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26.やりたい事

26話目です。

よろしくお願いします。

 一二三とオリガ、そしてヴィーネの三人は、エクンの案内で早朝にはフォカロルを後にした。

 結局、プーセは王城行きのグループに参加する事になり、ヨハンナの護衛としてアモンとミキ、そして魔人族からの客人としてウェパルが同行する。

 フェルスとニャールについては、フォカロルの屋敷で留守を勤める。


「殿下は出かけられたか。私も同行をしたかったが……」

「伯爵様には、この町に残って有事には指揮を執っていただかなくてはなりません。ヨハンナ殿下も、そのようにおっしゃられておりました」

 ヨハンナからは、護衛として……というよりは、立派な供回りとしてのお飾りの要素が強いが……兵士を貸し与えてくれたことに対する書状が届いていた。


「シク。君はどう見る?」

 現トオノ伯メグナードは、ヨハンナ達が出立したとの知らせを書状とあわせて持って来たシクへと問う。

「殿下は、国王陛下やサロメ殿下との会談にて、現状に一旦整理を付けたいお考えのようだが……」


「まず、解決とはならないでしょう。プーセさんもウェパル様もそのように言われていましたし、ヨハンナ殿下自身も同じお考えのようです」

「では、何のために危険を冒してまで王城へ向かうのだ?」

「おそらくは……宣戦布告かと」


 あまり不穏な言葉を使うものでは無い、とシクを嗜めつつも、メグナードはシクがそう考えた理由を問う。

「ヨハンナ殿下は、プーセさんを通じてイメラリア様が何をされてきたのかを良くご存知です。ですから、皇国の危機という事態にあたり、イメラリア様を模倣する事で、一二三さんの興味を引き、尚且つ国民の支持を得ようというお考えのようです」


 言葉を重ねて、シクが懸命に説明した内容は、以前のオーソングランデにおいてイメラリアが行った国民に対する“宣言”を再び行うというものだ。

 現在は魔国ラウアールとなっている旧ヴィシー連邦国、そしてホーラントとの戦闘を立て続けに行う中にあって、当時のオーソングランデに使える三つの騎士団はそれぞれに動き、王族たちも対立する状況に陥った。

 そこで、一二三が好き勝手に敵対した王族や騎士を殺していく中で、イメラリアは国民に向けて、全ては自分が国を守るための方策である、として一二三を巻き込む演説を行い、国民を慰撫する事に成功した。


「順番が逆になりますが、プーセさんもヨハンナ殿下も、いずれ一二三さんがホーラントやオーソングランデの王族とぶつかるだろうと予想しています。すでに近衛騎士を動かしていますから、決定的な敵対になるのは時間の問題だと」

 その予測に、メグナードは限定的にではあるが賛成していた。王族は流石に正史を知っているはずで、一二三という存在が決して王族に対して無条件に味方になる人物ではないと分かっているはずだ。


「わかっている……とは思うのだが」

 逆に言えば、一二三は殺人という快楽を目的として動く以上、以前の遺恨などは気にも留めない可能性がある。

 ミキがヨハンナ側へと回り、その恋人であるというユウイチロウまでもが王から離れた場合、逆に一二三を自らの陣営に引き込もうと工作する可能性もある。


 メグナードのそんな予想を聞いて、シクは固唾を飲んだ。

「あんな危険な人を抱え込んで……オーソングランデ中枢が無事でいられるとは思えないんですが」

「さしあたって、彼は獣人族の町へと向かった。しばらくはまだ静かだろう。……魔人族がどう出るかも気になる。しばらくは国境での情報収集を重点的に頼むよ。それと、まだ皇国からの監視が入り込んでいるかも知れない」

「承知しました」


 話終わったメグナードは、執務室の椅子に背中を預けた。重厚な背もたれは少しも揺らぐ事無く、老いでやや小さくなった身体を受け止める。

「私がもう少し若ければ、一二三殿をもっと近くで見たいと思ったかも知れないな。歳をとって、随分と臆病になったと思う」

「ボクは、昔からあの人が怖かったですけどね」


 そうか、とメグナードは笑った。

「男というのは、やはりどこか力に憧れるものだよ……それにしても、そうか、やはり彼こそがお母様が愛した人か……」

 目を閉じて、しみじみと呟いたメグナードから、シクはそっと視線を逸らした。

 小さく「勝てないな」という声が聞こえたが、彼女は答えなかった。


☆★☆


「完全に観光だな。まあいいか」

 フォカロルから獣人族へと向かう列車は、魔人族領内を通った列車とは違い、武装した人間はかなり少ない。

 獣人族の割合が多く、ほとんどが一般の観光か商人のようだ。


 そう、観光客がいる。

「獣人族ってのは、随分と豊かになったんだな」

 宗教とは無関係に町を巡って観光地を楽しむというのは、以前で貼れば貴族や豪商など裕福な者たちだけの娯楽だった。ところが、車内には獣人族の一般的な家族ずれが多くみられる。


