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47.ささやき

あけましておめでとうございます。

旧年中は格別のご愛顧を賜り、誠にありがとうございました。

本年も、何卒よろしくお願い申し上げます。


お休みさせていただきまして、ありがとうございます。

お待たせして申し訳ありません。47話目です。

よろしくお願いします。

 正式名称では無いが“信教騎士団”と呼ばれる、聖イメラリア教関連の司祭や施設を守る騎士たちは、その多くが城詰めの騎士たちとは別だ。

 一部王城から派遣された者がいるのみで、残りは貴族階級から自発的あるいは親から命じられてイメラリア教へと協力する為に参加した者と教会が雇い入れた者がほとんどとなっている。


 この信教騎士団は、総じて強い。

 イメラリアがヴァイヤーを中心に据えて推し進めた尚武の気風が色濃く残っているためでもあるが、それもイメラリア教の中枢にいる者たちの狙いだった。

 自分たちを守るための戦力を育て、保持するためにヴァイヤーが作り上げた訓練のためのノウハウを利用したのだ。


 そのヴァイヤーは、一二三と出会った事でショックを受けて、今までの剣術を完全に捨てて訓練をしたという経緯があるのだが、その辺りまでは伝えられていない。

 どちらかと言えば、血筋であるメンディスの方がヴァイヤーの意思を良く継いでいる。だからこそ、メンディスは一二三の技をある程度知っているから勝てると考えていたのだが、一二三もヴァイヤーに全てを伝えたわけでもない。


