45.ホーラント王族の問題
45話目です。
よろしくお願いします。
オリガは夜が明ける間にヨハンナ他の同行者をギルドへ集める事にした。ヴィーネが走り、宿へと向かって全員を起こして回る。
宿は部外者も多く、分散していては防衛もままならぬと判断したのだ。
そこで集合をかけているうちに、一つの問題が発覚した。
「騎士が一人足りない?」
アモンたち騎士の護衛を受けて、無人のギルドに集まったところで、オリガはプーセから妙な報告を受けた。
「そうです。アモンさんが確認した所、騎士の一人が行方不明になっています。街へ出たという事も無く、今回の移動で割り当てられた部屋にいなかったようです」
「荷物を全て持ち出しておりますから、一時的な外出では無く“逃げた”と判断して良いかと……申し訳ありません」
アモンが頭を下げた。
それに対して、ヨハンナは気にしないようにと伝えたが、他のプーセやオリガはアモンの謝罪を無視した。彼女たちはまだ、アモンを完全に信用してはいない。
「今回の件に関わっている可能性は?」
「……残念ながら、否定はできません」
オリガの言葉に、アモンは俯きながら答えた。
結局、夜明けにギルドの職員が出勤してくるまでオリガ達はギルドで待機する事になった。
他の冒険者が訪ねて来る事は無かったのが、不幸中の幸いだった。
「亡くなったのは当ギルドの職員で間違いありません。当直の護衛役と受付の二名とも、オリガ様のお見立て通りに刃物で一突きにされています」
プロの仕業ですね、と縛り上げられてまだ気を失っている冒険者の男を見下ろし、前日にオリガ達の応対をした職員が語る。
彼にしても同僚が殺害された事に動揺を隠せないのか、冷静さはやや陰りを見せている。
「私たちの証言を鵜呑みにして良いのですか?」
「疑う理由がありません。……それに、真相は彼が知っているのでしょう?」
再び冒険者を見下ろした職員の目には、明確な敵意があった。
「ギルドは組織として敵対する者を許しません」
「……では、部屋を貸していただきます。彼からは私が話を聞き出します」
「いえ。これは我々冒険者ギルドで対応いたします。どうか、ここは私どもにお任せください」
オリガと職員が視線を合わせる。それは睨み合いに近い圧力があった。
「そうですか」
オリガは床に転がっている男の襟首を掴んだかと思うと、その上半身を引き起こした。
女性とは思えない力を持っているように見えるが、自分の身体を起こす勢いを使った身体操作によるところが大きい。
「では、この男は私が持って帰ります。これは私を襲い、私が捕獲したものです。文句は無いでしょう?」
職員は初めて感情をハッキリと顔に出した。苦虫を噛み潰したような渋面で。
「……ギルドにご協力をいただきたいのですが」
「ではギルド側も私に協力をするべきでしょう。この男もそうですが、冒険者がギルドに敵対しないなど考えない事です」
「お、オリガさん?」
「王女殿下は黙っていてください」
雰囲気に気圧されながら声をかけたヨハンナを、オリガは一瞥もする事無く黙らせた。
「この者は私たちを襲っただけで無く、折角貼り出されていた夫の手配書を破ったのです。私が尋問しますし、私が始末します」
それは誰にも譲る事の出来ない事であり、絶対に譲れない部分である、とオリガは冷静に怒りをにじませた。それに、ギルドがオリガを疑っていなくとも、オリガはギルドを疑っている。
睨みあいはしばらく続き、職員はオリガの気持ちが固い事を知る。
捕えられた男の背後には何かしらの大きな組織なり貴族なり力を持った者が存在するだろう事は想像していた職員だが、目の前のオリガはただ一個人の矜持の為にギルドと敵対しても良いと断言している。
「……判りました。それでは、その尋問に私も立ち会わせていただきたいと思います。それでいかがでしょう?」
場所も、必要があれば道具もギルドが用意する、と職員は言った。殺気に等しい圧力にあてられた彼は、知らず額に汗をかいている。
「ご協力を感謝します」
圧力を押え、にっこりと笑ったオリガは一礼をすると、さっそく部屋への案内を頼んだ。
「いえ、当ギルドとしてもかの英雄とは良い関係を築いておきたいと思いますので……」
職員は思い出したのだ。目の前の人物を敵に回すという事が、即ち誰を敵に回す事になるかを。
