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25.試される世界

25話目です。

よろしくお願いします。

「ご主人様が一緒に行ってくださるんですか!?」

 大喜びでソファを揺らすヴィーネの隣で、プーセは暗い顔をしている。

「……何をお考えですか?」

「レニとカイムの成果を見に行く。あとは、この世界の武術がどうなっているかを見に行く。観光みたいなもんだ」


「観光……」

 目の前の男に似合わない、とプーセは思っていたが、一二三はこれで物見遊山を好む。

 封印前もぶらぶらと荒野へと出かけたし、オリガとの二人旅でも、土地の料理や温泉などを楽しんだ。

 尤も、それ以上に興味をそそるものがあれば別だが。


「俺とオリガ、それに当然ヴィーネを連れて獣人族の町に行く」

 敢えて“ヘレンとレニの町”という正式名称は出さない。

「案内役も捕まえたからな。明日の朝には出るぞ」

 わかりました、と元気良く答えたヴィーネは、オリガの旅支度を手伝うと言って、階上の部屋へと向かった。


「ヴィーネさんには、ある程度の魔法の才能はあります。まだまだ粗削りですが、魔力の操作に慣れれば、獣人族としては異例な程レベルの高い魔法使いになれるでしょう」

「ふぅん。それは大したもんだな……だが、単なる魔法使いなら、これから先の戦いであいつは死ぬ」

 はっきりと言った。


 明確な戦いのビジョンが見えていると言わんばかりの言葉に、プーセは質問を戸惑った。だが、聞かなくてはならない。一二三の動向は、どう転んでも今後のオーソングランデ、ひいてはヨハンナの将来に関わる。

「戦いが……人間と魔人族や、人間同士が殺しあう、あの時のような戦いがまた始まると言うのですか?」

「始まる? 良く考えろ。もう始まっている」


 ソファにすわり、手に刀を持っていた一二三は、鯉口を切って鈍く光る鈨元はばきもとを見せて行った。

「ホーラントの戦いは、結局お前たち共生派と排斥派の代理戦争だろうが。どちらかが明確に負け始めれば、のんきに観戦している連中も引き出される」


 一二三は刃の根元を指差す。

「鯉口を切る。この状態の事だが……。これを見て、話し合おうと思っているような阿呆は死ぬことになる。はてさて、あの王女はどうだろうな?」

 プーセは思わず立ち上がった。

 その表情は、焦りを孕んでいる。


「オリガに聞いたが、城に行くらしいな。戦うつもりで乗り込むならいいが、のんきに家族会議のつもりで行くなら、死ぬな」

「……一二三さんは、手伝ってくださらないのですか? あの方は貴方にとっても曾孫にあたるのですよ」

「だからどうした? 小遣いでもくれてやるか?」


 拳を握りしめ、わなわなと震えているプーセは、一二三を見下ろしたまま黙っていた。言葉が出てこない。

「お前の都合であいつを動かそうと思うな。世の中を数人が動かしているなんざ考えるな。世界は誰の都合も考えずに、勝手に変わる」


 一二三も立ち上がり、プーセを正面から見つめる。怒りは無い。どちらかといえば、侮蔑に近い表情だ。

「お前、あの頃のパジョーのような眼をしているぞ。……と言っても知らないだろうな。誰かに聞くと良い。イメラリアが意地になって俺と対立せざるを得なくなった……まあ、一つの原因だな」

 一二三は部屋を出ていく。

 プーセは黙って見送っていた。


☆★☆


 廊下に出てきた一二三目の前に、ミキが立ちふさがる。

「……ああ、そういや勇者とかいうのが来てるとオリガが言っていたな。本物だったのか、お前」

「人を斬っておいて、その言い草ですか」

「この世界じゃ、死ななけりゃ助かるんだ。良かったな。瞬間移動がうまく間に合って。大したもんだ」


 適当なほめ言葉を投げてから廊下を歩き始めた一二三。ミキは食い下がるように後を追う。

「一二三さんも、私たちと同じように日本から来たんですよね」

「そうだな。話し方でわかるだろうが、ほとんど同じ時代だろうな」

 だからと言って、一二三の方からあれこれと日本の事を聞き出すつもりも無かった。いずれ戻って、現代社会でどこまで殺して回れるか試してみたいとは思うが、ミキには関係ない事だ。


