30.城へ
30話目です。
よろしくお願いします。
※今回より、通常文量に戻ります。
ご迷惑おかけいたしました。
一二三が見せた、魔人族が言う“パウダーに”ついて、フルヴやエクンは強い興味を示したが、「知りたければ魔人族に聞けば良い」と言って、簡単な話だけを伝えた。
彼自身が大した情報を持っていなかった事と、義手のように使っているのは彼くらいなもので、それ以外にどのように利用できるかなど、彼の知る由もない事だったからだ。
「それで、そのまま一二三様は王都へ向けて出立されたのですね」
「ええ。奥様への挨拶はよろしいのですか、と吾輩も窺ったのですが……」
汗を拭きながら報告をするエクンに、オリガは一言だけ礼を言った。
「そういう自由な生き方を、邪魔するつもりはありませんから」
場所はエクンが用意した宿だった。
貴賓客を出迎えるための、二階建ての建物をまるまる一つ利用する形の最上級の宿で、交代で三十名程の獣人族が出入りしてベッドメイクや清掃に選択、そして客人に合わせた料理を提供する。
今回はフルヴの指示もあって、オリガとヴィーネは町の来賓として迎えられる事となった。
「それで、結局は獣人族と人間のハーフというのは、外的な影響がなければ産まれる可能性は低いという事ですね?」
「皆無、と言って良いでしょうな。吾輩にも、まったくまったく聞いた覚えがございません」
ヴィーネは同席していない。オリガが敢えて同席させず、私物の買い物に行かせていた。
「この事、ヴィーネには伏せておいてください」
「畏まりました」
「それにしても、素敵な宿をご用意いただいて感謝しております。後程、族長のフルヴ様には改めて挨拶に伺いますね」
「これはご丁寧に……ですが、あまりお気遣いいただく様な事でもございません」
エクンは一二三との出会いがいかに幸運であったか、また年甲斐も無く興奮できる時間で会ったかを嬉しそうに語り、オリガも笑顔を見せた。
「さて、ではでは吾輩はそろそろ失礼いたします。この屋敷のシェフは中々のものですから、夕食はお楽しみいただける事、請け合いですよ」
「一つ、お願いがあるのですが」
オリガの言葉に、浮かせようとした腰を再び落ち着けたエクンは、頷いて「御伺いします」と応じた。
「世の中の情報……特に戦場に関する情報を、定期的に纏めて教えていただきたいのですが……」
「これはこれは……なるほど、英雄というのは女性に支えられているものなのですな」
うんうん、と頷いたエクンは、快く応じる旨を伝えた。
「情報というのは、吾輩のような商人の端くれにも必要不可欠なものでして、国の諜報機関には劣るでしょうが、吾輩や族長へ情報を集めるための仕組みがあります。二、三日に一度ではありますが、まとめた書類をこちらへお届けいたしましょう」
「ありがとうございます。助かります」
「何か入用のものがあれば、使用人にお申し付けください。それでは、失礼いたします」
丁寧な礼をして、エクンは屋敷を後にした。
「……さて、これからしばらくはヴィーネの為に頑張らなくちゃ」
オリガは、フォカロル滞在中に来客やギルドで収集した魔法の情報をまとめた書類を抱えて意気込む。
「一二三様から教わった知識はこれだけじゃないもの。私自身もそうだけれど、ヴィーネを驚くほど成長させなくちゃ。こんな所で、あの方に失望されたくはないものね」
メモを開き、まとめて自分用とヴィーネ用の教科書として作りなおしながら、自分自身の魔力操作で、室内で試せる事は済ませてしまう。以前もやっていた事だ。
「失礼します。ご懐妊中との事でしたので、温かいミルクをお持ちしましたが、いかがでしょうか」
一人の侍女が、カップを乗せた盆を持って入って来た。
「ありがとう。いただきます」
「……わたしには魔法はわかりませんが、そのように面白いものなのですか?」
言われて、オリガは初めて自分が笑みを浮かべて作業をしていた事に気付いた。
少し気恥ずかしかったが、笑みで返した。
「魔法も面白いけれど、自分が好きな誰かの為に役に立てるというのは、嬉しい事だと思いませんか?」
☆★☆
「……王様。一つ聞きたい」
ミキに伴われて部屋に入って来たユウイチロウは、怒りに満ちた表情で尋ねた。
