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39.集団の中で

39話目です。

よろしくお願いします。

「お前たちの代表はどこだ?」

 突然話しかけられた兵士は、目の前の青年があまりにも堂々と正面から来たために、まったく敵だとは思わなかった。

 兵士が指差した方向へ、一二三はまっすぐ歩いていく。

 そこには周囲の兵士とはまるで違う、白い鎧を着た騎士風の男がいた。


「誰だ、貴様は」

 ヴァンターラクトはとてもじゃないが兵士には見えない男を目前にして、顔を顰めた。

「お前が探している人物だよ。あんな見え透いた罠を仕掛けなくとも、やりあいたいならそう言えばいいんだ」

 こっちが本隊だろう、と笑う。


「お前が……」

 信じられない、と最初はヴァンターラクトも信じられなかった。

 周囲には大勢の兵士がいる。男が言っている事が本当なら、敵のど真ん中に堂々と入り込んできた事になるのだ。

「仲間はどこだ? それとも、仲間を売って自分だけでも助かろうという腹積もりか」


 犯人が多人数である事を信じて疑っていない台詞に、一二三は首を傾げた。

「何を言ってる? 俺はずっとこのあたりを一人でふらふら狩りをしていたんだ。そこにイチャモンつけてきた馬鹿な連中を返り討ちにしてきたんだが。仲間?」

「一人だと……?」


 握りしめた拳を震わせ、ヴァンターラクトは一二三の姿を睨みつけるようにして確認する。

 細い剣を帯び、濃紺のシンプルな上着にひらひらとした見慣れない形の服を着ている。

「いや、その服は……」

 見覚えがある。それは幾度か訪れた王城前の広場にあった石像の姿。


「英雄……いや、英雄の真似か。多少は腕も立つようだが、無茶が過ぎたな」

 腰の剣を抜いたヴァンターラクトは、周囲にいる兵士たちを見回して声を張る。

「この者を捕えよ! 皇国に仇成す愚か者だ!」

 声に応えて周囲の兵士から順に槍や剣を構え始める。


「壮観だな」

 見渡す限り、ぐるりと二百人の敵に囲まれた一二三は、両手を広げてくるりと回った。

「これだけの相手がいる。いやはや、贅沢な事だな。元の世界じゃ考えられない」

 待たせるのも悪いから、と音も無く刀を抜く。


「一つ確認だ。総大将はお前か?」

「聞く間でも無い。お前は皇国騎士ダムド・フェルアート・ヴァンターラクトの前に立っている! 大人しく捕まるなら良いが、抵抗するなら命を失うと思え!」

「上等! 命を奪いに来い! お前らの命を賭けて!」

 ヴァンターラクトよりもさらに大声で答えた一二三は、手始めにそばにいた兵士の首を三つまとめて斬り飛ばした。


 首の後ろだけが皮一枚で繋がった首は、ぐるりと後ろへ倒れて背後の同僚と目が合った。

「油断すれば死ぬ。俺も同じだ」

 さらに二人を纏めて串刺しにしたかと思うと、足を当てて引き抜く。

「何をやっている? 戦闘は既に始まっているぞ」


 五つの死体が転がると、兵士たちは一気に恐慌状態に陥った。

 剣や槍を滅茶苦茶に前へと突出す者、一二三から離れようと味方をかき分けて後ろへ下がる者。そしてヴァンターラクトの周囲では護衛の為に兵士たちが密集体形を取っている。

「心配せずとも、後回しだ」

 これが戦争で“勝利”を目指すのであれば、真っ先に大将首を狙うべきだろうが、将を失った軍隊が逃げ散ってしまってもつまらない。


 戦いを長く楽しむ。それだけの為に、一二三は敢えてヴァンターラクトを見逃した。

「特別席で見ていると良い。俺が最後まで立っていたら、最後の役者はお前だ」

 はっきりと、目を見て宣言した一二三は、直後には兵士をなぎ倒すように斬り殺していた。

 兵士たちに守られながらその姿をはっきりと見て、言葉も聞こえたヴァンターラクトは答える事が出来なかった。


 指示を出す事もできずに硬直している大将の目の前で、兵士たちは無惨に死に続ける。

 オーソングランデの兵士たちに限らず、兵士と言うのは一部を除いて個人の技量はさほど高いわけでもない。決まった隊列を組み、合図に合わせて集団行動をする訓練をひたすら積んでいるのだ。

