35.伯爵の依頼
35話目です。
よろしくお願いします。
当代のビロン伯爵は、伝説の英雄が自領に来ており、尚且つ会談の手配が出来たと言う報告に喜んだ。
おまけに、すでに皇国の兵との諍いが発生し、個と軍で語るのも妙な話ではあるが、対立状態ができつつあるというおまけつきである。
このまま、うまい具合に誘導する事ができれば、ミュンスターを始めとしたビロン伯爵領がホーラントのくだらない内戦による影響から脱却できる、とまで目論む。
だが、本人を目の前にしたランスロット・ビロン伯爵は、その計画が如何に甘かったかを実感する事になる。
「ビロン? というよりはサブナクに似ているな。あいつの家名が何だったかは忘れたが」
「ご、ご明察です。ぼくはサブナク・トワストの曾孫にあたります。先代から、ビロン伯爵家に養子に入りましたので」
一二三と応対すると、何故か自然と丁寧な言葉遣いが口をついて出てくる。いつもの軽い調子を出そうとしているが、何かが邪魔をする。
「そういう事か。家を継いで行かないといけない領地持ちの貴族というのは面倒だな」
自らも一時期は領地持ち貴族で、しかも養子を取って家督を譲った癖に、まるで他人事のように語る。
隣に座るサーラから目配せされ、ランスロットは小さく息を吐いた。
「町で皇国の兵たちと戦闘になったそうで。連中の中には粗暴で狼藉を働く者も多く、基本的に食料等の購入以外で町へ入らないようにと要請はしていたのですが……。本来であればぼくの部下が取り締まるべきところ、お手数をおかけして申し訳ありません」
「別に衛兵の代わりをしたわけじゃない。俺に迷惑をかけたうえ、反省もせずに武器を抜いたから殺しただけだ」
それよりも、と一二三はサーラへと視線を向ける。
「俺は“依頼”があると聞いて来たんだ。余計は話は良いから、依頼の説明をしてくれ」
「では、わたしからご説明を」
サーラは咳払いを挟んで、口を開いた。
「先ほどを“処分”していただいた連中の他に、町の外には皇国からの兵士が多数駐留しています。わたしどもの方で把握している人数としては、兵員が約二千。それに騎士が二十名ほど」
「結構な数だが、それだけの人数を遊ばせているのか」
「中継地点としての機能を持たせ、ホーラントの戦線の他に、国境警備のための予備兵としても扱う……というのが表向きの理由ですが、半分はこの町に対する監視といざという時の占領要員でしょう」
今の時点で、ビロン伯爵は明白に旗色を決めていない。皇国に積極的な協力はしていないが、望外もせず、トオノ伯爵との接触もしていない。
「ぼくが共生派に付くと決めたら、その時点で彼らは何かしらの理由を付けて、この町を接収するために動くだろうね。内々にそういう指示が出ていると思う」
見られていると、遊び回るのも大変だよ、とビロンはサーラへと微笑む。
サーラはさっくりとビロン伯爵を無視して、一二三の間に領地の略図を出した。
「町の国境側に集団で野営しています。ホーラントの内戦の影響で多少は国境を越える商人の数は減っていますが、今ではこの兵士達が行う“臨検”の影響が大きいと考えられます」
丁寧に磨かれた爪が、地図に描かれた円を指差す。町と国境の間、かなり町に寄った部分だ。街道沿いに町を出て、目の前と言っていい。
「ぼくとしては、今の時点でどちらの勢力に付くかを明確にしたくないのです。トオノ伯爵領……貴方が以前おさめられていた領地は、ほどなく明確に王と対立をするでしょう。旗頭になる人物もいる」
ランスロットは、暗にヨハンナがトオノ伯爵領にいる事を知っていると言った。
「だから、ぼくはぼくの領地と領民を守る為に、悪いとは思いますがトオノ伯爵が共生派のまとめ役になるまでは、黙っているつもりです」
「まるで昔のビロンがやったような事だな。まあ、俺にとってそれはどうでも良い。政治の話は、やりたい奴がやれば良い」
一二三は、本題に入る様に急かす。
「俺にその皇国兵たちを殺せ、と?」
「そうして欲しいのが本心ですが、それを堂々とやられると、いささか不味い事になるんです」
ランスロットは苦笑する。
「貴方をぼくが雇った可能性……この場合は事実ですが、それを理由に“反逆”として王が処罰に動く可能性もあります。今回程度の被害なら、個人を処罰したレベルなので大丈夫ですが……」
「そこで、“冒険者”としての一二三様にお願いしたいのですが……」
