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27.彼女の修行場

27話目です。

よろしくお願いします。

 魔人族の駅を降りると、フォカロルよりもずっと厳しいチェックを通ってから駅から出られるような決まりになっていた。

 どうやら獣人族の中でもそれなりに顔が広いらしいエクンがいて、尚且つ駅での業務に従事していた者たちがすぐに一二三やオリガに気付いたため、問題にはならなかったが。


「それでは、先に宿へご案内しますか?」

「いや、お前が言っていた兎獣人の武道を先に見ておきたい」

 そして、と一二三は闇魔法収納から一抱えの袋を取り出し、エクンへ渡した。


「こんな大金……」

「俺は訓練場を確認したらすぐに戻る。二人が長期に滞在できる物件と、オリガが生活するための環境を整えてくれ。足りないか?」

 とんでもない、とエクンは首をぶんぶんと激しく振った。


「吾輩にお任せください! では、兎飛翔拳の訓練場所をご案内させていただきまして、それからすぐにすぐに物件を見繕ってまいりますとも!」

 胸を張って答えたエクンは、ではでは、と弾むような足取りで先導する。


 駅を出てからの賑わいは、フォカロルにはやや劣る。

 人数がそこまで多くない、というより、獣人族が九割で、人間や魔人族はかなり少ないように見える。

「出入り自体は制限をしておりませんが、長期滞在や居住するには審査と許可が必要になりますからね。獣人族以外で出入りしているのは、商用の方か一部皇国のお役人さんくらいですよ」


 役人と言っても、今残っているのは共生派に与する事を決めた者ばかりで、当然ながら排斥派に与する者たちは逃げてしまったらしい。

 魔人族の町である“ヘレンとレニの町”は駅を中心に据えた広場があり、そこからフォカロル方面の門を通って町へ入る構造になっている。

 言うなれば、町の正面玄関だ。


 そして表があれば裏もある。

 魔反対側、荒野というエリアに向かっても町の出入り口がある。


 荒野やその中にある森には、多くの種類の獣人族が住んでいる。彼らの中にはレニやヘレンを中心とした呼びかけに応じて、町へと生活の場を移した者たちもいたが、人間的な社会生活を嫌い、森に住む者もまだまだ多い。

「少しずつ受け入れも進んでいますが、あまり積極的には住民を募集しているわけでもないのです」


 レニの考えとして“人が増えると言う事は、人手が増えると同時に守らねばならない人数が増える”というものがあったらしい。

 荒野の先に以前は存在した『ソードランテ』という小さな国において、レニを中心とした獣人族と人間が共生する町で、彼女は随分と苦労した。違う者が増えれば、豊かになると同時に軋轢も増える。


