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3.戦いの鼓動

3話目です。

よろしくお願いします。

 建物の二階。廊下へするりと姿を表した一二三は歩きながら足元の動きを確かめていた。

 つま先から、上へ上へと関節の可動、筋肉の緊張、触覚を順番に確かめる。そして、何の問題もない事を確認し終える頃には、薄暗いエントランスへとたどり着く。

「ここは、もう使われていないな。八十年と言っていたな。そう考えれば、良く建物が維持できている方か」

 待合に使われていた広い空間には長椅子が並べられ、一二三が降りてきた階段と正反対の位置に鎧を剣を腰に提げた男たちがいた。

「お?」

 そのうち二人は、拳銃のような物も腰に吊り下げているのが見える。原始的な構造のようだが、どのように使うのか、一二三は楽しみになってきた。

 見れば、剣も以前見たような武骨な直剣ばかりでは無く、それぞれに弧を描いた刀身を持っていたり、刺突を主目的としているらしいさいのような武器も見える。

「ふぅん。中々良い物を提げているじゃあないか。それをしっかり使いこなせるのか、見せて貰おう」

 刀をだらりと下げたまま、部屋のど真ん中をぐいぐいと歩く。

 侵入者たちは突然現れた人物に対して一瞬だけ怯んだ様子を見せただけで、すぐに武器を抜いて一二三を包囲する形に広がった。銃を持った二人も、剣を抜いている。

 判断が早く、動きが機敏である事に一二三は大きな喜びを覚えていた。

 銃持ちの一人が口を開いた。

「何者だ。ここで何をしている」

「お前にそんな事を言われる筋合いは無い。余計な口を開いている暇があるなら、腰の銃を抜いて撃てよ」

 会話にならない、と判断したのだろう。声をかけた男が、周囲の仲間に視線を巡らせると同時に、周囲の男たちがじりじりと距離を詰めてきた。

「それで良い」

 一二三は、右手一本で刀を大上段に高々と構えた。

「さあ、準備運動を始めようか」

 言葉が終わるのを待たず、剣を持った男たちが一斉に一二三に迫った。

 その剣筋は正確で、確かに一二三の身体を貫く軌道を奔った。だが、正確な分読みやすい。

 一二三が一歩引いた目の前で、切っ先が交錯する。

 同時に、稲妻のように打ち下ろされた刀が立て続けに二人の男の頭蓋を叩き割り、血煙を上げて転がった死体は長椅子に激突して止まった。

 残った男たちは味方の死体を踏み越えて、さらに剣を振りかぶろうとするが、その時点で一人の男が心臓を貫かれている。しかも、背後からだ。

「な、いつの間に……」

「ふむ……」

 驚愕する敵の反応など無視して、一二三は懐紙を取り出して刀身を拭うと、「刀は問題無い」と呟いて納刀した。

 無手になった所を好機と見たのか、味方をやられても男たちは果敢に斬りかかる。

 その内一人の目の前へ、一二三はするりと進み出た。

「えっ?」

 目を丸くしている男の背中に手を回し、後ろ髪を掴むと、そのまま引き落として仰向けに倒す。

 呻き声を聞く間も無く、踵を心臓へと叩きつけて殺した。

 後ろから迫る男は、剣を奪われて自らの武器を腹に突き刺される。

 横から突きを繰り出した者は、左目に指を突っ込まれ、自分が走った勢いで首をひねり折られた。

「四人残っているな。さて、何をやろうか。身体の調子はとても良い」

 指に付着した血を払う。石造りの床に、飛沫が飛んだ。

 二人の男が、ここでようやく剣を左手に持ち替え、銃を抜いた。

「動くな。銃の事を知っているようだから、今がどういう状況かわかるだろう」

「その引き金を引けば、弾が発射されるな」

「わかっているなら……」

「だが、当たるとは限らない。いや、当たったとして一発や二発で俺が殺せるとも限らない」

 一二三は、両手をだらりと下ろしたままで、一歩進む。

「試してみると良い。俺も実弾を相手にするのは初めてだからな。良い機会だ」

 さらに一歩進む。

「う、動くな!」

「動かない的じゃ、楽しくないだろう?」

 一二三の方が先に動いた。

 緊張したのか、かなり遅れて一発の銃弾が床に跳ねる。

 直後、撃った男は顔を押えられ、床に後頭部を叩きつけられて死んだ。

 その隣で銃を構えていた男は、慌てて一二三へと銃口を向けた。だが、そこにはすでに一二三の姿は無い。

「なにっ……」

 手首を脇に挟む形で締め上げられ、目と鼻の先にある一二三の顔を、男は怯えに濡れた顔で見つめる。

 万力のような力に、指は自然と開き、銃を落とす。

 暴発によって放たれた弾丸が、長椅子の一つに当たった。

「黒い髪に、黒い、目……」

 何かに気づきかけた男は、一二三が首を傾げて避けた剣先に顔面を貫かれ、倒れた。