サーラは五名分の名前が並んだリストを見せた。
「魔人族や獣人族混成の冒険者と共に、国境と町の間にいる魔物退治をしていただけませんか?」
「……はぁ?」
☆★☆
ガラガラと音を立てて、ミュンスターを出た幌馬車が進む。
街道沿いには鉄道路線もあるのだが、小さな町や村を回る行商人や、獲物や採集物を運ぶ冒険者にとっては、馬車はまだまだ現役だ。
馬車の中には三人が寝転がって休憩しており、もう一人が馭者として馬を操っている。
その馬車の前を、一二三は一人で馬に乗っている。
「やれやれ……」
ため息を吐きながら、一二三は感覚を研ぎ澄まし、街道から外れて近くにある森の付近に感じる、大きな生き物の気配へと向かって進んでいた。
「旦那、どこに向かうんだい?」
馭者席に座っている、猫獣人のミンテティが前にいる一二三に声をかけた。彼女は普段、馬車の中で寝ている三人の男たちと組んで、ミュンスターのギルドで仕事を得てる冒険者だ。
「あっちに魔物がいる。馬車と大して変わらない大きさだな」
「そんな事、なんでわかるんだろうねぇ……」
そうは言いながらも、ミンテティは疑ってはいない。
ミュンスターのギルド長から突然指名で呼び出され、一二三という変わった服を着た男に引合されて以降、決まったエリアで狩りを続けて三日になる。
最初は細い剣一本を下げた若い青年に対して、ミンテティも他の仲間も懐疑的だった。それに、依頼の内容も良くわからない。『決まったエリアの魔物を減らして来い』と言われても、何のためにだろう、と疑問が先に出る。
だが、詳しい説明はなされず、単に「地域の安全確保の為に予算が降りた」と乱暴極まる理由だけだった。
一日目から、一二三という男は一人で勝手に黙々進み、まるで最初から知っているかのように魔物がいる場所へ進み、大概の場合は一人で全て殺してしまった。
ミンテティを含めた全員が、半日としないうちに一二三の実力を認めていたが、唯一魔人族のアルダートという男だけが、少し距離を置いている。
そして今、三日目の朝になったのだが、一二三が妙に不機嫌な様子なのが気になる。
「旦那。ハッキリ言っちゃうけど、何か怒ってる?」
馬車を少し進めて、ミンテティは一二三に近づいた。
「魔物だけ斬ってもつまらん」
一言だけ答えた一二三に、ミンテティは意味がわからずに混乱していた。
「それって、どういう……」
「もう魔物が見える。静かにしていろ」
言うが早いか、一二三は馬を走らせてあっという間に遠くへ行ってしまった。
「あ、ちょっと!」
「あいつに深入りしない方が良い」
馬車の中で休んでいたはずのアルダートが、馬車の中から声をかけてくる。
「詳しくはわからんが、オレにはヤバい臭いしか感じない。ギルドで金の出所をはぐらかされたのもそうだが、本人がな……」
魔人族のアルダートは、自分たち人間以外の種族で形成しているパーティーが選ばれた事自体にも疑問を感じていた。
「油断をするなよ、ミンテティ。ルーキーの指導や、貴族の子弟に狩りの経験をさせたいって依頼なら別にかまわんが、あれだけの実力を持った奴に、サポートが必要というわけでも無いだろう」
アルダートのいう事ももっともだ、と頷いたミンテティだったが、引き受けてしまった以上はどうしようもない。
メンバー全員が装備を一新して金欠だったため、報酬が良い事につられたのが、今思えば失敗だった、とアルダートは愚痴っている。
「ブツブツ言ってないで、他の連中起こしてよ。全部任せて寝てるわけにいかないでしょ?」
馬車が進んで行くと、すでに大型の猪タイプの魔物が絶命していた。巨体は横倒しになっても一二三の身長程の高さがある。
その脇にいる一二三は、刃を拭った紙を放り捨てているところだ。
「旦那、遅くなってごめんよ」
ミンテティが声をかけて、寝ていた犬獣人のクレと魔人族のイルフカと共に、アルダートも馬車から降りてくる。
駆け寄ってくる冒険者たちに対して、一二三は指を立てて黙る様に行った。
「……馬の足音だ。複数だな」
「えっ?」
言われて、ミンテティは耳をそばだてた。確かに、小さな蹄の音が近づいてくる。
「旦那、本当に人間?」
「ミンテティ、冗談を言っている場合じゃない。あれは皇国の兵士だ」
アルダートは持っていた武器を下ろし、他の仲間もそれぞれの得物を納めた。
ただ一人、一二三だけは倒した魔物の横で、右手に抜き身を提げたままだ。
