32.宝珠の回収
32話目です。
よろしくお願いします。
メンディスが動く。
押し出すように手元から伸びてくる突きは、動作の判りにくさも相まって、初めて受ける相手であれば、顔面や鳩尾への打撃を回避するのは難しいだろう。
だが、一二三はこの攻撃を見たことがある。
突き出された杖を、横から杖を当てる事で逸らした。
「速いな。良い感じだ」
さらに二度、三度と繰り出された突きは、一二三がぶら下げるように持っている杖に横からコースを逸らされて、全てが空を切る。
「くっ! 流石に単純な攻撃は通じませんか」
同じ勇者であっても、これほど戦闘力が違うのか、と内心動揺しながらも、メンディスは突破口を探していた。
「今度はこっちからだ」
一二三の動きは、メンディスが知る者と全く違った。
自らの杖の下部を蹴り飛ばし、メンディスの股間へ迫る一二三の杖。
素早く杖を下げて止めるが、直後に一二三の頭突きがメンディスの頭に落ちてきた。
「がっ……!?」
チラつく視界に、何が起きたかわからずにいるメンディスの足を、一二三の杖が払う。
かろうじて足を上げて避けたが、バランスが崩れたところを蹴り飛ばされた。
後転受け身を繰り返しながら、距離を取って立ち上がる。その動きはいつか一二三がフォカロルの兵士たちに教えた動きを洗練させたもので、蹴られた部分以外にダメージはないだろう。
メンディスは、起き上がり様に前へ向かって飛び出し、一二三の足元を刈る様に杖を振り回した。
対して、一二三はその場でふわりと浮きあがるように飛んだ。
「飛び上がれば!」
「何もできないと思うか?」
払い打ちを中断し、避けようが無い空中の一二三を突きが襲う。
メンディスの狙いは顔面だった。まっすぐ吸い込まれるように迫る杖に対し、一二三の体勢は仰け反る様に崩れた。
だが、顔に当たったはずの杖に手ごたえは無い。
「……?」
奇妙な感覚を覚えるメンディスは、一二三の手が自分の杖を掴んでいる事に気付いた。
刃の無い武器は、相手に捕まれる事が珍しくない。
当然、メンディスもそういった状況に対応する技術を持っている。相手が大きい場合や、今のように中空にいる場合の方法から、掴まれた場所を支点に杖を回しながら相手の下を潜る事を選んだ。
しかし、メンディスが足を踏み出す前に、横合いから一二三の蹴りが彼の頬を捉えた。
「ぶえっ!」
杖を離す事は無かったが、今度は横方向へと転がる。
軽い脳震盪状態なのか、やや足を震わせながら立ち上がったメンディスは、先ほどのように反撃に出る事無く、呼吸を整えながら一二三に視線を向けた。
一二三の方は、倒れてすらいない。
突き出された杖に絡みつくように身体を伸ばし、杖の突きも受け流してしまっていた。
「面白いなぁ」
呟きながら、一二三はメンディスと同様に右足を前にして半身で構えたまま、するすると近付いていく。
突きや払いを織り交ぜた数合の打ち合いの間に、二人は互いの癖や速度を判断していく。
その中で、メンディスは速度では負けていないが、杖という武器の扱いについては相手の方が上手だと感じていた。
こめかみを狙う横からの払い打ちを躱したと思うと、反対側の先端を突き込んでくる。杖を引くように振りかぶったかと思うと、手の内で滑らせて予想と反対側で突くなど、杖ならではの自在な打撃が淀みなく繰り出されるのだ。
「くっ!」
杖を手元に引き寄せ、コンパクトに使う事で対応しているメンディスだが、このままだと押し切られるのは明白だった。
ガンガンと打ち鳴らされる杖同士のぶつかりあいに、メンディスは無理やり前蹴りを混ぜ込む事で距離を取った。
蹴りに対して抵抗する事無く後ろへ引いた一二三は、背筋を伸ばしてリラックスした姿勢をとり、力を抜いて楽に降ろした両手で、軽く杖を握っている。
それはまるで休憩のような落ち着いた格好だったが、メンディスから見れば、どう動きだすかわからない、ノーヒントな、構えですらない立ち方だ。
「……想像以上に、怖い相手ですね」
「気の無い褒め言葉なんざいらんよ。それより、何かやりたくて距離を取ったんだろう? 早くしろよ」
「では、遠慮なく」
腰の後ろに提げていた袋から、二つの金属パーツを取り出したメンディスは、杖の両端に取り付けた。
「……これで、貴方には負けません」
杖の両端には、リングで固定された短いナイフが付いていた。両端に刃が付いた短い槍の様な形状だ。
新たに刺突と斬撃の性能を得た武器。その一端を突き付けるように構えたメンディスは、不敵に笑みを浮かべた。
「はぁ……」
途端に興味が失せたような顔をした一二三は、小さく息を吐いた。
「お前ね。なんのために刃の無い武器として杖が長く使われているか、理解してないのか。まあ、相手はするが」
