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31.取引

31話目です。

よろしくお願いします。

「一二三さん。一つ情報があります」

「なんだよ。城で騒動が起きてるんだろ? さっさと行きたいんだがな」

 一二三独特の嗅覚が、城の内部から騒動の匂いを嗅ぎ取っていた。そこに行けば戦いがある、と確信している。


 だが、声をかけたプーセは一二三を言葉で引き留める事に成功した。

「世の中のいくつかの勢力が、一二三さんを狙うように仕向ける方法があります」

「……どういう事だ?」

 ようやく足を止めた一二三に、プーセはようやく数百メートルほど離れる事ができた城を指さした。


「貴方が呼び出されたあの魔法陣。あれはまだ城内にあり、新たな勇者を召喚する際にも使用されました。というより、あの魔法陣がなければ、召喚も……送還も、不可能です」

 ここで、初めてプーセは一二三に対して“送還魔法”の存在を明かした。

「で、俺に何をさせるつもりだ?」


「魔法陣が描かれた石造りの台座。その中央の石の下に、大きな宝珠が埋め込まれています。それを回収してください」

 プーセの狙いは、召喚・送還のキーとなる宝珠を奪うことで、オーソングランデ皇国は新しい勇者を召喚できず、逃げ出した勇者たちは帰れない。宝珠を持っていれば、必然的に狙われる対象になる。


「私の頭の中には、一二三さんを元の世界に戻すための送還術式があり、ヨハンナ様が健在であれば、その魔法の行使は可能です」

 それがオリガの前では出せなかった条件。彼が望まぬ転移に巻き込まれて以降、イメラリアが罪悪感に背中を押されて、晩年まで研究を続け、プーセが完成させたものだ。


「元の世界へいつ戻るのか、それは一二三さん次第です。全て主導権は貴方に渡します。これは取引です。貴方を利用するつもりはありません。私の手の内は全てさらしました……ですから、ヨハンナ様に、どうかご協力をお願いします」

 プーセが頭を下げるのを見て、未だに気を失って女性騎士に背負われているヨハンナへと視線を移した一二三は、嘆息した。


「すぐに帰るつもりは無いが……確実な方法があるなら、それを保護するのも一つの手だというのはわかる。だが、今は楽しみを片付けてからだ。先にフォカロルで待っていろ。話はそれからだ」

 城の方向から、数名の騎士が駆けてくるのを見て取った一二三は、一方的に話を打ち切って歩き出した。


「あれで良かったの?」

 ウェパルの心配は、プーセ自身よりも、ヨハンナが一二三と深く関わる方向へと舵を切った事に対してだ。

「場合によっては、勇者二人も敵になります。何を犠牲にしてでも、ヨハンナ様をお守りするだけの“戦力”確保は最優先事項です。いずれにせよ、この先排斥派との戦いは避けられません」


「そうねぇ……でも、うまくすれば排斥派は今から壊滅するんじゃないかしら?」

 全員が見ている前で、一二三に話しかけた騎士たちが、立て続けに両断されていた。

「王の護衛であるメンディス。彼ならば、一二三さんを相手にして王とサロメ様を逃がすくらいは可能だと思います。これで、オリガさんやヴィーネさんがいれば、話は違ったかもしれませんが」


 だからと言って、プーセは誰かを一二三の手伝いとして向かわせる気も、そんな権限もなかった。

「今は、偶然とはいえ一二三さんが来た事を幸運だと判断して、首都を脱出する事を優先しましょう」

「そうね。それが一番精神的には楽だわ」


 エヴァンスと同僚の女性騎士を連れて、一行は丁度到着した列車へと飛び乗った。

 心配だった城からの追手は、拍子抜けするほどに一切無い。助かるとは思いつつも、全員がその理由について語ることはしなかった。

「それにしても、あれが英雄殿ですか。いやあ、若いのにとんでもない圧力だ。あれは逆立ちしても勝てませんね」


 目立つ鎧を外し、紐でまとめて足元に転がしたエヴァンスは、車内にいた商人から買った果物を食べながら、のんきにつぶやいた。

「エヴァンス。お前は……」

「ああ、そうでした。隊長、先ほどまでの話でバレたと思いますけどね。私は魔人族です。そこにいる偉い人の命令で、病気で急死した下級貴族の親に金を払って身分を買って、騎士として潜り込みました」


 呆れ半分、嫌悪半分の顔を見せる騎士隊長アモンに、エヴァンスは悪びれる様子もなく説明した。

「割と居心地良かったんですけどね。前線ならいざ知らず、王都にはもうほとんど他種族がいませんから、仲間と戦うこともありませんでしたし」

 楽な仕事というのは、なかなかありませんね、とエヴァンスは笑った。


 上司であるウェパルは憮然としていた。

「それでエヴァンス、あんたはどうするの。私はもう魔人族の王では無くなったし、あんたの任務ももう終わり。このまま魔国に帰る?」

「冗談でしょう。あのクソ真面目なネヴィルの下で働いたら、私みたいなのはあっという間にすり減ってなくなってしまいますよ」


 冗談めかした口調ではあったが、彼が新たな魔国の王を嫌っているのは本当のようだった。王としては細かく指示を出さず、現場の裁量に任せる事が多いウェパルの方が好ましい、とエヴァンスは語る。

