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42.手配は回る

42話目です。

よろしくお願いします。

 ランスロット・ビロン伯爵は曾祖父の性質を良く受け継いでおり、事務方の仕事が早い。幼少から貴族の嗜みとして剣や乗馬なども一通りやってはいるが、“下の上”より上の評価は得られなかった。

 本人としてはそういう身体を使う方面の事は諦めており、「剣が下手だったひい爺さんも、近衛騎士隊長にまで慣れたんだから大丈夫」という言い訳で切り抜けてきた。


 そんな当代のビロン伯爵は、代々情報を大切にしてきた家柄をしっかりと引き継ぎ、整備された鉄道網をうまく利用した情報収集手段を複数有していた。

 情報網を逆に利用した噂の流布はスムースに進み、オーソングランデ国内に止まらず、ホーラントや魔国にまで伝わる。


「復活した英雄……あいつか……」

「単なる噂話だけれど……一概に嘘とも言えないと思う」

 目深にフードを被った二人組が、酒場の中で声高に話されている内容に耳を傾けながら食事を採っていた。


 場所はホーラントの戦場に近い一つの町。今は共生派の影響範囲にあるが、数日後にはどうなっているかわからない場所だ。

 それでも土地の者たちは多くが残っていて、兵士や冒険者たちが落とす金をしっかり稼いでいた。


 状況のお蔭で冒険者を始めとした見慣れないよそ者の出入りが激しい為に、ユウイチロウとミキは楽に潜り込む事が出来た。

 偽名でギルドの身分証を得られた事も大きい。二人は目立たない依頼をこなして日銭を稼ぎながら、オーソングランデ皇国の兵たちの目を避ける日々を送っていた。

 そんな中で、一二三が巨大な宝珠を抱えてホーラントへ入ったという噂が耳に入ったのだ。


「元の世界に戻る為にはどちらかの王女の協力が必要だが……噂が本当なら、あの男が持っている宝珠が必要って事になる」

 噂は一二三を王城を襲って盗みを働いた悪人かのように言う物と、皇国の横暴に対して英雄が怒っているのだ、とする説とがごちゃごちゃとまざりあって流布している。

 今の場所が共生派が多いエリアである事も有って、後者が優勢ではあるが、排斥派側では前者がもっと声高に宣伝されているだろう。


 話し合いをするために宿に戻る途中で二人が立ち寄ったギルドには、巨大なアクアサファイアを手に入れた者に莫大な報酬を与えるという張り紙が出ていた。

 どうやら、神聖オーソングランデ皇国から直接依頼が出ているらしい。

「こりゃあ……」

「裏付けが付いちゃったね」


 借りている宿の部屋に戻る。

 大して高い場所では無いが、一般的な駆け出し冒険者よりはずっと良い宿だ。彼らの実力があれば殆どの魔物に後れを取る事も無く、それ以外の仕事も丁寧にこなすので、始めたばかりの冒険者稼業ではあるものの実入りは悪くなかった。