杖術。長さによっては棒術とも呼ばれる技術は、一二三がいた世界ではあちこちにある。
“突けば槍 払えば薙刀 持たば太刀”とされるほど、扱いに習熟すればそれだけ変幻自在に扱える。
一二三が稽古してきた中でも、突きや払いはもちろん、捕縛術や投げまでもレパートリーに存在する。
「刃があるだけで、武器の危険度が跳ね上がるのは常識でしょう。何なら、有名な“刀”を使っていただいても構いませんよ」
この武器に自信があるのか、メンディスは不敵な表情を崩さない。
油断はしていないのだろう、ゆっくりと距離を詰めてくる。
「それが相手なら、素手でも良い位だ。まあ、このまま杖で相手してやろう」
構えを変える事無く、一二三の方からも歩み寄る。
「後悔しても知りませんよ!」
距離が二メートルに入るか否かというところで、メンディスは急速に距離を詰めた。
喉を狙った突きをフェイントに、下から切りあげるように杖を回転させる。
「そうなるんだよな」
一二三はフェイントに乗らず、横に構えた杖で攻撃を止める。
メンディスの攻撃は止まらない。
速い振りと突きが一二三を襲い、旋風を巻き上げる程の勢いで目まぐるしく杖が回る。薄暗い儀式部屋の中で、白刃が煌めく。
わずかに伸びたリーチで、一二三は道着の胸元を裂かれたが、傷までは負っていない。
「まだ、ここからです!」
メンディスが魔力を操作した事は一二三にもわかったが、その効果まではわからない。
警戒していた中で、踏み変えた足元に違和感を覚えた。
「おっ?」
茶碗のような突起が足元に増えた事で、わずかにバランスを崩した一二三の頬を刃が霞める。
「流石です。普通なら転倒してもおかしくない」
「嬉しくは無いな」
突起はメンディスが土魔法で作り上げたトラップだった。踏みつけた途端にさらさらと砂になって崩れるあたり、一二三がもし思い切り体重をかけていれば、転倒は免れなかっただろう。
「貴方の事は、祖父母から良く効いています。収納と防御以外に魔法を使えない事も。一流の身体操作能力はありますが、魔人族との戦いや奥方との戦闘で、魔法による搦め手でダメージを負った経歴もある」
「良く知っているな」
出会うかどうかも分からない相手の事を、良く調べている者だ、と一二三は感心と呆れ半々で首を振った。
だがこれは認識の違いでしかない。一二三自身は軽い気持ちで兵士や一部の騎士にある程度の指導をしたに過ぎないが、その際に伝授された技術は現在の武術の基本となっている。
神格化に近い祭り上げられ方をしたイメラリアに引っ張られる形で、一二三という存在が持ち上げられているというのも原因だったが。
「貴方はこれに対応できない」
「そう思うんなら、試してみれば良い」
動揺した様子を少しも見せない一二三に、メンディスは眉を顰めた。
「では、いきますよ!」
メンディスの掛け声と共に、一二三の周囲には薄く砂が広がった。前後左右どこに足を踏み出しても、滑ってしまうのは間違いない。
そのまま、動かずにいる一二三に向かって、メンディスは自身の足元を魔力によって生み出した土で滑り止めを作りながら突きかかる。
「闇魔法で砂を消しても無駄です! この程度の砂なら、いくらでも出せますからね!」
避けられないと踏んだメンディスは、一二三の手元にある杖に注意を向けながらも、まっすぐに喉へ向かって突く。
足を左右に軽く開いて直立している一二三の体勢では、正面からの打撃を受け止めるための踏ん張りが出来ない。仮に足を前後どちらかに出して構えても、その時点で滑り、バランスを崩す。
「もらった!」
「何をだよ」
一二三の動きは、メンディスにとって実際に見ても信じられない動きだった。
カツン、と小さな音を立てて、一二三が持つ杖の先だけで、力も入れずに刃の向く方向を逸らされたのだ。
「馬鹿な……!」
直径三センチ程の杖の先を、さらに小さな切っ先に正確に触れさせ、尚且つ力の動きを受け流すなど、人間業では無い。少なくとも、メンディスには不可能な事だ。
「杖の面白さを教えてやろう」
宣言した一二三は、まず杖先でメンディスの小手を立て続けに打った。
メンディスが骨折した感触を認識するより早く、小手を叩いた杖先が、喉を突いた。
「ぐ……ぶぇ……!」
首からも軋む音が響くのを聞きながら、メンディスはそのまま倒れる事すら許されない。
杖先をメンディスの左脇の下へ。反対側を右足にぴったりと当て、そのまま一二三は膝をつくように相手の下へと滑り込んだ。
一二三の身体が動いた勢いはそのまま杖に伝わり、下半身を跳ね上げられ、上半身はくるりと返された格好になり、メンディスは敢え無く頭部から落下する羽目になった。