「一体、何があってそんな風になったんですか?」

「……はあ?」

 心底心配している、という風なミキの口ぶりに、一二三は思わず振り向いた。

「攻撃的に過ぎる一二三さんの性格は、とても日本で生きていけるとは思えません。この世界へ来てからそんなにおかしくなってしまったんですよね?」


「お前な」

 真面目な表情で自分を“変人”だと断定するミキに、一二三は怒るより呆れてしまった。どうやら、彼女の周囲には余程良い人ばかりがいたらしい。

「誰にどんな風に吹きこまれたか知らないが、どうせ結論ありきの頭で聞いたんだろう。お前が住みよい世界を作ろうとするのは勝手だが、同じ環境なら、同じ理想を持つと思ったら大間違いだ」


 一二三の刀が鞘走り、ミキの鼻先に突きつけられる。

「ひっ……」

 今度は反応すらできなかった。

 一二三が本気で首を落とそうと思えば、ミキはもう死んでいる。


「人を殺したい。俺は日本にいる間もそう思っていた。あっちでは寸での所で邪魔をされたが、ここに来て邪魔できる者はいなかった」

「そんな……」

 ようやくミキは実感した。

 目の前の男は、歪んでしまったのではない。最初から、生まれ持った性質として人殺しなのだ。


「この世界では、まともに俺と戦える奴が少なかった。俺に死を感じさせる者はほとんどいなかった。戦いの技術を広め、種を蒔いて八十余年、待つための封印からようやく解放されて、今からやっと殺し合いができるんだ」

 青い顔をしているミキの鼻先から、揺れている瞳の前へと切っ先を移動させる。

「くだらない道徳心で邪魔をするなよ。戦いで発展した世界を味わう時がようやく来たんだ。目の前に立つなら、俺を正すなんて生ぬるい覚悟で立つな。俺を殺して止めるつもりで来い」


 刀を引いて、納刀する。

「人を守ろうと思うのは勝手だ。だが、そのために命の奪い合いをしたくないと思うな。それを信念だと言い張るなら、信念を押し付けるだけの実力をつけてから来い」

 へたり込んだミキを一瞥して、一二三は背を向けて離れていった。


「信念を、押し付ける力……えっ?」

 ぼんやりと、言われた言葉を反芻しているミキは、不意に首筋に冷たい感触が当たった事に気づき、身体を強張らせた。

 恐る恐る目線を向けると、鈍く光る銀色の何かが見える。


「人の夫を呼びとめて“おかしい”とは……もし許しがあれば、すぐにその首を落としている所です」

「お、オリガさん……」

 ミキの細い首から鉄扇を離し、オリガは殊更大きな音を立てて閉じた。


「一二三様が貴女を見逃した以上、私が勝手に殺すわけには行きませんし、王女も貴女を利用するつもりですから、今は見逃します」

 つまり、用済みになるか一二三の許可があれば、躊躇いなくミキを殺すという事だ。会話もして、食事すら共にした相手に対してここまで冷徹になれるのか、とミキは驚愕していた。


「あ、貴女は不思議では無いのですか? 一二三さんが、あれだけ簡単に人を殺せるという事が」

 オリガなら、一二三をすぐ近くで長く見てきている。何かを知っているのではないかという期待もあったが、あまり深く立ち入らない方が良いのでは、という気持ちも大きくなってきている。

 とにかく、危険な夫婦には違いない。


「ミキと言いましたね。貴女は何を勘違いしているのですか」

「勘違い?」

「一二三様が選び、選別した者が生き残って数十年。その結果が今試されようとしているのです。それがあの方の選択であり、世界の運命。あの方が不思議に見えるのは、貴女の目が曇っているからです」


 一二三が間違っているのではなく、それに疑問も持つ方がおかしい、とオリガは言い切った。

 彼女にとって一二三は希望であり、人種も生まれも立場も区別無く、世の中の不条理をシンプルに“暴力”で打ち壊していくヒーロー以外の何物でも無い。


「で、でも……やっぱり人を平気で殺すのは……」

「では、貴女は戦場で人間を殺しませんでしたか? 獣人族や魔人族は?」

「それは……戦場だったから……敵として対立して話も通じなかったから、仕方なく……!」

 言い訳を並べ立てるミキに対して、正面に立ったオリガは一発だけ平手で頬を打った。


 涙と軽い脳震盪で視界が歪む。

 頬を押えて膝をついたミキは、血の味を感じながらオリガを見上げた。

「戦場だから? 戦場というのは、ここからここまで、と線が引かれているものですか?」

「え、そ、そんなものは無くて、戦場になっている場所が……」


 おろおろと答えるミキに、オリガは深いため息を吐いた。

「戦場が有って、戦いが始まるのではないでしょう。戦いが始まった場所が戦場と呼ばれるのです。今ここで私と貴女が戦いを始めたら、それは戦場と呼ばれる場所になります」

 鉄扇を開いたオリガに、ミキは何も言えずに痛みに耐えている。


「場所が戦場か否かなんて、どうでも良い事。相手を殺すか生かしておくか。人や集団の付き合いというものは、突き詰めていけばそこに行きつく。この世界は八十年前に、それを知ったのです。痛みと共に」

