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4.退位

4話目です。

前作を読まれている方ならご存知であろうキャラクターが登場します。

 シクが部下を呼び、死体を検める準備をしている間、改めて一二三たちとヨハンナは対峙していた。

 向かい合わせのソファに座り、一二三の左にはオリガが優雅に紅茶を愉しみ、右側では頭のこぶを抱えてヴィーネが唸っている。

 対面には、ヨハンナとプーセが座っていた。

「ゆう……一二三様、先ほどの戦いを全てではありませんが見せて頂きました。素晴らしい強さ。それに、城の者たちが訓練している姿よりも遥かに洗練された動きは、まるで芸術のようでしたわ!」

「そうか。そりゃ良かったな」

 褒めちぎるヨハンナに対し、一二三は目の前に置かれたクッキー以上には興味を示さなかった。代わりに、何故かオリガが薄い胸を張って「そうでしょう、そうでしょう」と頷いている。

 興奮するヨハンナを押えつつ、プーセは神聖オーソングランデ皇国という国について説明を続けた。

「イメラリア様を始祖であり聖女とするイメラリア教は、ここ数年で急激に勢力を伸ばしました。人間族至上主義は次第に市民権を得て、王都とその周辺からは獣人や魔人族は公職から追放され、私のようなエルフも、多少扱いは良くても、今や白眼視を受ける立場です」

 ただ、フォカロルだけはアリッサの時代から多くのドワーフが活躍し、他の種族も無条件で受け入れてきた。差別を避けてトオノ伯爵領へと逃げるように移住してくる者も増えているらしい。

「そういう“余計な話”は別にいい。俺が聞きたいのは、俺を復活させた理由だ」

 クッキーを綺麗に平らげた一二三は、紅茶を空にして口を開いた。

「わたくしからお話します」

 ヨハンナが、にっこりと一二三に微笑む。

「わたくしの父である神聖オーソングランデ皇国国王オレステは、わたくしの妹サロメを使い、古代魔法を復活させ、二人の勇者を異世界より呼び出しました。男女二人の勇者は、戦闘技能に優れ、一人は剣、一人は魔法に長け、城内の騎士たちは誰一人彼らに勝てる者はいません」

 一呼吸おいて、ヨハンナは一二三の様子を窺ったが、その表情に動きは無い。

「王城の奥で密かに教育を受けた勇者たちは、父やサロメを含めた城の者たちから“異種族が人間を滅ぼそうと企んでいる”というような事を吹きこまれ、信じ切っております。わたくしはそのようなやり方には反対しましたが、聞き入れてもらえず……」

「いい加減に愛想が尽きた私が、殿下を連れて城を抜け出し、シクに頼んで一二三さんたちを城下から持ち出したという訳です」

「一二三様!」

 ヨハンナは立ち上がり、深々と頭を下げた。

「どうか、父と妹を止めてください! このままでは、折角イメラリア様が築かれた、多種族が調和する世界が再び戦乱の世界に戻ってしまいます」

 ヨハンナの言葉に、プーセは苦い顔をして、オリガは爽やかな笑みを浮かべた。

「断る」

「……え?」

「戦乱の何が悪い。主義主張を押し通すのに、戦う事の何が悪い。お前は“止めろ”と言った。“殺してくれ”とも“殺したい”とも言わなかった。それじゃ、次の勇者とやらが出てきて、いつまで経っても争いは終わらない。止めるという中途半端な事を考えた時点で、お前は負けている。諦めろ」

 一二三の言葉に、ヨハンナは何も言い返せなかった。単純に、一二三が力を振るって新たな勇者を倒せば、父も妹も諦めると簡単に考えていた。

「第一、なんで俺がそんな真似をしなけりゃいかんのだ。そいつらが俺に襲い掛かってくるなら兎も角、俺はこれから忙しくなる。そんな戯言に付き合っている暇は無い」

 一二三がこういった反応をするだろう事は、プーセにはなんとなく予想が付いていた。過去、彼が誰かの頼みで動く事があったとすれば、“復讐を手伝う事”であって、彼が代わりに何かをするというものでは無かった。