 当然と言えば当然の結果だが、他種族同士の共生が、必ずしも幸福ばかりをもたらすわけでは無い、と一二三が封印されるに至るまでの闘争を目にして結論付けたらしい。

「ですから、我々の町では住民があまり増えすぎないようにして、しっかりしっかり管理できる規模を保つようにしているわけです」

 それでも諍いはありますがね、とエクンは笑う。


「こちらです。責任者は吾輩の知り合いですので、すぐに対応させますよ」

 平屋だが、見た目に広い建物の前で、エクンはお任せくださいと胸を叩いて先に引き戸を開けて、勝手知ったるという様子で入って行った。

 そして、ほどなく顔を出して、一二三たちを呼び込む。


「はじめまして。兎飛翔拳の代表師範を勤めさせていただいております、シローと申します」

 建物はシンプルな作りで、ドアを潜るとそのまま広い道場スペースになっていた。一抱えはあろうかという太い木の柱が無造作に並ぶ様子は、武道場としては異様だ。

 そこで待ち構えていた兎獣人の青年は、爽やかな笑顔を浮かべて右手を差し出した。


 握手を求める青年に一二三は応じず、その姿を頭から足先までさりげなく視線を走らせるに止めた。

「握手はいらん。それよりも……手合せでもやってみるか」

「なんと……願っても無い事です」


 あっさりと受け入れた兎獣人の青年は、ヘレンの孫にあたる人物だそうで、レニの事も良く覚えていると言う。

「レニ様には色々と教えていただいたものです。祖母は最後まで“心配させる友人”だと評してしましたが」

「あの二人はどっちもどっちだ。気絶か降参まで。禁じ手無しで良いな?」

「もちろん、構いません」


 二十名ほどの練習生が激しい訓練を続けていた建物内は、いつの間にか静まり返っていた。

 一二三とシロー、二人は既に会話も無い。無いのだが、それ以上に雄弁に語る雰囲気の緊張感があった。

 エクンは滞在場所を押えてくると言って惜しみながらも出て行き、観戦しているのは専修生たちの他は、オリガとヴィーネの二人だ。


 リングや囲いなどは存在しない。

 無手で向き合った二人。一二三は両手を下げた自然体で立っており、シローは前傾姿勢で油断無く一二三を見ている。

「いつでもいいぞ」

「では……」


 初手はシローだった。

 弾丸のように飛び出したかと思うと、地面と一体化する程に低い姿勢から刈り取る様な足払いが放たれる。

 一二三はくるぶしを狙って踏みつけたが、察したシローは素早く足を引き、勢いそのままで横を通り過ぎていく。


「はああっ!」

 気合一閃、全身のばねを使って跳躍し、太い柱を蹴って空中を縦横無尽に飛び回る。速度は速く、慣れた者でなければ目で追うのも困難だろう。

 練習生たちからは、驚きと称賛の声が上がる。


「すごい……」

「あれでは、まだ届きません」

 驚くヴィーネに対し、預けられた刀を大切に胸に抱いているオリガは、一二三からひと時も目を逸らすことなく言った。

「速いだけでは駄目です」


 いくつかの柱を蹴り、一二三の頭上を飛び回っていたシローは、相手の首筋を狙って背後から肘を振りながら飛びかかった。

 その肘に、そっと触れる感触がある。

「……えっ?」

 勢いそのままに、ぐるりと視界が回ったかと思うと、背中から地面へと叩き落とされていた。


「か……はっ……」

 肺から一気に空気を押し出したシローは、それでも反射的に受け身を取る事で大きなダメージは免れた。

 息はできないが、それでもそのまま寝転がっている程愚かでは無い。


「フゥーッ、……フゥーッ!」

 背中の痛みの息苦しさに喘ぎながらも、シローは立ち上がり、一二三の前に距離を取って構えた。

「受け身は取れたか。あれだけの勢いを利用された割には、頑丈なもんだな」


 どうやら、飛びかかった勢いを流されて、地面に向けてひっくり返されたらしい、とようやく理解できたシローは、ようやく肘に触れたのが一二三の手であった事を知った。

「やはり、祖母の言っていた通りに強い……。ですが、僕も飛び回るだけが能ではありませんからね!」

 今度は真正面からやりあうつもりらしい。シローは正面から左の拳を撃ちこみ、素早く引いて右手を腹に向けた。


 速く変則的なワンツーを、一二三は左手だけで受け止めた。

 ドンドン、と受け止める音がしたが、連撃はそれでは終わらない。

 膝が出て、足を引き様に頭突きが胸を狙う。だが、それはあくまで誘いだ。


「それっ!」

 シローは両手で一二三の足を掴み、身体を起こしながら掬い上げた。

 両足を持ち上げられた相手は、頭から落ちる形からの難しい受け身を強いられる格好だ。足をしっかり掴み、手ごたえ充分だと感じていたシローは、思わず笑みを浮かべていた。


 だが、相手はバランス感覚という点では一桁の年齢の頃から鍛えている。馬によく乗るようになり、様々な場所での実戦を繰り返した結果、さらに磨いているのだ。

「面白いな」

「……マジかよ」


 思わず素が出たシローの目の前で、一二三は彼を見下ろしていた。

 足を抱え上げようとするシローの腕に、一二三は乗っていた。

 不思議と、大人一人を抱えているとは思えない程、大した重さを感じない。それだけ上手にバランスが取れているのだろう。

 無言で顎を打ち抜いた一二三の掌底によって、シローは気を失った。


「悪くは無い」

 気絶から立ち直ったシローが最初に聞いたのは、一二三の評価だった。

「本来は武器術もやるんだろう?」

 指差した先には、壁にかけられたいくつかの武器がある。見覚えのある手裏剣や鎖鎌、契り木などもあるが、他にも短剣なども見える。


「ヴィーネはここで修行な。オリガは監督をしてくれ。武器も合う奴を選ぶように」

「わかりました、ご主人様!」

 一二三が向き直った時、シローは片膝をついて一二三へ最大限の敬意を表していた。