少数の特殊部隊ならまだしも、一般の、しかも予備兵の集まりでは、隊列も何もない、突発的な戦闘にはとても対応できなかった。


 拳で槍を叩き折り、驚愕する兵士の顔に切っ先を乱暴に突っ込む。

 背後から突きだされた剣を躱し、蹴倒した兵をそのまま踏みつけた。

「おっと。こりゃ窮屈になってきたな」

 後から後から押し込んでくる兵士たちで、一二三の周囲は次第に狭まってくる。


 この状況に至ってようやく立ち直ったヴァンターラクトは、声を荒げて指示を出す。

「もっと全体から圧力をかけろ! 押しつぶせ! おい、あそこの槍兵に味方の脇から槍を出して突き殺せと命じて来い」

 近くに槍兵の集団がいるのを見つけると、隣にいた兵に伝令を命じる。兵士たちの掛け声や悲鳴が響いて、叫んでも声が届かないのだ。


 命令を受けた兵士たちは、戸惑いながらも指示通りに動く。

 他の兵士を押しのけて移動する槍兵たちを、一二三は視線の端に捉えていた。

剣を持って戦う兵士達の後ろから、味方を刺さないように突き出された槍は、彼が想定した以上に整然と、そして正確に狙ってきている。


 だが、身体を固定されているわけでも無い一二三に、単純な槍の刺突がそう簡単に当たるわけが無い。

 真正面にいる兵士へと体当たりをするように前に出る。

 両脇を槍が素通りしていくのを放って、目の前の首へ刀を横一文字に押し当ててぐいぐいと横へ引く。


 口から血の混じった泡を噴いて絶命する兵士の身体を槍兵へと押し付け、戸惑っている相手を順番にサクサクと刺し貫いていく。

「ギッ!?」

「や、止めてくれ!」

 悲鳴や懇願の声は、一二三に聞こえてはいても手を止める理由にはならない。


「戦いが嫌なら、武器を捨てて必死で逃げろ」

 二本の槍を纏めて叩き斬り、大きく振り回した刀がそのまま数人の腹を鎧ごとざっくりと裂く。

「武器を持って俺の前に来たなら、俺を殺すか殺されるかだ」

 内臓を垂れ流しながら跪く槍兵を蹴飛ばして道を作り、逃げるかどうか逡巡している兵士の喉を突いた。


 数は二百人。戦闘開始から十数秒で百九十人を少し割った程度の人数まで減ったが、それでも周囲が敵ばかりであるというのに変わりは無い。

 むせるような血の匂い。顔にも腕にも返り血を浴び、汗と共に流れ落ちるのを乱暴に袖で拭う。

 道着も、血で重く湿っていた。


「捕えなくて良い! 殺せ!」

 少し離れた場所からヴァンターラクトの声が聞こえる。

「そうだ。それでいい。殺しに来い」

 そして、殺しに来たら殺す。


 押し合う兵士たちの隙間を瞬時に見抜き、人一人が通れるか否かのスペースへ躍り込む。

 仲間同士で傷つけあい、思わず手を止めた兵士たちはその瞬間に命を奪われ、驚き、怯えて足が止まった者もまた、熱い斬撃を味わって死ぬ。


 狂騒。


 周囲にいる仲間たちは、同時に自分を逃がさないように邪魔をする壁になる。叫び続ける騎士の声に押されて後ろからどんどんと圧力をかける味方に推されるようにして、前に出ざるを得ない。