オリガにはそんなつもりは毛頭無く、“自分の敵は自分で殺す”が基本の夫婦として、ギルドとやりあうならオリガ一人でやるつもりだった。一二三に助力を願うとすれば、共に戦う事では無くて、ギルドと戦うために鍛えて貰う事だ。
こうして、ギルドの職員が見守る中で尋問を受けた冒険者の男は、ようやく死を迎える事ができた頃には、知っている事をすっかり喋ってしまった。
「それで、背後関係はわかりましたか?」
別室で待機していたヨハンナとプーセは、立ち会っていたヴィーネとアモンが青褪めた顔でふらついているのを見ないようにする。
「ええ。素直に喋ってくれました。彼自身は単なる冒険者で、ホーラント国内の別の町で雇われたようです」
綺麗に手を洗ってきたオリガは、さっぱりした顔で用意された温かなミルクを口にしながらプーセの質問に頷いた。
「冒険者の仕事としての依頼ではあったようですが、ギルドは通していませんね。酒場で声をかけられ、大金を積まれたようです」
三人は時々組んで仕事をしている間柄だったようだが、それぞれの詳しい出自等はわかっていない。最初に声をかけられたのは槍使いの女で、彼女の手引きで一人の人間の男性から依頼を受けた、と証言した。
とても嘘が言える精神状態では無い様子で必死に吐き出された言葉だったので、信用しても良いだろう、と言うのがギルドの関係者も認めている。
「ただ、その人物が何者かまではわかっていません。わかっているのは……依頼完遂を連絡するための待ち合わせ場所です」
ふぅ、と暖かいミルクで喉を潤したオリガは、熱い吐息をゆっくり吹く。
「ここから馬車で一日離れた場所という事でした。……行きましょう」
オリガは、そこで敵の尻尾を捕まえると宣言した。
☆★☆
妻であるオリガがいるのと同じ、ホーラント王国の反対側から国境を越えた一二三は、悠々と馬に乗って数時間。久しぶりの王都へと到着していた。
弁当やミュンスターの町で買い込んだ料理などを食べながら進んで行く間に幾度かの魔物や野盗との戦闘はあったものの、特に問題は起きていない。
「あんまり変わらないな」
見えてきた門に近づいていくと、人の出入りは少なくなっているらしく三台ほどの商人の物と思しき馬車が並んでいるだけだった。
すぐに順番が回って来るだろう、と一二三が騎乗のままで列に並ぶと、すぐに前方から二人の兵士が駆けてきた。
「失礼ですが、一二三・トオノ伯爵であられますか?」
「伯爵だったのは昔の話だ」
一二三が見下ろすと、兵士は恐縮した様子で頭を下げた。
「失礼いたしました。一二三様、突然のお話ではありますが、我が国の王がお会いしたいと言っております。できればご同行願いたいのですが」
できるだけ丁寧に接しておきたいという様子が見え見えで、王の使いとしては随分と大人しい類の人物が来たものだ、と一二三は可笑しくなってきた。
「なぜ、俺だと分かった?」
「詳しくは判りませんが、急ぎの連絡が国境から入りまして……数日前より、一二三様が入国された際は連絡を入れるようになっておりました」
一二三は首を傾げた。
「招待するつもりなら、始めから国境で声をかけるなり、連絡を寄越すなり……は俺の居場所が定まっていないと難しい、か」
「その辺りの理由も、私程度では聞かされておりません」
兵士はそれ以上の言葉を紡ぐ事無く、一二三の反応を待っていた。
「……わかった」
「ありがとうございます。では先導させていただきますので、こちらへどうぞ」
兵士の後を馬に乗ったままで付いていく。
商人たちを追い越し、全くチェックを受けずに素通りしていく一二三の姿を見た人々は、どこかの貴族だろうかともの珍しそうに見ていた。貴族にしては供が見えないので、誰もが不思議そうにしている。
人々は、以前よりも貧しく疲れたような顔をしており、獣人族や魔人族などは全く見当たらない。
「以前より、随分寂れているな」
仮にも王都だろう、と一二三が呟くと、前を歩く兵士は辛うじて一二三に届く程度の声で呟いた。
「……この国は内戦で疲弊しております……」
それ以上は何も言えない、とばかりに兵士は口を噤んだ。
城へたどり着くと、兵士が番兵に手短に状況伝える。そして馬を預けてすぐに城内へ通された。
「こちらでお待ちください」
城内まで門から先導した兵士に促され、招待客の為の待機スペースらしい部屋に通された。
中にはソファやローテーブルの他、細かい装飾が施された棚に酒が並び、水差しにはなみなみと水が満たされている。
