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40/204

40.満足、満足

40話目です。

よろしくお願いします。

 ヨハンナの行動は早かった。

 マット・カイテン子爵を直属の部下としての位置に置き、元騎士隊長アモンとその部下たちとは別系統の直属として扱う事にした。

 簡単だが、書類も取り交わす。文書が残る事で、カイテンは言い逃れができない立場になる事も厭わない覚悟を示す事にもなった。


「殿下御自らホーラントの内戦へ介入なさるというのですか?」

 危険だ、とトオノ伯メグナードは反対した。

 ここ最近の騒動ですっかり老け込んだ様子の彼は、それでも背筋の伸びた紳士然とした雰囲気は失っていない。

 ただ、疲れは見える。


「未だ戦況は均衡を保っているという話もありますが、実際は押され気味であると言うのが現実のようです」

 事実、町を一つ失っているという情報は、すでにメグナード他主だった者たちは知っている。

「だけど、ここでフィリニオンを見殺しにしたとあっては、今後に差し支えるわ。違うっかしら?」


 本心では、一二三を直接知る人物と語る事無く終わるのが嫌だという理由もあるが、流石にヨハンナはその点については伏せた。

「ですが、私どもがお貸し出来る兵力にも限界があります。今の殿下の手勢は精々二十名。失礼ながら、小部隊一つ分程度の取るに足らない戦力です。内容に騎士が多いと言っても、戦場では数のぶつかり合いになります」

 メグナードが言う不安も分かる、ヨハンナは彼の言葉を遮るような真似はせず、しっかりと聞いて、頷く。


「戦場には行くけれど、基本はフィリニオンの救出が目的なのよ。今後、アマゼロト伯爵を味方に付ける可能性を増やす。そして王を守るあの男に対する一つの切り札を得られる可能性もある」

 ヨハンナの言葉を聞きながら、すぐ後ろに控えていたプーセは口を出さなかった。

「兵力は少数精鋭である現状の人数で充分。魔国ラウアールを通過するにも、ウェパルさんの協力があれば問題無いわ」


 ヨハンナは一呼吸おいて、一度だけプーセの顔を見た。

 プーセは頷きを一つだけ向けて応える。

「トオノ伯爵」

 ヨハンナは、首を横に振る。

「わたくしには確かに戦力が必要よ。でも、借り物の兵士に死地に向かえと命じられる程、図太いわけでもないの」


 両手の細い指を絡めて、視線を落とした。少しだけ、不安げな表情にも見える。

「わたくしはわたくしについて来てくれる部下がいるわ。伯爵。護衛ならまだしも、戦いに赴くのに貴方から兵士を借りようとは思わないわ。貴方と、貴方の部下の意思で手伝っていただけるなら、その時は喜んでお願いします」

 旗色を明確にして、王族との血を流す対立を覚悟するならば依頼する、とヨハンナは言外に伝えた。


「でも、御二人だけ協力をお願いしようと思う人がいるの。ホーラントへ行く前に、その方に会いに行くから、道案内を誰かつけていただけないかしら」

「……良いでしょう。殿下がお戻りになられるまでに、私も覚悟を決めて“準備”をしておくといたしましょう。それで、何方を迎えにいられるので?」

 殿下自ら迎えに行くとは実に厚い待遇かと、とメグナードはどこかすっきりした顔をしている。


「伯爵も御存じのお二人よ。英雄の奥様であるオリガ様、そしてその従者……愛人? あの方の立ち位置がよくわからないわね。まあ良いわ。兎獣人のヴィーネさん。お二人に協力いただこうと思って」