「レニ様の政策と、大きな戦闘なども無かった事。それにそれに、場所もようございました。獣人族で作る果実酒や干した果物、一部木工の工芸品などは、とりあえずフォカロルまで持って行けば良いのですからな」

 そうすれば、フォカロルに集まる商人たちが買って、各地に広がる。流通ルートの最重要地点に近い場所であることで、余計な手間やコストを削る事が出来る。


「吾輩のように、時折商品がどのような場所で使われているのか、改良点はどうかなど、現地まで見に行く者も多少は必要ですが、なに、大きな手間でもございませんで」

 ついでに獣人が作っている物を適度に渡す事で、新たな需要や客層の開発が出来る、とエクンは語る。


 列車は平坦な土地を抜けていく。

 周辺の魔物はかなり丁寧に退治されており、フォカロル寄りと獣人族の町寄りのかなり広い部分は、すでに開拓がなされて農地となっているそうだ。

「人も増えました。特にフォカロルは居住人口とそれに近い人数が出入りしているとまで言われておりますからな。食料はいくらあっても足りないわけでございます」


 獣人族の中には、単独でも充分魔物に対応できる程度の力を持つ者も多い。

 農業をやりながら自らの手で農地を守れるという優位性がある獣人族たちは、人間よりも開拓の速度が速い。

「農作物も大きな売り物の一つです。狩りもやりますが、それらは獣人族の間で消費してしまう分が多いので」

 照れたようにエクンが笑う。


「その、わたしはご主人様から“武術”を習うように言われたのですが……」

「はいはい。実に実に良い選択ですとも。獣人族はそれぞれの身体能力を活かした武術で様々な工夫を凝らして訓練しております。そうですね……たとえば、ヴィーネ様であればかのヘレン様のご主人が興された『兎飛翔拳』道場などがよろしいかと」

「何それカッコイイ!」


 興奮気味のヴィーネを見て、一二三はうんざりした顔をしていた。言葉のイメージだけで決めつけるのは良くないと思いつつも、とてもじゃないが強そうには思えない。

「あなた、お茶でもいかがですか」

「あ? ああ、そうだな……」


 新たに買い求めた魔法具の水筒から熱いお茶を注いだカップを受け取り、一二三はそっと息を吹きかけながら一口、喉を潤す。

「あの獣人の子たちが町を作ったのですね。私は荒野の国でどのような生活をしていたのかは知りませんが、一二三様の薫陶あっての町です。きっと素晴らしい町でしょうね」

「既に悪い部分が見えているんだが……いや、見てからにしよう」


 一二三は正直に言って、退屈していた。

 戦場は確かにあったが、それは整然とした集団によるぶつかりあいであり、個々人を見れば命がけなのだろうが、一二三としては今一つしっくり来ない。

 そして、全体的に人々が豊かになって、落ち着いている。盗賊はいても数は少なく、少し歩けば襲われる可能性があった街道も今や安全な旅路の一つになっていた。


「エクン。列車が襲われるという事はないのか?」

「ほとんどありません」

 エクンは即答し、一二三はため息を吐いた。

 列車にはギルドから派遣された護衛の人員が配置されている事と、万一事故の原因となるような事をすれば、その地域のギルドが血眼になって犯人捜しをする。


「先日のように、乗客の中に不届き者がいる事もありますが、フォカロルと獣人族の町の間では、ほとんど目にしたことがありません」

 一二三にあっさりと殺され、走行中の列車から死体を捨てられた“魔人族共闘隊”の連中は、ほとんど魔国ラウアールの外で活動する事は無く、ホーラントの戦場にも出てこない。


「そうか……つまらんな……」

 整理され、モラルが改善されつつある世界の中で、一二三は再びポツンと取り残されたような気がしていた。それは日本にいた頃に感じていた事であり、耐え切れずにとうとう人を殺そうとして武器を掴み、家を出た時の焦燥を思い出す。


