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43.ギルドという組織

43話目です。

よろしくお願いします。

 国境警備の兵を引き連れた責任者が駆け付けた時には、五人の冒険者たちは物言わぬ死体と成り果てていた。

 一人立っている一二三は、ぐい、と懐紙で刃を拭うと、重なり合った死体の上に吹雪を振り撒く。

「この騒ぎは……」


「俺はギルドの賞金首だからな。実力を見誤った結果がこれだ」

 さて、と振り向いた一二三の姿を見て、兵士たちはようやく目の前にいる人物が手配されている男だと気付いた。

 瞬時に緊張が一帯を包む。一二三を除いて。

「次はお前たちが相手か」


「馬鹿な。この人数差で抵抗するつもりか。死ぬぞ」

 どうやら、一二三が皇国兵を大量に殺害した事は秘匿されているか、被害を小さくして伝えられているようだ。

 三十名程の部下を連れてきた責任者は、自らが敗北することなどつゆほども想像していない様子だった。


 一二三は刀を納めると、腰から鞘事を引き抜き、闇魔法を展開して収納へと放り込んだ。

 変わりに、手を突っ込んで杖を出す。王の護衛メンディスとの戦いの際に使ったものだ。

「……ホーラントの城を見に行ってみるか」

 と、目の前の集団が見えていないかのように歩き始めた一二三は先ほどから声をかけて来ている責任者らしき兵士の前に立つ。


「ホーラントへ入る」

 ぐるりと杖を回し、右の脇にバシッと挟む。

「止めるかどうかは勝手にすれば良い。押しとおるぞ」

「何を……!」

 言いかけた責任者は、腰の剣に手を掛けながら口頭での注意を行おうとして、兜を付けていなかった側頭部を強かに殴られた。


 その威力は刃も無い武器ながら即死させるに充分だった。

 鼻と口、耳などから血を流しながら痙攣している上司を前にして、兵士たちが怯えて多少後ずさったのも仕方のない無い事だろう。

「言い忘れたが、止めるなら実力で、だ。当然、反撃もするからな」


 ぐい、と歩みを進めた一二三に、さらに下がった兵士達だったが、二歩、三歩と進むうちにある程度平静を取り戻し、武器を手に襲い掛かり始める。

「そうこないとな!」

 襲い掛かって来た兵士達は必至の形相だ。だが、いくら気合が入っていても、実力差はいかんともし難い。


 一人、二人と喉を突き潰され、血反吐を履いて悶絶する。

 それを乗り越えるようにさらに一二三は進む。

「うおお!」

 威勢の良い掛け声と共に大上段から剣を振り下してきた相手に対して、杖先を手元に引っかけて投げ飛ばし、剣を奪い取って首を落とす。


 槍に対してはぴったりと揃えるように上から叩きつけ、槍を掴む両手の親指を叩き潰す。

「ぎゃあ!」

 悲鳴を上げて槍を取り落とした男は、前かがみになった所を蹴り飛ばされた。

「忘れ物だ」

 一二三が拾い上げて投げつけた槍は、持ち主を貫いた。


 依然と比べると、兵士でも剣以外の武器を持っている事も多くなった、と一二三は冷静に見ていた。

 手槍を投げてくる相手は近くにいた兵士を引き寄せて盾にする。

 両手にナイフを持って近づいて来た敵に対しては、杖を添えて腕を絡め取り、折る。

 生木を折る様な音が響き、肘を逆方向に曲げられた兵士は自分のナイフを首に生やして死んだ。


 そうして次々と血の海に沈めながら、一二三は着実に前へと進む。

 進む先は国境だ。

 ホーラント側がどうなっているのかはわからないが、とりあえず向こうでも襲われるならそれはそれ。どうせ今から戦いが続く事に変わりはない。

「さて、そろそろ腹も減った。先に進ませてもらおう」


 ぐるりと振り回された杖により、周囲の兵士たちはなぎ倒された。

 続いて、ガツガツと荒々しい音を立てる連続の突きによって、彼の正面にいた兵士たちは次々と腕や足を折られ鼻を叩き潰され、意思とは無関係に道を開いていく。

「ひいぃ……」

 逃げていく兵士もいるが、一二三は追わない。そこまでして殺しても楽しい相手では無い。


 杖から伝わる、人間の骨や肉を叩く感触を楽しんでいるうちに、いつの間にか国境へと辿り着いていた。

 兵士たちは距離を取って一二三を見つめている。

 一二三が口笛を鳴らすと、先ほど離した馬が駆け寄って来た。馬に対して兵士たちは何もせず、苦々しげに見送っていく。


 そのまま、一二三は馬を連れて国境を越えた。

 オーソングランデの兵士たちは、国境を踏み越えた一二三を追う事はせず、立ち止まって彼を睨みつけていた。その辺りは、まだ国境としての機能は残っているらしい。

「……身分証を」


 ホーラント側にいた兵士は一二三の戦いを見ていたらしく、多くが怯えた顔で距離を取っていたが、一人の陰気な雰囲気の男が歩み出て、事務的な言葉を紡いだ。