「直言を許す。納得したなら、今は控えていていただきたいものだが」
「俺とミキには、獣人や魔人族は人間と完全に敵対した民族で、多くの人間は殺されてきたと教えたな。あれは、嘘だったのか?」
ユウイチロウの言葉を受けて、王は彼の横に立っているミキを一瞥した。どうやら、行方不明になっている間に、外の世界を色々見て“現実”とやらを知ったらしい。
自分の娘であるヨハンナに対してもそうだが、余計な情報を知られると途端に面倒で反抗的になる者は邪魔にしか感じない。
「嘘では無いとも、勇者殿」
「しかし、ミキは人間が他の種族と仲良く生活している町を見てきたと言っているし、実際に他の亜人たちとも交流をしてきたそうだ。……俺は、ミキの方を信用する」
「そうか……実に残念だ」
「残念だと!?」
ユウイチロウは激高し、剣の柄に手をかけた。
その瞬間、王の前にメンディスが進み出る。その手には、ユウイチロウとの訓練でも使われた杖がある。
「メンディス、どけ! そんな杖で真剣の相手なんてできるわけないだろう!」
ユウイチロウが叫んでも、メンディスは動かず、また、言葉も返さなかった。ただユウイチロウとミキを一まとめに視界に入れて、ぴったりと杖を向けて構えている。
「勇者殿。そこにいる余の娘もそうだが、他種族との交流が大きい事が必ずしも良い事では無い」
ゆっくりと、王は噛みしめるように話し始めた。
「余は人間の、この神聖オーソングランデ皇国の王として、世界全体よりもまずは“国民”の利益と安全を守る義務があるのだ。その上で、我々為政者は生かされている」
「ぐ……それが、他の種族を虐げる理由にはならないだろう!」
「果たしてそうかな?」
「なに?」
「イメラリア様がご存命の頃、獣人族や魔人族に人間の国が滅ぼされた事があった。……そうそう、丁度その頃の張本人がここに居る」
王が指したのは、ウェパルだ。
「魔人族は、人間を下級国民として使う事で魔人族の国民に優位感を持たせて戦勝者として慰撫し、かつ人間が作った産業をそっくり人間に運営させる事で国内経済を大きく停滞させる事無く済ませた。人間の王である余が言うのもなんだが、随分と上手くやった事だ」
「お褒めに預かり光栄だわ。あの頃の魔人族は喧嘩っ早いのばかりだったから、抑える方法を考えるだけでも必死だったわよ」
ウェパルが否定しなかった事で、ユウイチロウはウェパルにも強い視線を向けた。だが、彼女にはその程度では圧力を与える事は出来ない。
「そういう事だ。必要な部分で多少の争いや犠牲が出る事は仕方ない。まして、人間を生かす為に、他種族を犠牲にする事であれば、それは正義の行いではないか?」
「そこまでして他種族を攻撃する必要はないはずよ」
「攻撃? 違うな。人間としては他種族を“間引き”せねばならん」
ヨハンナがたまらず口を挟んだが、王は冷静に返した。
「人間は弱い。獣人族程の身体能力は無く、エルフや魔人族のような魔力も無い。ドワーフのように器用でも無く、実に半端でか弱い存在なのだ」
だからこそ、数が多く、道具に頼り、他の種族からの技術を学ばねばならぬ、と王は言う。
「対等ではいかんのだ。それでは、いつか人間は先細りを始めて、この世界からいなくなってしまう。人間は数こそ多いが、それはいつまでも続くわけでは無いのだ」
その為に、人間の優位を確保できる方法で得て置く。人間の未来の為に。
「それでも、勇者殿は余を悪と断じるか? ヨハンナよ。それでも国を割る覚悟で父と戦うか?」
ウェパルは、他国の事として黙っていた。そして、プーセもここで口を出せば、自分がヨハンナを傀儡として操っていると取られると考え、口を開かなかった。
「王族が対立すれば、多くの貴族が、民衆が巻き込まれる。まさか、影響が出る前にここで決着を付けようと言う訳でもあるまい」
「……それでも、わたくしはイメラリア様が本当に願っていた世界を目指しますわ、お父様」
ヨハンナが絞り出した決意に、父である王はゆっくりと首を振り、ため息を吐いた。
「お前は、自分が届かない範囲まで心配して何を成したいのか。……それで、勇者殿はどうなさるのかな?」
「俺たちは、お前たち両方とも信用できない」
「ほう?」
「ま、待ってください、それでは……!」