 そして、戦わざるを得ない。


 待っている結果は死。

 それが嫌なら、戦って勝つしかない。


 いよいよ血と油が刀身に巻き付いて滑るようになってきたが、一振りもすればビシャリと音を立てて輝く刃が再び姿を見せる。

 切れ味は衰える事無く、身を低くして集団へ潜り込んだ一二三が軽く二度ほど横なぎに振るだけで、周囲の兵は幾人もが足を失った。

 叫び声は、すぐさま断末魔にとって代わる。


「ふふふ……」

 身体を起こすと同時に、一人の兵士を抱え上げて放り投げる。

 誰かの槍先に突き刺さり、もがいているところを一刀で両断した一二三は、高笑いと共に刀を振り上げ、片手で大上段に構えて周囲を見回した。

「あっはっは! 良いな! 実戦は本当に良い! 一つ一つの動き、緊張感、感触、匂い、全てが俺をさらに強くしてくれる!」


 事ここに至ってようやく、ヴァンターラクトは目と鼻の先で部下を相手に暴れている人物が単なる“英雄かぶれ”ではなく、かの女王イメラリアと並んで歴史に記された人物その人である事を知った。

 あまりにも、遅すぎたのだが。


☆★☆


 王都からフォカロルへ戻った後、しばらくは消沈している様子だったヨハンナは、プーセのサポートやウェパルからのアドバイスを受けて気を取り直し、フォカロルに滞在してトオノ伯爵との会談を繰り返し、地盤固めの為に精力的に動いていた。

 他にも協力を申し出る貴族は多少なり存在しており、本人や代理人がヨハンナの元を訪れる事も増えている。


 そんな中、この日も一人の貴族が供も連れずに尋ねて来た。

「マット・カイテンと申します、殿下。皇国の子爵位をいただいております。まあ、肩書だけの事ですわね。実際は皇国の役人の端くれですわ」

 オレンジのボリュームのある髪を揺らし、真っ赤な口紅を引いた唇をキュッと引き上げて特徴的な笑みを浮かべたカイテン子爵は、皇国騎士向けの()()()()を着ている。


 混乱の表情を浮かべているヨハンナを落ち着かせ、付き添いで同席していたプーセは、とりあえず座る様に、と談話室の椅子を勧めた。

 女性のようにメイクをした男性を始めて見たヨハンナは、まだ目を見開いて固まっているので、プーセが口を開く。

「城に長く勤めておりましたが、お会いした事はありませんね」


 プーセが確認するように質問をすると、「そうでしょう」と頷いた。カイテンは男性の服を着てはいるが、仕草は女性らしさを意識しているらしい。

 膝を揃えて座り、その上に両手を重ねて置いている。

「あたしの仕事は、主に地方の貴族領に滞在して連絡役と称した監視者になる事でしたから。城に行くのは年に一度か二度。それも短時間ですもの。城勤めの方のほとんどは、あたしの事は知りません」


 口元を隠して笑う。

 プーセも違和感を感じていたが、目だけでなく口まで開いてこちらを見てくるヨハンナに「はしたないですよ」とそっと注意する。

「それでも、皇国の中央に所属する役人に違いはありません。はっきり言いますが、私たちは皇国中枢と対立している状況にあります。今でこそ表立ったぶつかりあいは有りませんが……」