 荷物を床におろし、ベッドに隣り合わせて座る。


「どうするつもりなの?」

「決まってる。あいつを倒して宝珠を奪う。帰れるなら、何だってするさ」

「そっか……」

 あまり乗り気の様子では無いミキに、ユウイチロウは肩を抱き寄せて顔を近づけた。


「どうした? 怖いならここに残っていても……」

「そうじゃないよ。私、ユウちゃんが危険な目にあうくらいなら、この世界に残っていても良いと思ってるよ。だから……」

 すがるような目で見上げたミキは、自分の願いが通じていない事をユウイチロウの表情から読み取ってしまった。


 望郷の念では無い。彼はこの世界が純粋に“嫌い”になっているから、離れたいのだろう。そして、嫌悪の原因はオーソングランデの王であり王女であり、一二三でもあった。

「止めても、駄目なんだね……」

「ああ。戦場なら俺が思い切り戦っても気にする事も無い。この世界の連中がいくら巻き込まれても知った事か」


 立ち上がったユウイチロウは、二本の剣を腰に提げた。

「詳しい情報を集めてくる。ミキは待っていてくれ」

「待って、私も手伝うよ」

「いや」

 立ち上がろうとするミキを制して、ユウイチロウはぎこちなく笑った。

「頼む……ミキに見せたくない所もあるんだ……」


 宿の部屋を後にするユウイチロウを見送ったミキは、彼の足音が遠ざかるのを聞きながら、いつの間にか零れていた涙を拭った。

「はぁ……。日本に帰れたら、向こうはどうなっているかな……それに、ひょっとしたら……」

 下腹部を優しく撫でたミキは、まだ未確定ではあるが、そこに新しい命が生まれているような予感を感じていた。


☆★☆


「一二三様が?」

「どうやら、オーソングランデが依頼を出して行方を捜しているらしいんですがね。噂の出所まではわかりませんでした」

 ホーラントに入ってすぐの町にて投宿したヨハンナ率いるフィリニオン救出隊の一行。ウェパルは数名のオーソングランデ騎士と共にフォカロルに残り、ヨハンナとオリガ、ヴィーネ、そしてプーセの四人と、アモンと共にマリアを含めた数人の騎士が同行している。


 フィリニオンの正確な居場所についての情報を集める為に町へと散って行った騎士たちだったが、拾い上げたのは意外な情報だった。

「魔国側の国境では以前に一度目撃された情報はあるものの、ここ数日は見られていません。恐らく、一二三さんは反対側の国境からホーラントに入っているんでしょう」

「そう。ありがとう」


 フィリニオンについては、前線から戻っていないらしく詳しい情報は入手できず、もっと前線寄りに行かなければならない、と伝えたアモンを下がらせ、ヨハンナはテーブルを挟んで正面に座るオリガとヴィーネへと向き合った。

「この情報について、オリガ様はどう思う?」

「真実でしょう。それに、噂は夫か夫に依頼された者があえて広めていると思います」


 ヨハンナと共にヴィーネも驚いてオリガを見た。

「戦場に自分やその宝珠を狙う者を集めて、存分に力を振るう舞台を作ろうと考えておられるのでしょう。逃げた勇者は元の世界に戻る為にその宝珠が必要で、オーソングランデの王も新たな勇者を呼ぶには宝珠が必要……」

 とてもわかりやすい、とオリガは感想を述べた。


「それ以外の勢力なり力ある個人も、宝珠を手に入れればオーソングランデから莫大な富や、場合によっては地位も望める事から、積極的に狙ってくるでしょう」

 価値と所在がある程度明確になっている以上、あとは目的の物を持つ人物と交渉するか戦って奪うか、と単純な話になる。


「このホーラントをさらに混沌とした戦場にする事で、砂粒の中から金の粒を探し出そうというおつもりなのでしょう」

「でも、危険だわ」

「あら、これはイメラリア様の時代に肩透かしを受けた一二三様にとって、ようやく訪れたチャンスでもあります」


 一二三は召喚後すぐ父殺しの件でイメラリアから狙われる事になるのだが、一番最初に一二三の腕前を見た人物である彼女は、騎士団に捕縛や討伐ではなく監視を命じた。

 結局は、イメラリアと一二三が本当の意味でぶつかり合う事は無く、最後の封印の際もある程度内容を看破された状態であり、敢えて一二三がその罠に飛び込み甘受したに過ぎない。