 だから、とヨハンナは照れ臭そうに笑う。

「二人を正式に雇うための資金を、貸してくれないかしら?」


☆★☆


 荒野には、多少ながら人間も進出してはいたが、基本的に獣人族たちのエリアである事はこの数十年変わっていない。

 むしろ、魔人族やエルフが去ってしまった事で、広い荒野と森の大半が彼らの独占下にあるとも言える。

 だが、種族同士バラバラに集落を作っている状況は変わっておらず、“荒野の主”となるとハッキリとは決まっていない。


 カルフスという人物が町に住む獣人族たちにも伝わっているが、それもどのような人物なのかすら伝わっていない。

 そう言った意味では、一二三が踏み込んだ当時から“荒野”は謎に包まれた土地のままだった。

 弱い者を拒み、戦闘力が高い者、隠れるのが上手い者、逃げ足が速い者が生き残る。


 そういう意味では、オリガの目の前に獣人族の死体が複数転がっているのも、荒野の掟としては間違っていない。

「粗野な連中ですね。ヴィーネ。そちらはどうですか?」

 水を向けられたヴィーネは、膝に手をついて肩で息をしている。


「な、なんとか生きてます……」

 彼女の周囲にも、三人ほどの虎獣人の死体があった。

 いや、一人はまだ息がある。

「う、兎のくせに……」


「逆です。虎の癖に鍛錬を怠り、相手を侮り、悪党となって荷物を奪おうとした貴方の方こそ愚かで救いようの無い、獣人族のクズです」

「人間が、何を……!」

 ヴィーネの釵によって両肩を貫かれた虎獣人は虫の息だが、それでもオリガを睨みつける程度の元気は残っていたらしい。


「何を? 私たちは単に、気晴らしを兼ねた鍛錬に来ただけです。それを貴方達が邪魔をして、挙句襲ってきた。だから返り討ちにした」

 シンプルな話でしょう、とオリガは微笑む。

「ヴィーネ。止めを刺してあげなさい」


「わ、わかりました!」

「や、止めろ!」

 ヴィーネは一瞬の躊躇いを見せたが、それでも心臓を一突きして虎獣人の命を奪った。

 ずるり、と引き抜いた釵の先に付いた血を、手持ちの布で拭う。

「終わりました……」


「冒険者として、一二三様と共に戦う者として、そういう躊躇いは捨てなさい。殺しに来た相手を殺すのは礼儀です。敵を残すならば、その敵にまた狙われる事を覚悟しなさい」

「わ、わかりました!」

「では、魔法についての続きを……おや?」

 オリガがヴィーネの左手を取ると、浅い傷ではあるが、切り傷がある。


「こ、これは……」

 怒られる、と思ったのか、ヴィーネが慌てて腕を引こうとするが、オリガはしっかりと掴んで離さない。

「怪我をしたなら、すぐに言いなさい」

 オリガの魔法による治癒が発動し、ヴィーネの傷はすぐに塞がった。


 ヴィーネはその治癒魔法の効果に目を見張る。

「すごいです! あっという間に!」

 プーセを始めとした治癒魔法の使い手でも、もう少し時間がかかる。また、表面から見える怪我や単純骨折などは治癒するのが難しくないのだが、複雑な骨折や内臓に傷が入った場合などは、治癒魔法による治療が難しい。