 もし、ここでヨハンナが「父と妹を殺すための戦い方を教えてくれ」とでも頼めば、承諾していたかも知れない。しかし、ヨハンナにはそんな発想はできないだろう、ともプーセは考えた。

 事を急く必要は無い、と彼女は自分に言い聞かせ、話題を変える為に口を開いた。

「一二三さん。先ほどシクから聞きましたが、オリガさんはご懐妊なさっているという事ですが……」

「そうだな。封印から解放されても、しっかり生きているようだ」

 お腹に手を当てて、幸せそうな表情を浮かべるオリガを、ヴィーネが横から羨ましそうに見ていた。

「そういう事でしたら、しばらくフォカロルに滞在なさってはいかがですか? オリガさんの為の護衛も用意できますし、これくらいの規模の町ならば、昔と違って魔法医という者がおりますから、安心して出産に望めますよ」

 魔人族やエルフとの交流が増えた事も有り、この数十年で大きく魔法は進歩した。

直接的な攻撃魔法以外にも、多くの場面に適した魔法が次々と開発されていた。その影響により、傷病者への治癒魔法は改良が続けられ、出産時の死亡率も母子ともに低下している。

 その多くが、“オリガの手帳”と呼ばれる魔法開発メモによるものだとプーセも知っていたが、本人に向かって「手帳が読まれています」とは流石に言えなかった。原本を見たプーセは、その手帳の半分が魔法に関する記述で、もう半分が一二三に対する気持ちを赤裸々に綴った物だと知っていたからだ。

「オリガ。お前の身体の事だ。お前が決めると良い」

「ありがとうございます。あなたが良ければ、この町で時代がどう変わったかを見ながら、しっかりと赤ちゃんを育てる準備をしたいと思います。それに、生まれたら試したい事があるんです」

 弾けるような笑顔を浮かべ、一二三に向かって照れながら語るオリガ。

「この子を、あなたと私で鍛えるんです。きっと、あなたと充分に戦える子になります」

「なるほど。そういう方法もあるか。良いアイデアだな。俺が技を教えて、お前が魔法を教えるわけか」

 夫婦が盛り上がっているのを、プーセは冷や汗で背中を濡らしながら聞いていた。その育てられた子供が、もし一二三を倒したとしたら、その後は……?

「と、兎に角、そういうお話であればこの館を使って……」

「いや、それは止めておこう」

 一二三はプーセの申し出を断り、闇魔法の収納を開いて、まだ中身がしっかり残っているのを確認した。

 そして、じゃらりと三十枚程度の金貨を積み上げた。

「これはまだ使えるか?」

「ええ。金貨も銀貨も、貨幣価値は若干下がっていますけれど、まだ流通しています」

 そうか、と答えた一二三は、二十枚程度をオリガへ。十枚程度をヴィーネへ渡した。

「領地の開発に私費をかなり注ぎこんだからな。これが今の全財産だ。オリガは宿を押えて、ヴィーネは適当に珍しい物を買えるだけ買い込んでおけ。どんな物があるか知りたい」

 問い返す声は無い。オリガもヴィーネも、黙って頷いた。

「一二三さんはどうなさるのですか?」

「金を稼いでくる。プーセ、冒険者ギルドはまだあるんだろう? 場所はどこだ」


☆★☆


「それでは! 最終的な採決を行う!」

 旧ヴィシー連邦。現在は魔人族が治める国として、新たに『魔国ラウアール』の名を冠し、本来の住人である人間族に対しても厳しい締め付けなどは行わず、極力それまでの生活を送れるように配慮する政策を取った。