「完璧に僕の負けです。流石に世界中で名を遺した英雄は格が違いました。勝てる、とわずかでも考えた自分が恥ずかしい」


 泣きそうな顔で赤面しているシローに、一二三は立つように言う。

「とりあえず、このヴィーネの訓練を任せる。お前が何を反省してこれからどうするのかはどうでも良いが、このヘタレを多少なり使えるようにしてくれれば良い」

「もちろん、僕もこのまま負けを引き摺って行くつもりはありませんよ! ヴィーネさんと言いましたね、お互いに頑張りましょう!」


 いつか一二三に追いつく、と熱い宣言をしながら、ヴィーネと固い握手を交わしたシローは、一二三たちを食事へと誘った。

「まだ町へ来られたばかりなのでしょう? エクンさんが戻るまで時間があるでしょうし、良い店をご紹介しますよ」

「いいな、案内を頼む」


☆★☆


 シローが案内した場所は、町の食堂よりは落ち着いた場所で、かと言って高級レストランという程気取ってはいない店だった。

 ヘレンの孫として町の名士扱いを受けているのか、シローが顔を見せると、店主が出て来て嬉しそうに個室を用意してくれた。


「適当に持ってきてくれ。量は多い位でいい」

「かしこまりました」

 一礼して店員が出ていくと、シローは先ほどの試合について熱く語った。


「まさかああいう返され方をするとは思いませんでしたよ!」

 いやあ、勉強になります、と上機嫌でカップを空にしているシローだが、飲んでいるのは単なる水だ。筋肉を衰えさせる、という理由で酒は飲まない主義らしい。

「良い経験をさせていただきました! よろしければ、またお手合わせ願いたいものです」


 一二三は気分次第だな、と返答をして、ふと聞いておくべき事を思い出した。

「ミーダットという獣人が強いと聞いたんだが、知っているか?」

「もちろん。この町の軍を預かる人ですよ」

「軍人か……」

 アモンが出した名前の中で、町の獣人族の中でも強者とされる人物は、一軍を預かる将らしい。


 シローが言うには、ミーダットは個人の武勇よりも、集団での防衛戦で名を上げた人物らしい。

「以前、荒野から虎獣人を中心とした荒くれ者連中の襲撃があったんですが、ミーダットさんの指揮により、味方にほとんど損害を出すことなく撃退したんですよ。それ以来、獣人族の町では彼が一番の有名人です」


 シローの言葉に、一二三は首を傾げた。

「武術試合をやっているんだろう? そのトップは違うのか?」

「別の人物です。ドルトザンという熊獣人が今のトップですが……どうにも性格が悪くて、人気で言えば今一つです」

 強さを証明したのに評判が上がらない事で、さらに粗暴さが目立つようになっている、とシローは愚痴った。


「私も一度破れています。力が強いのは熊獣人の特徴として当然なのですが、一度掴まれてからの投げ技がなかなか協力でして……」

 今の時点でシローはランキングの二番手らしい。

 シローはその試合の事をあれこれと分析し続けているようで、投げ対策や遠距離からのヒットアンドアウェイに特化した動きなど、研究を続けているらしい。


「じゃあ、そいつな」

 ヴィーネに向かって放たれた一二三の言葉に、彼女は首を傾げた。

「何がです?」

「そのドルトザンとやらを倒せ。そうすれば卒業だ」


「えっ?」

 だって熊ですよ、と目を白黒させているヴィーネを放って、一二三はオリガに後を任せる事にした。

 丁度料理が到着したので、一二三から手を付ける。


 ホロホロと崩れる程に煮込んだ肉を、好みの野菜と一緒にもちもちした皮に巻いて食べる料理をいたく気に入り、一二三だけでも結構な量を食べてしまった。

「お気に入りのようですから、作り方を習っておきましょう」

「そうしてくれ。腹にも溜まるし、気分で味を変えられるのが良い」


 身体づくりのために負けじとモリモリ食べているシローに、一二三は旅の途中で見た獣人ハーフを思いだし、尋ねてみる事にした。

「そういえば、ホーラントの戦場で人間と獣人のハーフに会ったが、アレ以外にハーフを見たことが無い。この町でもまだ見ていないが、少ないのか?」

 封印前には一人も見たことが無かったが、それは交流の無さの結果だろうと一二三は思っていた。


「ハーフ……ですか?」

 シローは腕を組んで悩み始めた。

「ハッキリ言って、聞いたことがありません。他種族との結婚はしばしばありますが、子供が出来たという話は……」

「そうか。ならあいつは相当特殊だったのかもな」


 ヴィーネは少し顔を上気させて話を聞いていた。

「お、奥様。ひょっとしてこれは、わたしとの子供が欲しいというご主人様の……ひっ!」

 照れながら視線を向けたオリガは、射殺さんばかりの目で睨みつけていた。

「そういう希望を言うのは、一二三様が出された課題をクリアしてからにしなさい」

「すみませんでした……」


 何を言っているんだ、と妻たちの話を聞き流す一二三に、シローはハッと明るい表情を浮かべた。

「そういう話でしたら、この町の代表が何か知っているかも知れません!」

「代表?」

「エクンさんに言えば、すぐ会えると思いますよ!」


 いつも役場の中で寝泊まりして、家に帰らず仕事をしているらしい。

「フルヴという犬獣人で、レニ様に生涯仕えたと言われるゲング様の孫にあたる人です」

 その男、犬獣人なのに祖父に似ず身体能力はからきしで、小さい頃からひたすら学問に没頭してきた人物だと言う。

「きっと、彼も一二三先生とお会いできれば、喜ぶと思いますよ!」

 いつの間にか、シローは一二三を師匠扱いしていた。

お読みいただきましてありがとうございます。

次回もよろしくお願いします。

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