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48/204

48.辿る先には

48話目です。

よろしくお願いします。

 地面を蹴って、跳ねているかのような走り方で迫りくるヴィーネに対し、敵はナイフを三本同時に投擲して足止めを狙った。

「真正面なら、当たりません!」

 身体に当たるコースだった二本を叩き落としながら走りくるヴィーネに、敵はさらに二本のナイフを放つ。


「二度も! ……って、あれ?」

 手早く叩き落としたのだが、直後に腕回りに絡みつくような感触を覚えたヴィーネは、腕の下にナイフがぶら下がっている事に気付いた。

「えっ? どういう……痛い!」

 状況が掴めないまま、腕を振ってナイフを振り払おうとするが、突然腕に痛みが走った。


「い、糸……?」

 ナイフとナイフの間に細い糸が渡され、腕に絡みついたそれは金属製で鋭く研がれているらしく、皮膚を破って深く食い込んでいた。

 足を止めてナイフと糸を取ろうと格闘する間にも、さらに追撃が飛んでくる。


 飛来するナイフを見ても、細い糸の存在は確認できない。

 ヴィーネは仕方なく回避を選択するが、狭い路地で隠れる場所は存在せず、ひたすら左右に動くしかない。一本のナイフが脇腹を掠り、シャツを裂いた。

「ああ、もうっ!」

 ようやく糸から解放されたヴィーネは、壁を蹴って追加のナイフ攻撃を避けていく。


「ふぅーっ!」

 威嚇するかのように熱い息を吐き、敵を睨んだヴィーネは、裂け目からシャツの裾を破り、血が流れる腕にきつく巻きつけた。

「流石ハ兎だナ。良く飛び回ル」

「そんな事より、シャツを弁償してもらいますよ。ご主人様からもらったお小遣いで買ったのに……」


「心配せずトモ、その男とはアノ世であえルぞ!」

 投擲ではらちが明かないと考えたのか、ナイフの数が残り少ないのか、敵も接近戦を選んだようだ。

 互いに早足で歩み寄る。

「このっ!」

「ヒャアッ!」


 甲高い声で敵が右手に掴んで突き出したのは、やはりナイフだった。

 リーチは短いが小さくて動きの速い攻撃は捌き辛い。ヴィーネは逆手に持った釵の根元あたりを使って、ガンガンと音を立てて乱暴に攻撃を振り払う。

「ヒヒ……」

 小さく笑いを洩らした敵は、ひょい、と持っていたナイフをヴィーネの目の前に放り投げた。


「ふえ?」

 顔を狙ったわけでもないらしく、目の前でくるくると回るナイフに一瞬だけ気を取られた瞬間、腹部にチクリと感触を感じた。

 本能的に危機を感じたヴィーネの腕が、痛みを感じたあたりを横殴りに釵で振り払いながら、身体を引く。


「ヒヒヒ……ナイフが残り一本ダと思ッタか?」

 痛いというより熱いと感じる腹部にヴィーネが触れると、ぬるりとした感触が指に当たる。

 浅い傷だが、じくじくと広がる痛みは確実に彼女の動きを鈍らせた。

「……このくらいの傷、日常茶飯事です」


「強がりヲ……ナニぃ!?」

 男の目の前で、ヴィーネの傷がみるみるうちに治っていく。腹の傷も、腕の傷も端からまるで縫い合わされるように塞がり、流れていた血は止まった。

「魔法ダと……獣人のくせに!」


「獣人だって!」

 いきり立ってナイフを振るってきた敵に対して、ヴィーネは冷静に釵で攻撃を弾いていく。

「人間とも魔人族ともエルフとも同じ事ができるはずなんです!」

 叫び声と共に敵に叩き込んだのは、釵の攻撃では無かった。

 バネを活かした強烈な後ろ回し蹴りに胸部を叩かれ、敵は声も上げられずに石造りの壁に叩きつけられた。


「……ぐえッ! ガハっ……!」

 地面に這いつくばりながら、敵は血反吐を吐いた。

「その服の下……まだナイフを持っているんですか」

 ため息交じりにヴィーネは咳き込む敵を見下ろす。胸を蹴り込んだ感触で、ポンチョの下にいくつものナイフがあると分かった。


 今、互いの距離は近いが、ナイフが届く距離では無い。充分に相手を観察し、即応できるように構えている。

「はァ……舐メてかかっテたか……! 間違いナイ。あんタはプロだ……」

 フラフラと立ち上がろうとする敵を足で踏みつけ、ヴィーネは釵の切っ先でポンチョを切り裂き、そのまま引っかけて遠くへと放り捨てた。


 ガチャン、と大量のナイフが打ち合う音がする。

「参っタ……もうこっチハ丸腰だ。勘弁しテくレ……」

 痩せた身体でもがいている男から足を離し、ヴィーネは釵を腰へ戻した。

「この襲撃は、グネの町での件がらみですね。誰かの差し金ですか? なぜこんな事を?」


「あ、あア……話すよ。ちょっト待ッてくれ……まッタく、いてェな……」

 ゆらりと立ち上がった男は、顔を顰めて薄い服に包まれた胸をおさえた。

「あんタは大シた腕だよ……だが甘イナ!」

 胸を押えていた手を握りしめると、引きちぎった布ごと握られたナイフが突き出される。


「……甘いのは、あなたの方です」

「う……ア……?」

 ナイフはヴィーネに届かなかった。

 踏み込み、近づいたはずの身体が、ヴィーネから離れていた。


「言ったはずです。人間にできる事は、獣人にもできると」

 足元を見た男は、自分が投げた糸付きのナイフが突き刺さっているのを見つけた。糸は、がっちりと足首に巻きつき、食い込んでいる。

「同情しますよ。奥様の尋問は過激ですから」

 釵の柄頭で殴りつけられ、男は気を失った。


☆★☆


「あまり動けないというのも、ストレスが溜まりますね。お腹の子に良くありません」

「ハハ……ソウデスネ……」

 オリガの言葉に、アモンは乾いた笑いを浮かべながら返事を絞り出した。

 共に踏み込んだ邸宅にいた者たちは、一人を残して全員が切り刻まれ、人の形を失った状態で死んでいる。オリガがほとんど一人で作り出した凄惨な光景を前にして、意識を保って立っていられるだけ自分を褒めたい、とアモンは思った。


