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33.反対側の国境

33話目です。

よろしくお願いします。

 一二三が城内でひとしきり暴れ回った後、彼を追う者はいなかった。

 騎士たちは多くが命を落としていたし、文官や侍女たちにそれをする勇気も技量もあるはずがない。

 屍山血河の状況となった城内で、かろうじて気を失わずにいた者たちによって、何とか人の出入りを制限するのが精いっぱいだった。


「メンディスがやられたというのか……!」

「はっ! 現在は治癒魔法使いによる治療中ですが、完全な回復には早く見積もっても一週間はかかるかと……他に多数の騎士が死亡した模様です。詳しい被害状況は目下調査中ですが……」

 城内での問題が市井に広がる危険を考えると、応援としての兵士を軽々しく城内に入れるわけにもいかず、侍女や文官たちも、城から出る事を禁じられている。


「それで、例の男はどうした?」

 騒動の最中、避難部屋に閉じこもって指示一つ出さなかたくせに、と報告していた騎士は、顔を伏せたまま聞こえないように舌打ちをした。

 そんな騎士も、おびえて後方にいた為に生き残ったのだが。


「城を出てからの行方は知れません。ただ、メンディス様からご報告したい事があるとのお話でした」

「なんだ?」

「それが……重要な機密に関わる事のようで、私には教えていただけませんでした」

 反射的に立ち上がった王は、自らが確認に赴く、と言いかけて止めた。いくら重要な護衛と言え、王が自ら身体を運ぶのは違うだろう、と思ったのだ。


「治療が終わるのを待つわけにはいかぬな。……慰問も兼ねてサロメに行かせよう。護衛も兼ねて案内せよ」

「はっ!」

 傍らで黙って立っていたサロメは、王へ一礼した後、騎士に付いて謁見の間を後にした。


「メンディス様のお怪我の具合はどうなのですか?」

「首と背中など、数箇所の骨に罅があり、打撲は全身にあるようです。話す事はできますが、立ち上がる事は難しい状況であると聞いております」

「そう……」


 重い空気のまま廊下を進み、城内でも一部の者だけが利用できる治療室へと進む。

「メンディス様は一般兵の治療と同じで良いと言われましたが、他の者たちが委縮してしまいますので、こちらへ入っていただきました」

「そうですか」

 冷たい反応だ、と騎士は感じた。メンディスは間違いなく命がけで戦った。それは王族である彼女やその父親を守る為だったのだ。護衛として当然の仕事であり、称賛を受ける物では無いとは頭でわかっていても、わだかまりは消えない。


 全身あちこちを固定されたメンディスからサロメが報告を聞く間、騎士は部屋の外で待たされていたが、その間にも、城を出て行った一部の同僚たちの事を考えていた。

 今回、ヨハンナによる突然の対立宣言により、相当数の騎士が城を離脱した。

 主に出身的には貴族としても低い身分の者が多かったが、残った騎士も半数が乱入した謎の男に殺害されてしまい、勇者も二人揃って行方知れずとなった。


「これは、いよいよかもなぁ……」

 王が進めていた排外主義は騎士隊の中でも違和感を生んでいたが、一気にそれが表面化したような気がして、騎士は自分も身の振り方を考えねばならぬ時期か、と唸った。

 しかし、子爵家の三男で家督も継げない身の上では、他に行き先も無い。


 あれこれと考えていると、突然扉が開いて、サロメが血相を変えて飛び出して来た。

「すぐにお父様の所へ戻ります。役目を申し付ける事があるかと思いますから、ついてきなさい」

「はっ!」

 何か面倒事があるのだ、と直感した騎士は、自分が逃げ遅れたのではないかという不安に襲われながら、足早に進むサロメの後ろを追いかけて行った。


 その後、すぐに一二三を追うための追跡部隊が秘密裏に組織され、この騎士もそこに組み込まれる事になる。

 彼らが急ぎ調査に乗り出した所、例の男はヨハンナを追ってフォカロル方面へと向かったのではないかという予想を裏切り、ホーラント国境方面へ向かう列車に乗った事が分かった。


 同時に勇者たちの行方も追う事になったのだが、こちらは転移によって一気に首都から出て行ったらしく、何らの情報もつかめなかった。


☆★☆


 ホーラントの国境を含む地域は、ビロン伯爵が治める領地になっている。

 イメラリアが治政を行った時代に、ホーラントと功を焦った当時の一部騎士隊が起こした戦闘に巻き込まれる形になったが、当時伯爵位であった当主カムラットは大胆な策を用い、住民には被害を及ぼすことが無かった。

