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46.仮初めの女王

46話目です。

よろしくお願いします。

「ううう……」

 サウジーネは涙を浮かべた目で一二三を見つめていたが、彼はその程度の事で動揺するような人間では無かった。

「唸っている暇があるなら、さっさと武器を握って殺したい相手の所に行け」

「で、でもお父様の周りは騎士がガチガチに守っているし、弟は今外出中だし……」


 おそらくはこれが本来の口調なのだろう。見た目より随分と幼い離し方をするサウジーネを、一二三は「知るか」と一蹴した。

「兵士ならそこにいるだろうが。第一、王だというならその騎士を追い払う事もできるだろうが」

「私は“お飾り”だから、一部の人しか……」


 どうやら、サウジーネの味方は本当に少ないらしく、下級の兵士からはそれなりに人望があるようだが、城内に出入りできる身分の者では、一二三を城まで案内した兵士が最上位らしい。

「私にしても、城へ直接報告ができるというだけの警備兵長でしかありませんので、あまり城へ頻繁に出入りする事はできません」

 と、兵士は悔しそうな表情を浮かべる。


「なら、お前がやればいい」

 というより、と一二三は床に立てた刀に両手を重ねて置き、サウジーネを睨みつけた。

「この調子で王座を維持したとして、お前に国が回せるのか?」

 サウジーネは答えない。いや、答えられないというのが表情から見て取れる。


「自分が狙われたから殺す。まあ、いいんじゃないか? 俺だってそうする。止める理由は無いし、そんな義理も無い。だが、自分なり誰かに頼るなりしてそれを成し遂げた後、お前は王としてやっていくつもりなのか?」

 孤立して動かせる者がいない為政者程虚しい者は無い。過去で言えばイメラリアには第三騎士隊が協力的であったし、一二三が領主であった時もカイムを始めとした文官団がいた。


 対して、目の前にいる名ばかりの女王は一握りの兵士に支えられているだけで、城内ではほぼ孤立している状態だと言う。

 何しろ、彼女が行動する時に侍女の一人もついていないのだ。見た目は着飾っていても、中身が伴っていないのは彼女だけでなく環境のせいでもあろうが、それはこの際関係無い。

「戦う意思も力も無いなら、逃げるなり覚悟するなりしろよ。誰に吹き込まれて俺に頼るつもりになったか知らないが、俺はお前のその場しのぎに利用されても腹が立つだけだ」


 用事がそれだけなら帰る、と立ち上がった一二三の前に、道を遮るようにして慌てて兵士が滑り込んだ。

「お、お待ちください。どうか陛下のお話を……」

「充分に聞いた。その上で断った。これ以上俺の邪魔をするなら、お前が俺の敵という事になる」


 腰に手挟んだ刀に手が伸びたところで、サウジーネが首を振った。

「もう、良いのです。私の考えが甘かったこと、充分に痛感いたしました……。一二三様、お時間を取らせて申し訳ありませんでした」

 立ち上がり、深々と頭を下げた女王を見た兵士は、顔を伏せて一二三の前から退いた。


 道はわかる、と帰りの案内も断った一二三が歩き出した途端、ノックもなく向こうから勢いよくドアが開いた。

「失礼。侍女たちから聞きましたが、お客様がお越しとか?」

 入って来たのは、でっぷりと太った中年の男で、金刺繍を施したローブを着て、荒い呼吸に合わせて派手な首飾りがジャラジャラと音を立てていた。


「テスペシウス卿……」

「おや、お帰りですかな?」

 サウジーネの呟きを無視して、テスペシウスと呼ばれた男は一二三をじろじろと見まわした。

「なんだね君は。我が国の英雄と同じような格好をしているが、イメラリア様の英雄にそこまで興味があるのかね? 目や髪の色まで変えるとは、随分熱心な事だ」


 一二三は目の前の男が何を言っているかわからなかったが、まるで興味も無い事なので、無視して部屋を出ようとしたが、テスペシウスはその前に立ちふさがった。

「まあ待ち給え。君のような下賤な者は知らぬだろうが、ワタシは聖イメラリア教の司祭だ。君の好きな英雄の話も沢山知っている……さあ、ワタシと話をしようじゃないか。女王と何を話したのかも聞きたいね」


 英雄を好むならイメラリア教の信者で間違いないと考えたらしいテスペシウスは、女王に対して嘲るような視線を幾度も向けながら、一二三に次々と“自分の話”を続けた。

 彼はオーソングランデの貴族だが王にイメラリア教を国教とする事を勧めた一人であり、今回は汚らわしい亜人たちの討伐に乗り出したホーラントに協力するために派遣され、長くホーラントへ滞在しているらしい。