それらに手を付ける事無くソファに座って待っていた一二三は、近づいてくる足音と気配に眉を顰めた。
一人は兵士か騎士か、鎧を付けた重々しくも力強い、規則正しい歩みだ。
気配はもう一人分ある。カツカツと金属では無いが固い感触を思わせる響きは、女性の履くハイヒールを想像させる。
騎士や兵士が押し寄せてくるような展開を期待していた一二三は、恐らくは戦闘訓練を積んでいないらしい気配に疑問を持ちながら、響いたノックの音に答えた。
「失礼します」
先ほど案内をした兵士がドアを開くと、一人の女性がそっと入室してきた。
スラリとしたスレンダーな体躯をシンプルなドレスに包んでいる長身の女性だった。高いヒールを履いている事を除いても、この世界の女性としては背が高い。
豪奢なネックレスと指輪をしているが、ほっそりとした身体には似つかわしくない。アクセサリーを付けているというよりは、無理やり引っかけたようにしか見えない。
女性はそっとスカートをつまんで会釈をした。
「お初にお目にかかります、一二三様。ホーラントの女王であるサウジーネ・ホーラントと申します」
「女王?」
断りを入れて一二三の前に座った女王サウジーネは、先に現状のご説明を、と切り出した。
「私が女王の座にいるのは暫定的なものです。父である先代の王は病の床にあり、弟は婚約者が確定してから王族を継ぐことになっております」
「迂遠な事だな。なぜ間に一人挟む必要がある?」
「……私を体よく処分するためでしょう」
ためらいがちに話したサウジーネを、一二三はじっと見ていた。
「……血筋か。魔人族の血が入っているな?」
また混血か、と思ったがそこまで口には出さなかった一二三は、何か面倒くさい事を言われる予感がした。が、遅かった。
「まさか見抜かれるとは……」
驚きに目を見開いていたサウジーネは、胸に手を当てて落ち着きを取り戻すと、一二三の言う事を認めた。
「私は魔人族であった妾の子です。母は亡くなりましたが……オーソングランデから仕事の関係でホーラントに来たところ、偶然父である先代と出会ったそうです」
この時点で、一二三は胡散臭い、と感じている。普通に混血が生まれる可能性は限りなく低い。
「私は十八歳になりますが、王位を譲られるまでは周囲から隠されて育てられました。幸い、二年程前からは人間のような肌の色に擬態する術を身に付けましたので、今では人前にでられるのですが」
逆に言えば、それがために女王として即位する羽目になった、とサウジーネは語る。
「私は使い捨てに過ぎません」
今後、ホーラントの内戦が終わった時点で、その責を負う形でサウジーネは退位し、異母弟が即位する形になるという。
「今後イメラリア教が国教となるにあたって、父や弟に取って混血が王族内にいるのは不都合です。ですが、私の存在は城内の者の多くが知っておりましたから、密かに消す事は難しいと考えたのでしょう」
「身の上話はわかった。随分とドロドロした内容もな。それで、俺に声をかけた理由はなんだ?」
本題を急かす一二三に、サウジーネは頬を染めた。身の上話に夢中になってしまったのが恥ずかしかったらしい。
「し、失礼しました……。私が一二三様にお会いしたかったのは、一つ依頼をしたかったからです」
サウジーネが目配せすると、立っていた兵士はドアを開いて廊下の様子を確認すると、頷いた。誰も聞いていない事を、念のために確認したようだ。
「……父親と弟を、殺してもらいたいのです」
「嫌だ」
一二三は即答し、サウジーネは驚いた顔を見せた。
「なんだ、その顔は。どいつもこいつも人を殺し屋みたいな扱いしやがって」
収納から取り出した水筒から冷えた紅茶を飲み、音を立てて目の前のローテーブルに叩きつけた。
「病気で寝てる親父と、お前より年下の弟を殺せだと? そんなつまらない人殺しがあるか。騎士隊なり軍隊なりを全滅させろと言うならやりがいもあるが、ちょいと行って二回刺すだけの仕事をわざわざ俺に? ふざけるな」
想定外だったのか、サウジーネは何も言えずに狼狽えた様子で兵士と顔を見合わせている。
「自分の為に誰かを殺したいなら、自分でやれ。馬鹿が」
睨みつけられて、サウジーネは完全に固まってしまった。
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