 自分のミスから始まった惨劇だが、敵に同情はしない。

 店主を尾行したアモンは店主が入った妙に豪奢な邸宅を確認して、連絡に走ったところを逆につけられた。

 だが、敵はアモンの行き先で地獄を見る事になる。

「丁度良いですね。確認作業をしましょう」


 風魔法で足を切断された男は、最後は余計な事まで口走って止めを刺してくれと懇願し、結果として願いは聞き届けられた。

「店主が入った建物が、依頼人の家で間違いないようですね。彼は単なるチンピラで、大した情報は持っていませんでした」

 しっかりと手を洗い、ハンカチを出して手を拭う姿だけを見れば、若奥様が料理を終えた姿に見えなくもない。


 料理されたモノが何かを知っているアモンと冒険者たちは、青い顔をしてオリガの命令を待っていた。

「アモンさん」

「は、はい……」

「何を腑抜けた返事をしているのですか。すぐにその建物に案内してください」

 襲撃は静かに、貴婦人の訪問のように始まった。


 二台の馬車が、一軒の邸宅の前で停まる。

 広い前庭を持つ邸宅には高い塀と立派な門が有り、門番として二人の男が槍を持って立っていた。油断なく周囲を見回しているあたり、彼らがアモンを見つけたのかも知れない。

「失礼ですが、ご訪問のお約束を聞いておりませんので」

 前の馬車から下りてきたオリガを見て、門番は丁寧だがきっぱりと言う。


「それはそうでしょう。約束などしておりませんから。こちらは誰のお屋敷ですか?」

「はぁ……? あの、一体何を言っておられるのですか?」

 屋敷の持ち主を知らずに来たのか、と呆れを含んだ質問を返した番兵は、後ろの馬車から武装した男たちが次々と降りてくるのを見て目を見開いた。

「え、て、敵襲!?」


「静かに」

 鉄扇を一振りし、叫び声を上げた番兵の顎を打ち抜いたオリガは、そのままもう一人も気絶させた。

「すげぇ腕だ……」

「感心してないで、誰かここの事を知っているなら教えてください」


 冒険者たちは顔を見合わせ、異口同音に答えた。

「ここは、この町の代官の屋敷ですぜ」

「代官……」

 と言う事は、その上にいる領主の指示であるとすれば、同じ領内であるグネでの襲撃も町ぐるみの可能性が高い、とオリガはため息を吐いた。町をオリガ達が出入りした事も簡単にわかるだろうし、兵士たちを使えば監視や伝達も容易だ。