 度胸がある、というよりは単に自分がやるべき事を無感動にやるだけという様子の男に、一二三はギルドの登録証を見せた。

「戦争に参加しに来た。ついでに王都と城も見に行くつもりだ」

「こちらに署名を」


 差し出された紙に一二三が名前を書くと、兵士は「どうぞ」と言って道を譲った。

「俺を捕まえないのか?」

「オーソングランデで罪を犯した者でも、特別な要請が無ければこちらで対応する事はありません。もちろん、ホーラント王国内で罪を犯すなら別ですが」

「ふぅん。そういう事か」


 義侠心などでは無く、単に“捕まえる理由が無い”から捕まえない。と説明する兵士に、一二三は苦笑した。

 つまり、オーソングランデ皇国は今の時点でホーラントへは通達を行っていないわけだ。何かホーラント王族が一二三と接触すると不味い事があるのかも知れない。

「ならば、なおさら見に行かないとな。あの爺さんの子孫……じゃあ無いか。あの細い兄ちゃんの子孫が王なのか? 見ればわかるか」


 封印時にホーラントの王になっていたネルガルの名前を思い出せず、しきりに首を傾げながら、一二三は馬に乗って街道を進んで行く。

 街道は手入れこそされているものの、ルートそのものは昔と変わっていない。

 近くの町に行けば、鉄道も使えるだろう。


「さて、こっち側の連中はどうかな?」

 そういえば、以前もここの国境を越えてすぐの町で美味い料理を食べたな、と思い出した一二三は、食材が自分持ちだったと懐かしさを覚え、速度を上げた。


☆★☆


 ホーラントにおける内乱の最前線は、変わらずグネという町の取り合いが続いていた。

 この町は周囲の環境も有って王都側も魔国側も他の町から遠く孤立しており、ここを押えなければ補給線が長く無防備になってしまうため、どちらの軍も無視できないのだ。

 元からの住人は、一部兵士を相手に商売している食堂や宿などを除けば、ほとんどが逃げてしまっている。


 町中での戦闘も珍しくなく、幾度となく占領者が変化していた。

 ぐるりと塀で囲まれた町は、街道につながる二つの出入り口が有り、平和な頃は夜間だけ閉ざされていたが、今は常に閉ざされ、固いかんぬきと厳しい警備が追加されている。

 現在、町の主は共生派の軍勢となっている。

 その中心人物の一人が、フィリニオン・アマゼロトという元騎士の年老いた女性だった。


「……一気に押し返す機会かも知れないわね」

 老いて皺の刻まれた顔ではあるが、太る事も無く背筋の伸びた姿は、衰えてはいても騎士としての在り方を体現しているかの様であり、その眼光は鋭い。

 率いてきたアマゼロト伯爵領の兵士の他にも、戦闘を続ける間に二十名を超える人員が追加で配下に加わっていた。


「馬と風魔法を使った索敵では、周囲五キロ以内には敵兵の姿はありません。しばらくは、大きな攻撃は無いかと思われます」

「では、警戒態勢はそのままで一日だけ交替で兵を休ませて。その間に次の動きを決めます」

 部下の報告に頷いたフィリニオンは、手早く休息を命じると、杖をついて立ち上がった。


「フィリニオン様も、どうか休息を取られてください」

 部下に気遣われて、フィリニオンは笑みをこぼした。

「ありがとう。でももう少ししてから良いわ。考えが纏まらないと、気になって眠れないもの。気にしなくて良いから、早く兵士たちを休ませてあげて」

 続けて何かを言おうとした兵士は、言葉が出ずに部屋を後にした。


「……ふぅ……」

 杖だけで身体を支えきれず、机に手を付いたフィリニオンは、額から大粒の汗を零した。

 身体は既に限界を迎えていた。本来戦場で立ち回れるような年齢では無いのを、薬と精神力だけで立っているような状態だ。

「ここで……いいえ、せめて次の戦いで敵を完全に押し返してからじゃないと死ねないわね」


 八十余年前、夫は戦いの最中にいたが、フィリニオンはどちらかと言えば戦場から遠い所にいる事が多かった。

 多くの同僚騎士が死んだが、彼女も夫も生き残り、領地の加増や夫の出世もあり、何不自由ない人生を歩むことが出来た。

 領地運営については一二三率いるカイムたち文官が作り上げたシステムを取りいれる事で、苦労も一時の事で済んだ。


「さて、お話をつけに行きますか」

 この参戦は、フィリニオンにとって最後の仕事だった。

 夫が残した世界。それを壊そうとする連中にせめて一矢報いてやりたい、というのが彼女の動機である。人生を謳歌した騎士として、死に場所を求めての事だった。


 その為に、彼女は派手に舞台を演出しようと思っていた。

「故事に倣うというけれど、あまり参考にしたくない人物というのもいるものよね……というより、そのまま真似が出来ないわね」