十人程の騎馬兵を連れた騎士が、槍を持って迫ってくる。
「かかった」
と、一二三が呟いた声は、猫獣人のミンテティにだけ聞こえた。
「えっ?」
確認しようと振り向いたが、先に騎士の方が話しかけてきた。
「その獲物、仕留めたのはお前たちか」
ミンテティたちは、顔を見合わせた。
仕留めた、どころか彼女たちは戦闘にすら参加できなかったのだ。その質問に対する答えは、違う。
自然と、全員の視線が一二三に集中する。
「俺が仕留めた。で、何の用だ?」
「口の利き方に気を付けろ。私はオーソングランデ皇国の騎士だ。お前らは冒険者だな?」
馬から降りる事無く、騎士は槍先を一二三に向けて言い放った。
「その魔物は我々が食料として接収する。お前たちは……なっ!?」
騎士が話している間に、地面に広がった黒い円が、あっという間に魔物の死体を飲み込んでしまった。
「魔物? どこにいるんだ、そんなの」
一二三の言葉はあからさまな挑発だった。
騎士は怒りに震え、冒険者たちは驚いている。
「どんな魔法を使ったか知らないが……我々を侮辱するつもりか?」
「そう受け取るなら、好きにすればいい」
「下郎が!」
馬を駆けさせた騎士は、一二三へ向かって突きだされた槍があっさりと避けられた事に驚いたと同時に、身体がふわりと浮いたような感覚にとらわれた。
槍の穂先に対して、身体を半身に傾けて避けた一二三は、手のひらで馬の鼻面をぴしゃりと叩いたのだ。
驚いた馬が棒立ちになり、騎士は槍を放り捨てて投げ出された。
「っぐあ!」
背中から落下したが、かろうじて受け身が間に合ったらしく、激しく咳き込みながらも起き上がっている。
馬上戦闘に慣れていないのか、騎士が落馬した事に気を遣ったのか、十名の兵士たちは慌てて馬から降りて駆け寄って来た。
それぞれに武器を抜き、騎士を守るように陣形を作る。
統率された動きは、確かにしっかりと訓練されたものだったので、一二三は少し嬉しくなった。
別の喜びもある。
「さて、冒険者チーム諸君。“偶然”皇国の騎士や兵士と戦闘になった。お前たちはしっかりとギルドへ報告する為に、皇国の連中が有りもしない魔物を寄越せと無理を言ってきた、という事をちゃんと覚えておけよ」
すらすらと、用意していた台詞のような言葉を吐いて、一二三は「手出しは無用」と前に出た。
「三日目でようやく引っかかったか」
「あいつを殺せ! 皇国騎士に逆らって、ただで済ますわけにはいかん!」
騎士の命令に従って、じりじりと距離を詰めてくる兵士。
そして、彼らに向かって一二三は遠慮なくぐいぐいと寄って行く。
この時点で、ようやくアルダートは気付いた。
「……俺たちを証人にするつもりか!」
冒険者たちにとっても、駐留している皇国の兵士たちは目障りな存在であった。町に与える影響を考えれば、領主にとってもそうであろう、と想像するのも難しくない。
ただ、領主としては自分の領地が内乱の地になるのは避けたいだろう。
「自分の兵士を使う代わりに、“冒険者との諍い”で片付けるつもりか……!」
リスクは大きい。冒険者が何十人、何百人と徒党を組んで行動するのは不自然になる。少人数で武装した兵士達と戦えるだけの戦闘力が無ければ不可能だ。
「しかも、オレたちは見届け人という事は、あいつ一人でやるつもりか」
「アルダート……」
不安げに見上げてくるミンテティ。他の二人も彼を見ていた。
「武器だけは構えておいて、いざという時は自分の身を守れるようにしておこう」
「旦那を手伝わなくてもいいのかな」
「馬鹿を言え」
アルダートにはわかっていた。
ここで手出しをすれば、兵士との区別なく、まとめて斬り捨てられるだろう事を。
「お前が手伝うという言葉を出した瞬間、あいつの目が一瞬だけこっちを見た。……大人しく、言われた通りに見届けるだけにしておけ」
万一、一二三が敗れればアルダートたちも兵士に罪を着せられて処罰されるだろう。いや、この場で殺される可能性が高い。
「オレたちは、あの男が兵士たちを殺すのを見届ける。他は何もするなよ」
仲間に念を入れて忠告をすると、アルダートは拳を握りしめ、依頼話を持って来たギルド長に向かって、恨み言を呟いた。
お読みいただきましてありがとうございます。
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