 ただそれだけの話をするのに、虚飾の激しい言い回しは時折女王を無能と貶す言葉も入り混じり、見た目以上に壮大に膨らんだ中身の無い時間を作り上げた。

「故に、ワタシは聖イメラリア教の敬虔なる信徒であると同時に、かの英雄についても深く知悉している。君程度では知る由も無いような話をだな……」

「なら、こういう話は知っているか?」


 自慢げに踏ん反り返っていたテスペシウスが気付いた時には、その太鼓腹に一二三の右足が当てられていた。

「その“英雄”とやらは、自分の邪魔をする奴を悉く殺した事を」

「何をする。失礼ではないか……ぶべっ!?」

 思い切り押し込むように突き出された前蹴りに飛ばされ、テスペシウスは入ってきたドアを背中で突き破って廊下へと転がり出た。


「し、司祭様!?」

 廊下では数人の騎士が待機していたらしく、飛び散る木くずと共に飛び出してきた司祭に群がる。

 鎧からして、彼ら騎士もオーソングランデからの出張組みらしい。


「城の中で他国の騎士やら貴族やらが随分と自由に動き回っているな」

 一二三の言葉に、サウジーネたちは顔を伏せた。

 どうやら、イメラリア教を介してオーソングランデによるホーラント内部への影響力強化は末期と言える程進行していたらしい。

 戦争への協力をしているとはいえ、他国の兵が大量に入って行ける事に引っかかりを覚えていた一二三は、その辺りを察して納得した。


 国境警備などを担当する末端の兵士まで影響が出て、国境が形骸化するのも時間の問題だろう。

 スプランゲルの跡を継いだネルガルは、どうやら後進の教育には失敗したらしい、と一二三は舌打ちをした。

「いや、本当に失敗したのはイメラリアだな。あの馬鹿が、自分の名前が利用される事に気付かなかった結果がこれだ。俺まで巻き込みやがって」


 ふと見ると、テスペシウスが落としたらしいイメラリアの姿を象ったと思しき純金製のペンダントが落ちていた。

 その胸は、実際の彼女とは似ても似つかぬ程豊かで、一二三が知る数倍はある。

「……いや、まさかな……」

 イメラリアが偶像化をわざと見逃した可能性がふと頭に浮かんで、一二三は嫌な想像をしてしまった。


「貴様か!」

 テスペシウスは痛みで呻いているが、まだ生きている。

 それを確認した騎士が部屋に踏み込んできた所で、兵士が前に出た。

「お待ちください! こちらの方は女王陛下のお客様です!」

「それがどうした? 我が国の貴族であり聖イメラリア教の司祭であるテスペシウス卿がこうまでされて、貴様は我々にすごすごと引き下がれというのか!」


 兵士の後ろで、一二三はほくそ笑んでいた。

 飯も出ない呼び出しに応じた自分が馬鹿らしく思えていた所だったが、五月蠅い豚を蹴り飛ばしたら、それなりに腕が立つらしい騎士が数名出てきた。

 やはり自分は運が良い、と一二三は思う。


「その“聖イメラリア教”という名前をやめてくれ。どうも聞くたびに変な居心地の悪さを感じる」

「不遜な……!」

 敬虔な信者なのだろう騎士の怒りは相当なものだが、一二三にしてみれば、自分が知っている“善良ではあるのだろうが抜けたところが目立つ少女”に傾倒しているのだと思うと、気色の悪いものを感じる。


 怒りに任せて突進してきた騎士は腰に提げた剣を掴み、抜き打ちの一撃を放つ。

 一二三は左手で逆手に掴んだ刀を半ばまで抜いた格好でその剣を止めた。

「おのれ、やる!」

「褒めて貰って悪いが、あまり嬉しくないな」

 剣を構え直して距離をとった騎士の周囲で、他の騎士たちも次々と剣を抜いている。全員が明治初期の警官が持つような細いサーベルなのは、ひょっとすると一二三の影響かもしれない。