 信教騎士団は、ヴァイヤーが作ったノウハウに沿って訓練した者が多い。

 つまり、一二三の弟子の弟子の弟子あたりになるのだが……。

「お飾りの武器か、それは?」

 サーベルを叩き折られた三人の騎士たちは、中央の男を最初に殺され、驚いている間に残り二人も惨殺された。


 残り二人の騎士が部屋へと乗り込んでくる。

 彼らは多少なり冷静なようで、サーベルを抜いて仲間の死体を踏み越えるようにして一二三に近づきながら、視線を外そうとはしない。

「恰好だけでは無い。呼吸を合わせていくぞ」

「わかった」


 互いに小さく声を掛け合いながら、邪魔にならない程度左右に離れて、一二三を挟み撃ちにする形を取った。

 刀をだらりと下におろしたまま、一二三は騎士二人に対して向かう事無く、ただ前に踏み出した。

 その背後を、風を切って二本のサーベルが通り過ぎる。


「うぬっ! ちょこまかと!」

 今度は一二三が後ろ向きに一歩だけ下がる。

 歩く様な速度だが、完全にタイミングを外された二人の騎士の攻撃は、再び空振りに終わった。

「速度は悪くない。サーベルの利点を良く生かしている、と思う」


 だが、と一二三は峰打ちで刀を振るい、目の前に交差した二本のサーベルを纏めて叩き落とした。

 無手になった騎士たちは、先ほどの連中とは違い、すぐに腰にある銃に手をかけた。

「良いのか? 跳弾がテスペシウスや女王に当たるかも知れないぞ?」

 一人は躊躇ったが、もう一人はすぐに銃口を一二三へと向ける。


「……この距離で外すものか」

 つられて、迷っていた方も銃を抜いた。少しだけ位置をずれて、互いの弾が当たらないようにと移動する。

 形状からして、それが今まで見た物と同じ原始的な単発型の拳銃であると見抜いた一二三は、刀を正眼に構えて、大胆にも一人に対して真正面を向いた。


「貴様……!」

 挑発とも取れる行動に、後ろから怒りの声が漏れる。

「私の弾が当たらないとでも……」

 言葉は途中で終わる。

 騎士が引き金を引くより先、狙いを付けた瞬間に、一二三は足を引き、身体の回転と共に騎士の身体を腰から両断したのだ。


 美しい舞のようですらある斬撃は、その挙動の美麗さとは裏腹に凄惨な結果を残す。

 悲鳴すらあげられず、驚愕の表情のままで死体となった同僚を見て、残った騎士は引き金を引いていた。

 だが、碌に狙いも付けていない銃撃に対し、回転しながらもしっかりと観察を続けていた一二三の目は、弾丸が向かう方向を正確に確認している。


「はずれだな」

「うっ……ぐぁ……」

 血煙を背景に迫った一二三の攻撃は、突きだった。

 銃撃の為に突き出していた腕。鎧に守られていない脇部分から首の横へと貫かれた刀は、すぐに引き抜かれ、夥しい血が撒き散らされた。


 目から光を失い、崩れていく騎士の姿を一二三は見下ろす。

「銃撃は難しい。お前の失敗は部屋に入ってきた事だ。壁の向こうから撃つべきだった」

 だが、一二三は刀を納めながら笑っている。

「サーベルを失っても、戦いを諦めなかった時の目は良かった。そういう奴と、また戦いたいな」


 残っているテスペシウスに、一二三は興味が無かった。

 廊下の壁にもたれかかったまま恐怖に慄いている姿は、とてもじゃないが戦えるようには見えなかったし、道を塞いでいたから蹴り押したが、今は邪魔をする様子も無い。

 それよりも、問題はサウジーネの方だった。


「おええええ……」

 咽るような血の臭いと惨殺体に耐えられなかったのだろう。高価な壺らしきものにしがみつき、胃の中の物を吐き戻していた。

「やれやれ……」

 どうやらこういった荒事には全く免疫が無いらしい。


「陛下、大丈夫ですか?」

 心配そうに寄り添う兵士の横で、頷きながらも唾を吐いているサウジーネは、すっかり髪が乱れて、無惨な姿だった。

 女王がようやく顔を上げた時、目の前に一二三がいた。

 悠然と見下ろしている堂々とした姿に比べ、着飾りながらも床に這いつくばっている姿の自分を比べて、サウジーネは恥ずかしさに頬が熱くなる。


 そして、同時にサウジーネは一二三が怖くて仕方が無かった。

 恐ろしい相手だと思っていた信教騎士たちを、いとも簡単に惨殺した彼が、とてもじゃないが英雄や単なる冒険者には見えなかった。

 何かを一歩間違えばすぐに自分も騎士と同じようになるのだと思うと、それだけでも胃が裏返るような緊張を感じる。


 だが、サウジーネの怯えを掻き立てるかのように、現実は彼女をより厳しい場所へと追いやる。

「良く見ろ。いつの時代もどこの世界も、力を持つ者は選択を強いられる。俺は俺の邪魔をする者や敵対する者とは戦う事を選ぶ。対立しないならどうでも良い。それが俺の選択だ」


 それで、と一二三はサウジーネに顔を近づけて、両目でしっかりと瞳を捉えた。

「お前はどうする?」

 一二三は続ける。

「俺は狂人では無い。狂人は誰彼かまわず殺すだろうが、俺は俺の敵だけを殺す。イメラリアもしばらくは迷っていたが、自分が目指す場所を決めて、その為に努力が出来た。オリガもそうだ。自らの環境を冷静に見て、最善の選択と最大限の努力をした」