「入りましょう……門の向こうに二人いますから、気を付けて」

 何故わかるのか、と冒険者の一人が木製の門扉をゆっくりを開くと、その隙間から突き出された槍を胸に受けて転倒した。

「この!」

 仲間をやられて激高した冒険者たちが扉に体当たりするようにして突入すると、庭での乱闘が始まる。


「アモンさん。私たちは中へ」

「て、手伝わなくてよいのでしょうか」

「この程度の兵士、しかも少数の相手に手古摺るようであれば、居ても居なくても同じです」

 折角注意したのに、と言いながら、四対二の乱闘が続く前庭を悠々と歩いていく。

 気付いた兵士が止めようとするが、冒険者がしっかりと足止めしていた。


 玄関の前に来たところで騒ぎを聞きつけた兵士が三人ほど飛び出してきたが、前から順番に風魔法で切り刻まれて、玄関前を血で汚しただけだった。

「……大きな暖炉がある部屋が右にありますね。そこに一人で座っている人物がいます。恐らくはそれが代官でしょう」

 風魔法による探知に引っかかった場所を目指して、オリガはヒールの音を響かせながら歩く。


 途中で数名の使用人とすれ違うが、誰もが護衛付きで訪れた貴族令嬢だと思い、恭しく礼をして道を譲る。

「ありがとう」

 にっこりと笑いながら、オリガは彼女たちに優しく声をかけた。

「少し騒がしくなりますから、裏からそっとお逃げなさい」


 談話室へ向かうオリガとアモンの姿を見送った使用人たちはお互いに相談し、その間に家の前での乱闘に気付いて言われた通りに逃げ出した。

「あとは兵士が何人か建物の中を歩き回っていますけれど、後で処分すれば良いでしょう」

 目的の部屋へとたどり着いたオリガは、ためらうことなく扉を開いた。


「誰だ?」

 ゆったりとしたガウンを着て足を延ばしリラックスしてた体勢で、酒を飲んでいたらしい上気した顔を向けてきた肥えた男は、口髭を歪めてオリガを睨みつけた。

 対して、オリガは極めて冷ややかな目を向けている。

「敵襲です。少しは危機感を持ちなさい」


 するすると歩いて近づいたオリガは、男が持っていた木のカップを鉄扇で払い飛ばした。

 壁に当たったカップが、欠けて床に転がる。

「この町の代官ですね?」

「知っていてこの狼藉か。お前は一体何を……」


「失礼でしょう。足を下ろしなさい」

 質問を遮ったオリガは、フットレストを使って目の前に伸ばされていた膝を鉄扇で叩き折った。

「……ぎゃあぁあああ!」

 男は左ひざがありえない方向に曲がっているのを見てから、一拍置いて叫び声を上げた。


 そしてそのまま捕縛され、叫び声に駆け付けてきた兵士が片っ端からオリガに殺されて、あっさりと屋敷の制圧は終了した。

「さて」

 代官を縛り上げ、見張りを付けて別室に押し込めたオリガは、戦闘を終えて屋敷に入ってきた冒険者と、青い顔をしているアモンに向き直った。


「屋敷を調べましょう。恐らくは、ここを納める貴族からの指示があったはずです。証拠を探します」

「わかりました!」

 蜘蛛の子を散らすように駆け足で屋敷中に分散した冒険者たちに、オリガは満足げに頷いた。


☆★☆


 ホーラントの城内を、一気に変革の風が吹き荒れた。

 サウジーネの命で多くの兵士が城に押し込み、彼女の周りを固めたかと思うと、役職を持つ貴族や文官、果ては侍女などの使用人たちに至るまで、サウジーネの前に来て忠誠を誓うようにと命じられた。