 一時は国民の流出が問題になったが、オーソングランデとの和解後に交流を深め、“統治はすれど支配せず”として、人間の生活習慣に対する過度な制限は行わず、緩やかな政治体制に徹した。今では、トオノ伯爵領を相手とした交易もあり、多くの種族が出入りする国家となっている。

 魔人族たちは魔人族の中でも推薦により選ばれた議員たちと王による合議によって政策を決める合議制を採用していた。

 だが、その体制も終焉を迎えようとしている。

「はあ……」

 長い間国王として君臨していたウェパルは、魔人族特有の灰色の肌をした頬に手を当ててため息を吐いた。

 ヴィシー統治後、魔国ラウアールとしての再出発を記念して造られた議事堂は、国家成立宣言以来の盛り上がりを見せていた。ウェパルと彼女の支持者を除いて。

「国王の退陣を求める者は、規律願いたい!」

 自らが率先して立ち上がり、会場内に大声を響かせた魔人族の男は、名をネヴィルと言う。鍛え上げられた長身の身体にそぐわぬ、細面の涼しい目をしている。短い髪をぴったりと整髪料でオールバックに整え、一見すると生真面目な美男子だ。

 彼の呼びかけに、長いテーブルに座った議員たちの大半が立ち上がり、憐憫であったり、ばつの悪い表情で合ったりと、様々な視線をウェパルへと向けていた。

「では、ここに王の退陣を決定する!」

 良く通るネヴィルの声に続き、多くの拍手が鳴り響いた。

 議会の場は、長い机を見通せる上座に玉座があり、左右にずらりと議員が十名ずつ並ぶようになっていた。証人や参考人が呼ばれるときは、王の対面に立つ事になる。

 そして、議会は広く開かれている。周囲には観客席のように多くの座席が用意され、魔人族であれば誰もが、人間族など他種族であれば許可を得た者のみ、議会の様子を傍聴できる。

「今日は満員御礼ね」

 盛り上げる議事堂内は、集まった傍聴人たちの声も響いていた。いつもなら静かに聞き入っているはずだったが、ウェパルはいくばくかの扇動者が混じっているのだろうと考えた。

「では、次の王についてだが……」

「わしは、ネヴィルを推す」

「私もネヴィルが良いと思う」

 次々にネヴィルを推す声が上がり、指名された本人は、感無量と言う表情を浮かべて、礼を述べている。

 全てが茶番にしか見えなかったウェパルは、座ったら倒れるように、玉座に傷でもつけておこうかしら、と立場からして小さすぎる事を考えていた。

「では、僭越ながら……私ネヴィルを次期王として認めて頂ける方は、ご起立願いたい!」

 先ほど、ウェパルの罷免に賛成した者たちが改めて立ち上がった。

「ありがとう! では、たった今より、私ネヴィルが魔人族の王として立つ! 我々魔人族が耐えてきた長い雌伏の時は終わる! 我らが魔人族の優秀性を示す時が来たのだ!」

 ウェパルにしてみれば「今になって何を世迷言を」とでも吐き捨てたくなるような演説に、議員も観衆も割れんばかりの拍手を送っている。

「これで、魔人族も終わりね……」

 ウェパルが玉座から立ち上がると、議事堂にいる全員の視線が集まった。

 拍手は止み、先ほどまでの騒音が嘘のように静まり返った。それだけ、長く王位にあったウェパルの威圧感は大きい。八十余年前と変わらぬ美しい容姿を保っているが、魔力は以前とは比べ物にならない程に増えていた。

「玉座を譲りましょう。そう決まったのだから」

 素直に退陣を認めたウェパルに、議員たちは安堵の表情を浮かべた。暴れるとでも思ったのか、とウェパルは内心腹を立てたが、平静を装う。

「ただし、ネヴィルも他の者たちも、ちゃんと覚えておく事ね。“魔人族の優秀性”を嘯くのは勝手だけれど、人間も獣人族もエルフも、座して魔人族に蹂躙されるのを待っているわけでは無い事を」