 頭蓋に引っかかり、思わず剣を手放した敵は、一二三に足をかけられて転び、踏み殺された。

 最後の一人となった。

 剣を捨てて逃げようとしたが、長椅子につまずいた所で、後ろから襟を掴まれる。

 首を絞められる、と判断した男は、咄嗟に両手で首を庇う。

「悪くない判断と言いたいところだが」

 その両手ごと、一二三の右腕が背後からがっちりと首に巻きつき、男は完全に両手を塞がれた。

 尻をついて座った状態では、満足に抵抗もできない。

「行くぞ」

 肩の後ろから、抗いがたい圧力がかかる。

 腰からでは無い上半身を二つ折りにするような力がかかり、鳩尾が圧迫され、背骨が悲鳴をあげた。

「やめてくれ……頼む……やめて……」

 大きな声も出せず、涙を流しながら、次第に息苦しくなっていく事に恐怖はいや増す。

 ほどなく、鈍い音が響くと、男は血を吐いて脱力し、二度と動かなくなった。

「もう少し長持ちするかと思ったが。まあ、贅沢は言うまいよ」

 死体を打ち捨て、立ち上がった一二三は大きく両手を上げて伸びをすると、背後の階段を振り向いた。

「で、お前は楽しめたか?」

 階段の途中で立ち尽くしたまま、一部始終を見ていたヨハンナは、震える膝で立っているのが精一杯だった。


☆★☆


 ヨハンナが目を覚まし、「一人で戻れるわ」と言って出て行った。

 残されたシクは、涎を垂らし、だらしない顔をして眠りこけている片耳兎の獣人の顔を見ていた。

 八十余年前から、シクは彼女を知っている。獣人たちと人間が共に暮らす不思議なコミュニティに所属しており、早い段階で魔法を覚えた獣人の一人だった。

あの怖い一二三を慕って、懸命に付いて行こうと努力した結果だった。男性の好みは別にして、最終的に好いた男と共に封印される事を選んだ彼女を、シクは尊敬していた。

「ボクは、まだそこまで好きになれるような人、出会ってないんだけどね」

苦笑していたシクの目の前で、ヴィーネは兎耳をピクリと動かしたかと思うと、飛び跳ねるようにして起きた。

 ベッドの上に座り、キョロキョロと見回している。

 床に尻餅をついているシクの姿を見つけて、首を傾げた。

「びっくりしたぁ……」

「ここは……?」

「ヴィーネさんが封印されて八十年ちょっと経った、フォカロルの領主館。今は使われてないけれどね」

 言われてみれば、とヴィーネは耳を動かしながら部屋の様子を確かめた。この建物には同じような作りの部屋はいくつも有り、彼女もその一つを使っていたので、見覚えがある。

「ボクはシク。……憶えてる、かな?」

「シク……あの、ソードランテで魔法を教えてくれたシク? 随分と大人びた顔になったのね。それに、エルフらしくて綺麗な顔立ち。羨ましいわ」

 にっこりと笑ったヴィーネは、すぐに何かを思い出したように立ち上がった。

「そうだった! ご主人様が戦っているのが聞こえたのよ!」

「ええっ?」

 熟睡していたくせに、会話は聞こえずとも剣戟の音で飛び起きたらしい。

「行かなくちゃ!」


「ちょっと待って! なんでそんなに慌ててるの?」

「もし奥様まで一緒に戦っておられたら大変なのよ!」

 廊下を走るヴィーネの言葉に、シクは疑問を返した。

「あの人なら、心配いらないんじゃ……」

「お腹に子供がいるのよ! 心配に決まってるじゃない!」

「こ、子供!?」

 起き抜けとは思えないバネの強さで飛び跳ねるように廊下を駆けていくヴィーネに、シクは必至で追いすがっている。

 階段を転げ落ちるように降りていくと、その途中に、王女ヨハンナの小さな背中を見つけた。

「ヨハンナ様!」

 シクの呼びかけに振り向いたヨハンナは、ゆっくりと振り向いた。

 頬を紅潮させ、満面の笑みで。

「シクさん、勇者さ……一二三様は、お話で聞いた通り、とてもとてもお強いのね!」

 絶句しているシクの視界、興奮してまくしたてるヨハンナの向こうで、一二三に飛びつこうとして鉄拳制裁を受けているヴィーネの姿が見えた。


☆★☆


 神聖オーソングランデ皇国が呼び出した勇者は二人。高校生の男女だった。

 恋人同士の二人は、突然召喚されて右も左もわからない状態で、詰め込まれるままにオーソングランデの『正史』を詰め込まれた。

 魔法も使える事が判明し、一般市民から隠された状態での戦闘訓練を続けている。全ては、他種族という「人間族を脅かす存在」と戦う為に。


 謁見の間に呼ばれ、二人の勇者は王に向かって教えられた通りの所作で跪いた。

「よいよい。そのような堅苦しい態度は必要ないのだ。どうか、楽にして欲しい」

 騎士隊長アモンを叱責したときとは、声音すら違う。

 ホッとした表情で立ちあがった二人の若者は、それぞれに王が用意させた鎧やローブを着ており、恰好だけで言えば随分とこの世界に馴染んでいた。