「敵を探し回るより、敵が向こうから来るように手配したという事です」

 ヴィーネが感心するように頷いている。

 ヨハンナは、プーセとともに額に汗を流していた。

「どうせ戦場になっているのです。巻き込まれて死んだ所で、大した影響もないでしょう。一二三様は優しい方ですから、そこまで考えが回るのでしょう」


「では、共生派と排斥派の戦いの中で、別の争いが発生する事になりますが……」

「それが何か問題になりますか?」

 プーセの疑問を、オリガは一蹴する。

「一二三様の戦いの場として選ばれたのです。つまらない名分に縋って命を無駄にしている連中など、気を遣う必要を認めません」


 共生派の旗頭を目の前にして、オリガは躊躇うことなく口にする。

「第一、そのようなどうでも良い戦いを、あの方は始めから相手にしていません。敵かどうかは主義主張ではなく、自分の前で武器を抜くか否かでしかないのです」

「ですが、イメラリア様は他種族との共生を選ばれ、一二三様はそれを許容されたはず。現に、兎獣人のヴィーネさんを側に置かれているわ」


 一二三も心情的には共生派に属する、とヨハンナは自らの推測を語る。だがオリガは一笑に付した。

「混同してはいけません。それは“ヴィーネ個人を認めた”だけであって、種族など始めからどうでも良い事なのです。……ヨハンナ様」

 改めて、今のうちに考えておくべきでしょう、とオリガはヨハンナを真正面から見つめる。


「一二三様とお会いするつもりなら、先に考えておくべきでしょう。貴女は何のために戦うのですか?」

 イメラリアは父の仇であるという点から出発したが、最終的に世の中から破壊者を排除するために一二三との対立を選んだ。排斥派は、人間だけの国を再び作るために他の種族との対立は避けられない。