「何をおっしゃるかと思えば……」

 着席した議員たちの中で、新たな王となったネヴィルだけが立っていた。

 ウェパルの言葉をせせら笑い、彼の周囲も同調している。

「我々はエルフ以上に魔法に長け、獣人に劣らぬ身体能力を持っています。事実、この地を手に入れた時も、左程の期間はかからなかったではありませんか」

 ネヴィルは八十余年前の時点でまだ年若く、従軍はしていない。

 魔人族の中でも従軍した者は現状維持を望んでいたが、魔人族の社会が安定し、数が増えて戦いの内容を口伝でしか知らぬ者が大勢を占めるようになると、魔人族の優位性と人間に対する強権的な支配、さらには他国への侵攻を訴える者が表れるようになった。

「引退なさった王には、どうか大人しく我々の快進撃をご覧いただきたい。そして、遠慮しすぎであったと、後悔していただきたい」

 議会における主流派は、このネヴィルを中心とした自称“改革派”に牛耳られ、ウェパルはとうとう玉座を追われる事になった。

 今後、ネヴィルを中心に議会は対外的な敵対政策を選ぶようになるだろう。魔国ラウアールに住む人間に対しても、権利の縮小や増税などによる締め付けが進行するのは間違いない。

「ええ、じっくり見せてもらうわ」

 にっこりと笑って、ウェパルは議会を後にした。

 ラウアールに王冠などは存在しない。真紅のマントを外して、玉座へと残して来ただけだ。

 議事堂に残っている議員たちで、新王を中心にこれからの政策について話し合うのだろう。そう思うと、ウェパルも少しだけ寂しくはあった。

「陛下……」

 議会を出て城内に戻ると、フェレスとニャールが出迎えた。

 二人とも女性の魔人族で、一二三を見知っている。昔からウェパルの部下として仕えてきたのだ。

「もう陛下じゃないわ。肩の凝る仕事も終わり。普通の女の子に戻ったのよ」

「二百歳近いのに、女の子……?」

「何か文句ある?」

 睨みつけられたニャールは、外れそうな程の勢いで首を振った。

「とりあえず、引っ越しね。お城も明け渡さなくちゃ」

「お手伝いいたします。私もニャールも、ウェパル様が退陣されるとなれば、城にいる理由も有りませんから」

 フェレスが淡々とした様子で語るのを、ウェパルは嬉しく思った。

「それでへい……ウェパル様、これからどうするんですか?」

「そうね……」

 二人を連れて私室へと入ったウェパルは、ソファへ腰をおろし、足を組んで天井を見上げた。

「折角だから、旅行でもしようかしら。オーソングランデに行って、懐かしい顔でも見ましょう」

「あ、それだったらフォカロルにしばらく滞在しませんか? あそこのご飯美味しいし!」

「ニャール、貴女が決める事じゃないでしょう?」

 無邪気に提案するニャールを、フェレスが窘めた。ずっと変わらないいつもの光景に、ウェパルは涙腺が緩む。声を出して笑う事で、なんとか誤魔化せたと思いたい。

「ふふ、良いのよ。列車でさっさと移動して、町でのんびり過ごしましょう。長々と働き過ぎたわ。もう何にも考えたくない」

 ウェパルが王座を退いたという報は、あっという間に城内を駆け巡り、その日のうちにウェパルたちが城を発つと、後を追うようにして多くの使用人や文官たちが暇乞いをした。

 その事を知ったネヴィルは酷く腹を立てたようだが、武官の発言力を強化する機会に利用する事で溜飲を下げた。

 こうして、魔国ラウアールは大きな変革を迎えた。かつて誰よりも多くの魔人族を殺した、一二三という人物が復活したと言う凶事を、露ほども知らずに。

お読みいただきましてありがとうございます。

次回もよろしくお願いします。

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[良い点] ウェパル御一行生きとったんかワレェ!(歓喜)
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