 サウジーネは、いつの間にか一二三の顔が離れている事に遅れて気付いた。

 頭の中を巡る考えは、まだまとまらない。だが、一つだけ強い想いはある。

「……し、死にたくはない、です……」

「なら、簡単だ。お前を殺しに来る奴を殺せ。自分の腕を使え。頭を使え。使える奴を使え」


 小刻みに震えながら、サウジーネは一二三の言葉を頭の中で反芻していく。

 自分の腕を見る。細く弱々しい腕は、短いナイフですら振るうのに苦労するだろう。

 思考を整理する。最低限の教養しか受けていない身であり、戦略などはとても思いつかない。

 隣にいる兵士を見る。彼は決して強くは無いだろうが……信じても良い相手だと思う。


「陛下……?」

 自分を見るサウジーネの目の色に、不安な何かを感じた兵士の問いかけに、返事は無かった。

 そして、サウジーネの思考の隙間に入り込むような言葉が聞こえる。

「俺自身がつまらない殺人依頼を受ける気は無いが……お前やお前の部下を鍛える仕事なら、受けても良い」


 安くは無いぞ? と付け加える一二三に、サウジーネは理由を問うべきだった。忠臣を自負するならば、兵士はここで一度確かめるべきだった。

 だが、二人は一二三の協力を取り付けたという一点に思考が固定され、ようやく掴んだ突破口に膨らんだ期待感が、危機感を塗りつぶしてしまった。


「オーソングランデや勇者共は宝珠を狙ってくる。ここで俺がホーラントの城にいると知れれば……イメラリア教徒共も合わせて押し寄せてくるな」

 小さく呟いた一二三の狙いは、サウジーネ達の耳には届かなかった。

 こうして彼女たちは、心強い戦力に見える“混乱の種”を抱え込んだのである。


☆★☆


 グネの町から馬車で一日ほど王都方面へ向かったところに、グネよりも少し規模が小さいウィリという町がある。

 宿場町というだけで、これといった産業も無い寂れた町は、まだ住民は多く残っているものの、冒険者や兵士の割合が日に日に増えていた。

 街中は女や子供の姿は見られなくなり、人々も周りを窺うような視線をあちこちに向けて落ち着かない顔をしている。


「……いらっしゃい」

 薄暗い酒場へと、丈の長いマントにフードを目深にかぶった一人の女が姿を見せると、店主の親爺は役目済ましに声をかけた。

「水を」

「ちっ……銅貨一枚だ」


 椅子の無いカウンターの前に立った女の注文に、店主は隠す気も無い舌打ちをすると、カップになみなみと注いだ水を置いた。

 店主の要求に反して、カウンターに置かれたのは、銀貨一枚と銅貨が三枚。そして、女は合言葉を口にする。

「“面倒の種”は手の内にある」

 一瞬、店主の肩がピクリと跳ねる。


「俺が見たのはお前じゃない」

「依頼を受けた者は死んだ。わたしはグネで手伝いに雇われただけよ。……まさか、代理には金が払えないとか言う訳じゃないでしょうね」

「……待っていろ。依頼人に連絡をする」

 店主は裏にいた青年を呼び出してカウンターを任せると、店を出て行った。

 その後を、テーブルにいた一人の客がさりげなく店主を追って出ていく。


 残されたのは、テーブルに二組程いる、何故か揃って顔に怪我を負った、冒険者と思しき武装した男たち。他にカウンターにもう一人いる男性冒険者。そしてカウンターの青年にフードの女だ。