 孫の“処理”を依頼した人物を思いだしながら、フィリニオンは町にいる他の部隊の責任者たちとの会合へと向かう。


 そこで、一二三がホーラントへ向かっているという事を、ギルドから流れてきた情報で知る事になる。


☆★☆


 ヨハンナたちは馬車を手配し、一二三が通った場所をたどる様に前線へと向かっていく。

 同時に情報を集める中で、ギルドの職員から一二三が依頼を受けてホーラントで動いた際の情報を得る事が出来たうえ、その職員から前線の状況まで知る事が出来た。

 アモンの提案を受け、ヨハンナとオリガがギルドを訪問して詳しい話を聞くことになった。


「一二三様にお会いされたのですか?」

「ええ。とても強い方だとお見受けいたしましたので、一つ仕事をお願いいたしました」

 ギルドの職員として出てきた男は、一二三にセメレーの殺害を依頼した人物だった。

彼の判断で、奥の会議室へ案内されたオリガ達は、職員が向かいに来て丁寧に頭を下げるのに応えた。


「これでもギルド職員として長く奉職させていただいておりますので、冒険者の強さを見抜く事には自信があります」

 にっこりと笑う職員を、ヨハンナは素直に感心した様子で見ていたが、オリガは鋭い視線で射抜いていた。

「本当ですか? 確かに一二三様は強いですが、見た目はとても穏やかに見える方です」


 オリガの追及に、職員は両手を見せて微笑む。

「いえいえ、奥様。我々もこういう商売でございますから、その辺りは……」

「奥様? 私はまだ何も自己紹介等はしておりませんが?」

「……ご妊娠なされているようですので」

「誤魔化しはやめていただけますか? もしその調子で一二三様に対して良からぬ事をを謀るようであれば……」


 オリガが放つ威圧感に、職員は一筋の汗を零した。

 口八丁で動かせる相手や、一二三のように物事の詳細をあまり気にしない相手であれば良いが、実力で押し詰められれば弱い。

「……失礼いたしました。オリガ様。そしてヨハンナ様」

 再び礼をした職員は、微笑みを消して真剣な顔で姿勢を正した。


「実の所、英雄である一二三様は一目ですぐにわかりました。ギルドの情報網は石像が盗難にあった事も、復活の噂がある事も掴んでいましたから。ギルドの証明も本物でしたから、間違い無いと確信しました」

 ハンカチで汗をぬぐい、座りなおした職員は正直に話し始めた。


「当然、奥様がいらっしゃることは存じておりましたし、そのお姿もギルドは正確に把握しております。間違えようはずがありません」

 咳払いを挟み、職員はなおも続ける。

「英雄の実力は、ギルドが共有する情報だけでなく、私どものような冒険者に関わる者にとっては常識です。普通の冒険者が手におえない標的を依頼するのに、躊躇う必要は無いでしょう」


 間違いなく遂行可能な人物であるからこそ、お声掛けさせていただいたのです、と語る職員に、オリガもヨハンナも満足げに頷いている。

「殿下が王城を出られた事や、顧問のプーセ様たちと行動を共にされている所まで、ギルドは把握しておりますから、殿下についても存じておりました。大変申し訳ありません」

「いえ、もう気にしなくて大丈夫よ」


 ヨハンナもギルドの情報収集力に舌を巻いたが、ある種仕方のない部分もあると思って追求しない事にした。

 職員が話した“ギルドが把握している情報”も、どこまで正直に言っているのかはわからない。さらに言えば、彼が聞かされていないだけで、上位者は知っているという可能性もあるのだが、ヨハンナはそこまで想像できなかった。


 結局、ヨハンナ達は職員から前線の情報を聞いてフィリニオンの所在を確認すると共に、一二三がこなした依頼についての話を聞くだけで、ギルドを後にした。

 だが、オリガの方は職員の態度に引っ掛かりを覚えている。




「……ふわぁ~……」

 深夜。オリガにたたき起こされたヴィーネは、訳も分からないまま武器を装備して宿の外にいた。

 隣には、同様に完全武装のオリガがいる。

「しっかりしなさい。冒険者なら夜中の行動も茶飯事ですよ」


「むにゅ……一体何事ですか?」

 未だに状況を把握していないヴィーネは、旅の途中でも続けられているオリガからの指導と訓練で疲れているから、早く眠りたいと愚痴を呟いている。

「ギルドに行きますよ。ギルド長と直談判して、情報を引き出してきましょう。ここのギルドは、どこか怪しいです」


 人気が消えた町の中を、闇にまぎれて移動するオリガと、それを真似しながら付いていくヴィーネの姿。それに気づくものはいなかった。

お読みいただきましてありがとうございました。

次回もよろしくお願いします。

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