「じょ、女王陛下! このような野蛮な輩を城に引き入れるとは、何をお考えですか。それに、ゲコック殿下のご許可はあられるのですか?」

「ゲコックは視察で外出しています……そ、それに……なぜ王である私が客人を迎えるのに弟の許可が必要になると言うのですか!」

 ようやく復活したらしいテスペシウスが、腹をさすりながらのそのそと起き上がり抗議を口にしたが、いよいよ腹に据えかねたのか、サウジーネは涙声で反論した。


「客人、か」

 一二三はじりじりと室内へ入ってくる騎士たちを前に、大胆にもサウジーネへ向けて振り返った。

「その客人に対して、この状況だ。さて、この状況は俺が悪いのか?」

 選べ、と一二三は言外に言っている。


 一二三が悪いと評すれば、サウジーネはこの場においてオーソングランデから来た宗教かぶれの騎士隊に頼る事になる。だが、騎士隊が勝てる保証など無い。

 騎士隊側に責任があるとすれば、この場は一二三が自分の為に戦うが、その後の始末は困難を極めるだろう。首の皮一枚でつながっている命を、前倒しで失う可能性もある。


 流石にその事がわかっているのだろう、見るも無残なまでに狼狽えているサウジーネは、足元でヒールが小刻みに音を立てる程に震えていた。

「あうあう……」

 兵士に支えられて立っている様子のサウジーネに、一二三はハッキリ言って全く期待していなかった。


 一二三は背後から騎士がじりじりと近付いてくる気配を感じながら、細い手足も相まって生まれたての小鹿のようなサウジーネを見すえて言った。

「お前の仕事は選ぶ事。そしてその結果に責任を取る事だ。簡単だろう?」

「ひ、一二三様……陛下に対してそのような……」

 あまり刺激をしないで欲しい、と懇願する兵士を無視して、一二三は再びくるりと向き直り、騎士を正面に見据えた。


「面白い事を思い出した。俺にとってはつい先日の話だが、お前たちにとっては八十年以上前の話だ」

 両手にしっかりと刀を持ち、八相に振りかぶりながら騎士たちを威圧するように睨みつける。

「イメラリアがお前のように選択を迫られた時……実の母親を殺してでも生き延びて自分の望む国を作る事を選んだぞ」


 それは些か誇張した話ではあった。まるでイメラリア自身が殺害したかのように一二三は話しているが、実際は王妃であった母親との対立が決定的になった時に、戦う事を選び、一二三が手を下したのだが。

 だが、効果はあったようだ。

「ふぅん?」


 サウジーネは、肩を借りていた兵士から離れ、自らの足でたった。震える音が小さくなったのを感じ、一二三は少しだけ彼女に興味が出てきた。

「陛下……」

 兵士が気遣う声が聞こえ、小さな声で「大丈夫です」とサウジーネが答えている。

 か細い咳払いが聞こえた。


「……テスペシウス卿。ここは私の城です。私の国です。ここで私の客人に無礼を働くことは……ゆ、許しません!」

「くっくっく……随分と立派なご口上ですが、許さぬからと言ってどうするのです。貴方のお味方は、そこにいるような下級兵士にしかおりませんよ?」

 嘲るような言葉にサウジーネが押し黙るが、さらに被せて一二三の笑い声が響いた。


「何がおかしい!」

 呵呵大笑する一二三に腹を立てたテスペシウスに、一二三は相手以上に侮蔑の目を向けた。

「何も知らないんだな、お前は。イメラリアは大した戦力も無かったが、世の中の変化を必死で泳ぎ切って地位を守ったんだぞ? 一歩間違えてたら俺が斬り捨てていたところだが、結局は生き延びた」


 一二三はテスペシウスを睨む。

「お前は自分で剣を取って戦えるのか? 戦えないだろう。そういう意味ではお前もこいつと変わらん」

 そして、今お前たちは違う選択をした、と一二三は語る。

「俺と敵対するか否かだ」


 言い終わるなり、ぐい、と一二三は前に出た。

 不意を突かれた騎士が三人ほど慌てたようすでサーベルを振るったが、腰が乗っていない斬撃は大した速度は出ていない。

「かあっ!」

 珍しく声を出しながら一二三が八相から刀を振るう。


 腹に響く声はサウジーネやテスペシウスだけでなく、構えていた騎士たちすら硬直させ、さらに彼らの目の前で起きた光景は、誰もが目を奪われた。

「……ふむ。しっかり握ってはいたんだな。感心、感心」

 三本のサーベルが、一二三の刀による一撃で中ほどからポッキリと折れている。


「お前たちを残らず殺す。嫌なら抵抗しろ。国に帰りたければ必死で抗え。それ、呆けている場合じゃないぞ……じゃないと」

 一二三の踏み込みに、誰一人反応できなかった。

 中央に立っていた一人が喉に滑り込むように差し込まれた刀をひきぬかれ、血煙を上げて倒れる。

「すぐに死ぬことになる」


 残った騎士は四人。

 怯えながら見守る女王サウジーネの目の前で、八十余年ぶりに一二三はホーラント城内での戦闘を開始した。

お読みいただきましてありがとうございます。


活動報告で先に告知いたしましたが、

明日の『メカファン世界の遊び方』更新後、

1月1日2日の二日間は更新をお休みさせていただきます。

3日0時から更新を再開いたしますので、よろしくお願いいたします。


本年中は、皆様の御蔭で書籍化等楽しい経験をさせていただく事が出来ました。

改めてお礼申し上げますと共に、新年もよろしくお願い申し上げます。

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