 カムラットは再編された近衛騎士隊の隊長であったサブナクとは姻戚関係にあり、その後はサブナクの孫が養子に入る形で家を継いだ。


 現在の当主はその養子の息子であり、父親の病死を受けて伯爵家を継いでから、三年が過ぎていた。


「ランスロット・ビロン伯爵閣下。ご説明願いたい事があります」

「堅苦しいね、ランスで良いとも。何かな?」

 どかどかと殊更に大きな足音を立てて執務室を訪れた騎士に対して、現在のビロン伯爵家当主ランスロットは、眠そうな目を向けた。


「話は手短に頼むよ。昨日相手してくれた娘がなかなか寝かせてくれなくてね、少し仮眠を取りたいんだ」

 大きな欠伸をしながら言うランスロットは、少し癖のある金髪をさらりとかきあげた。整った容姿をした二十代半ばの彼は、仄かに香水の香りをさせている。

「では、単刀直入に申しましょう。我々に対してご協力をお願いしたい」


「妙な事を言うね……えーっと……」

「ヴァンターラクトです。閣下」

「そうそう、ヴァンタラー君。ぼくは充分な協力をしていると思うけどねぇ。領内の通行も許可しているし、駐留の為の土地も貸しているじゃないか」

 平然と名前を間違えたうえ、目を擦りながら秘書へと書類を渡しながら片手間に話をする態度に、騎士は苛立ちを隠せずにいた。


「不十分です。兵の疲労を回復するために町中に宿泊をさせていただきたい。それと、以前から要請を出させていただいておりますが、補充の兵をお貸しいただきたい!」

 ヴァンターラクトは、ホーラントとの国境に駐留し、ホーラントで発生している内乱についての情報及び、前線からの兵を後送したり逆に援軍を送る中継を行う任務を負っていた。


 ところが、任地の領主であるビロン伯爵はこれに対して妨害はしなかったが、積極的な協力もしなかった。

 郊外の空いた土地で野営同然の状態を余儀なくされた予備部隊は、戦闘に参加する前から心理的な消耗を受けている。

 その状況をランスロットも知っているはずだが、国境に最も近いミュンスターの町を始め、どこの村や町へも駐留軍が滞在する事を許さなかった。


「だめ。武装した兵士達が街中をうろうろしたら、民衆は不安がるよ。それに余計な兵力なんて持ってないんだ。悪いけど、他をあたってよ」

 軽い調子で断られ、騎士は退く事も出来ずに、ランスロットの傍らに立っている女性秘書を睨みつけた。

 彼女は明らかに魔人族だった。特徴であるグレーの肌を持ち、エルフのようにとがった耳をしている。


「……魔人族を雇っておいでのようですが、王に報告しますよ?」

 脅しのつもりなのだろうが、ランスロットは鼻で笑った。

「好きにすれば良いよ。別に我が国の法は異種族を雇ってはいけないとは言っていないし、領内での人事権はそれぞれの領主にある。ヴァンタラー君が何を報告しても、別に問題は無いんだがね」


 言いながら、ランスロットは美しいカーブを描く秘書の腰へと手を伸ばし、軽い電気ショックで反撃されて「あびっ!?」と悲鳴を上げた。

「しかし、王の方針は他種族の排斥であり……」

「方針であって、明確に法として定められたわけでは無い。君の言う事は、伯爵家当主としてのぼくの権利を侵害する事でしか無い」


 騎士は反論できなかった。

 王の影響が強い城内や王都からは他種族に対しての排斥が進んでいるが、他の領主が治める地域に対しては明文化された法も無いため、各領主の裁量に任されている。

 フォカロル等を治めるトオノ伯爵等の共生派に、王家がそれほどの圧力を与える事が出来ないでいる理由でもある。


 言い返す事もできずに「また伺います」と言い残して退室して行った騎士を見送り、ランスロットはヘラヘラと笑っていた顔を引き締めた。

「やれやれ……そうやって共生派と正面から対立する事を避けているから、次第に国の体制が緩んで行くんだ。勇者が育って、ホーラントの統一が落ち着くまでは“なあなあ”で済ませるつもりだろうが、周りがそれを待っていると考えない方が良い」


「恰好を付けている所に申し訳ありませんが、伯爵様の就寝中に報告が届いております」

「……別にそういうつもりは無かったんだけど」

 紺色の長い髪を揺らして、秘書のサーラはランスロットへ一枚の報告書を渡した。

 さらりと目を通してから、ランスロットは渡された書類を机の上に放り投げる。


「ふふ……あっははは!」

 堰を切ったように笑い出したランスロットは、腹を押えながらたっぷり五分ほどは笑い続けた。

「とうとうおかしくなりましたか?」

「いやいや、おかしくなったのはぼくじゃない。オーソングランデ皇国の方さ。サーラも報告書は見ただろう?」


 王都周辺で調査の為に潜り込ませていた諜報員からの書類には、どうやら勇者が王城から脱出したらしい事と、ヨハンナが完全に王と袂を別ったこと、そしてたった一人の襲撃で大きな被害を受けたらしい事が記されていた。

「これで、王は排斥派として自分の娘と完全に対立する。王女は味方を求めて各地の私兵を持つ貴族に協力を求めるだろう。そうなれば、王の方も敵味方を明確にしないといけなくなる」


