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49.乱闘は誰がために

49話目です。

よろしくお願いします。

 一二三は、実際に為政者側に立って実感したことがある。

 教科書で学んだことではなく生の経験で初めて知ったことだが、身分が高い者ほど理想に固執し、一般市民は現実の生活を第一に考える。

 領主が変わっても、大概の場合は平民にとっては税を持って行く偉い人の顔と名前が変わるだけで、彼らの生活は何も変わらない。


 良い変革があれば歓迎されるのだろうが、身分が明確な封建社会において、下層の者たちが恩恵を受ける事はほとんど無いに等しい。

 当たり前の話だが、法を定めるのが一部の上位者である以上、上位者たちの都合だけで物事は決まる。

「だから、ここにいるのは騎士だけで兵士は集まって無いわけだ」


 改めて納得した、と一二三はホーラントの城の近隣で集結している者たちを前にして大きく頷いた。人数は三十人程か。

「貴様、城内で信教騎士を弑した男だな。この人数を相手にたった一人で来て、何が出来ると言うのか」

 一人の騎士が、鎧で固めた身体でのっしのっしと一二三の前に来て、良く通る声で芝居のようなセリフを吐く。


「何もできないと思うだろう? だからお前たち貴族はどこかで躓く。足元が崩れ始めているのに気付かない。自分たちに危険は来ないと思い、誰も歯向かう事などあり得ないと思う」

 腰の刀に左手を当て、コツコツと柄頭を指で叩きながら一二三は集団へと近付いていく。

 一部はオーソングランデから来た信教騎士のようだが、大半はホーラントの騎士だろう。


「現実を見ろ。お前たちは自分たちが操れると思った女王に追い出されたんだぞ? 飼い犬だと思ったら、強かに手を噛まれた。慌てて逃げてきたところで、腹が立ってきて“罰”を与えてやろうとでも思っているんだろう」