 それは治癒魔法において常識的な事であり、ヴィーネもそう聞いていたのだが、オリガはその原因を突き止めたらしい。

「要するに、どこがどうダメージを負っているのか、内臓の役割や配置、骨格のつながりなどを知らないから、治癒の効果が薄いわけです」

 魔力を使った治癒のイメージに具体性を持たせる事で、治癒の効率や効果範囲を広げる事が出来る事を知ったという。


「えと……つまりどういうことでしょう?」

「丁度教材があるから、説明します。私が以前に夫から教わった事ですから、貴方も憶えておくべきでしょう。魔法だけでなく、近接戦闘でも役に立つ知識です」

「そうなんですか! よろしくお願いします」

 ヴィーネから元気な挨拶が帰ってきた事で、オリガは上機嫌で歩き出した。先ほどヴィーネが刺殺した、虎獣人の死体に向かって。


「へっ?」

 何をするのか、とヴィーネが問う前に、驚愕の表情を浮かべたままで死んでいる虎獣人に向けて鉄扇が振るわれた。

 胴の部分を縦にざっくりと斬り裂かれた死体からは、まだ凝固していない血液が流れ落ち、内臓がこぼれる。

「お、奥様……?」


「早くこっちへ来なさい。まずは胴体正面の骨格から説明しますから」

「や、ちょ、待って……おっぷ……!」

 流石に耐え切れず、ヴィーネは口を押えて逃げて行った。

 そんな様子を懐かしく見つめているオリガは、仕方ないと呟く。

「胃が空になってからにしましょうか」


 こうして、たっぷりと勉強をして町へと戻ってきた二人は、実に対照的な表情を浮かべていたらしい。

 女二人での修行の日々は、概ね危なげなく進んでいた。


☆★☆


「ぎえっ!?」

 周囲に味方が沢山いて油断していた兵士は、背後から自分を貫いている刀の切っ先を、しばらく呆然と眺めていた。

 現実味の無い光景だと思っているうちに、激痛と刃の冷たさが恐怖と共に腹の底から湧き上がってくる。


「ぐぐ……」

 逃れようとしても、遅かった。

 ぐい、と横へ滑った刃は、兵士の腹を半分だけ断ち割り、血の匂いを周囲へと振りまく。

「ひぃ、ひぃ……」

 零れる内臓をかき集めながら、酷く喉が渇く感覚に襲われたまま、兵士は死んだ。


 その光景を、一二三は刀を提げて冷たい視線で見下ろしていた。

「戦場で、人任せにしてぼんやりしているからそうなる」

 背後からくる兵士に対しては突きを食らわせ、大振りに叩きつけてきた槍の穂先は、斬り上げた刀によって遠くへ飛ばされ、槍の持ち主は脳天から刀で頭部を真っ二つにされた。


「……さあて」

 殺しに殺して、ようやく半分の百人程だが。

 周囲は随分とまばらになってしまった。少なくとも五十は逃げ散ってしまったらしい。

「まあ、逃走を選択したなら、それでもいいさ。どこかでまた会ったら殺せば良い」


 残った者たちも、自分から攻撃に向かおうとする者はおらず、当初に比べると随分広がった包囲に加わりはすれど、前に出ようとはしない。

 潮時か、と一二三は感じた。

 戦意を失った連中を相手にしても楽しくもなんともない。自分が一番信頼する武器を持ち、命を賭けて命を奪いに来る相手で無ければ。


 戦いの最中、人数が大分減ったあたりから複数の視線を感じ始めていた。恐らくは冒険者の四人組だろう。

 ランスロットに命じられて自分を呼びに来たと言っていたはずだな、と一二三は随分と懐かしい話のように思い出していた。

「ふむ……サブナクには随分と世話になった。依頼の分もあるし、多少は付き合っても罰は当たるまいよ」


 一度に随分と殺した。

 そのせいか、一二三の心は冬の湖面のように冷たく落ち着いていた。

「あいつらも数日しっかりついて来ていた。最初の頃のオリガ達よりも随分と地力があるな。冒険者も進化しているというわけか」

 とすれば、その頑張りに応えるのも悪くない。とすら考える程、一二三は機嫌が良い。


 そろそろ終わらせると決めた時、一二三の視線は自然とヴァンターラクトの方へ向く。

 彼は生き残っている。いや、生かされている。

 指揮の為に馬上にいる彼は、すでに呆然とした表情のまま硬直していた。

「うそだ……嘘だ……」

 ブツブツと呟く様は、もはや現実を見ようとはしていない。二百を超える部下の兵士が、文字通りなぎ倒されていく光景を前にして、心が壊れてしまったようだ。


 護衛たちも一応は残っているが、逃走の機会を逃して狼狽しているような状態で、とてもじゃないが腰を据えて誰かを守る準備が出来ているようには見えない。

 護衛兵士の誰もが、ヴァンターラクトへ視線を向けていないのだ。


 今回の戦いの総仕上げとなる敵が、放っておいた間に壊れてしまっていた事に残念な気持ちを抱えたまま一二三はゆっくりとヴァンターラクトへ近づいていく。

 護衛たちは慌てて逃げ出そうとするが、職務を放棄した報いとして、立て続けに惨殺された。

 そして、馬上の騎士を見上げる。


「ひ、ひぃ……」

 一二三の事が、純粋な恐怖の対象に見えているのだろう。

 視線が合った途端に、ヴァンターラクトは震えながら失禁した。

「見ていられないな。将の器では無かったという事か」

 無感動に突き出した刀は、それでもドン、と音がする程の衝撃を響かせ、馬上の騎士の心臓を一突きにして絶命させた。


 ぐらりとゆれて落馬した身体は、今更のように首が折れたようだ。

 主を失った馬は嘶き、逃げていく。

 その悲鳴のような鳴き声に触発されて、生き残っていた兵士たちも逃げ散って行く。

「終わったな。楽しい時間は短い」

 刀身を拭った懐紙を放り捨て、納刀する。


「見ているだろう。出て来い」

 視線を向けた先から、アルダート達がゆっくりと姿を表す。倒れた死体や放置された資材に身を隠したまま、一二三の戦いを見ていたらしい。

 全員が血の気の引いた顔をして、一二三を見る視線が先ほどよりもずっと怯えを含んだものになっている。


「なんて顔してやがる」

 はっは、と笑い飛ばした一二三は、アルダートの肩に手を置いた。

「さあ、行くぞ」

「ど、どこへ行くつもりだい?」


 ミンテティの言葉に、一二三の片眉が上がる。

「何を言ってるんだ。自分たちがこなしている依頼を忘れたのか? ランスロットの所へ行くんだろうが」

「あ……た、助かる! すぐに案内する」

「案内はいらん。屋敷は一度行ったことがある」


 そこまでの間柄か、とアルダート達は自分たちが実質単なるメッセンジャーであった事に、顔には出さなかったが腹の中には怒りを燃やした。

 彼らは同時に、依頼料を受け取ったら思い切り高いやつでヤケ酒をしてやろうと心に決めた。

お読みいただきましてありがとうございます。

次回もよろしくお願いします。


※本作の前作である『呼び出された殺戮者③』が1月22日に発売予定です。

 よろしくお願い申し上げます!<(_ _)>

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