 反発して城を去る者も多かったが、放逐はされても害される事は無かった。


 だが、だからと言ってサウジーネを軽く見る雰囲気は残らなかった。

 忠誠の為に呼び出された者たちは、無惨に打ち捨てられた信教騎士たちの死体を横目にしながら、女王に仕えるのかを問われたのだ。

 言葉では「従わぬなら去れ」と言われるのみだが、反発すればどうなるかの見本を見せつけられては、誰もが怯えて首を縦に振る他無かった。


 最後の一人が忠誠を誓い、恐々と死体を見ながら応接室を去ったあと、サウジーネは椅子から転げ落ちるような勢いでうなだれた。

「……これで良かったのでしょうか?」

 思わず一二三の囁きに頷いてしまったが、未だにそれが正しかったかどうか、彼女は自信が持てなかった。


 テスペシウスは城内にある政治犯向けの独房へと放り込んだ。処分はサウジーネが決めねばならないのだが、今は保留にしている。

「思ったより多くの文官たちが城に残りましたが……。大丈夫ですか、陛下」

 補佐をしていた兵士が声をかける。一二三を城に案内した人物で、今回の“選別”に際して立ち会い、その態度や言動について事細かに記録していく役を引き受けていた。そういった人物観察は、王都や国境の警備任務でなれている。


 サカトという名の兵士は、まとめた記録を捲りながら言葉を続けた。

「貴族は多くが離脱しましたが……城内での運営などには大きな支障は出ないかと」

「そうですか。不幸中の幸いですね」

 とはいえ、これでオーソングランデとの対立は決定的なものとなる。内戦に苦しんでいる状態でさらに外敵にすら対応しなければならない状況で、城内の人員すらギリギリと言うのは笑うに笑えない。


「ですが、これで陛下も名実ともに女王となられました。正直に申しまして、私を含めて兵士たちは喜んでおります」

 その兵士達にこれから先、苦難を与えなければならぬと思うと、サウジーネの心は重くなる。

「そう言えば、いつの間にか姿がありませんでしたが、一二三様は何をされておいでなのですか?」


 サウジーネの質問に、サカトは少し迷ったが、結局は隠すわけにはいかないと口を開いた。

「その……一部の貴族が反発しており、城外で兵を集め始めたという情報がありまして」

 報告に来た兵が、忙しそうなサカトに遠慮して入室を躊躇している所を一二三に捕まったらしく、話を聞いた一二三が喜び勇んで向かったらしい。


「大変ではありませんか! すぐに援軍を!」

「いえ、騒動は既に終わっております。私も先ほどの一時的に手が空いた時に聞いたのですが……反発した貴族諸共、彼らに協力した騎士や兵士も悉く殺害されたとの事です」

 立ち上がっていた細い身体を、再び椅子の上へと戻したサウジーネは、暗い顔でつぶやいた。


「私は、選択を誤ったのでしょうか?」

 聞こえてはいたが、サカトは答えを持ち合わせていなかった。

それは、今後の歴史で確かめるしかないのだから。

お読みいただきましてありがとうございます。

次回もよろしくお願いします。


※4日より新作『人間不信の貴公子~記憶だけが異世界へ~』を開始いたしました。

 よろしければ、こちらもよろしくお願いいたします。

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