 先ほど口を開いた騎士の真正面に立ち、一二三は十五センチ以上背の高い騎士の顔を下から見上げた。


「我々が国の為に立ち上がるのを嗤うか、下郎めが」

「いやいや、俺は大歓迎だぞ。勘違いしちゃいけない」

 一二三は、力のない平民たちと戦いたいとはまったく考えていない。

「信念でも忠義でも野望でも何でも良いんだが、戦う意志と技術がある連中がいて、ちゃんと暴走してくれるからこの世界が楽しいんだよ」


「貴様……!」

 自分より背の低い男を前にしながら、騎士は巨人を前にしているかのような緊張感に襲われていた。

 目の前にいる男は、死を背負ってそこにいる。

「……狂人め! 悠久の歴史がある我が国を内部から浸食しようと企むばかりか、我らを愚弄するか!」


 怒号と共に剣を抜いた騎士は、そのまま身体を震わせて剣を落とした。

 白刃が見えた瞬間、一二三の左腕が相手の襟を引き寄せ、同時に腰から逆手に抜かれた刀が騎士の喉へと食い込んでいる。

 ごぼ、と泡立つ血が流れていく。

 死への恐怖と想定外の攻撃による驚愕が入り混じった瞳は、次第に光を失って行った。


「さて、始まったぞ」

 騎士の身体を放り捨て、一二三は刀をくるりと回して順手に持ち直した。

「貴族としての意地。地位の保持。国家の安堵。持っている武器にどんな飾りを付けていても、振り回すそれの本質は相手を殺す物だと知れ」

 このように、とさらに近くの騎士が剣を抜いて近づいて来たところを、振りかぶる間もなく顔面を貫いて殺す。


「全員でかかる! この男さえ死ねば後は兵士どもだけだ!」

「どうして兵士がお前たちより弱いと決めてかかってるのか知らないが、頑張ってくれると俺も嬉しい」

 殺到、という言葉が良く似合う形で戦闘は開始された。


 ホーラントの騎士は正式装備が槍と剣両方あるらしく、それぞれに得意な方を握りしめている。

 掬い上げるように懐を狙う槍先を踏みつけた一二三は、さらに一歩踏み込んで槍を踏みつけて手放させ、無手になった手を掴んで引き寄せ、別方向からの剣戟に対する盾に使う。

「あっ!?」


 盾にされた騎士は兜のおかげで死にはしなかったが、激しい衝撃に気を失い、目を覚ますことなく一二三の刀で喉を裂かれた。

 味方を殴打した事で思わず剣を引いてしまった騎士は、目の前で仲間が殺された事に怒りを覚えたが、周囲の仲間を確認するまでは腕を動かす事が動かなかった。

「連携に関しては、兵士たちの方がまだマシだな」


「うおっ……ぐ、ぶふぅ……」

 鎧の隙間から刀に腹を貫かれ、口から血反吐を吐きながらも騎士は刀を掴んでそれ以上刺さらないようにと必死で押える。すでに腰から切っ先が見えているが、とにかくそれ以上刺さらなければ、と理屈の無い焦りに背中を押されているようだ。