 不安定な地域はある。実際にホーラント国内ではまだ戦闘は続いているわけだし、ウェパルを追い出した魔人族たちの国も、不穏な空気を孕んでいるという。

 そして、オーソングランデ王族も仲違いをしている。ヨハンナは自信満々の笑みを浮かべて一二三に一時の別れを惜しむ挨拶をして来たが、どうやら彼女は父や妹との確執をはっきりと確認し、国全体を完全に二分するつもりで動くらしい。


「しばらくは、またなくちゃならんか……」

「一二三様、私と子供のことなど、気にしないでくださいね」

 どうやら、一二三は自然とオリガの腹部を見ていたらしい、不安げなオリガの視線に気づく。


「私はこの子をしっかりと守っていきますから、どうか心置きなく思う道をお進みください。そして、血の川と死体の山を生れ出る子供に見せましょう」

 真剣な目で、オリガは一二三の隣で微笑む。

「私は一二三様のお手伝いをしたいと思っています。重荷になりたいとは少しも思っていません。もし私の存在が邪魔であれば、いつでも消えるつもです」


「ふふ……あっはっは!」

 高笑いをする一二三に、客室内の視線が集まる。

「オリガ。お前が俺の妻で良かった。正直に言って、奴隷屋でお前を買った時は適当に選んだつもりだったが、俺は随分と運が良かったらしい」


 不意に褒められたオリガは、顔を真っ赤にして俯いてしまった。

「あ、ありがとうございます……」

 ヴィーネは羨ましそうに指を咥えて見ており、エクンはニコニコと笑って頷いている。


「エクン。あのレニの事だ。獣人族が自分から戦闘に参加するような真似はするなとか教育していただろう」

「いやいや、流石は一二三様。全く以てその通りの事を我々は幼少時に教わります」

 あいつは最初からそういう“ズルい奴”だった、と一二三は笑った。一歩離れた場所にいて、どこに立っていれば被害と利益のバランスが取れるかを考えるタイプだと一二三は評価していた。


「ヴィーネ。お前は獣人族の町で適当な道場を見つけて訓練する予定だが、並行してオリガに魔法を教われ」

「は、はい!」

 ヴィーネが返事を返し、オリガは頷いた。その視線は厳しい訓練を予想させるに十分な圧力を孕んでおり、ヴィーネは気が重かった。


「町でやっている試合とやらで、現役の一番強い奴に勝てるようになるまで帰って来るな。三ヶ月だけやる」

「た、たった三ヶ月ですかぁ?」

「一二三様の決定に文句があるのですか?」

 反論をしようとしたヴィーネだったが、オリガの視線の前には口を開く事は不可能だった。


「あなた。その間に何か動かれるのですね」

 表情を一変させ、優しい微笑みに戻ったオリガは、そっと一二三の腕に手を重ねる。

「俺は知らず、変な遠慮をしていたらしい。この世界にもどこの国にも、気兼ねすることなどないのだ、とお前のおかげでようやく気付いた」


 オリガの頭を撫でて、一二三は晴れやかな笑顔を浮かべる。

「獣人族の町を見てから、今のオーソングランデ首都を見に行く。王都で騎士や兵士と殺し合いができるなら良し。それからホーラントに乗り込む。戦場をのんびり荒らして回る」

「素敵な計画ですね。お供できないのが残念です」


 エクンは一二三の言葉を聞いて驚いていたが、それ以上に、オリガが同行を願い、同じ獣人族のヴィーネすらも驚きの表情では無く、残念そうな顔をしている事の方が驚愕だった。

「つ、伝え聞く以上に苛烈なお考えの持ち主だったのですね……」

 さらに言えば、タイミング次第ではヨハンナの計画すらもぶち壊しにする騒動になるだろうが、一切考慮されていない。


「ある程度戦場を荒らした所で、魔人族が出てくれば最高だな。また乱戦が出来るかも知れん。レベルが上がった戦場で、いよいよ俺も危なくなるかもな」

 ようやく旅路が楽しみになってきた、と一二三は上機嫌で列車が進む方向へと目を向けた。


 間もなく、レニとヘレンが作り上げた町へ到着する。

お読みいただきましてありがとうございます。

次回もよろしくお願いします。

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[良い点] 一二三夫婦が微笑ましいすぎるんじゃ^〜(昇天)
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