集められる組織である以上、余計な揉め事を起こさないように領主や代官とはある程度繋がりを持っているのは当然の帰結だった。


「残念ながら、私共は身の潔白を証明する物を持っておりませんね」

 ですが、と職員は少しだけ冷や汗をかいて言葉を続ける。

「ここの領主に対して攻勢に出られるというのであれば、最大限の協力をさせていただきますとも。それで私どもがオリガ様の敵では無く、ヨハンナ殿下を始めとした共生派の皆様と敵対する意思はない事を示す証明とさせて頂ければ……」


「領主に対して、ですか」

 オリガは冷ややかな目を向けた。

「では、聖イメラリア教に対してはどうです?」

「……聖イメラリア教は、厳密にいえば排斥派の組織というわけではありません。実際にヨハンナ殿下はイメラリア教の信徒であらせられますが、共生派の旗印となられるお方です」


 職員が言う事は本当で、純粋にイメラリアという聖女を信仰しているという意味で信徒と呼べるものは共生派の中にも多い。

 共生派の先鋒とされるトオノ伯爵も、イメラリアを尊敬する人物の一人として上げる。信徒と呼ばれる事に不満は無いだろう。

 だが、オリガが問題にしているのはそこでは無かった。


「ヨハンナ様ですら知らない裏の戦力が動いているという事は、聖イメラリア教の中枢が排斥派の都合で動いているのは間違いないでしょう。その連中と戦う事になるのです。それには協力できない、と」

「……申し訳ありませんが……」

 職員は重々しく口を開いた。


 宗教を敵に回すという事は、多くの信徒を敵に回すのも同然だ。

 たとえ狙うべき相手が宗教内の一部だとしても、聖イメラリア教の中枢が「教徒の敵だ」と認定すれば同じ事だ。

「冒険者の中にも依頼をする町の人々の中にも、多くの信者がおります。ここで当ギルドが聖イメラリア教の敵だと大っぴらに認定されてしまうのは不味いのです」


 暗部の連中はその存在を隠されている以上、返り討ちにした所で教会から文句が来る事は無い。そう言った汚い仕事をしていると知られる方が問題なのだ。

 だが、表立って対イメラリア教の方針をぶち上げてしまうと、今度は世間の敵になるのは対立した側になる。

「恐らくは領主を殺害してイメラリア教とのつながりを明確にしたとしても、教会側は知らぬ存ぜぬを通すでしょう」


 しばらく黙っていたオリガは、一旦宿に戻る事を提案した。

 ヨハンナが悔しそうな顔をして了承し、一同はギルドを後にする。

「何か方法は無いのかしら……?」

 ギルドが用意した馬車に乗り、宿までの道を行く間にヨハンナが呟く。


「方法はあります。信徒を敵と味方に分ける方法が」

 オリガがヨハンナの呟きに答えた。

 ヨハンナだけでなく、馬車の中にいるヴィーネやプーセの視線もオリガへ集まる。

「それにはヨハンナ様に覚悟を決めて頂く必要があるのですが……」


「聞かせて」

 ヨハンナは真剣な顔で答えを求めた。

「イメラリア様にしても、このように一二三様やオリガ様の邪魔をする組織をお認めにはなられないでしょう」

 現状を覆せるなら何でもやる、と意気込むヨハンナにオリガは一度ゆっくりと瞬きをしてから、口を開いた。


「宿でゆっくり内容を説明いたしますが……ヨハンナ様を中心とした宗教派閥をお作りになられると良いでしょう」

 そのためには、何としてもフィリニオン救出を急ぐ必要がある、とオリガは続けた。

「イメラリア様がご存命の時の事を知っている彼女に、現在の聖イメラリア教を否定させ、ヨハンナ様こそが後継にふさわしいと言わせるのです」


 共生派に属する信徒全てを削り取ってしまえば、残った連中だけを敵にする形になり、表立って避難する事も容易になる、とオリガは提案する。そしてその新しい宗派を纏めるのは聖女の血を引くヨハンナが適任だ。

「新たに追加される肩書は恐ろしく重い物になりますが……本当にやりますか?」

 念を押すオリガに、ヨハンナは固唾を飲み込み、深呼吸をして答えた。

「やるわ。オリガ様の提案に賛成する」

お読みいただきましてありがとうございます。

次回もよろしくお願いします。

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