 では、共生派はどうか。


「それはもちろん、排斥派を押えて人間と他種族の調和を目指して……」

「他種族との調和は、戦う理由にはなりません」

「えっ?」

「ヨハンナ様とイメラリア様では、立場が違うのです。良く考えてください」


 部屋で休みます、とオリガはヴィーネを伴って席を立った。

 残されたヨハンナは、プーセに助けを求めるように顔を向けたが、返ってきたのは「オリガの言葉の意味は、わたしには判りません」という言葉だった。

「イメラリア様と、わたくしの違い? 共生派が戦う理由……?」


 オリガの言葉を真剣に考える義務など無いのは重々承知してはいるものの、ヨハンナはこれを無視すことはできなかった。

 何より、答えを出せない自分の甘さに、歯噛みする思いが強い。

「お部屋に戻りましょう、ヨハンナ様。まだ一二三さんに会うまでは時間があります。オリガさんと話す機会もまたあるでしょう」

「そうね……」


 不意に投げられた疑問は、この時からしばらくの間、ヨハンナの心を一定量支配する事になる。


☆★☆


 噂の中心人物である一二三は、ミュンスターでのんびりと一日身体を休め、ギルドへ立ち寄った。

 ギルドには皇国からの一二三捕獲依頼が早々に貼り出されており、彼が姿を見せた事で一時は騒然となったが、居合わせたアルダート達が周囲を必死で止めた。


「別に止める事はないだろう」

「同僚が無惨に死んでいくのを放ってはおけない。命が無くなれば金儲けも何もないんだ」

「ふん、そうか。命を大事にしたいなら、そうすればいい」

 ギルド長に挨拶を済ませ、たっぷりと報酬を受け取った一二三は、それ以上彼に対する捕獲依頼について語る事は無かった。


 アルダートたちのパーティーはギルド長の許可を得たうえで、その日以降親身にしている冒険者に一二三についての情報を伝達して回った。

 それが功を奏し、ミュンスターの冒険者たちはほとんどが一二三に接近して宝珠を手にする事を諦めた。

 一部を除いて。




「前は国境警備兵。後ろは冒険者、か」

 馬を駆って国境までやってきた一二三は、背後からの気配が近づいてくる事を察知すると同時に、前方に見えてきた国境の警備がやたらと厳重になっている事に気付いた。

 馬が傷つくと面倒なので、適当な場所で下りて自由にさせる。


 フラフラと国境に近づいていくと、容姿ですぐにわかったのか、途端に兵士たちの動き馬慌ただしくなっていく。

 だが、声をかけたのは冒険者が先だった。

「おい。ちょっと待て」


 野太い男の声に、一二三は歩みを止める事無く振り向く。

「なんだ?」

「手配がかかっていた奴だな? 痛い目を見たくなければ、さっさと宝珠を出せ。そうすれば命は助けてやるよ」

「……ふぅん」


 一二三の第一印象は「つまらない」だった。

 馬に乗って追いついて来た冒険者の人数は五人。男女両方いて、それぞれに冒険者として鍛えられた雰囲気はあるし、武器もしっかり手入れをされている。

 だが、アルダート達に比べると一段落ちる手合い、というのが一二三が一見して判断した彼らのレベルだ。


「欲しいなら、殺して奪ってみろ。その程度の腕も度胸も無いなら帰れ」

 当然、これは挑発だ。

 そして、冒険者たちはたった一人の若い男に反抗される事を不快に感じたようで、あっさりと挑発に乗った。

 全員が馬から下り、武器を手に近づいてくる。


「そうこなくちゃ、面白くねぇ。存分にぶっとばして……」

 すとん、と軽い音がして、一二三が抜き打ちに放った刀が、先頭を歩いて来た男の心臓を貫いた。

 信じられない、という顔をして死んだ男は、倒れてから夥しい量の血を流す。

「反応が鈍い。反撃されない戦いなど無いと思え。というより、それは戦いじゃない」


 刀を振り、血を飛ばして刀を構え直した一二三は、背後から兵士たちが大挙して押し寄せてくるのを感じつつ、残った四人に向き直った。

「戦うつもりで俺の前に立った。反撃する理由は充分だろう?」

「ぬうっ!」

 飛び出してきたのは、巨大なメイスを振り回す巨漢だ。


 図体に似合わぬ速度を持って突進してきた男は、その勢いを乗せてメイスを振り下ろす。

 一二三はそれを避けようともせず、左手を上げて受け流した。

「うおっ!?」

 落としてきた勢いを引き込むように流された巨漢は、たたらを踏んで一二三に近づいてくる。


「当たれば強い武器だが、出来れば最初は素手で速い攻撃を使うべきだったな」

 もう遅いが、と太い腹回りを横一文字に斬り裂きながら、巨漢の横を通り過ぎる。

 上下に泣き別れになって血煙の中に倒れる男を無視して、一二三は一気に残った三人に迫った。

「ひぃっ……ひ、火を!」


 一人の女性冒険者は火球を生み出したが、それを発射する前に両手を切断され、悲鳴を上げる前に首を飛ばされた。

「かあっ!」

 すぐ隣にいた男の冒険者は、鋭い蹴りを放つ。

「おっと」

 一二三は相手の膝を踏むようにして足を止める。当たらずに止められた足先には、鋭い刃が並んでいた。


「シャアッ!」

 足を引き様に拳を放つ。そこにも鋭い爪が付いたナックルが握られていた。

「ほい」

 膝を押えていた一二三の足が軽く動き、相手の胸を押えると、拳は届かない。

 さらに踏み込んで肘打ちが来たが、一二三の左手が顎を押えてのけぞらせると、身体を回転させきれない男の肘は届かない。


 速い攻防というより、連撃を軽々と捌いていく姿になっている。

 その脇から、槍が突き出された。

「せいっ!」

 残った一人の女性冒険者からの攻撃だが、上手く息が合った一撃は、一二三の腹を正確に狙っていた。


「はあっ!?」

 ありえない、と叫んだ女の槍先は、一二三が右手に持つ刀の鈨元はばきもとで止めらえている。それも、刃と刃を合わせる形で。

「タイミングは良かったが、速さも力も足りないな」

 勢いを制御して無理やり軌道を変えるくらいの膂力が無いとな、と一二三は槍先を弾き飛ばし、同時に男が放った横からの手刀に対して、膝を蹴る事で止める。


「かあっ!」

 叫び声と共に、男は背中を見せて後ろ回し蹴りを繰り出してくる。一二三の視界に、踵にも刃が輝いているのが見えた。

「この状況で背中を見せる意味が判らん」

 一二三は呟きながら、背中を合わせるようにして、相手の足を背負った。


 そのまま、女性冒険者に向かって投げ飛ばす。

「きゃあっ!」

 飛んできた男に巻き込まれ、手足の刃に傷つきながら倒れる。

 そこへ、のっそりと一二三が寄ってきて、二人を見下ろした。

「多少は昔よりマシなのが増えたが。問題は目付けだな」


 合わせて串刺しにして止めを刺した一二三は、ようやく近くまで来た兵士たちに向き直った。

「さぁて、お前たちはどうかな?」

お読みいただきましてありがとうございます。

次回もよろしくお願いします。

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