「苦しい訓練の日々を送っておるようだな。余の我がままで、苦労を掛けてすまぬと思っている」

 王は着座したままではあったが、軽く頭を下げた。

 謁見の間にいた騎士や大臣たちがざわめいたのを、片手で制する。

「静まれ。彼らにはこの皇国を、そして世界を救ってもらうのだ。この程度の事、騒ぐような事では無い」

 さて、と王は改めて勇者たちへと語りかける。

「実は、我が国よりも危機に陥っている国がある。ホーラント王国と言う名の、隣国なのだが……」

「何が起きているのですか?」

 問い返したのは、ユウイチロウという名の男だった。白色の鎧は魔法による強化を施されており、軽装に見えて、短時間だが露出部分にも物理結界を張る事ができる。

「内乱状態に陥っている。我が国と同様に魔人族の国と接しているのだが、王の代替わりで多少の内輪もめをしておって、その隙にかなりの部分、国土を侵犯されたようだ」

 心配だ、と王は悲痛な表情を浮かべる。

「しかも、魔人族の国では我らと同じ人間族が格の低い国民として扱われ、戦場へ兵士として送り出されておると聞く」

「そんな……ということは、ホーラント王国では人間同士で戦争をしているという事ですか?」

 口元を押えながら、怯えを含んだ声を発したのはもう一人の勇者、ミキだった。鮮やかな赤いローブを着ており、大きなカバンを肩にかけていた。彼女の装備も、いくつかの魔法が付与された特別製である。

 ミキの言葉に、重苦しい嘆息と共に、王は頷く事で答えた。

「非常に心苦しい頼みではあるが、魔人族軍を押し戻し、ホーラント国内が安定すれば、魔人族も諦め、人々が強いられている戦いも終わるだろう」

「ですが、それでは根本的な解決にはならないのでは?」

「その通りだ。だが、魔人族を始めとした敵対的な亜人と本格的に事を構えるには、まだ準備が足らぬ。勇者殿、二人も力を付けてきているとは聞いたが、実戦はまだ未経験であろう。我が国の騎士と共にホーラントへ赴き、戦場の空気を感じてみてはどうだろうか……いや、このような言い方は卑怯であるな」

 王は立ち上がり、勇者たちへ歩み寄る。

「おなじ人間族を相手にする事に、思う所もあるだろう。だが、ここで魔人族の勢力を叩いておかねば、人間族はいずれ魔人族や獣人族などの亜人族に蹂躙される未来が待っている……どうか、我々に力を貸してもらいたい」

 王は右手を差し出し、力強く言葉を並べた。

「……わかりました。俺にできる事を、精一杯やります!」

 固い握手を交わした二人に、謁見の間に居た人々の拍手が降り注ぐ。

 隣で固い表情をしているミキに、ユウイチロウは微笑む。

「大丈夫だ。ミキは俺が守るから、魔法の援護を頼む」

「う、うん……それは、ちゃんとやるよ」

 今一つ顔色が優れないミキを、ユウイチロウは緊張しているのだろう、と気遣い、王に断って謁見の間を後にした。

 出るなら早い方が良い、という事で、ホーラントへ出発するのは明日の早朝になる。移動は馬車を使うらしい。二人とも、まだ馬に乗って長距離を移動する程は、乗馬に習熟できていなかった。

「どうして……」 

「うん、どうした?」

 廊下を並び歩く間、ユウイチロウはミキの肩を抱いていた。彼はミキを支え護っているつもりのようだが、ミキは一人でゆっくり考えを整理したかった。

「魔人族って、どうしてホーラントって国に攻め込んできたのかな」

 ミキの呟きに、ユウイチロウは笑った。

「それは、王様が言っていたじゃないか。魔人族は人間を奴隷のように扱っているんだ。今の魔人族の国も、元はヴィシーとかいう人間の国だったらしいし、魔人族はどんどん人間の住む場所を侵食しているんだよ」

 俺たちが戦わないと、とユウイチロウは鼻息荒く語った。少し、肩を抱く腕が痛い。

「この為に召喚されて、しかも戦う能力を手に入れた。俺たちは勇者なんだし、正義の為に戦う以上、負けるわけが無い」

 どこからそんな自信が出てくるのか、とミキは呆れた。

 悪い人物じゃないとは思っている。そうで無ければ、恋人になどなっていない。

 だが、この世界へ来て、騎士たちと訓練して負け知らずで毎日を過ごしているうちに、少しずつ変わってきたように思えてきた。さらに言えば、ミキはこの国の王や大臣たちが時折向けてくる視線に、理由はわからないが居心地の悪い物を感じていた。

「戦場、かぁ」

「ああ、いよいよだな」

 ユウイチロウは張り切っている。

 だが、その恋人は不安でいっぱいだった。

お読みいただきましてありがとうございます。

次回もよろしくお願いします。

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