「城内では騒動があったらしいですわね」


 プーセは一気に相手に対する警戒レベルを引き上げ、いつでも障壁を張れるように魔力を流し始めた。

 視線が厳しくなったのは自覚しているが、敢えて隠すことはせず、カイテンの出方を見る。

「そんなに警戒しなくても大丈夫ですわ」


 ほっそりとした足の位置をずらし、カイテンは立ち上がる。

 ちらりと裾から見えたブーツの足首から、ティアドロップ型の宝石をあしらったアクセサリーが見えた。

「あたしは殿下にお味方するつもりでここへまいりました」

 皇国の貴族らしい見事な礼を見せ、カイテンは宣言した。


 顔を上げたその表情は、真剣そのものである。

「実は、一つ取り急ぎお伝えしたい情報がありますわ。他に同僚とのつながりで各地の情報を集めるのは得意ですから、決して殿下の邪魔にはなりません」

 自らをしっかりと売り込むと、先ほどまでと同じように唇を曲げて笑う。

「こう見えて、意外と強いんですよ、あたし」


「わ、わかったわ。協力してもらえるなら、それはありがたいもの。わたくしからも、お願いしたいくらいだもの。頼らせていただくわ、カイテン卿」

「あら、卿だなんて堅苦しい呼び方は止めてくださいな。親しい者からは“マティ”と呼ばれておりますから、よろしければそのように」

 急に馴れ馴れしく話し始めたカイテンに、プーセが咳払いで牽制を入れる。


「んんっ! ……それで、情報とは?」

「これは失礼。アマゼロト伯爵家の事はご存知ですか?」

 ヨハンナもプーセも頷いた。

 現当主の息子が王の護衛である事も、当主の母親がフィリニオンという一二三とも親交があった貴族の生き残りである事も二人は知っている。


「話が早くて助かるわ。そのアマゼロト伯爵家から、一部の兵を率いてフィリニオン様がホーラントの内戦に参加したのはご存じかしら」

「ちょ、ちょっと待ってください。フィリニオン様といえば、もう九十を超えて百に近いお歳だったはず……」

「間違いない情報ですわ。ホーラント内で例の英雄と接触後、前線へと向かっているのが確認されていますし」


 そして、とカイテンは一通の手紙を取り出した。

「あたしがここへ来た一つの理由は、アマゼロト伯爵家当主から依頼を受けた事もあるのです。フィリニオン様は、イメラリア様が残した今の世界を変えたくないと立ち上がられました。どうか、その事を殿下にはお伝えしておきたい、と」

 ただ手紙を送るだけでは無く言葉で伝えて欲しいと依頼を受けた、とカイテンはそっとハンカチを目元に当てた。


 彼はアマゼロト領に任務で滞在している間、フィリニオンに良くしてもらったらしい。その際に戦い方を学ぶ事も出来たうえ、自らの趣味についてもフィリニオンは全面的に肯定したうえ、メイクまで教えて貰ったという。

「そこで、お願いがございます」

 カイテンの声は、すっかり男性のそれになっていた。


「ホーラントの戦況は左程激しくないと聞いております。どうか、フィリニオン様をお救いするための軍をお貸しください!」

 アマゼロト伯爵領の兵はフィリニオンとの出兵ですでに余裕が無く、直参の貴族であるカイテンは私兵を持たない。

「身勝手な事だとは重々承知しておりますが、生きて帰れた暁には、この命は殿下の為に捧げます。どうか……」


 困ったものだ、とプーセは内心嘆息していた。

 ヨハンナの実情として、部下はいても王城からついて来た少数しかおらず、他はトオノ伯爵からの借り物でしかない。

「良いですか、私たちはいま……」

「受けましょう」


 プーセが断りの言葉を出そうとしたのを、ヨハンナは言葉を被せて止めた。

「ヨハンナ様?」

「ただし条件があるわ」

 ヨハンナは立ち上がり、平面の胸を張る。

 プーセは嫌な予感がした。


「わたくしもフィリニオンの救出に参加するわ!」

 やっぱり、とプーセは両手で顔を押えた。変な所で行動力があるあたり、イメラリアに似ている。

 やった事も無い戦闘指揮を誰にも相談せずにやろうとするあたり、若干好戦的な部分は、ひょっとすると一二三の影響かもしれない。


「……えっ?」

 ヨハンナが何を言いだしたのか、思考がついていかないのだろう。

 呆然としているカイテン子爵を見て、プーセは首を振った。

お読みいただきましてありがとうございます。

次回もよろしくお願いします。

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