「給料が出るなら、またウェパル様の下で働かせていただきますよ。ただ、ちょっと先に済ませてしまわないといけないことがありますが」


 エヴァンスは、ついてきた同僚の女性騎士へ目を向けた。

「彼女を実家まで送ります。流れで連れ出して来ちゃったけど、城に戻すわけにも行けませんしね。実家で私から状況を親御さんに説明しないと」

「べ、別にそこまでしなくても……それに、騙されたのはもうどうでも良い。それよりも、今さら実家に帰っても怒られるだけ。勘当されて終わりよ」


 あれこれと言い合っている二人の騎士は放って、ウェパルはプーセと向き合った。

「それじゃ、これで勢力はごちゃごちゃ。貴女の味方はトオノ伯他共生派の貴族。それに元騎士隊長とその部下一部。まあ、分が悪いとは言えないんじゃないかしら?」

「……ウェパルさんはどうするんですか?」

「そうねえ……」


 ウェパルは、プーセが手助けを欲しているのは重々承知のうえで、にやりと笑って言葉を続けるのを避けた。

 彼女個人としては、共生派に協力する理由はない。どこかの町でひっそりと生活していれば、態々ウェパルを狙うような勢力も無いし、ニャールやフェレスを嫁に出すまで養うくらいは楽に生活できる程度の蓄えはあるのだ。

 王都まで付いてきただけでも、彼女としては大サービスのつもりである。ただ、ある一つの望みはあった。


「もし、協力を乞うとしたら、私たちには対価として何が用意できるでしょう?」

しばしの沈黙の後、プーセから話を持ちかけた。

 その事で、ウェパルは少しだけプーセを見直すことにした。多少不利になろうとも、彼女はヨハンナを守るつもりなのだ。その姿勢には、好感を覚える。


「新しい魔国の王ネヴィル。彼はおそらく、近々魔国ラウアール内の人間族を手始めに、今のオーソングランデ同様の排他的政策を進め始めるわ。杞憂ならいいけおど、もし予想通りになれば、その時に、彼を打倒する事に協力して頂戴」

「権力……が目的ではなさそうですね」

「あたりまえよ。もう王の座はうんざりだわ」


 元はといえば、混乱期の後を取りまとめるために、一二三から無理矢理押し付けられた立場だ。ウェパル自身、戻りたいとは少しも思っていなかった。

「でもね、私が国を作り上げるのに、人間や他の種族が少なからず協力してくれたのは確かなのよ。それを忘れて虐待するようなのが王のままなんて、魔人族のプライドが許さないわ」


「ほら、いい人でしょ?」

「確かに」

 いつの間にか会話を聞いていたエヴァンスと女性騎士の言葉に、ウェパルは「調子狂うわね」と顔をしかめた。


☆★☆


 一二三が闇魔法収納から取り出して握りしめているのは、単なる二本の棒だ。

 長さはそれぞれ四十センチ強。もとは多節棍の為の材料だったが、余ってしまった端材を流用して磨いただけのシンプルな木の棒である。

 太鼓のバチのように無造作に両手に持っている姿は、戦いに赴くようには見えない。


「どけ! 邪魔だ!」

「ああ、そうか」

 言いながら、棒の柄頭部分で声を荒げる兵士の鼻っ柱を叩き折る。

「貴様、なにをするか!」

「命の奪い合いをするんだよ」


 鼻血が流れていく顔面を押えて悶絶する騎士の喉に、棒を突き立てる。

 喉を潰された騎士は、しばらく悶絶していたが、ほどなく動かなくなった。

「俺はこれから城へ向かう。ちょいとした用があるんでな。邪魔をするなら殺す。そのつもりでかかって来い」


 さらに一人が斬りかかってきたのを、眼下に棒を突き込み、ぐい、と首を捻り折った。

「い、一旦退くぞ! 応援を呼べ!」

 二人目が力なく地面に倒れ伏したのを見て、一人の騎士が声を上げた。

 それを切っ掛けに、全員が背を向けて城へと逃げて行った。


「なんだ、つまらん」

 ずるり、と潰れた眼球をべっとりと貼りつけた棒を引き抜き、一振りして余計な付着物を飛ばす。

 くるくると手の内で二本の棒を弄びながら歩みを進めていく。足取りは軽く、王都の街並みがどのように変わっているのか、のんびりと見て回っている程に気楽だ。


「昔より少し寂れてないか?」

 一二三が感じた通りで、一時は獣人族やエルフ、魔人族など多くの種族が集まり、今のフォカロルと同様に栄えていた。

 だが、今の王がイメラリア教の教主となり、排他的な制度が次々に打ち出されて異種族が追い出されていくにつれ、急速に人口が減った首都は火が消えたようになっていった。


 一二三が王や王子を殺害した後でも、イメラリアが女王として即位した頃は、オーソングランデという国は負け知らずの常勝国家として国民の士気も高く、兵士たちの移動も多かった為に、全国をモノとカネが廻った。