 オリガは射抜くような視線を向けて、続けてミキに言う。

「くだらない言い訳を用意して人を殺すくせに、気持ち一つで殺される事に覚悟が無いなど、貴女はとんでもない我が儘な人なのですね」


「わ、我が儘? 私が?」

 ふふん、と鼻で笑って、オリガは困惑しているミキへと背を向けて、一二三が向かった先へと向いた。

「ですが、貴女は幸運です。一二三様と知己を得る事が出来て、その言行を近くで見る機会を得たのですから。私と同じように、あの方の心身の強さを知りなさい」


「でも……」

 何かを言いかけたミキに、オリガは足を止めた。

「だからって、奥さん以外の人に子供を産ませるなんて信じられません! 他にも奴隷を連れているとか、そんなの許すなんてやっぱり変ですよ!」


 ミキが叫んだ瞬間だった、前にいたはずのオリガの姿が消え、室内だと言うのに突風が吹いた。

 反射的に魔法障壁を張ったミキの真横に、激しい音を立てて障壁を叩いた鉄扇が見える。魔力が込められていたのか、鉄扇が当たった部分には罅が入っていた。

 もし障壁が無ければ、ミキは頭部を潰されて壁に叩きつけられていただろう。


「……え?」

「私が、笑顔であれを許したと思いますか?」

 ミキは、初めて人の顔を“怖い”と思った。

「奴隷や愛人がいるのは、一二三様程の人物であれば珍しくありません。特に、身重でお相手が難しい私の代わりは必要ですから。ですが、イメラリアと彼女が産んだ子供の件を、私は本心から許している訳ではありません」


 大きな音を立てて、鉄扇を持っていない左手が障壁に当たる。障壁という安心感を与えてくれる存在が無ければ、ミキはその恐怖で気を失っていたかもしれない。

「嘘……」

 怒りに任せて押し付けられた指の部分、障壁が歪む。ミキに取って初めて見る光景だ。


「そうする事で、主人の望む世界に近づくと思ったからこそ、私は涙を飲んで我慢したのです。本心では断りたかった! ですが、それで私が一二三様からつまらない女だと見られるのが怖かった!」

 貴女にはわからない事でしょう、とオリガはふと、表情が抜けたような顔へと変化する。

「私にとって、一二三様は世界の全て。あの方が喜ぶなら、それで私は耐えられる。……それに、私も大切なものを授かる事が出来ました」


 今度は聖母のような笑みを浮かべ、自らの腹部にそっと手を当てる。

「こ、子供がいるのでしたね……。であれば、もうイメラリア女王の事は……」

「まだ、結論は出ていません」


 オリガにとって、八十余年後のこの世界を試すのは、一二三だけの目的では無い。

「一二三様の血を受け継ぎながら、その子孫がこの体たらく……一二三様は視野が広いですから、世界の戦いを見て結論を出そうとお考えです。ですが、私が見ているのはかの王族」

 彼女は、オーソングランデ王族に対して不満があると言う。


「聖イメラリア教などという下らない歴史の修正を行って、つまらない線引きで世の中の発展を妨げる。フォカロルにいる間に、多くの方と話す事で知りました。あの王族はもう、この世界にとって不要である、と」

「……どうするつもりですか?」

「ヨハンナ殿下次第です」


 オリガは決めていた。

 ヨハンナが一二三の子孫として恥ずかしくない程度に成長し、立派にこの国の指導者として、イメラリアのように自らの在り方を明確に持ち、その足で立てるようになるのであれば良し。そうでなければ……。

「私の良い人に対する反逆と見無し、復讐も兼ねてその血筋を終わらせます」


 オリガが去った後も、ミキはしばらく障壁を解除する事も無く座り込んでいた。

「と、とんでもない世界に来ちゃったみたい……」

 今、とてもユウイチロウに会いたいと思ったミキは、出発予定の明日が待ち遠しくて仕方が無かった。そして話をしたいと切に願った。自分と同じ価値観を持つ人と。

お読みいただきましてありがとうございます。

次回もよろしくお願いします。

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