ユウイチロウの結論に、ヨハンナの方が驚いた。“両方”とは、つまりヨハンナ達共生派すら信用できないという事だ。
それを示すかのように、ミキが作った魔法障壁が、ユウイチロウと彼女の二人を包み込んだ。
「……ごめんなさい!」
「ミキ、謝る事なんかないぞ! こいつらは結局、俺たちを自分たちの勝手な戦いに巻き込んで、おまけに洗脳までしようとしてたんだ!」
ミキを抱きかかえるようにして吠えたユウイチロウは、噛みつかんばかりの表情で周囲を見回した。
「俺たちはお前らの駒になるつもりは無い。後は、勝手にやってくれ! ……ミキ、頼む」
ユウイチロウに声をかけられたミキは、涙をいっぱいに浮かべた顔でヨハンナに頭を下げると、二人揃ってどこかへ転移してしまった。
一時的に、静寂が室内を支配した。
それを破ったのは王だ。
「さて、折角育てた手駒を二つも同時に逃がしてしまった。ヨハンナよ。勇者を抱え込むつもりだったようだが、どうやらお前の方も振られてしまったようだな」
薄笑いを浮かべ、王はこの場にいる騎士たちに睨む。
「小娘に踊らされる馬鹿者どもめ。すぐにヨハンナとその取り巻き共を捕えよ。少々乱暴にしてもかまわん。それで、この場の無礼は許してやろう」
王の言葉に、騎士たちは狼狽えた。勇者という強力な味方が失われた今、ヨハンナ一人ではそれほどの求心力は無い。
じりじりと騎士たちが立ち位置を移動していく。
ゆっくり二手に分かれていく、ヨハンナ達の側には、騎士隊長のアモンの姿があった。
「……姫様。こうなったらおれの命は預けますからね。どうするか指示を頼みます」
まだ剣を抜いてはいないが、いつでも抜ける体勢を保ったまま、注視するのはメンディスだ。
ヨハンナとしては、このような状況に陥った以上は脱出以外の手は無いのだが、その為には隙を作り、扉から脱出する必要がある。
戦力的には強い。ウェパルやプーセの魔法は世界でも上位に入る。ヨハンナも多少は魔法攻撃が出来なくもない。だが、身体を張って入口を塞ぐ騎士たちを排除するのは一筋縄ではいかないだろう。
ヨハンナがあれこれと考えているうちに、騎士たちがひしめく入口側から、部屋の中に何かが投げ入れられた。
瞬間、メンディスは王とサロメを押し倒して上にかぶさって庇った。
その直後、投げ込まれた“何か”は轟音と強烈な光を放って弾け飛んだ。
「陛下、大丈夫です?」
「エヴァンス、あんたね……」
「文句はあと、あと。お姫さんと隊長はこっちで運んでいきますから、プーセ顧問はお願いしますよ」
騎士たちがうめき声をあげ、のたうちまわる中、ひょいと室内を覗き込んだのは、変装して騎士として城内に紛れ込んでいたエヴァンスだった。
「私がヨハンナを背負うわ。重い方はあんたが運びなさい」
プーセを指差して文句を垂れているウェパルのその腕を、他の誰でも無いプーセ自身が掴んだ。
「だ、誰が重いんですか……」
「あら、意外と頑丈ね。肩は貸してあげるから、頑張って歩きなさい」
薄情ではあるが、倒れ伏した一般の騎士は放って、廊下で待機していたフォカロルから借りていた兵士は無事だったので、揃って城を脱出する。
城内は混乱していたので、建物から出ること自体は難しくなかった。ウェパルはフォカロルからの兵たちには鎧を脱いで身分を隠し、少人数に別れてバラバラにフォカロルへ帰る様に指示を出した。
「エヴァンス。あんたは城に戻りなさい」
「いや~……」
一人の女性騎士に手伝わせてヨハンナとアモンを抱えてきたエヴァンスは、苦い顔をして頭を掻いた。
「メンディスさんは気絶してない様子だったんで……」
「……しくじったわ」
あの時、ウェパルはエヴァンスの名前を呼んでしまった。彼がこちらの手駒だと知れてしまったのだ。
「というわけで、私も陛下に付いていきますよ。彼女もね。もう戻れませんし」
連れてきた女性騎士を指して、エヴァンスは「そろそろ城勤めも飽きてきたし」と、へらへら笑っている。
「それに、追っ手の心配も無さそうですしね」
「はあ?」
エヴァンスが指差した先を見ると、駅の方から歩いてくる、特徴的な服をはためかせる人物がいた。
「なんでここに……」
「ウェパルか。何やってんだ?」
一二三が、王都へ到着した。
お読みいただきましてありがとうございます。
次回もよろしくお願いします。