「それでは、ランスロット様はヨハンナ様にお味方されるのですか?」

「いや、まだ結論は出さない」

 ランスロットの答えに、サーラはわずかに視線を落とした。排斥派に与する可能性があるという事か、と。そうなれば、サーラの居場所はここには無くなる。


「そういう顔をするんじゃないよ。ぼくが排斥派に走るってわけじゃない。この町のすぐ外には王の手先がうようよいるんだ。今旗色を明確にしたら、あの連中が君や住民たちに何をするかわかったもんじゃない」

 サラサラとした紺色の艶があるサーラの髪を撫でて、ランスロットは微笑む。

「今は待つ時だよ。焦って動いちゃいけないと、何代か前の当主が行動で示した事もあるのさ」


☆★☆


 そんなランスロット・ビロン伯爵も含めて、ヨハンナは自軍へ引き込める可能性がある諸侯軍については城へ赴く前からプーセと共にリストアップしていた。

 だが、当然ながら何ら成果も無いヨハンナに応じて、王族に対して反旗を翻すような貴族があるはずも無い。

 まずはトオノ伯爵の助力を得て、一定の成果を上げて“王派閥に対抗し得る勢力である”事を証明せねばならない。


 王城からの帰路、目を覚ましたヨハンナは自分の失態を恥じながらも、フォカロルに到着してすぐに、次の手についてプーセとの検討を重ねていた。

 だが、気絶中に起きた一二三の介入についての話を聞くと、すっかり頭の中が温まってしまったようだ。

「……一二三様、わたくしの危機に颯爽と駆けつけてくださるなんて……」


 絶対にそういう理由で王城へ来たわけでは無いのだろうが、プーセとしては幸せそうに頬を染めているヨハンナに、根拠なく水を差す発言をする気にはなれなかった。

 父親や妹と対立する事が明確になった事で受けるはずの心の負担から、少しでも逃避できるなら、それも悪くないと思う。


「それで、これからどうするの?」

 屋敷に戻ってすぐに一眠りしたウェパルは、すっかり回復した様子で、昼間から酒を混ぜた紅茶を飲んでいた。

「手勢は騎士が十五人とその隊長。捕縛している連中がこちらに付いても二十人。一二三さんがどれだけ手にかけたかわからないけど、多勢に無勢は変わらないわよ?」


 城にいた者たちが、最後の一兵まで戦ったと考えるほど、ウェパルもプーセも楽観主義では無い。

 騎士の半数なり三分の一なりが減ったとしても、後は外にたくさんの兵士たちがいる。単純な数の差は、やはり他の貴族たちからの協力が無ければ覆しがたいものがある。


「このままだと、一二三さんの動きばかりが目立って、ヨハンナ様が活躍しても、諸侯の耳に入らない可能性があります」

「それでも、一二三さんが活躍するなら、あの子は幸せじゃないかしら?」

 冗談を言って笑うウェパルを、プーセは睨みつけた。


「笑い事ではありません! 排斥派陣営に対する勝利……少なくとも大きな戦果を、ヨハンナ様が中心となって成し遂げなければ、王として即位する際に反発が大きくなる可能性があります」

 ヨハンナはイメラリアとは違う。

 幼少時から慈善活動などを続けていて、多くの民衆から支持を受けていたイメラリアに対し、修道と勉強の為に城に籠っている事が多かったヨハンナは、民衆の支持以前にあまり顔が知られていない。


「考え方を変えなさいな」

 焦る様子を見せるプーセに、ウェパルは落ち着くように言って、ニャールに紅茶のお代わりを頼んだ。プーセの分も合わせて。

「折角、馬鹿みたいに暴れ回ってるのがいるんだから、注目があっちに集まっているうちに、やるべき事をやっておきなさいな」


 ウェパルは、魔国ラウアールにエヴァンスを向かわせて、協力者を集めるように命じたと言う。魔国中枢の動きを観察するためと、いざという時に実働部隊がいなければ、動きようがないからだ。

「同じことを貴女達もやりなさい。トオノ伯爵が協力的と言っても、まだ正式な同盟を結んでもいなければ、彼の手勢がどの程度なのかも確認していないでしょう? 敵の戦力を知るのも削るのも重要だけれど、それ以前に味方の数と質を知らないと」


 運ばれて来た紅茶を受け取り、向かい合わせに座ったプーセは無言で頷いた。

「それと、一二三さんの動きを確認しておかないとね」

 ウェパルの提案に、プーセは再び頷いた。

「わかっています。イメラリア様の時もそうでしたが、重要な時に出て来てかき回す人ですから」


 ローテーブルへ紅茶を置き、プーセは疲れを感じてソファの背もたれへ身体を預けた。

「子供ができれば、少しは大人しくなるかと思ったんですけれど」

「赤ん坊の顔を見れば、変わるんじゃない? 意外と親馬鹿だったりして」

 言いながらウェパルは自分の言葉が冗談にしか聞こえなかった。プーセのじっとりとした視線に手を振って「やめてよ」と苦笑いで応えて、生まれ来る子供の話はそこで終わった。

お読みいただきましてありがとうございます。

次回もよろしくお願いします。

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