36.危険な秘密
36話目です。
よろしくお願いします。
兵士たちの基本装備は両手剣。騎士は槍と一発だけ撃てる拳銃を腰に提げている。
拳銃の命中精度も一般的な射撃技術も、現代のそれと比較して大きく劣っているのは確認しているので、一二三としては剣を含めた対人格闘技術の向上こそ見るべき所だと思っていた。
そして、集団戦闘の技術だ。
「いくぞ!」
「応!」
よろよろと起き上がろうとする騎士を見て、大した怪我は無さそうだと判断したらしい兵士たちは、一二三に対して攻撃を加えるための動きに変わっている。
「囲む、か。確かに基本だが、問題はそこからだ」
味方と向かい合う形になる包囲陣は、下手をすると味方同士で傷つけあう形になりかねない。呼吸が合っていなければ、互いの武器を打ち合わせて刃を駄目にする事もある。
「うん?」
息の合った足運びで、兵士たちは一二三を取り囲んだが、二人ずつ前後に別れ、二重の包囲網を作る不思議な陣形を取った。
そして、もう言葉は交わさない。その必要も無い程、戦い方を訓練しているのだろう。
だらりと下ろした刀はそのままに、一二三は真正面の二人組を見た。
一二三の動きを待たず、包囲網は一気に狭まる。
前列が斬りかかり、絶妙にタイミングをずらした形で、後列も攻撃を加えようとしてる事を見抜いた一二三は、酷く乱暴な手を使って対応した。
「うおぅ!?」
右手に掴んだ刀がぐるりと二度振り回され、一陣も二陣も、武器を弾かれた。
細い刀の頑強さもさることながら、五人の包囲を二度にわたって片手で弾き返した剛腕に、兵士達だけで無く、離れて見ていた冒険者のアルダート達も舌を巻いた。
しかし、兵士達は手を止めない。今度は同時では無く、波状攻撃に切り替える。
「良く訓練している」
呟きながら、一二三は攻撃の起点となった斜め後ろの男に向かって、背中から近づいた。
振り降ろされた相手の剣が目の前に来ると、一二三は左手を使ってその柄を相手の手ごと掴み取り、同時に腰を軽く当ててバランスを崩す。
「あっ!」
たたらをふんだ敵は、その間に武器を奪われた。
武器を取られた際の対応についても練習していたのだろう。流れるような動きで右手を動かし、腰からナイフを抜いて構えた兵士は、待ち構えた反撃が来ない事に気付いた。
冷静に一二三の姿を見ると、その左手にあるはずの剣は、同僚の喉へと刺さっている。
奪い取った勢いそのままに、一二三は近くの兵士に剣を投げつけたのだ。
「うぬ!」
ひるむことなくナイフで踊りかかった兵士は、意趣返しのように一二三の喉を狙って突きを放つ。
対して、一二三の左手が肘、手の甲の順で強かに叩いた結果、兵士は自らのナイフを自分の顔に突き刺す格好になった。
「~~……!」
悲鳴すら上げられずに転がりまわる兵士を乗り越え、一二三は一気に走り出した。
一人の首を飛ばし、返す刀で別の兵士は腿から足を切り飛ばされる。
倒れた同僚を乗り越えるようにして繰り出された剣を、一二三はしゃがんで躱しながら脛を蹴り飛ばし、転んだ相手の左目に、ぞぶりと切っ先を突っ込んだ。
十対一。騎士を入れれば十一対一。それでも、傍目からは一の方が有利にすら見える。
数が減れば減る程、兵士たちは優位を失い、連携が崩れ、動きに迷いが出てくる。
対して、一二三の方は人数に関係無く伸び伸びと動いていた。踏み出す足に迷いは無く、兵を殺すのに躊躇いなど無い。
「人を殺していて、いつも感心する事がある」
突いてきた剣を左手で挟み、逆に引き寄せながら相手の腹に刀を当て、ゆっくりと引いていく。
両腕をがっちりと一二三の脇に抱えられ、抵抗できないまま腹を割られた兵士は、血を吐きながら自分の内臓がこぼれるのを見せられ、痙攣しながら死んでいく。
「こっちの世界でも、人間の身体の構造は同じ。おまけに、魔人族も獣人族も、耳やら尾やらは違っても、はらわたは同じなんだよ。不思議だろう?」
斬撃を抱えていた死体の頭で受け止め、まとめて串刺しにする。
「楽しいなぁ。殺して殺して、割と人心地ついて封印されたつもりだったが、戦っていると発見は後からいくらでも出てくるもんだ」
背後から迫る兵士は、死体から引き抜いた勢いで、後ろ向きに振り抜かれた刀で、振りかぶった両腕ごと首を切り飛ばされた。
「見れば、鎧なんかもしっかり進歩しているんだな。ドワーフ連中が考えたか、誰かの発案か知らないが、音が随分静かになった」