受け身は取れない。身体を丸めて逃げられないように、一二三の杖がぴったりと身体に当てられている。
「ぐあっ……」
苦悶の表情を浮かべたメンディスは、それ以上に言葉を紡ぐことすら難しいようだ。両手や首だけでなく、落下の衝撃で他にもダメージがあるのだろう。
その目の前に近づくと、一二三はメンディスの目の前に杖をつきつけた。
「杖ってのは、刃がついてないから自在に扱えるんだよ。両刃の槍になっちまったら、それはまた別物だ。端を握れず、抑える事も出来ず、ともすれば服や肉に刺さって動きが制限される」
講義してやる事でも無いか、と呟き、一二三は杖を収納して、先ほど魔法陣から抜き取った巨大なアクアサファイアを見せた。
「見ていただろうが、これは俺が預かっておく。値打ちもあるんだろうが、それ以上に召喚やらに使える宝珠だそうだな。また勇者とやらを呼び出して、自分好みの世界を作りたいと思うなら、策なり人数なり揃えて、また俺を探して殺してみろ」
再びアクアサファイアを収納して、一二三は部屋の出入り口前に詰めかけている騎士たちへと目を向けた。
メンディスが“邪魔になるから”と入室を禁じていたようだが、想定外に侵入者が勝利してしまい、動揺しているらしい。
ふん、と鼻から息を吐き、一二三は刀を取り出して腰に手挟む。
「俺が宝珠を持っている事の証人として、今は殺さずにおく。俺の動きを知っている奴が生きていた方が、少しは俺を倒す可能性が上がるだろう。それに、お前なら偉い連中も信用するだろうからな」
刀を抜いて、白刃に視線を走らせる。
「お前たちの敵は俺だ。全力で、何をやっても何を使ってでも、俺の命を狙えよ」
返事もできずに睨んでいるメンディスから離れ、一二三は軽く刀を振った。
「折角王都まで来たんだ。人を殺さずに帰るのは、少し不満だからな。今そこに詰めかけている連中は始末していく。死体も証拠の一つにでも使えば良い」
ゆっくりと扉に向かって歩き始めた一二三は、ふと立ち止まってメンディスへと視線だけを向けた。
「まあまあ強かった。武器に対する変な固定観念を捨てて、もう少し頑張れば、俺を殺せるかも知れないな。その時を楽しみにしている」
その後、動けないメンディスの耳には、騎士たちの悲鳴と一二三の高笑いが聞こえてきた。
☆★☆
「ふへぇ~……」
朝から昼過ぎまでを稽古時間としているヴィーネは、訓練場から屋敷に帰って来るなり、ソファへと倒れて、情けない悲鳴を上げた。
使用人として働く猫獣人の女性が、素早く冷たい飲み物を用意してくれるのを、恐縮しながら飲む。
「あまりだらしない恰好を見せないでください。貴女への不評は、即ち一二三様への悪報化になるのですから」
「はぁい……」
ギシギシと悲鳴を上げる全身に鞭を打って、ヴィーネは身体を起こす。これから軽く食事をして、後は日が暮れるまでオリガから魔法の講義を受けるのだ。
「奥様、赤ちゃんの調子はどうですか?」
「まだ実感は無いけれど、気持ちお腹が大きくなってきましたね」
腹部にそっと手を当てるオリガの表情を見て、ヴィーネもニコニコと笑っていた。
だが、不意に沈痛な面持ちで尋ねた。
「奥様……私がこの町で一番になったら、約束通りご主人様との事、認めていただけますか?」
それは一二三が出した条件。しかし、それについての“見返り”を彼からは提示されていない。精々、共を続けられるか否かだけだ。
ヴィーネも最初はそれで良い、と思っていたようだが、オリガと共に子供の存在を意識し始めた事で、女性として一二三の傍にいる理由を求める気持ちが大きくなってきたようだ。
オリガも、それには気づいていた。
「そうね……主人が戻ったら、相談しましょう。私が良いと言っても、それはあくまで私の気持ちだけの事。一二三様のお気持ちが、一番大切でしょう?」
「そうですね……頑張ります!」
意気込むヴィーネの姿を見て、オリガは心がちくりと痛むのを感じた。異種族同士では子供が出来ない事を隠したままでいる事への罪悪感。そして“主人”という言葉をわざとらしく使った、自分の器の小ささに。
「ええ、きっと一二三様は受け入れてくださいます。それより、そろそろ勉強の方を始めましょう」
「はい。よろしくお願いします!」
読んでいた本を閉じて、オリガは傍らに準備していた資料を手前に寄せた。
その正面にヴィーネが座り、真剣な顔で筆を握っている。
彼女たちの待ち人は、まだしばらくは戻らない。
オリガは、その前にはヴィーネに秘密を打ち明けるべきだとは思っていたが、まだそのタイミングを掴めそうに無かった。
お読みいただきましてありがとうございます。
次回もよろしくお願いします。