「……ふぅ」

 出て行ったのは先に酒場へ入って監視していた騎士アモン。そして、フードの女はヴィーネだった。

 フードを外し、ぴょこんと飛び出した長い片方だけの兎耳を見て、カウンターの青年は驚いた。


「獣人……?」

「はい。そうです。兎の獣人ですよ」

 丁寧に答えたヴィーネは、厚いと愚痴を言いながら水を半分ほど一気に飲み干した。

「あー、緊張しました」

「えっと……」


 青年が戸惑っていると、テーブルに座っていた男たちが立ち上がり、カウンターにいた男もカップを置いた。

「ええっ? 一体……」

「悪いが、少し俺たちに付き合ってもらう」

 武器を手にとり、カウンターの中へ入ってきた冒険者たちに、丸腰の青年は手を上げて怯えるしかない。


「ご、強盗?」

「失礼な。俺たちゃ、ちゃあんとギルドの依頼で動いているんだよ。おい、お前たちは店の奥に他に誰もいないか見て来い」

 頬に大きな向こう傷があるいかつい男は、同じテーブルにいた冒険者に指示を出すと、ヴィーネへ向き直った。

 その表情は、青年に向けた厳しい眼つきとは裏腹に、気持ちが悪い程の笑顔だ。


「ヴィーネの姐さん。こっちはこれで終りみたいですな。楽な仕事をやらせていただきました」

「あ、姐さんは止めてくれませんか……?」

 会話を聞いた青年は、両腕を冒険者に捕まれて拘束されたまま、驚愕の顔でヴィーネを見ていた。

「ご、誤解ですよ?」


「いやいや。俺や仲間がああもあっさり叩きのめされたんだ。決して戦闘が得意な獣人じゃないのに、おまけに女。尊敬するぜ」

「そうそう。しかもヴィーネの姐さんよりも強いっていうオリガ様なんて……睨まれただけで動けなくなるなんて初めてだ」

 ケラケラと笑う冒険者たちは、今回の調査及び捕縛の為に、ギルドが雇ったメンバーだった。


 ギルド職員が殺害されたという事も有り、オリガに全面協力を申し出たギルド側は、グネの町にいた冒険者から、腕が立つ人物を選び出して特別な依頼をする事にした。

 その際、彼らはオリガとヴィーネが主導する作戦と聞いて、当初は強く反対したのだ。

 だが、ヴィーネには実力で敗れ、オリガに対しては武器を抜く以前の問題だった。

 すっかり大人しくなった彼らと共に、この町でオリガ達を狙った冒険者を雇った人物を捕まえる罠を張った。


 アモンが店主の行き先を確認したら、そこへ踏み込む事になっている。

 別の冒険者と共にオリガが待機しているので、場所が判り次第、彼女たちが踏み込む事になるだろう。

「俺たちは、ここの調査を続けます。一人付けますから、ギルドまでこいつの護送を頼みます」


 いかつい冒険者は、後ろ手に縛り上げられ、一人の冒険者に背中を押されて歩く青年を指した。

「わかりました。後はお願いします」

「なに、大した仕事じゃあありません」

 行ってください、と促され、ヴィーネは一礼して建物を後にする。その後ろを、青年を連行する冒険者がついていく。


 そして、協力的であるギルドへと向かう途中の事だった。

 人通りの少ない道に入ったところで、ヴィーネの耳が何かの風切音を捉えた。

「攻撃!?」

 素早く飛び上がったヴィーネのすぐ横を、ナイフが通り過ぎていく。

「ぐあっ!?」


 悲鳴と共に、青年を連れていた冒険者が倒れた。同時に、青年が走り出す。

「待ちなさい!」

 ヴィーネの声を無視して青年は路地の奥へと向かって駆けたが、一瞬その身体がビクリと跳ねたかと思うと、力なく倒れた。

 横倒しになったその胸に、先ほど見た物と同じ形のナイフが刺さっている。


「口封じ……」

 奥歯を噛みしめているヴィーネの前に、再びナイフが飛来する。

 だが、身構えている彼女には投げナイフは通じない。腰から素早く抜いた釵が、難なく叩き落とした。

「そこから出てきなさい!」


 両手に釵を握り、右手右足を前に構え、腰を低く落とす。

 彼女の視線の先、路地の角から一人の痩せた男がゆらりと姿を見せた。

「……兎獣人カ。例の男の従者だナ。流石に一筋縄にはイカンか」

 顔の半分に火傷の跡が広がっており、口は片方が引きつって固定されてしまっているようだ。喋りながら、時折ぴくぴくと震えては涎がこぼれている。


「例の男……ご主人様のことですか? でしたら、わたしは従者じゃありません」

 姿を見せた男の両手に、三本ずつの投げナイフが握られている事を確認しながら、ヴィーネは男の言葉を否定した。

 男は細い手足は確認できても、ポンチョのような服の内側にどんな武器を隠しているかが分からない。だが、ここで逃走する事は許されなかった。後ろで、冒険者が痛みに呻いている。彼を見捨てては行けない。


「わたしは、ご主人様の愛人です!」

 じり、と距離を詰める。飛び道具に対して距離があると一方的な展開になってしまう。

 待ち構えるように立っている男は、肩を震わせて笑っていた。

「ククク……ならバ、釣り餌ニハうってつけだナ」


 嘲るような声を聴きながら、ヴィーネはオリガの方も気になっている。酒場を監視していたらしい男がいたのだから、向こうにも手練れがいるかも知れない。

「大丈夫、大丈夫。あの方は不死身」

 失礼な事を言いながら、自分を落ち着かせたヴィーネは、一呼吸おいて走り始めた。

お読みいただきましてありがとうございます。

次回もよろしくお願いします。


『冬の童話祭2016』に参加中です。

昨日『おとの山のがいこつ』という掌編を発表させていただきました。

4,000文字弱の短いお話ですが、良かったらお願いいたします。


また、予定通りに製作が進みましたら、明日0時より新作を掲載開始します。

メカファンの代わりに入りますので、毎日交互更新予定です。

こちらも、良かったらよろしくお願い申し上げます。

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