足音云々は個人差だけどな、と血振りをして、刀に貼りついた血肉をまき散らす。
「俺も一層稽古を頑張らないとな。全力で戦って、その果てに殺される終わりじゃないと、死んでも死にきれない」
はは、と笑い声を上げながら、もう一人を斬り捨てた。
☆★☆
「ビロン伯爵、ご説明願いたい!」
「何をだね? ヴァンタラー君」
ミュンスター領主館の執務室に血相を変えて飛び込んできた皇国騎士ヴァンターラクトは、机に向かって書類と格闘しているランスロットの前までのしのしと歩いていく。
「とぼけないでいただきたい! 私の部下である騎士コーエン及び兵士十名が惨殺された件です」
「ああ……それで?」
思い出した、という顔をして、それでもランスロットは紅茶を傾けて涼しい顔をしている。
「閣下の領内で、皇国の騎士と兵士が殺害されたのです。これはビロン伯爵領内で起きた大問題ですぞ!」
興奮気味のヴァンターラクトへ「まあ、落ち着きたまえ」と声をかけて、ランスロットは応接へと移って向かい合うように腰かけた。
「ぼくの所へは、ギルドから“冒険者と皇国兵士の間で揉め事があった”と報告があったよ。何でも、冒険者が難癖を付けられて戦闘となり、やむなく対処したそうだね」
困るんだよね、とランスロットはため息交じりに首を振る。
「冒険者もぼくの大事な領民なんだ。彼らに……おっと、可愛らしい猫獣人の女性も含まれるんだった。ミンテティという名前だったね。彼女を見たことがあるかい? 腰回りのしなやかさと言ったら……」
咳払いが聞こえて、サーラも室内にいたことを思い出したランスロットは、慌てて話題を戻した。
「とにかく、これは君たち皇国の兵士たちと、ギルドとの揉め事だよ。ぼくに何か言われても、どうしようもないね」
「く……しかし、領民であるというのであれば、告知を徹底していただきたい!」
「皇国の兵士に何か言われたら、理不尽な事でも従え、と?」
微笑みを消して睨みつけたランスロット。大して迫力のある顔では無いが、普段からヘラヘラしている顔からは想像もつかない程に冷徹な瞳をしている。
「現場を見たギルドの職員も、立ち会った皇国の騎士も、魔物は見ていないそうじゃないか。町のチンピラのような真似をして、あげく少数の冒険者に無傷で撃退される……さて、恥ずべきは本当にぼくかな?」
「それは……」
口ごもったヴァンターラクトは、目を泳がせた。実際、冒険者に惨敗したという点まで王城へ報告するべきか、頭を悩ませていた事でもある。
「君がやるべきは、ぼくの所で意味も無く唾を飛ばしている事じゃない。ギルドへ行って当人たちと会って謝罪して、君に取って不利にならないように調整を行う事だろう」
「しかし、被害を受けた側が謝罪というのは……」
「理不尽に感じるかね? 第一、ヴァンタラー君は勘違いをしている。被害者は難癖を付けられたミンテティ達冒険者の側であって、死んだ連中は返り討ちにあっただけだ」
すっかり萎縮してしまっているヴァンターラクトへ、ランスロットは畳みかける。
「なに、ぼくから王都へ報告するような事でも無い。ギルドがどう動くかは知らないが、君が今の地位から退くつもりが無いのであれば、ここで貴重な時間を使っているような余裕なんて無いんじゃないかな?」
ランスロットの言葉を受けて、ヴァンターラクトは立ち上がるなり一礼し、挨拶もそこそこに執務室を出て行った。
「うふふっ、ふはははは!」
たまらず笑い出しだしたランスロットに、サーラは冷たい視線を向けた。
「ヴァンタラー君の顔、見たかい、サーラ」
「少し声を押えてください。折角凛々しい顔をなさっておられたのに、気持ち悪いですよ」
「おっと、それならなるべく真面目な顔をしていよう。そうすれば、サーラがぼくを見てくれる」
「馬鹿な事を言っていないで、これを見てください。ギルドから追加の報告が来ています」
ランスロットが次に目を通す予定だった書類を机からそっと摘み上げ、ソファの上で笑っている彼へ手渡す。
「伯爵様がお考えになられているよりも、あの方はずっと戦闘狂のようですね」
「……参ったね」
そこには、アルダート達は事件の直後から一二三の姿を見失っており、ギルドの調査でも現時点で見つける事が出来なかった、と書かれていた。
アルダート達は、馬車で帰るように言われ、一二三は一人現地に残ったらしい。
別れる際、一二三はアルダート達に伝えたらしい。