「おっと」


 背後に回り込まれた一二三は、突き刺した騎士を押し込むようにして前に進む。

 ぐいぐいと刀が揺れる痛みに歯を食いしばりながらも、騎士は鈨元を両手でしっかりと掴んでいる。手甲と刃が擦れ、不協和音が響いた。

「そんなに気に入ったなら、しばらく預かってろ」

 そう呟いた一二三に足を掛けられて転倒した騎士は、その勢いのまま押し込まれた刀で地面に串刺しにされた。


 刀を手放した一二三を見て、好機と見た残りの敵が殺到する。

 剣が何本もまとめて頭上に迫り、隙間を縫うように槍の穂先が突き出された。

 一二三は危機にこそ立ち止まらない事の重要さを知っている。稽古中、五人や十人に囲まれて木刀や杖で同時に打ち込まれる“多人数がけ”を何度もやったのを思い出す。

木刀で強か頭を叩かれた事もある。杖先が危うく眼球を潰すかというで辛うじて躱し、鼻の骨を折った時は、酷く痛い思いをした。


 虐待にも等しい訓練だったが、一二三は乗り越えてここに立っている。そして実戦にて技を振るう機会を得たのだ。これほど嬉しい事は無い。

「ここだな」

 至近にある槍の穂先、その一つへと素手による平手打ちを食らわせて道を作ると、同時に踊る様に身体を回転させながら敵と敵の間に入り込む。


 ガシャン、と剣と槍が交差する。

 騎士たちが予想した、膾のように切り刻まれた敵の姿はそこに無い。敵を見失って騎士たちが狼狽えている間に、犠牲者は増え続ける。

 槍を叩かれた騎士は一二三に股間を蹴り上げられて槍を落とし、立て続けに口の中へとつま先を叩きこまれる形で蹴り上げられた。


 折れた前歯を吹きだしながら倒れる敵を放って、一二三はさらに両脇にいる剣を持った騎士の腰を背後から軽く引いた。

「うわっ!?」

「おおっ!」

 二人同時に尻餅をついたところで、一人は兜ごと頭を掴まれて頸椎を折られ、もう一人は横から猛烈な勢いで顎を蹴られて、同じく首を折られた。


 包囲が崩れ、外側に出た一二三から見れば隊列を乱して混乱している騎士たちは隙だらけだ。素手であろうと殺すに苦労しない。

 と、踏み出そうとした足を引き、軽く引いた一二三の顔の前を、見覚えのある金属板が通り過ぎ行く。

「手裏剣まで伝わっていたのか。カイムかヴァイヤーかわからんが、感心感心」


 投擲したのはオーソングランデから来た信教騎士の一人だ。

 彼らは四人と少人数だが、ホーラントの騎士たちに混じらず冷静に集団の外から観察していた。

 ホーラント騎士へと再び攻勢へ出ようとした一二三を見て好機と考えたようだが、歯を食いしばっている顔を見るに、相当悔しいようだ。


「手裏剣は所詮、牽制用の武器だ。我々の本来の実力を示すための武器はそれでは無いだろう」

 仲間を諌めて前に出た信教騎士は右手にサーベルを持ち拳銃を左手に掴むと、腕で顎を隠すようにして左八相でサーベルを構え、拳銃を腰だめに構えた。

 恐ろしく変則的な構えだが、一二三が見るに相当に“慣れて馴染んだ姿勢を取っている”雰囲気だ。その構えから近づけば斜めに斬り下ろす一撃が奔り、避けたとしても銃撃がくるだろう。


 他の三人も、同様にサーベルと拳銃を持ち、拳銃を左腰に添えるように構えたままでサーベルを腰から突きを出す姿勢に構えたり、大上段に掲げて構えたりとそれぞれに姿勢を定めた。

「面白い!」

 拍手を送りながら、一二三は声を上げてはしゃいだ。


「それがお前たちの本気というわけだ。良いな、とても良い。独自の進化があって当たり前なんだよ。いやあ、嬉しいな。楽しいな」

 じゃあ、後はお前たちの実力は如何程か、だ。

 そういうと、混乱の最中さなかにあるホーラント騎士たちを放って、一二三は素手のまま軽い足取りで信教騎士たちへと近付いていく。


「きえぃ!」

 甲高い声を上げて、八相に構えた騎士は一二三の首筋を狙ってサーベルを叩きつける。

 だが、急に速度を上げた一二三の身体は剣線の下をするりと抜けている。左八相では、左横にぴったりと張り付いた相手を斬る事は出来ない。

「ならば、これで死ねい!」


 叫び声と共に左手で引き金を引く。

 原始的なフリントロック式の拳銃から、黒色火薬で弾き飛ばされた弾丸が到達したのは、射撃した本人の脇腹だった。

 至近距離で放たれた弾丸は肉体を貫き、骨盤までめり込む。

「うあああああ!?」


 前から腕を組むように搦めて銃口の向きを変えた一二三は、想像以上にこの世界の拳銃が高い威力を誇る事に肩をすくめた。

「おう、こわい、こわい」

 言っている間に、一人の騎士が突進と共に突きと射撃を同時に放った。

 狙いが判りやすい、と一二三が大きく横へ飛んで避けると、そこへ脳天を狙う大上段からの一撃が降りかかる。


 前に出た一二三は、サーベルの刃を避けて握りの部分を肩の筋肉で受け止めた。

 衝撃でサーベルを手放した騎士は、息がかかる程近くに来た一二三の腹に、銃口を押し付けている。

 だが、引き金を引いても敵の腹に穴を開けるはずの弾丸が出ない。

「これが無いと、弾が出ないんだろう?」


 これまで数回、射撃の動きを見てきた一二三は拳銃の構造を把握していた。原始的な構造の拳銃は、引き金を引くと火打石が仕込まれたハンマーがマッチのように板と擦り合わされて発火し、開いた火皿の火薬に着火する。その火薬の爆発で弾丸を発射する仕組みだ。

 真正面から騎士にぶつかった時、一二三の右手はその火打石付きのハンマーを正拳突きのような恰好で毟り取っていた。


「なんという事を……」

 騎士が破壊された拳銃をわなわなと震えながら見ている間に、その視界の外で一二三の左手が闇魔法収納の中から脇差を取り出し、相手を抱きすくめるようにして腰の後ろから鎧の隙間にずぶりと突き刺した。