 その後も、多くの種族が流入していった影響で人口が爆発的に増えた事もあり、未曽有の好景気に沸いた時期もあったのだが、それは一二三が石になっていた頃の話だ。


 城の前には、多くの兵士と騎士がひしめいている。

「ふむ……先に用事を済ませるか」

 顎を撫でて、さっさと手順を決めた一二三は予備動作なく駆け出した。


 タン、タン、と軽い音を響かせながら走る一二三は、迷いなく兵士たちが立ち並ぶ所へ突っ込んでいく。

 振り降ろされる剣も、突き出される槍も虚しく空を切り、一二三を捕まえんと伸ばされた手も、空気以外を掴む事無く空振った。


「よっ、と」

 一人を捕まえて槍の盾にすると、その背中を踏みつけて上を飛び越えていく。

 何度も入った事があり、一時は生活もしていた城だ。

 数十年経っても主な部屋の配置が代わるわけでも無く、あちこちに修復の後を見つけながら、裏通路を使うわけでも無く、勝手知ったる顔で堂々と城内を往く。


 城内の騎士や文官たちは、状況が掴めずに戸惑っている。

 見慣れぬ人物が城内を闊歩しているが、王とヨハンナのやり取りを知っている者はまだごく一部で、城の前に集まった警備の者たちも“不審者がいるから”という理由で集まったに過ぎない。


「たしかこっちだったな」

 勝手知ったルと言う顔で城内を進み、見覚えのある扉の前に立つ。

 重厚で精緻な装飾が施された金属製の扉は、あの時……一二三がこの世界に召喚されたあの日に見た物と変わらない。


 頑丈そうな南京錠タイプの錠前がかかっていたが、腰から抜き打ちに放った一刀で、軽々と切断された。

 ガラリ、と音を立てて落ちた南京錠を見て、誰かが応援を呼びに走って行ったようだが、一二三は気にも留めなかった。

 中に入ると、石を組み合わせた床にしっかりと描かれた魔法陣らしき模様が見える。


 一二三は、八十余年前にこの部屋に呼び出された。

 古代魔法をよみがえらせたイメラリアによる召喚魔法での事だったが、それは一二三にとって不本意ではあるものの、今考えれば左程不幸とは言えない出会いだった。

 この室内で多くの騎士を斬り殺し、殺人の満足感に震えた。その時、切っ先を突き付けられて怯えていたあの少女は、最後は立派な女王となった。


「これか?」

 魔法陣の中央部分、やや浮いたような形になっている部分を見つけた一二三は、指先で石をつまむと、力づくで引き抜いた。

 そこには、青く輝く真球系の宝石が見えた。

「見覚えあるな、これ」


 バスケットボール程の大きさがある宝石は、オリガがその昔、奴隷へと落とされる事になった罠に使われた、“アクアサファイア”というオーソングランデ特産の宝石だ。封印前にも、これほどの大きさの物は見た事は無いが。

「確か、取引も国が管理しているんだったな。こういう事にも使えるわけか」

 随分と便利な宝石だ、という感想とは裏腹に、片手でぽい、と収納へ放り込む。


「さて、それじゃあ、と」

 不意に気配を感じた一二三が、身体を横に滑らせるように動いた。

 その顔の横を、杖の鋭い突きが通り抜け、半呼吸のうちに引っ込む。


「これを避けますか……」

 攻撃を放ったのは、王の護衛であるメンディスだった。

 背後から後頭部を狙った必殺の一撃のつもりだったのだろう。見もせずに避けられて、頬を汗が流れている。


「ここまで気付かれずに近づいただけでも、この世界の奴としては随分立派だ。もう少し油断していたら、殺されていたな」

 とはいう物の、一二三は笑顔だ。

 メンディスの獲物が杖だと分かると、一二三も刀と短杖を収納に放り込み、自信も杖を取り出した。メンディスと同程度の長さがある、木製の杖だ。


 カツン、と音を立てて床につきたてると、耳に響く音が室内に木霊した。

「わかった。お前がフィリニオンとヴァイヤーの孫だな? 髪と目の色が同じだ」

「お婆様やお爺様をご存じとは。……なるほど、貴方があの“英雄”ですか」


 互いの距離は二メートル強。

 両手でしっかりと構えているメンディスに対し、片手で登山に使う杖のように握ったまま直立している一二三。

 二人は緊張した空間の中で、しばし互いを観察していた。

お読みいただきましてありがとうございます。

次回もよろしくお願いします。

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