「巻き込まれたくなかったら、しばらく町のこっち側をウロウロするな」
と……。
☆★☆
「いやあ、まさか皇国騎士から頭を下げられる日が来るとはね。報酬も色を付けてたっぷりもらえたし、おまけに皇国からもお金がもらえたし」
「まったくだ。終わってみりゃ、これほど楽な仕事は無ぇな」
根城にしている宿の一階、酒場となっている食堂の一角で笑いを堪えきれないと言う様子の猫獣人ミンテティに、犬獣人クレも同意した。
だが、他のメンバーである二人の魔人族は、臨時収入による豪勢な食事と、いつもより二ランクは高い酒を飲みながらも、釈然としない表情をしている。
「なんだい、アルダート。イルフカも揃って辛気臭い顔してさ」
いつもなら財布を気にして食べることの無い、高い肉を頬張りながらミンテティが声をかけると、二人は顔を見合わせた。
「あの男……一二三について、お前たちはどう思う?」
アルダートの質問に、クレはすぐに「強いよな!」と答えた。
「あれだけ強ければ、ギルドが特別扱いするのはわかるぜ。領主様の隠し玉かも知れないな!」
どうやら、クレとしては単純にその強さに憧れを感じているらしい。
ミンテティの方は、クレの言葉に頷いていた。
「ほんとに。十人以上を相手に楽々勝ってたもんねぇ。あんな細長い武器で、折れるんじゃないかと思ったけど、意外に頑丈だったし」
あの武器もすごかった、と盛り上がる獣人族二人に、イルフカは口を挟んだ。
「あの武器が悪いとは言わないが、あの男が凄いのはそこじゃない。鎧や固い骨を避けての攻撃がほとんどで、武器に負担をかけずに立ち回っていた事だ」
冷静に思い出して見ろ、とイルフカに促され、メンバー全員が釘付けになった一二三の立ち回りを思い出していた。
「食事中に考える事じゃないけどねぇ。確かに、そうだった」
「あれは規格外だ。しかも魔物を相手にするための技術じゃない。人を殺す。それも確実かつ最小限の労力で殺すための技術に特化している、とオレには見えた」
「自分も同意だ」
アルダートの意見に頷いたイルフカは、一二三の正体がクレの言うような貴族の隠し玉かも知れない、と言った。
「ひょっとすると、もっとヤバい所かもな」
魚醤の香りがするソースがかかった、素揚げの魚を少しずつつまみながら、アルダートは声を潜めて言う。
「領主様の手の内にいる奴なら、ギルドを通す必要が無かった。間違いなくギルド証は持っていたし、逆に領主から依頼を受けてギルドが用意した凄腕って可能性もある」
ギルドは世界中に広がっており、その領地を治める人物と密接な関係を築きながらも、ある程度は独立した組織として独自のネットワークを持っている。
その為にどこで作ったギルド証でも通用するわけだが、各ギルド長が持っている権限は強く、ほとんどが有力な冒険者が自らの活動地域でギルド長になる事が多く、それより上の人物と言うのは“存在しない事になっている”ので、どうやってネットワークが保たれているのか、一般人どころかギルド所属の冒険者ですら詳しくは知らない。
知られていない事が、憶測を呼ぶ。信頼してもよさそうな噂から、どうしようもない与太話まで様々に。
その中に、“処理部隊”という存在に関する噂があった。
「ギルドに対する裏切り者を処分するという“処理部隊”の一員だとしたら、納得も行く」
「そんな噂話信じてたの、アルダート?」
ミンテティが茶化すが、クレの方は真剣な顔をしている。
「あっしも、そういう事ならあの強さが理解できるってもんだ。第一、裏切り者がギルドの職員や、他の所属冒険者より強かったらどうしようもない。そん時には、一二三さんみたいなのが出て行って、バッサリ……」
クレは話ながら、何かに気付いたらしく、語尾はすっかり小さくなっていた。
「つまり、この件に深入りすれば、俺たちもあの兵士達のようになる可能性もあるって事だ」
「……こりゃ、あんまり話題にしない方がいいみたいね」
互いに頷き、いそいそと食事を済ませたメンバーは、それぞれの部屋へと足早に戻って行った。
そしてその翌日、再びギルドへ呼ばれた彼らは、ミュンスターのギルド長から半ば脅しも含めた形で依頼を受ける事になる。
行方不明になっている冒険者一二三を見つけ出し、“穏便に説得して”領主ランスロット・ビロン伯爵の所へ連れて行くように、と。
お読みいただきましてありがとうございます。
次回もよろしくお願いします。