 痛みに痙攣する騎士の身体を押えたまま、刃を横に引いていく。腰椎も隙間を縫って切断していくと、夥しい血が一二三の左手を濡らして地面へと広がった。


 数度の痙攣の後に騎士は死に、一二三の腕から解放されると、自らの血の海に沈む。

「ふぅ……」

 満足げに息を吐きながら脇差を見る。大昔にアリッサへと渡した物と同じくドワーフのプルフラスが作った一品だが、固い背骨にあたった事で、やや刃こぼれが出来ている。

「まあ、あの刀ほど頑丈じゃないからな。これが普通なんだ」


 まだ使えると判断し、右手に持ち替えた脇差を逆手になる様にくるりと回す。

「後二人。こいつで相手してやろう」

 直後に銃声が響いたが、すでに一二三は移動している。

「おのれ!」


 信教騎士全員が銃を撃ってしまったため、強制的に接近戦が始まる。

 ホーラントの騎士たちも銃を持つ者がいたが、動き回る一二三に対応するために、止まる事無くサーベルを振るう二人の騎士への誤射を恐れて、撃つに撃てない。

「おおお!」

「銃が無い方が強いんじゃないか?」


 呆れたように一二三が言う通り、二人の信教騎士が振るうサーベルは速かったし、息の合った連係が出来ていた。

 腰の高さから伸びてくる突きは視認しづらく、避けたところをもう一人が横を通り過ぎながら横なぎに切りつけてくる。

 避けにくい連携だ。


 脇差で斬り払いを止めながら、突きに対しては身体を開いて避ける。

「ふぬっ!」

 突きから胸への切り払いへの変化を付けてくるが、それよりも早く一二三の左手が顔面を押えていた。

 額を押さえつけられ、無理やり仰向けになった身体は圧力に耐えられない。首と腰から鈍い音を響かせ、騎士は膝からくずおれた。


 残った騎士は振り向きざまに三合ほど一二三と剣を打ち合い、四度目の一撃で脇差を叩き折る事が出来た。

 だが、同時にサーベルも中ほどから折れる。

 騎士は折れた先を叩きつけようと大きく踏み込みながら振りかぶったが、さっさと脇差を放り捨てた一二三の方が速かった。


 振り上げた腕を下から掬い上げられ、そのまま後ろ向きに転倒させられた騎士は、左手で殴りつけようとしたが、今度はその腕を取られてぐるりと仰向けにされてしまった。

 左手は捻り上げられ、関節の可動限界で一二三の膝が当てられて固定される。

「ぐっ……うぬぅ……」

 片腕だけの固定。しかも膝が当たっているだけだというのに、騎士は動く事が出来ない。


「人間の身体は頑丈だけど脆い。力強さも速さも大事だが、生き物がどうやって動いているか。これも知るべきだな。そこからまた、強くなれる」

「おのれ……だが、俺もまだまだ強くなれるのだ。いずれ……」

「馬鹿かお前は」

 呆れたと言いながら一二三は膝に軽く体重をかけて肩を外し、悲鳴を上げる騎士の首を踏んで頸椎をへし折った。


「真剣勝負で“次”を語るなよ」

 さて、と怯えているホーラント兵士を一瞥し、一二三は反対側へと顔を向けた。

 そこでは、ホーラントの兵士達が遠巻きに一二三の戦いを見ている。彼らは一二三の手招きに応じて恐る恐る近づいてきた。


 一様に、興奮した様子であり、ギラギラした目で騎士たちを睨みつけている。

 彼らは全員が、騎士たちに対して不満や復讐心を持つ身分の低い平民出身の兵士達だ。

「手本は終わりだ。鎧の無い所をしっかり狙って差し込め。叩く必要は無い。慎重に目星を付けて丁寧に一人一人、殺せ」

 重い鎧を着て一二三との戦闘に参加し、味方の無惨な死を目にした騎士たちは、体力も気力も残っていなかった。


「腹が減った。城に戻って何か食うかね」

 殺しあう者たちを見遣ってから、一二三は自分の刀を回収する。

 土台にされた騎士は、失血でとうに事切れていた。

お読みいただきましてありがとうございます。

次回もよろしくお願いします。

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